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第18話 ダマスカス鋼

 ――― 翌朝、目が覚めると先週使っていたヴルド屋敷のベッドに寝かされていた。服も清潔なものに着替えさせられている。メイドさんの仕業だろうな……。相変わらず仕事が卒なさすぎるよ。


 ベッドから起き、レンさんを探して階下に降りた。リビングに入ると、メルクさんとニールスさんが居た。


「カミラちゃん、体は大丈夫なの?」

「はい、私はちょっと疲れただけです。それよりレンさんは?」


 おっと、いきなりメルクさんが涙ぐんでいるぞ。まさか手遅れだったのか? その可能性だけは考えたくない。


「カミラちゃん、レンを救ってくれて本当にありがとう。あの娘はこの屋敷で一番の頑張り屋だったから」

「儂も期待して送りだしたのだ。だがお前を守るどころか、逆に命を救われるとは……」

「いいえ、レンさんを危険な目に遭わせてしまったのは、私です。本当に申し訳なく思っています」

「カミラちゃん、メイドは主人のために死ぬのが役目なのよ。だからメイドを主人が救うなんてことは、貴族の常識ではまずないことなのよ」


 ……俺が考えていた以上に戦国時代だな。主人には絶対服従。命を懸けてお仕えする、という訳か。考えて見れば、王政や奴隷制度がまかり通るっているのだから、そういう世界なのかもしれない。むしろズレているのは、平和な民主主義に浸って来た俺の方かもしれない。


「だけどね、やっぱり目を掛けて来たメイド達には、愛情というものがあるわ。レンはその中でも本当によく尽してくれる優秀なメイド。何があったのかわからないけど、貴女は身を挺して彼女を救ってくれた。本当にありがとう。感謝しても感謝しきれないわ」

「そんな、御礼なんて……」


「いえ、本当になんとお礼を申し上げてよいか。このレン、命に代えて御守りするどころか、反対に命を救われてしまいました。本当に貴女という方は……。なんと慈悲深い方」


 そこには包帯だらけのレンさんが立っていた。半泣き状態だった。ふらりと倒れそうになったので、俺は素早く移動して彼女を支えた。周りのメイド達も手伝って彼女を支えている。


「まだ安静にしている必要がありますよ、レンさん」

「申しわけございません」

「では命令します。ヴルド家でお世話になりなさい。そして療養に専念することを命じます」

「はい……。カミラ様、私はもうメイド失格ですね……」


 レンさんは、暇を出されたのだと思ったようだ。


「そしてもう1つ命令です。療養が終わったら直ぐに私の所へ帰って来てください」

「私は……また貴女にお仕えできるのですか?」

「当たり前です。こんな素晴らしいメイド、誰が何と言っても一生手放しませんからね」


 ポロポロと大粒の涙を流すレンさん。泣き顔も素直でキュートじゃないですか。メルクさんも周りのメイドさんももらい泣きして皆涙ぐんでいる。


 絶対的な主従関係と言っても、所詮は人間と人間の付き合いだ。愛情や思いやりが一番重要であることは、どの世界でも変わらない。


「カミラ、お前は単に優しいだけではない。リーダーとしての資質を持っている。将来はきっとこの国に大きな影響を与える人間になるだろう。儂の直感がそう言っておる」


 ニールスさん、それは大袈裟だよ。だけどリーダーシップというのは、単に優しいだけの力じゃない。能力が高く経験が豊かならば、誰にでも備わるものでもない。周囲から慕われてこそ発揮できる力だ。ある意味、カリスマと言ってもいいかもしれない。そんなものは俺に無いからね。


◇ ◇ ◇


「……これは一体何なの?」


 その頃、ゴブリンロードの話を聞きつけ、別ルートから第5層と第6層の間にある落盤跡ホールに駆け付けたパーティがいた。シャルル、ドルトン、ケッペンの3人組である。


 彼らの目の前には、ゴブリンロードと思われる、巨大なバラバラ死体が転がっていた。3メートル近いゴブリンロードをここまで完膚無きまでに斃せる冒険者は数少ない。メンデル騎士団であっても、上位の者でなければ難しいだろう。


