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第14話 隻腕と獣王の剣技

「カミラちゃん、そのメモ、ちょっと見てもいいかしら?」


 メルクさんは、興味深そうに俺のメモを覗き込んだ。だが読めないはずだ。日本語で書いてあるからね。


「あら……? この文字は見たことがないわね」

「私にも見せてください。カミラ殿、見てもいいですか?」

「は、はい、どうぞ」


 一文字も読めないと思うけどね。やっぱり日本語が一番楽だ。そして情報漏えいの心配がない。何しろこの世界では俺しか読めないんだから。


「これは……まさか古代語? いや、エランド語ではないですか?」


 はて? エランド語? 俺はちゃんと漢字とひらがなとカタカナで書いたつもりだけど。


 改めて自分のメモを覗き込んで見る。そこには、日本語ではない文字が並んでいた。でも不思議な事にスラスラと読むことができるし、意味も自然に理解できる。


 おかしいな……。俺は日本語のつもりで、いつの間にか違う言語で書いていたようだ。これは間違いなく、この体の持ち主のネイティブ言語だろうな。何しろメンデルの言葉よりも、そのエランドという言葉の方が素直に出て来る感じだからね。


「エランド語は、もう400年前に滅んだエランド王国の言葉です。その言語を知っているのは、城でも数名の研究者だけですよ。彼らでも文字を書き起こすことはできません」

「400年前? エランド王国?」

「そうです。この文字をまさかカミラ殿が書けるとは……。どちらで習ったのですか?」

「その記憶もありません。ただ、一番楽に書ける文字がその文字だったので、つい……」

「失われた時代の言語をその歳で使いこなすなんて……」

「うーん、そうねぇ……カミラちゃんはエランド王家の子孫、というのはないかしらね?」

「しかしエランド王国は、当時の王族を含めて滅んだと聞いています」

「エランド王国は、どの辺にあったのでしょうか?」

「メンデル城から北側部分の土地すべてが、”元エランド王国”です」


 それはどういう事だろうか。


 詳しく尋ねてみると、400年前、エランド王国は一夜にして滅んだ謎の歴史を持つ国なのだという。王侯貴族だけではない、国民すべてが1日で消えてしまった。エルマー大陸の”7大不可思議史”に数えられている。


 エランド王国はメンデルと国境を接しており、王家同士で縁を結ぶほど友好的な関係を築いていたようだ。だが、エランドは秘密が多く、その内情はほとんど知られていなかったそうだ。


 そして謎の滅亡を遂げた後、時のメンデル国王は親戚でもあるエランド王国を併合することを宣言した。しかし、併合といっても単なる国境管理だけで、特段の配慮や統治などはされなかった。


 また、気候や風土が異なるため、メンデルから移住する者もおらず、手つかずで野ざらしだったという。そのまま時代が過ぎ、いつしかエランドという国は跡形もなく植物に飲みこまれ、単なる森林地帯と化してしまった。木材を伐り出すための作業者達以外は、狩人が稀に迷い込む程度の往来しかない。メンデル城やその城下街も、単なる遺構として放置されたままになっているそうだ。


「エランドは我がメンデルと国境を接していましたが、謎の多い国でした。一説には、珍しい動植物や文化があったとも言われています。ですが、残っている資料は少ないのです。今はもう訪れる者もいません。あそこからは、鍛冶や建築のために木を伐り出すくらいしかありませんので……」

「でも私がエランド語を使えるというのは、何かヒントになりそうですね」

「ええ。カミラ殿は私から見ても神秘の塊です。そこがまた美しく惹かれる部分でもあるのですが……」

「えっ!?」

「あっ!? いえ、なんでもないです。すみません」


 今、さりげなく口説かれたっぽいな。聞かなかったことにしよう。


「とっ、とにかく、素性はエランドに関連がありそうですね。私の方でも詳しい者に当たってみますね」

「ありがとうございます」


 うん? なんだか顔が熱いな。熱かな? この時、自分の顔がどうなっているのか、まったく気づいていなかった。


「カミラちゃんお顔が真っ赤よ」


 ええっと。男に口説かれて赤くなるなんてあり得ないぞ。俺の中身は中年オヤジだぜ。いかん、ちょっと泣けてきた。きっとこの体の持ち主が、ディラックさんのような人がタイプだったんだよ。うん、きっとそうだ。


