第13話 能力の仮説
――― ヴルド家の夕食は、非常に豪華なものだった。
俺以外には、ディラックさんとメルクさんがテーブルに着いたが、テーブルが大き過ぎる上に、乗っている料理の量も種類も多すぎた。ブラッドール家の食事も結構豪華な方かと思っていたが、それはあくまで庶民レベルの話。やはり貴族は桁が違っていた。
「カミラちゃん、好きなだけ食べてね。半分くらいは私が作ったのよ」
「えっ?! お母様は料理もなさるんですか?」
「そうよ。貴族の夫人が料理するのは、珍しいとよく言われるけどね。でも自分で好きな物を作った方が楽しいでしょ?」
「そうですね。料理はやっぱり作った人の心がこもりますし」
そう言うと、メルクさんは嬉しそうにしてくれた。一方のディラックさんは、およそ貴族らしくない
豪快な食べ方だ。あっという間に皿に乗った料理を平らげている。きっと冒険者時代に身に付いちゃった悪癖だろうなぁ。貴族のお坊ちゃんなのに。ここだけ見たら、ちょっと残念な人かもしれない。
「あら、カミラちゃん、食が進んでないわね。私の料理はお口に合わなかったかしら?」
ちょっと心配そうな顔をしている。うん、メルクさんの料理は美味い。エリーと同等かそれ以上だ。それに食材も新鮮で高級品なのだろう。素材も良い味だ。
「いえ、そうではありません。この料理、とても美味しいです。でも私、食べるのが遅いので……」
と自分の左腕に視線を落として見せた。そう、必然的にフォークとナイフを持ち替えながら食べるため、普通の人の倍の時間が掛かってしまうのだ。家ではいつもエリーが一口サイズに切り分けてくれていたので、皆と同じペースで食べることができる。さすがに他人の家で、切り分けてくれとは言えない。
「私ったら本当に馬鹿ね。気が利かないお母さんでごめんなさいね」
メルクさんはさすがの勘の鋭さだ。直ぐに俺の状況を察していたようだ。
「大丈夫です。遅いですけど一人で食べられますから」
「いいえ、ダメよ。食事は皆で一緒に食べないと美味しくないでしょ」
そういってメルクさんは俺の左側に座ると、皿の料理を徐に一口大に切りはじめた。メイドも加わって皿一杯の料理が素早く切り分けられた。
「はーい、じゃあ、アーンしてみて。お母さんが食べさせてあげるから」
「い、いえ……。そこまでは家でもやってもらっていませんので」
危ない。この人、世話好きだから、こちらが少しでも甘えてしまうと、徹底的にお世話されてしまう。自重しよう。
「えー、残念。自分の娘にご飯食べさせるのが夢だったのに……」
きっと、実の息子にはあまり手を掛けられなかったんだろうな。貴族の場合、子育ては当然乳母がいて、実母は手を出せないのだろう。俺をやたら可愛がるのも、その反動かもしれない。そう考えると、ちょっとは甘えるのも良い事だろうか。
夕食を食べ終えると、宿泊する来客用の部屋へとメイドさんに案内してもらった。
凄い。さすが貴族の客間だ。部屋の広さもさることながら、家具の装飾から使われている布や刺繍の緻密さ美しさ、すべてが異次元だ。ファンタジー系の貴族の館は、絢爛豪華というイメージだが、想像を上回るものだった。小市民の俺には、逆に落ち着かないところがあるが。
案内してくれたメイドさんに礼を言う。ここで一つ頼みをしてみた。そう、自分の力の謎について、考えを纏めるために、筆記用具を借用したいのだ。
俺が依頼すると、メイドさんは大急ぎで筆記用具を持ってきてくれた。ただし、メルクさんがおまけで付いて来た。
「お母様、どうされたんですか?」
「あなたその歳で文字の読み書きできるの?」
「はい。記憶はないですけど、文字の読み書きは覚えています」
「どのくらいできるのかしら? たとえば人の話した言葉を書き留めたりは?」
「できます」
「専門書、たとえば鍛冶関連の本は読めるかしら?」
「はい、それも問題なくできますけど……」
メルクさんは途端に考え込んでしまった。今までの天然ボケでお転婆なキャラが、一気に大人しくなっている。
「聞いていると思うけど、12歳で読み書きができるなんて、普通あり得ないのよ……」
「貴族の一部の方は、未成年でも読み書きができると聞きましたけど」
「それは貴族でも、王室と直接の血縁関係があるほんの一握りね。未成年から教育されると言っても、早くても14歳からね。専門書が読めるようになるのは、20歳くらいからよ」
「そう……なんですか」
俺の年齢でスラスラ専門書が読めたり、話し言葉を書き留めたりできるのは、明らかに普通ではないという。可能性があるとすれば、王室の直系だけだそうだ。はっきり言えば、王女や王子だ。
「貴女は、思った以上に身分の高い家の生まれかもしれないわね……」
「でも今の王室には、私に該当するような方はいらっしゃらないんですよね?」
「ええ。まだ今の陛下は独身だし、その父君も今の国王以外に子供は、できなかったわ。それは間違いない。側室も作らない主義の方だしねぇ」