 シャルル達にしても、今回は偵察をして敵の戦力を把握し、ギルドで態勢を立て直してから改めて突入部隊を編成する予定だった。


 それが到着してみればどうだ。数十匹のホブゴブリン、ゴブリンの死体と斬殺されたゴブリンロード。そして何よりも驚愕すべきは巨大な横穴である。直径は10メートルもあろうか。壁はすり鉢状にへこんでおり、中心の底には槍のような棒が刺さっている。その棒は、10体あまりのホブゴブリンを縫い付け、この世の物とは思えない光景が広がっている。


「なぁ……これってやっぱり、棒を投げて串刺しになったゴブリン達が、そのまま壁に(はりつけ)になったとしか思えないよな?」

「そうね。でも誰がそんな事をできるというの?」

「力自慢のミノタウロスやサイクロプスでも無理だろうな」

「あるいは、バンパイアロードってことは?」

「ケッペンお前はまた直ぐにそれだ!」

「いえいえ、ボクは可能性の話をしたまでですよ」

「でも確かにこの怪力っぷりは、バンパイアロード並かそれ以上ね。何しろ坑道全体が地震が起きたように揺れたのよ。衝撃の発生源はこの穴を作ったヤツよ」

「お高く止まったバンパイアの君主様が、こんな薄汚い鉱山の地下まで、わざわざゴブリンを殺しにくるかねぇ?」

「……その点はボクも同意だよ。もし何か用事があっても自らが動くのではなく、使役しているワーウルフや吸血鬼化した人間にやらせるだろうね、こんな土臭い場所での仕事は」

「しかし変ね。このゴブリンロード、鎧を着てたみたい」

「何が変なんだ? どうせ冒険者から奪った鎧だろう」

「いえ、この鎧のサイズよ。人間には規格外の鎧。つまりこれは、”(あつら)えた鎧”ってこと……」

「そんな馬鹿な。ゴブリンどもに鍛冶ができるとも思えんし、わざわざゴブリンロードに鎧を作って、寄付する人間が居るとも思えん」

「それにもう1つおかしな事があるわ」

「なんでぇなんでぇ! おっかねえこと言うなよ」

「気が付かない? ゴブリンもホブゴブリンも一匹も居なかった」

「そう言われれば……あの震動の後からか。まったく出会ってねぇな」

「この件は、意外と奥が深そうね。とりあえずゴブリンロードの死体と鎧をギルドまで持って帰りましょう」

「こんなの全部は無理だろ!」

「ボク死体持つのいやー」

「ちっ、情けない男どもだね。文句言わずにさっさと運び出しな!」


 シャルル達は、強い違和感を覚えながらも、落盤跡ホールを抜け出し、上層階へ向かった。


◇ ◇ ◇


 俺はヴルド家で朝食を取りながら、今回の経緯を話した。


「あら、そんな大変なことがあったのね……」

「うむ、だが本来ならカミラが責任を感じて討伐に出掛ける必要はなかったんじゃぞ」

「いえ、やっぱりシャルルさんたちが心配だったというのもあります。でも勝手な判断で、レンさんを巻き込んでしまいました」

「一つ聞きたい。レンは反対したか?」

「いいえ。直ぐに現実的な作戦を考えてくれました。レンさん無しでは、ゴブリンロードを討伐するなんて絶対に無理でした」

「そうか。ならばレンの判断ミスじゃ。厳しいようだが、あいつは自らの油断で怪我をした。それだけじゃ。カミラが気にする必要はない」

「でも、今回は私も独断過ぎたと反省しています」

「よいよい。儂がカミラの立場でも同じことをしただろうよ」

「あらあなた、カミラちゃんはまだ子供で、しかも女の子なんですよ。比べるのが間違っています」

「まぁまぁ、そう攻めんでくれメルクよ」

「でも1つだけ気になることがありました」

「なんじゃ」

「ゴブリンロードが、レンさんの剣をも弾き返す、立派な鎧を着ていた事です。ロードの体長は3メートル近く。人間の鎧が合うハズないと思います。つまり……」

「つまり誰かがゴブリンロードを操っていた可能性がある。ということじゃな?」

「ええ、そうです。鎧自体は持ち帰れませんでしたが、黒くて薄い強靭な金属で出来ていました。誰かがゴブリンのために(あつら)えたと考えるのが自然です。ゴブリン達に鍛冶は難しいと思いますから」