「では私の方からも報告があります」

「期待してるわよー」


 ディラックさんに対する視線が厳しいな、メルクさん。


「はい。カミラ殿が我が家の者で、剣の天才、そして野に降りて武者修行中にトラブルに巻き込まれて奴隷となり、ビスマイト殿に拾われたという設定は問題ありませんでした。苦笑いする役人もいましたけどね。デスベアの件についても、特段の沙汰なしということで丸く収まりました。しかし……」


「”しかし” 何です?」


 メルクさん、畳みかけすぎだろう。あの設定はかなり無理があったと思うけれど、説得できたのか。よかった。


「問題が発生しました。国王陛下に報告した所、カミラ殿がそれほどの剣の天才であるならば、メンデル騎士団の団員とせよとの仰せです」

「きな臭い展開になって来たわね」

「カミラ殿はブラッドール家を継ぐ人間。鍛冶職人であって騎士にはなれない、と申し上げたのです」

「そうです、その通りですよ」

「すると、陛下は”今回は特例で鍛冶職人と騎士の兼務を許す”と仰いました」

「また聞いたことのない特例ね。騎士に兼務なんて許された話は聞いたことがないわよ」

「うむ。儂の知っている限りでも、そんな例はないな」

「はい。ですから、宰相や貴族、役人達から猛反発がありました。しかし国王陛下にも面子があります。一度言い出したことを引っ込める訳には行かなくなったのです」

「ふむ。国王は形だけの任命権しかないからな。騎士の審査は、騎士団の役職の者と貴族の議会で決められる」

「国王と議会が対立した格好なのですが、カミラ殿はその間に挟まった形となってしまいました」


 うっ、俺の一番嫌な展開じゃないか。政治争いに巻き込まて、偉い人の思い付きだけで人生狂わされるのは、本当にもうゴメンだ。しかし、どの世界でも同じような事ってあるんだね。


「結論は、カミラ殿が陛下の御前試合にて優秀な成績を収めたら、騎士に任命する事になりました」

「うむ、なるほど。御前試合で目を付けた者を、正規兵や騎士団にスカウトするのは前例がある。御前試合で騎士以外が勝つのは、普通はまず無理だがな。だがスカウトの場合、確かに騎士だろうと正規兵だろうと副業を持つのは許されている。ただまぁ、儂の知っている限り、騎士になった者はすべて専業になっている。しかし慣習として許されている。いちおう筋は通っておるな」


 うーん、かなり差別の匂いがするな。貴族から取りたてられた由緒正しい騎士と、腕っぷしだけで成り上がって来た貴族ではない騎士……。階級社会の重さを感じてしまうよ。お江戸の時代で言えば、外様大名と親藩・譜代大名の差みたいなものかな。


「はい父上。筋を通したということで、議会の面子も保たれました」

「ではカミラちゃんは、その試合で活躍しなければならないのですね」

「ええ。国王陛下の面子を潰さないためにも、活躍しなければなりません。試合は鍛冶師コンテストに合わせて行われるので、4年後となりますが……」


 物騒な展開になって来たな。俺が試合に出て勝たなきゃいかんってことか。騎士達相手に戦うということね。


「カミラ殿、申しわけありません。4年後までに本当に剣技の天才になって貰わねばいけなくなりました」

「ディラック様、その試合というのは、どんな形で開かれるのでしょうか?」

「元々はメンデル騎士団の昇格試験でした。それを偶然ご覧になった国王陛下が大層気に入られて、御前試合という形にしたのです。騎士団はもとより、国内外から広く腕に覚えのある者を集め、優勝者には賞金と栄誉が与えられることになっています。騎士団としても、他国の者と腕比べできる機会とあって、日頃の鍛錬にも気合が入ります。内弁慶になりがちな騎士団の実力が、どのくらいかを計るバロメーターにもなります」


「それで、勝敗や戦い方はどのように?」

「制限はありません。武器は剣でも弓矢でも好きな物を使えます。1試合は10分、勝敗は戦意喪失か戦闘不能に陥った方が負けです。時間内に勝負がつかない場合は、審判の判定になります」

「戦闘不能というのは、相手が死亡した場合も含まれるのですか?」

「はい。残念ながら運が悪ければ死に至ることもあります。過去の試合でも不幸な事が起きています」

「儂が騎士団長の時は、1大会当り最大で5人ほど死者が出たことがある」

「ええ。ですから危険な試合になります。カミラ殿を危ない目に遭わせてしまい、歯がゆい思いです。心配でたまりません」

「ディラック様、心配なさるのは私の命ではありません。逆です。いかに私が相手を死亡させないようにするか、です。力の制御を学ぶ必要があると思うのです」

「……言われてみればそうですね。デスベアと同類の力を持つカミラ殿を倒せる人間は滅多にいないでしょうね。となると、いかに通常の剣技のみで相手を倒すかが、重要になって来るのですね」