「ということは、私は何者なんでしょうか?」
「手掛かりになるかどうかわからないけど……カミラちゃんは他国の王族なのかもしれないわ」
たぶんそれで合ってる。俺が以前、夢でちらりと見たこの体の持ち主の生活は、王族扱いされていた。だけど大分古くて狭い城だったから、この国ではないとは思っていた。
「メンデルのお城は、改築されたとかってありませんよね?」
「内装を変えたことはあっても、大きさや外装はほとんど変わってないはずよ」
「そうですか……」
推測はやはり誤っていない。メンデルの人間ではなく、他国の王族の可能性は高いな。
「きちんと言っておくわね。どの国であれ、この大陸では王政の国が殆どなの。だから王族というだけで、絶対的な権力を持つのよ」
「でもメンデルは、議会制なんですよね?」
「昔は王政だったわ。議会制と言っても、結局議員は王族と血のつながった貴族が選ばれる事が多いのだし、表面的に国王陛下が国のシンボルになっただけ、というのが正しいかもね」
なるほど。王族の政治不介入を建前にしつつ、市民が貴族から選挙で議員を選ぶのか。本音は、見せかけの選挙と議会制で、強固な身分制度への不満を逸らしているという訳か。上辺を民主主義のようにしておけば、市民も自分で街を作り上げているという感覚になるだろう。必然的に愛国心も湧くということか。選挙も裏で票を操作して可能性があるな。都合の良い貴族が当選するようになっているのかもしれない。
汚いようだが、大衆を操作する政治手法としては、立派なものだ。民主主義という言葉につられて、この国へ移民したいという人間も出て来るだろう。
「王族同士も国を越えて親戚であることが多いのよ。基本的にどの国でも、その血縁者は、普通の貴族とは別に扱われるのよ」
「別……なんですか?」
「貴族は王族のために存在するの。王族からみたら貴族はただの使い捨ての駒ね」
「そんな、酷い……」
「私が言いたかったのは、王族と貴族の間には、どの国であっても大きな身分の壁があるってことなのよ。カミラちゃんが他国出身でも、もし王族だったら私はこうして対等に話す事も許されないのよ。王族の命令には絶対服従、命を捨てることも厭うな、と教えられているわ。それが貴族本来の存在意義なのよ」
これは考えを変えないといけないな。まさかそこまで徹底した絶対王政の世界だったとは。日本の武家社会も、侍が主君に命を捧げて奉公するのは当たり前だった。それを思えば理解できなくもない。
「でもお母様、私はただのカミラです。そしてこの家の縁者でブラッドール家の次期当主です。それだけです……。それが私のすべてです」
「カミラちゃんは良い子ね。身分や境遇なんてものを抜きにしても、私は貴女を好きになっていたと思うわ」
「でも今の私では、その恩義に応えることができません」
「恩なんて感じる必要はないわよ。家族なんだから」
思わずウルっと来た。やっぱりこの体は涙を流していた。これはおっさんの俺でも泣けてくる言葉だよ。メルクさんは、俺の小さな体を優しく抱きしめてくれた。心地良い。きっとこの体の持ち主も、こうして母親に抱かれたかったんじゃないかな。
そうだ。思い出した。夢の中で見たこの体の持ち主は、母親とほとんど会えていなかったな。重い病気だったんだっけな。体が金属になって行くというかなり特殊な病気だった。しかも感染する可能性があったから、近寄れなかった。もしかしたらデスベア、そして俺の謎の力と関係があるのかもしれない。すべては推測でしかないけど。
「じゃあ今日はお母さんと一緒に寝ましょうねー」
「えっ、あっあの……はい」
そうかこの人、本来は母性に溢れているのに、それを発揮する機会を全然与えて貰えなかったんだな。
ここで俺にベッタリなのも、きっとその辺に原因がありそうだ。
客間のベッドは、大きいので2人で寝てもまだまだ余裕があった。たぶん大人が3人で寝ても十分な広さだ。恐るべし貴族のベッド。
◇ ◇ ◇
朝目覚めると、隣にはもうメルクさんはいなかった。
朝食のいい匂いが漂ってくる。パンと卵、極上のコーヒーの香り。うーん、たまらないね。
俺が目を覚ましてベッドから半身を起こすと、直ぐにメイドさんがやってきた。この人、超能力でも持っているのか? それとも俺が寝ているのを、どこかでじっと見ててくれたのだろうか。この気の利き方とタイミング。普通じゃないよな……。
パパッと着替えて早く朝食にありつこう。そして午前中に推測のまとめをして、夜には皆にちゃんと話をしたい。
そう思っていたが、有能過ぎるメイドさんが俺の計画を許してくれなかった。きちんとした湯浴みから始まり、髪を洗い整え、乾かしてからドレスに着替えさせられた。着付もお任せ状態だったが、何だかんだで目が覚めてから1時間半は経過している。
日本でサラリーマンをやってた頃は、起床したら顔を洗って飯をかき込み、歯を磨いて3分でスーツに着替え、そのまま電車で会社にGO! だった。起きて15分で戦闘態勢。対してゆったり時間が流れるこのスローペース。やっぱりまだ慣れない。悲しい時間貧乏の癖が抜けていない。