「ふむ、それだけではちょっと追及は難しいかもしれん。だが今回の一件、なかなか奥が深くて厄介な連中が絡んでいるかもしれんな」

「と言いますと?」

「例えば、その鎧に刻印がされていたらどうだ? ブラッドール家もしくはハッブル家の刻印がされていたら?」

「なるほど、派閥争いですか……」

「そう解釈される可能性もある。だがそのセンは薄いじゃろ。鉱山が止まると、どちらの家にも被害がおよぶからの。わざわざ自分の商売をふいにしてまで、相手を陥れることはない。それにハッブルとブラッドールにはきちんとした公式の場での対決が用意されている」

「鍛冶師コンテストですね」

「そうだ。しかもゴブリンロードに接触できる者が、鍛冶師の中に居るとは思えん」

「そうですか。となると、ブラッドールとハッブルを戦わせて消耗させたい第3勢力という事でしょうか?」

「うむ、これは闇が深そうじゃ。儂も独自に探りを入れてみる。お前は無理をするな。わかったな」

「はい、叔父様」

「それと、今回のような事がある場合は、儂に相談せよ。ビスマイトのヤツは過保護じゃから絶対反対だろうが、儂に言ってくれれば、喜んで同行するからの。ガハハハハー」


 いやいや、”ガハハハハー”じゃないだろう。無理するなと言っておきながら、結局自分も冒険してみたいだけじゃないか。


 でも気持ちではわからんでもない。仮にも元騎士団長。この国で最も強かった剣士だ。老いたりとはいえ、血が騒ぐんだろうね。男の子だもんな。


◇ ◇ ◇


 レンさんとは違うメイドさんと一緒に、家まで戻ることになった。レンさんによく似ている。もしかして姉妹か? それにしても、どうしてこの子はずっとニコニコしているんだろうか。冷静沈着、いつでも戦闘可能です、みたいなレンさんとは対照的だ。


「もしかしてレンさんの姉妹ですか?」

「やっぱり分かりますか?」

「何となく雰囲気が似てましたので。妹さんですか?」

「はい、レイといいます。よろしくお願いします」


 ”レンさん”の妹は”レイさん”。紛らわしいな。そのうち絶対に間違えるよ。


「カミラ様、姉から話はすべて聞いております。どうぞこれまで通り、何なりとご命令ください」

「ええ、ありがとう。ご面倒をお掛けしますね」

「やっぱりお聞きしていた通りです」

「何がですか?」

「カミラ様って12歳なのに、20歳の私よりも大人のようなお話し方をされるって」

「……そうですか?」

「メイドに対しても敬語を使われるし……」

「はい。誰に対しても敬意は払ってしかるべきですよ」

「そして誰よりも優しい。自分の命を犠牲にしてまでメイドを助ける心意気、騎士でも手こずるゴブリンロードを一撃必殺。1000匹のゴブリン軍団を槍の一投で退ける人外の強さ……」


 何が言いたいんだこの娘さんは。実はラスボスは自分です、なんてフラグが立ちそうな台詞なんだけどな、この流れは。冗談は止めてくれよな。


「……それで?」

「私もカミラ様の配下になりたいです。カミラ様を好き過ぎて我慢できません。私のヒロインです。憧れてます! こんなご主人様に仕えられるなら、もう二度とヴルド家に戻れなくてもいいです」


 こういうキャラなのか。全然掴めなかった。レンさんから大袈裟に吹き込まれたんじゃないのかな。ヒーローじゃなくてヒロインってところが心に刺さるなー。自分の事をまだ女って意識できていないんだよ。だけど俺は人に憧れられるような人物じゃない。