「そうです。迂闊に陛下の前で力を見せてしまえば、またややこしい事になります。ですが、力を上手く使えば私のような剣の素人でも、そこそこ勝ち上がれると思うのです」

「これまた前代未聞の難しい注文だな。まぁ、儂とビスマイトでしっかりと剣技を仕込んでやろう」

「叔父様、ありがとうございます」


 純粋な剣技の鍛錬よりも、相手を殺さないための手加減の練習が必要だよな。今のところ、力の発動条件もわかってないレベルだしね。


◇ ◇ ◇


 翌朝一番。俺はニールスさんに起こされた。まだ日が昇って間もない。肌寒さが残る時間だ。ヴルド家の人間はまだ誰も起きていない。正直言って眠い。年寄りは朝早いと相場が決まっているが、いくらなんでも早すぎる。


「あの、どうしてこんなに朝早くから……」

「他に人が居たら、儂を止める人間ばかりだからの」

「は、はぁ……」

「何しろお主に致命傷を与えるのだ。メルクやディラックは許さんだろうし、ビスマイトのヤツが居たら、儂に斬りかかってくるやもしれぬ」


 致命傷を与えるとは穏やかじゃないが、今のところそれしか方法がない。つまり”元”とはいえ、この国で一番の強者だった人と本気で戦うということになる。もちろん俺は、剣技に関してはズブの素人だ。しかも隻腕だ。普通に考えて、あっという間に致命傷を負わされるだろう。それがわかっているからこそのこの時間だ。


「それで、私の血への対策は大丈夫でしょうか?」

「心配ない。これじゃよ」


 ニールスさんは自分の両手を広げて、服を見せた。いや正確には服ではなく、目の細かい鎖のようなものだった。チェインメイルとも少し違う。あれよりもさらに目が細かい。


「この鎧は2層になっておってな…… 1層目は油をたっぷり含んだ解毒作用のある特殊繊維じゃ。2層目は解毒液を含ませた丈夫な紙で出来ておる。紙というても馬鹿にしたものではない。数年は水分を弾き続ける代物じゃよ」


 1層目で衝撃を受止めつつ、ある程度毒性を弱める。2層目で完全防毒する。と言った感じのようだ。それと、無駄かもしれないが、一応解毒剤も飲んでいるという。”ヒドラ用の解毒剤”というのが気になるところではあるが。


「では行くぞ、覚悟せい」


 ニールスさんの雰囲気が変わった。空気が殺気に満ちている。切れるような視線と剣の切先から迫って来るような威圧感。これがこの国の騎士の実力か。


 デスベアの放っていた重圧と比べれば、迫力不足は否めないが、死ぬかもしれないという恐怖を、俺に与えるには十分だ。


 ニールスさんの剣はまさに閃光だった。瞬時に距離を詰めたかと思うと、想像を超えて真っ直ぐな美しいラインを描いて刺突してきた。


 切先は正確に俺の心臓を貫き、一滴の血も噴出させることなく、致命傷を与えた。凄い技術だ。


 よく見ると、俺を貫いたのは剣ではなくタックだった。タックは要するに刺突用の剣、細いスピアみたいなものだ。


「ガフッ……」


 口から血が出てしまった。まずいな。これがニールスさんに掛かったら危険だ。俺はわざと真後ろに倒れた。


 ……おかしいな。心臓が止まったままだぞ。じわじわと再生はしているが遅い。どうなってるんだ? 俺の仮説は間違っていたのか? このままでは死んでしまう。いや、皆に恩を返すまでは絶対に死ねない。ちっくしょう! 闘争心が湧きがった途端、心臓は鼓動し始めた。瞬時に治癒が終了した。


 力のスイッチは、生命の危機を迎えるだけでは入らないようだ。闘争心や生きたいという本能の可能性があるな。考えて見れば、剣を作るために鍛冶をしていた時も、この力は発揮されていたはず。だからこそ魔剣が出来た。だが鍛冶の時に命の危険を感じたことはない。


 俺が鍛治打ちをしていた時、皆の恩に報いたい一心で、目の前の赤熱した鉄にハンマーを振るい、必死に戦っていた。そう心は戦っていたのだ。闘争心。これがスイッチで間違いない。戦いが終わって闘争心が消えると力も消える。自分の戦う意思をコントロールする。これが課題のようだ。


