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外伝 悲運の少女

本編の一部を視点を変えて書いています。ややネタを先取りのところもあります。本編と強くリンクしていますので、後のお話とつながって来る内容も含まれています。

 私の名前はアリシア。

 物心ついた頃からお城で暮らしている。


 大好きなお兄ちゃんが2人いる。ボルタお兄ちゃんは強い人。背が高くて剣を使うのが上手くて、いつも私を守ってくれる。ボルンお兄ちゃんは優しい人。楽しいお話をたくさんしてくれる。頭が良くて何でも教えてくれる。


 私はいつもお城で生活していた。外に出る時は、大きな騎士が何人もついて来た。自由はなかった。街に出ることも許されていなかった。唯一、自由に出入りできるのは城の中庭だけ。中庭では毎日ボルタお兄ちゃんが剣の特訓をしていた。だから私は中庭にいることが多かった。


 でも雨の日は、お部屋の中にいるしかなかった。そういう時は、ボルンお兄ちゃんにおねだりして、いつも本を読んでもらう。ボルンお兄ちゃんは本を読むのが上手だ。文字を棒読みするだけじゃない。細かい解説やお話しの裏側まで想像させる話し方をしてくれる。ボルンお兄ちゃんが口を開くと、私の頭の中では、違う世界の風景が広がるみたいで楽しかった。


 城にはメイドさんがたくさんいた。みんな私には優しかった。綺麗なお洋服に美味しい食事。何から何まで面倒を見てくれた。私をお人形さんのように大切に扱ってくれた。


 お父さんは記憶にほとんどない。忙しくていつも騎士や文官たちとお出かけしていた。お母さんは、病気だったせいで私を遠ざけていた。


 「あの病はうつりますので」とメイドたちが私をお母さんに近づけないように妨害していた。でも私はお母さんと話がしたい。メイドの目を盗んでは、部屋に侵入していた。お母さんはいつも優しい笑顔で少しの間だけ話をしてくれる。でも直ぐに「これ以上はダメよ」と言って部屋を追い出される。私はそれが悲しくて仕方がなかった。お母さんの病気はどうして治らないのだろうか?


 ボルンお兄ちゃんに聞いてみた。頭の良いボルンお兄ちゃんなら、お母さんの病気も知っているに違いない。


 でも聞かなければよかった。お兄ちゃんの話は怖かった。お母さんの病気は、体が鉄になっていく奇病だった。どうして人の体が鉄なんかになるんだろう? 誰も原因は知らない。でもお母さんの膝下はもう完全に鉄になっていて、動かすことができない。


 内臓まで鉄になったら、死んでしまうのだろうか。私は怖くなった。お母さんが居なくなるのが怖い。そして自分も同じ病になるんじゃないかと思って泣いた。


 ボルタお兄ちゃんが慰めてくれた。ボルンお兄ちゃんも「怖い話をしてゴメンね」と頭を撫でてくれた。


 少し怖くて不自由な生活だったけれど、とっても恵まれていた。


 ――― 明日は私の12歳の誕生日。


「アリシア、誕生日のプレゼントは何がいい?」


 と聞かれたので


「みんなでハイキングに行きたい。お外に出たい!」


 とダダをこねた。


 城の外に出る。何でもないことだけれど、私には難しい。外に出る時は、いつも大袈裟な鎧をつけた騎士たちがたくさんついてくる。一人で外に出るなんて絶対に無理。でも明日は私の特別な日。何とかしてお兄ちゃんたちとお出かけがしたかった。


 ボルンお兄ちゃんが、お父さんにお願いしてくれた。半日だけ外に出るのが許された。やった! これで自由に遊べる。外の景色はいつも城の窓から眺めるだけだったけど、明日は自分の手足で触ることができる。そう思うと、嬉しくて眠れなかった。


 次の日、お兄ちゃん2人とお出かけする。メイドさんたちに作ってもらった、サンドイッチと紅茶のセットをバスケットに詰める。服装は目立たないように黒っぽいな服になった。いつものひらひらしたドレスじゃない。あれは動き難い。正直あまり好きじゃない。だから今日みたいなズボンの方がいい。


 準備は万端。小さな馬車に乗り込んで、城の正面門を出る。お父さんが心配そうにこちらを見ていた。いつもより騎士たちがたくさんいたように思う。皆なぜか怖い顔をしていた。


 騎士は嫌いだ。いつも私のお出かけを邪魔するから。でも今日はそんなことはしない。だから少しだけ好きになってやろう。


 市街を抜けて少し走ると、小さな森になっている。森の中には大きな丘があって、そこに登るととても見晴らしが良かった。河と湖が眼下に見える。太陽が当たって水面がキラキラ光っている。


 丘の頂上まで登ると、森の木々が無くなって一気に視界が開ける。隣の国の街が遥か遠くに見える。煙突が並び、煙をモウモウと上げている。ボルンお兄ちゃんが「あれは隣の国だよ。鉄を作っているんだよ」とお話してくれた。その後、詳しく鉄の作り方を説明してくれたけれど、私にはさっぱり理解できなかった。