「あのー、レンさんから何か変な事を聞いたのではないですか?」

「えっ? 変な事ですか? カミラ様のお尻の右側に小さなほくろが3つあるとか、そういうことですか?」


 ひょえー。なんで俺も知らないほくろの位置とか知ってるんだよ。レンさんの記憶力なら、さもありなんだな。でもそれは要らない情報だよ。


「いえ、もういいです、何でもありません」

「カミラ様、私、一生懸命尽くします。どうか姉共々よろしくお願いします」

「メイドさんを誰に何人付けるかは、ヴルド家の意向でしょう。残念ながら私の一存では決められません。叔父様には頼んでみますが、約束はできません。今のところこれが精一杯の返事です。許してください」

「私の方こそ、カミラ様を困らせてしまって申し訳ございません。私の我がままに真剣に付き合ってくださって……。やっぱりお優しいのですね」

「いえ。レンさんもきっと姉妹揃って同じ場所で働けた方がよいと思いましたのでね」

「えっ!? ……そんな事までお考えくださってるのですか?」


 職場環境は重要だぜ。辛い仕事も、環境や仲間に恵まれていれば、笑ってこなすことができるのだよ。これはサラリーマン時代に痛感している。だからレンさんが気持ちよく働けるなら、できるだけその環境を作ってやりたい。


「はい。家族は近い所に居るのが、一番幸せですからね」

「こんなご主人様は初めてです。カミラ様……好きです」


 男の時に告白されてみたかったな。でも残念ながら俺は小娘なんだよ。くそーっ!!!


 家に着くとビスマイトさんが青白い顔をして立っていた。エリーもマドロラさんも目の下にクマを作っている。嫌な予感がした。これはきっと俺を探していたんだろうな。


「お父様、エリーお姉ちゃん、マドロラ叔母さん、ごめんなさい!」


 俺はもう助走をつけて土下座する勢いで玄関先で頭を下げた。


「……カミラ、今日は大いに反省してもらうぞ。まったく人がどれだけ心配したことか」

「カミラちゃんがゴブリンに連れ去られたりしたかもって、いろんなところを探していたんだよ! もう!」


 珍しくエリーが怒っている。彼女が心配してくれたとありがたく思っておこう。マドロラさんに至っては呆れ顔で溜息をついている。


 もう陽もだいぶ高い。昼飯時を過ぎている。まぁ……これは大騒ぎになるだろうね。本来ならレンさんと一緒に夜明け前にこっそり戻って来る予定だったのだから。


「これまでどこで何をしていたのだ? 冒険者ギルドまで行ってみたが、レンと一緒だったようだな」

「はい、正直に言います。レンさんと一緒にゴブリン狩りに出掛けていました。それで狩の途中でレンさんが怪我をしてしまって、ヴルド家に寄っていました」

「そうか……。次からは儂に相談しなさい。お前もいろいろ思う所があったのだろう。儂とて居ても立っても居られなかったのが本音だ。相談してくれれば、同行もしただろう。レンも怪我をしなくて済んだかもしれん」