「カミラ、己の力は理解できたか?」

「はい。おかげではっきりとわかりました」

「そうか、よかったの」


 ニールスさんからは、すっかり殺気が消えていた。にっこり笑う笑顔が、昇って来たばかりの朝日に照らされ、なんだかカッコいい爺さんの顔になっていた。ビスマイトさんといい、どうしてこの世界の爺さんはかっこよく見えるのか。


「どれ…… まずは着替えて血を洗い流すことじゃな。後はメイド達に任せなさい」


 自分のことに夢中で気が付かなかったが、いつの間にかヴルド家のメイドが勢ぞろいしていた。全然気配を感じなかったぞ。もしかしてこの家で一番の手練れは、メイドさん達なんじゃないか?


「どうした?」

「いえ、この館のメイドさん達は優秀なんですね……」

「全員、歴代古くから仕えてくれている者だ。この家の者の動きをすべて把握しているんじゃよ」


 なるほど、メイドすら世襲制なのか。貴族の力は半端ないな。いや力というか家柄、伝統なのか。これも現代日本人には馴染のない習慣だ。芸能人とか政治家くらいしか思いつかないよ、世襲なんて。


◇ ◇ ◇


 その日以降、滞在期間を少し伸ばして1週間ほどヴルド家のお世話になった。ニールスさんに剣技の基礎を教わるためだ。


 ビスマイトさんも毎日のように顔を出し、あれやこれやと注文をつけては、夕方また帰って行く。そしてシャルルさんやエリー、ドルトンさんも毎日のように顔を出してくれた。


 シャルルさんに至っては、泊まり込みを申し出ていたが、ディラックさんが頑なに拒否していた。きっと、冒険者時代の悪行を家族にバラされることを懸念したんだろうと思う。


 貴族から冒険者になった時、自由に任せて派手に”やんちゃ”をやらかしていたに違いない。シャルルさんが酔った勢いで、ディラックさんの”やんちゃ武勇伝”を語り始めたら、騎士団長の面子がなくなるからね。個人的には凄く聞きたかったけど。


 ――― そして7日目。最終日。剣技の基礎というか、入門の心構えのような物だけだが、一通り教わることができた。ニールスさんによれば、俺は隻腕なので、そもそも剣術では圧倒的に不利だという。普通に戦った場合、相手の倍以上の実力がないと勝てないだろうという話だった。


 だから反対に、既存の剣技に囚われず、デスベアの能力を活かす剣技を編み出した方が、勝利への近道だという。剣技の基礎はそのためのヒントでしかない、とのことだった。そこまで考えてくれていたとは、本当にありがたい。


 最後の稽古が終わると、わざわざディラックさんが、汗ふき用のタオルを持ってきてくれた。


「私の周りは親切で優しい人ばかりです。本当に恵まれていると思います……。なんとお礼を言っていいか」

「いえ。それはカミラ殿の魅力です。皆、貴女と触れあった者は、何とかしてあげたいと思ってしまうのです。カミラ殿の神秘的な美しさと人柄の賜物でしょう」


 うっ。そんなにベタ褒めされても、何も出せないぞ。


「私は皆さんに支えられているだけです。今度は私が皆さんを支えられるよう強くなりたいです」

「そのご年齢で大した向上心です。私がカミラ殿の年の頃には、毎日兄上たちと遊ぶ事しか考えていませんでしたよ」

「そう言えばお兄様方の所へ向かった執事さん、そろそろお戻りになってもよい頃ですよね」

「往復で6日くらいですから、今日の夕方辺りに戻って来るのではないかと」


「できれば、執事さんにも挨拶して家に戻りたいです」

「ええ。では今日は夕食を取って頂いてから御帰宅ください。私が責任を持ってお送りします」


 おいおい、臨時とはいえ騎士団長様が直々にお送りはまずいんじゃないか?


「そんな、騎士団長のディラック様にお送り頂くなんて申し訳ないですよ」

「気にしないでください。騎士団長ではなく、兄が妹の護衛をするとでも思ってくだされば……。それとビスマイト殿にも用事があります。先日頼んでおいた剣の修理がそろそろ終わる頃でしょう」


 本当にこの人は良くできた人だな。人格者でもあり、気遣いもできる。シャルルさんと竹馬の友というのも頷ける。性格イケメンは、どこまで行っても良い人だよ。


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