 丘の頂上でバスケットを開け、紅茶を飲みながらサンドイッチを食べた。お兄ちゃんたちと外で食べるご飯は最高に美味しかった。景色も天気もいいし、毎日こんなだったらいいのにな。お母さんも一緒だったら楽しかったのに。お兄ちゃんたちは優しく微笑むと、ちょっと寂しそうだった。


 私はあったかい春の陽射しを浴びてご機嫌だった。

 お兄ちゃんたちと一緒に、森の中を散策することにした。


「アリシア、ちゃんと手をつないでるんだぞ」


 とボルタお兄ちゃんが言った。


 この森に地元の住民たちは入れない。城が直接管理しているので、普通の人は入れないみたい。私たち3人だけで独占できる。そう思うだけでワクワクした。お兄ちゃんの手を振りほどき、小走りに木々の間を駆け巡った。空気が美味しかった。こんなにも世界は広くて気持ち良いものだなんて。城の中だけでは、わからなかったかもしれない。


「アリシア―! あんまり遠くへいくんじゃないよ」


 ボルンお兄ちゃんが声を掛けて来る。心配してるけれど、この森は全然平気。木が茂っているところはちょっと暗いけど、怖くない。


 怖い動物たちは、森の騎士や管理人たちが全部狩っている。この辺りの森で一番大きな動物と言っても、狸か狐くらい。そんなのへっちゃら。


「大丈夫だよー! お兄ちゃんも早くおいでよー」


 私は大声で返事をした。普段の城内で大声を上げることなんてない。静かにひっそりと過ごすように言われて来た。声を出す事がこんなにも楽しいだなんて。ああ、本当に今日は幸せな日だ。


――― 私はふと背後に気配を感じて振り向いた。


 黒くて大きな毛むくじゃらの生き物がいた。熊だった。しかも1頭じゃない。森の斜面が、熊の群れで埋め尽くされている。いつの間にこんなたくさんの熊が現れたんだろう。全然気が付かなかった。


 しかも、本で見るような熊じゃない。口の周りと手足が紫色だった。目が緑色に光っている。デスベア、「死の獣王」と呼ばれている熊だって私は知っている。いつも図鑑で勉強させられているから。


 牙と手足の爪に猛毒がある。毒だけじゃない。たくさんの病原菌も持っている。この熊にかすり傷を負わされただけで、どんな生き物も数分以内に絶命する。お薬が効いて解毒ができても、感染した病原菌があっと言う間に体に回る。体に回った病原菌で必ず死ぬ。城の魔導士から習ったことがある。万が一デスベアに遭遇したら、死を覚悟して全力で逃げる。これしかないって言ってた。


 でも魔導士の先生は、「デスベアはほとんど絶命した。会う事はないよ」って言ってた。それがどうしてこの森に群れをなしているのだろう?


 デスベアの大群を前にして、私は恐怖のあまりへたり込んだ。腰が抜けた。城の騎士たちでも、敵わないって知ってた。幼い私は、次の瞬間に間違いなく死ぬだろう。


 ボルタ兄さんとボルン兄さんが見えた。2人とも引き攣った顔でこっちを見ている。嫌だよ。そんな顔で私を見ないで。


 ―― バツン


 自分の耳元で何かが弾ける音がした。左肩が熱い。熊に目をやると、その口に私の左腕が咥えられていた。デスベアに私は左肩から下を食いちぎられた。左の肩口から何も無くなった自分の体を見た。痛みや恐怖よりも、熱いという感覚だけがあった。


 派手に血が吹き上がった。噴水みたいに赤い血液が流れ出る。お兄ちゃんたちがいた方を見てみると、群れの中でもひときわ大きな熊が、二人の首をもぎ取って食べていた。そしてその後、丸のみにされていた。


 私は次の瞬間、熊に服を咥えられ、ふわりと宙に浮いていた。ちょうど、親猫が子猫の首を噛んで運ぶみたいに。


 熊は面白くなさそうに私を地面に叩き落とした。不思議と痛みはなかった。恐怖もなかった。ただ「ああ、これから私は死ぬんだ」という漠然とした思いだけがあった。


 熊は体の小さい私を一口食べて、美味しくないと思ったのかもしれない。私も美味しくない食事は嫌い。


「好き嫌いしないで全部食べなさい」


 といつもメイドさんたちに怒られているけど、嫌いなものは嫌い。不味いものは不味い。この熊もきっと私のことを一口食べて、不味いと思ったんじゃないかな。そんなことを思っていた。


 熊は、私を地面に転がしたまま、去って行った。森を抜けて街道の方へ出て行ったみたい。


 私は一人残された。体は動かない。だんだん寒くなってきた。もう死ぬんだなと感じた。死ぬならお兄ちゃんたちと一緒がよかったな、と思った。お兄ちゃん達は骨も残さず熊に食べられてしまった。ゴメンね、私のせいで。


 そして私は意識を失った。



 ――― 目を開けると知らないオジサンの顔があった。


 私はデスベアに食べられて死んだはず。ここは天国? 目の前のオジサンは神様? それにしても神様ってこんなに疲れた顔をしてるのかな?