「ごめんなさい。今回は私の独断専行でした。考えが甘かったです。身勝手な私を許してください、お父様」

「う、うむ……。いいか、儂もお前の意思をなるべく尊重したい。身内なのだ、信頼して何でも相談しなさい。それが出来るなら許そう」

「わかりました。もう大きな事をする場合は必ず相談します」

「よいか、カミラ。儂にはお前がすべてなのだ。万が一の事があったら儂も生きてはおれぬ。わかってくれ」


 これは、本当に心配をかけてしまったな。迷惑を掛けるとかそういうレベルじゃない。信頼関係が揺らぐほどの心配だったんだな。危なかった。


「ところで、レンの怪我は大丈夫なのか?」

「大怪我でしたが、命に別状はありません。カミラ様が体を張って助けてくださったおかげです」


 俺の代わりにレイさんが答えてくれた。


「お前は確か……」

「はい、レンの妹にしてヴルド家のメイド、レイと申します。レンが療養の間、こちらでカミラ様の警護と身の回りのお世話をさせて頂きます」

「そうか。よろしく頼む」

「レイちゃんかー、私はエリー。よろしくね」

「エリー様、よろしくご指導願います」


 こうしてレイさんは、無事にブラッドール家に臨時で着任した。しかしメイドさんは、戦闘ができるお世話係ではなく、お世話もできる警備役のイメージが強そうだな。現代日本でいえば、SPと家政婦が一体化したような職業だ。そしてどちらかというと、SPの方に重点が置かれているような気もするな。格好が日本人がイメージする典型的なメイド服だから、つい勘違いしてしまうが、彼らの扱いを間違えてはいけない。


 俺は部屋に戻ると早速着替えに入った。ヴルド家で貰った服は、どうにもフォーマル過ぎて家では動きにくいのだ。汚したくないというのもあるしね。


 しかし、レンさんに洗濯をやってもらっていなかったせいか、エリーのお下がり服は、超ミニスカートの1着しか残っていなかった。膝上というより股下から測った方が早い短さのヤツだ。申し訳ないが、この服だけは着たくなかった。俺が男で、この服装をした女子を見る側だったら喜んでいただろうが、女になって実際着てわかる。凄く不安だ。どうして女は、こんなほとんどパンツみたいな服で外を歩けるんだろうか。男よりよっぽど度胸あるよな……。


「レイさん、早速で申し訳ないのですが、服の洗濯をお願いできますか?」

「畏まりました」


 洗濯といっても、量が量だ。自分で洗う訳ではない。いわゆるクリーニング店的なものが、この世界にもあったりする。もちろん、ちょっとした洗い物なら屋敷内でできるが、やはり大規模にたくさん洗いたい時は、上下水道設備が完備された洗い場でないと大変なのだ。


 さすがに洗濯し放題が可能になるほど各家庭に設備が整っていない。だから、上下水道設備が整った組合が洗濯を仕事として請負ってくれている。結構洗濯を外に依頼するというのは、庶民でも一般的だったりする。


 さてと、着替えも終わったしこれで一区切りついた。だけど、一連のゴブリンの騒動はまだ終わった訳じゃない。まずは冒険者ギルドに行ってみるか。待てよ……。その前に何か重要な事を忘れているな。そうだ、夢をメモに落とすのを忘れていた。あの夢は、この体の持ち主の素性を唯一解き明かしてくれる重要なヒントが隠されていると思う。よし、今日はメモ作成に時間を当てよう。


 早速、夢の記憶をメモに落とすことにした。


・腕を失った後「奴隷病院」に収容された

・名前はアリシア=アウスレーゼ=エランド

・エランド王家と関連があるらしい

・時間的にはエランド王国が滅んだ後の出来事


 大体こんなものか。だけど、これだとおかしいんだよね。俺が聞いた話では、エランド王国は400年前に滅んでいる。エランド人が400年経って残っているとは考えにくい。


 となると、実はエランド人は全滅した訳じゃなく、ひっそりと生き残っていた。それがこの体の持ち主ってことになる。でもこの体の持ち主は、まだ自分の家である城があると思っていた。時代的に合わないな。400年のズレがあるぞ。本人の記憶違いという線もある。大怪我をして混乱していたとかね。


 でも何となく素性はわかった。そして経緯も。この力の源泉は未だに謎だけど、デスベアの力を偶然得たと考えるのが、自然だろうな。まぁ、今は原因を考えるよりも、力を使いこなす方が先決だ。


 メモ書きをしながら、あれこれ考えているといつの間にか夕方になっていた。階下が騒がしい。聞き覚えのある声が聞こえて来る。シャルルさんだ。


 そう思って階段を降り、声のする方へ向かった。シャルルさんの他に、ドルトンさんとビスマイトさん、そしてなぜかディラックさんまでが居た。騎士団長(仮)が、こんなところで油売ってちゃダメだろ。