「目を覚ましたか?! よかった」


 神様……いえ、そのオジサンが口を開いた。


 私はベッドに寝かされていた。お城のベッドに比べれば硬くてまるで板のようだった。全身が痛い。でもそれがベッドのせいではないことは、幼い私でも理解できた。左手が肩から無い。そして全身に痣がある。


 それを見て私は悟った。自分は助かったのだと。でもそれはあり得ないことだった。あのデスベアに噛まれれば、どんな生物も毒でほぼ即死する。運良く即死を逃れたとしても、1日を待たずして感染症で死ぬ。魔導士の先生もそういってたし、図鑑にも書いてあった。


 私が起き上がろうと体をくねらせると、オジサンの手が私を押さえつけた。


「まだ寝てなさい」


 オジサンが私の額に手を当てると、急に眠くなった。私は睡魔に身を任せた。でもここが天国じゃないということは、城の中? 知らないオジサンはお医者さん? わからないけど今は動けない。好奇心より眠気の方が強かった。


 私はゆっくりと瞼を閉じるとまた意識を失った。


 次に目を覚ました時には、オジサンはいなかった。まず自分の体がどうなっているか確かめた。左腕は相変わらず無い。それだけも悲しくて怖くて死にたくなる。でも私は本当は死んだはず。きっとあのオジサンが、デスベアが去ったあとに助けてくれたに違いない。


 右足は動く、左足も動く。右手はちゃんとしている。気になるのはちょっと爪が伸びているくらいかな。お城を出て来る時は、ちゃんと爪を切った。それが伸びているということは、1週間くらいたったのかな。


 服は白いパジャマ姿だった。左手が無いので袖が余っている。


 ベッドから立とうとして膝から崩れ落ちてしまった。寝たきりだったので少し筋力が、落ちているのかもしれない。でも大丈夫。ちょっと歩く練習をすれば、直ぐに自由に動けると思う。そうしたらお城に帰って、お父さん、お母さんに会うんだ。お兄ちゃんたちの話もしなきゃいけない。


 私は早速歩く練習を始めた。膝と腰が思うように動かない。一歩踏み出しただけで、倒れてしまった。でもここで諦めたらダメだ。


 もしかしたら、あのオジサンだって悪い人かもしれない。私を助けておいて、元気になったら奴隷として売るのかもしれない。だから急いで回復しなきゃダメだ。私は歯を食いしばってベッドに掴まりながら、歩く練習を続けた。


 30分もすると、連続で10歩くらいは歩けるようになった。だけどまだまだダメだ。


 ガチャリとドアが開いてあのオジサンが入って来た。


「おっと、ごめんよ。もう起きてるとは思わなかった。ノックをしなきゃいけなかったよな」


 こんな重傷の小娘相手にノックを気にするとは。もしかして、良い身分の人なんだろうか。


「あの……私……どうなったんですか?」


 恐る恐る聞いてみた。


 オジサンの顔は良く見ると、どこかお父さんに似ていた。そしてお兄ちゃんたちにも雰囲気が少し近い感じがした。だからだろうか。私は勝手に「この人は敵じゃない」と思ってしまった。


「ふう。何から話してよいやら……」


 オジサンはため息をつくと、手をこめかみに当てて悩みのポーズを取っていた。オジサンの名前はボーエンと言った。昔からエランドのお城に仕えていた騎士さんだった。騎士は嫌い。でもこのボーエンさんはきっといい人だ。


 オジサンの話しはとても怖いものだった。あの熊の大群がエランドの城や街を襲い、人々を尽く殺して回ったという。ボーエンさんはたまたま国境警備に出ていて、城には居なかったので難を逃れたみたいだった。


「……残念だが、エランド王国ももうおしまいだ。国王も王妃も宰相もすべて殺された。街も壊滅状態だ。全部あのデスベアにやられてしまったのだよ」


 ボーエンさんは涙ながらに私に強く訴えかけて来た。


「貴女はエランド王家最後の生き残りだ。どうか、生きてエランド王国を再建してください」


 部屋に突然白衣を着た大人たちがやってきた。私の体を押さえつけると、変な薬を無理矢理飲ませた。私は途端に眠くなった。最後に少しだけ大人たちの会話が聞こえた。


「彼女がエランド王国最後の希望だ。だが不憫な事に左腕がない。これではどこかの王家に嫁ぐこともできまい。しかもメンデルから軍が攻めて来ている。このままでは捕虜になって投獄されるか、王族として目付けられ斬首されてしまう。残念だが眠ってもらおう」


 眠る? メンデルから侵略? 何の事だろう。わからない。全然わからない。何がどうなっているの? お母さん、お兄ちゃん、怖いよ。助けて! 助けて!


◇ ◇ ◇


「よしボーエン、メンデル軍が来る前に、この娘を”例の石棺”まで運ぶぞ。後の手はずはわかっているな?」

「あそこは墓場じゃないか。この娘が目を覚ましたらどうするんだ?」

「わからん。だが墓まではメンデルの奴らも荒らしたりしないだろ。今は一番安全な場所だ」

「まぁ、それはそうだが……」

「さぁ急ぐんだ!」


 ボーエンは言われた通り、娘を抱えて廃墟となったエランド城へと向かった。


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