「シャルルさん、ドルトンさん、お帰りなさい。そしてディラックさん、こんにちは」

「おっと、噂をすれば嬢ちゃん登場だぜ……」

「私の話をしていたのですか?」

「実はゴブリン狩りが終わったんだがな、どうにも解せない事があってなぁ。嬢ちゃんが関係してるんじゃないかと思って、今、親方と騎士団長殿と話してたところなんだ」

「は、はぁ……」

「カミラ殿、ご機嫌麗しゅう。本日もお美しいですね」

「あ、ありがとうございます」


 ディラックさん、目線が完全にミニスカートに行ってるのがバレバレだぞ。いや俺がディラックさんでも、思わずスキャンしてしまうかもしれないな。男って本当に分かりやすい生き物だよ。


「それより、レンから聞きましたよ、ゴブリン狩りの件」

「それとね、冒険者ギルドで”片腕の娘とメイド姿の女が坑道に入って行った”という目撃情報があったわ」


 これは、もう完全にバレてるな。ビスマイトさんもレンさんも包み隠さず話しちゃったんだろうな。


「シャルルさん、言いつけを破って勝手に参加したこと、謝ります。ごめんなさい」

「……ふぅー、もうそれはいいわ。親方にもだいぶお灸を据えられたみたいだし。そもそも私達が心配になって参戦してくれたんでしょ?」

「はい。差し出がましいとは思ったのですが、居ても立っても居られなくて」

「ゴブリンロードを倒したのはカミラちゃん?」

「はい。私とレンさんです」

「あのホールの壁にホブゴブリンを槍で縫い付けたのもカミラちゃん?」

「はい……」

「……驚いた。信じられないわ。あんな事ができるのは、バンパイアロードくらいのものよ」

「俺も信じられねぇ……」

「私は信じますよ。死の獣王と恐れられた伝説のデスベアを倒した御方ですから」

「でも坑道が揺れるくらいの衝撃だったのよ? いくらなんでも常軌を逸しているわ」

「シャルルはデスベアの力を知らないからそう思うのかもしれませんね。バンパイアロードもデスベアを見たら、逃げ出すと言われているのですよ」

「わかったわかった。カミラちゃんがやったのは信じるわ。でもギルドにどう報告すればいいのよ……」


 ため息を吐くシャルルさん。心なしか疲れがたまっているように見える。


「ところで、ゴブリン狩りの方はもういいんですか?」

「いけない! 肝心なのはそっちだったのよ。ゴブリンロードが斃されてから、ゴブリンもホブゴブリンもすっかりなりを潜めてね。坑道から一匹も居なくなったの」


 やっぱりロードが死んだことで統率を失い、力まで失って消えてしまったのだろうか。奴らは元々自然発生的な妖精や妖魔の類なんだし、消滅する時もあっという間なのかもしれないな。


「それで、カミラちゃんなりに何か気が付いたことはない?」

「気が付いたことですか? ゴブリンロードが鎧を着ていたことです」

「そこに気が付いたのね、鋭いわ。このドルトンやケッペンも気が付かなかったのよ。あの鎧、どう思う?」

「人間がゴブリンロード用に誂えた鎧でしょうね」

「つまり、ゴブリンロードを操っていた黒幕が居るってことね」

「そこまではわかりません。でも何かあるのかもしれません」

「実際戦った人の意見を聞ければ十分よ。私達は警備隊ではないし、正式な冒険者って訳でもない。あとは城の騎士様にお任せしておけばいい」


 そういってシャルルさんは、チラリとディラックさんの方へ目線をやった。


「でも、ギルドへの報告があるんですよね?」

「うーん、そうなんだよねぇ。どうしようか……。正直に報告すれば、カミラちゃんの力の事も話さないと行けなくなっちゃうし、逆にまったく話さないとなると、ゴブリンロードを征伐した報酬も出なくなるんだよね。ロードを倒せば”ロードスレイヤー”としての名誉も付くことだし……」

「難しいですね。本来ならデスベア討伐の報酬と栄誉も、カミラ殿は得てしかるべきなのです。今回は何とかして報いたい……」


 いや、もう報酬とか名誉とか要らないから、早く元の日常に戻りたいよ。


「討伐者はぜひ騎士団のどなたかにしておいてください」

「しかしそれでは……」

「いえ、こうした方がすべて丸く収まります。私も助かりますし、お父様も余計な気を遣わなくて済みます」

「カミラ殿、貴女という人は本当にもう……」


 すったもんだの挙句、ギルドへの報告は、有志の騎士がゴブリンロードを斃したということにし、賞金や名誉の件は不問にすることになった。お金はあるに越したことはないけどね。


「例の鎧なんだけどね、持ち帰っているのよ」

「あの鎧、かなり堅い上に軽くて優秀だと思いました。レンさんの剣が通じませんでしたから」

「レンの剣が通らないとなると、ただの鎧とは思えないですね。優秀な鍛冶師が関わっていないと、製造は無理でしょう」

「ここにその鎧の欠片があるんだけど……」


 シャルルさんは、ポケットから黒い金属片を出して皆に見せた。すかさずビスマイトさんが手に取って分析を始めた。鍛冶の最高峰マイスターが見れば、何かわかるかもしれないね。


「むぅ、これは……」

「私とドルトンでは何もわかりませんでした。あるいは親方なら何かご存知かと思ったので」

「お父様、何かお心当たりが?」

「ダマスカス鋼だ」

「親方、そりゃあの”幻の金属”ですかい?」


 おおっ、俺も知ってるぞ。まさかダマスカス鋼があったとはね。RPGでもダマスカスとミスリルは鉄板ですから。


「しかしダマスカス鋼の製造方法は、大昔に失われたはずですは? 城の研究者も日夜研究開発を行なっていますが、未だに成功していません」

「儂もここまではっきり見るのは初めてだ。以前、ある遺跡で発掘されたと言われるダマスカスの剣を一度見たことがあるだけだ」

「錆びず、朽ちず、強靭でありながらも柔軟さを持つ金属……。これがそうなら一大事ですね」

「ダマスカス鋼と言ってもたくさん種類があるのだ。ベースとなる鉄に混ぜる金属を変えるだけで、様々な特性を持ったダマスカス鋼ができる。”ダマスカス”という一種類の金属がある訳でない。正確にはその製造方法を指すのだ」

「この黒いのは、鉄と何を混ぜたのでしょうか?」

「いや、わからんな……。そもそも製造方法自体が失われている。一説ではエランド王国で造られていたとも言われているが」


 またエランドか。ここに来てその名前が出て来るとは。どうやら俺の周りは、いろいろとエランド王国に関係があるみたいだ。


「これは根の深い事件かもしれません。そもそもダマスカス鋼は魔剣と同じく禁忌の一つ。偶然であっても製法を発見した場合、速やかに国に届けなればなりません」

「ダマスカス鋼がどうして禁忌なのですか?」

「技術的に突出し過ぎているものは、影響力を判断してからでないと、治安や経済を乱す元になります」


 なるほど。さすがは技術と知識の国だな。単なる資源国に留まっていないのは、この辺りの姿勢が大きいよな。


「ビスマイト殿、騎士団長の名においてお願いします。引き続きその破片の検分を頼みます。手続きは私の方で代行しておきます。城の研究者にも鎧の鑑定を依頼します。後ほど情報を共有しましょう」

「わかりました、ディラック様」


 これ以上の進展はないと踏んだのか、ディラックさんは、帰って行った。


 帰り際に


「カミラ殿、その服装よくお似合いですよ。次に我が家にいらっしゃる時も、ぜひその服でおいでください!」


と興奮気味に台詞を残していった。


 残念ながら、もうこの超ミニをはくつもりはない。男としては、ディラックさんの気持ちもわからんでもないが、いざ女になってみると、考え方は変わるもんだな。恥ずかしすぎて、これで外を歩くのは無理だよ。階段昇っただけで、余裕でパンツが見えちゃうんだぜ。あり得ん。


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