ドアがノックされたので返事をすると、驚いたことにビスマイトさんとニールスさんが立っていた。
「お父様! どうして此処へ?」
「いやー実はいろいろ話が立て込んじまってなぁ。結局ビスマイトと徹夜で飲んでしまったんだよ。そしたら朝になって急に”カミラに会いたい”とか言うもんだから、連れて来ちまったんだ」
「ニールス叔父様、ありがとうございます。父がいろいろとご面倒をお掛けしています」
「フハハハハッ! ご面倒か! こりゃあいいや。この歳でもう立派なレディだよな、カミラちゃんは。
うちの息子にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわい」
「カミラ、話は全部聞いた。今まで誰にも言えず苦しんでおったのだな。苦労をかけたな……」
「お父様、そんな事はありません。私の方こそ正直に言えずこんな事になってしまって。本当に申し訳なく思っています」
「カミラちゃん……申し訳なくなんかないよ。おかげでうちには娘が1人増えたんだ。しかもブラッドール家と繋がりもできたんだ。嬉しさしかないよ、儂には」
ありがたいお言葉だが、2人とも貫徹で飲み明かしただけあって酒臭い。冒険者時代の昔話も加わって、盛り上がっちゃったんだろうな。こういう関係、羨ましくもある。
「皆さん、立ち話も何ですから朝食にしましょう」
いつの間にかメルクさんが後ろで聞いていたようだ。この人、本当に間が良いよな。朝食はこれまた豪華な肉料理付きのボリューム感あるものだった。朝から重いな。でもビスマイトさんが切り分けてくれるという、ありがたい状況になった。食べない訳にはいかないよね。
ビスマイトさんは、どことなく嬉しそうな顔をしていた。この人も早くに子供を亡くしているからだろうな。子供の世話をするという父性が、行き場を失っちゃったんだろうね。少し甘えるのも親孝行ってものかもしれない。
朝食を取り終えると、ニールスのおっさんは急に眠気が来たらしく、直ぐに自室に戻って寝入ってしまった。年齢も年齢だし、アルコール入りの貫徹は辛いだろう。ビスマイトさんもお腹がいっぱいになったせいか、眠気を訴え出した。
「じゃあ、カミラちゃんのベッドを使うといいわ」
メルクさんが気を利かせてくれたようだ。おそらく、ビスマイトさんが俺と話をしたがっていると思ったのだろう。ビスマイトさんは疲れた様子だった。アルコールは抜けていたが、顔色がいつもより悪い。頑固そうな顔も心なしか辛そうだ。
「カミラ、これからも頼むな」
「もちろんです。こちらこそよろしくお願いします、お父様」
口下手なビスマイトさんらしい。ひと言で語ってしまう辺りは、やっぱり不器用な昭和のオヤジだよね。
「うむ。儂は一眠りさせてもらう」
そう言って横になると、直ぐに寝息を立てはじめた。渋い頑固親父は、寝てる時も何だかカッコいいな。
さて俺は自分の力について、これまで得た情報を基にいくつか仮説を立てた。メイドさんに用意してもらったメモ用紙に、書き起こす作業をする。
まず自分の能力から整理しよう。
・高い再生能力
・怪力と動態視力(戦闘能力)
・血の毒
この3つがあるが、すべてこれまでに聞いたデスベアの能力と一致する。もし以前見た夢が事実だとして、この体の左腕が本当にデスベアに喰いちぎられたのなら、今生きている方がおかしい。なぜなら、デスベアの血は猛毒だからだ。牙から体内に入った毒と病原菌は、生きる物すべてを殺す。
つまり、この体には元々デスベアの血や体液に対抗する、何らかの力が備わっていたと考えるのが自然だ。
そして魔剣の話だ。俺が普通にフォークやナイフを握っても魔剣化したりはしない。だが戦いに使った剣は魔剣化していた。鍛冶で打った剣もすべて魔剣化していた。
さらに、ケッペンに斬られた時は、再生も治癒もしなかった。噴き出た血も猛毒ではなかった。だがナイトストーカーのゴロツキ相手には、その力が発揮された。
推測されることは、俺の中に能力発動のスイッチがあるということだ。そのスイッチは恐らく”闘争本能”と”生命の危機”だろう。これら2つが揃う、あるいは片方があるレベルを超えること、発動状態になると考えると辻褄が合う。
結論としては、
1、毒や病原菌を解毒・無効化する体質を持っている
2、腕を喰われた時にデスベアの力を取り込んだ
3、魔剣はデスベアの血が深く関与している
こんな感じだろうか。
だが、相変わらずこの体の持ち主の素性はよくわからない。デスベアの生態から何か地理的な情報を引き出せるかと思ったが、情報が少なすぎた。城に行く事ができれば、研究者から何か情報を得られるかもしれない。
まぁ、今はこれで十分だ。とにかく、ディラックさんが急場を凌げるだけの理屈があればいい。あとは自分自身の力のコントロールが急務だね。
書き物をしていると、あっと言う間に時間が過ぎる。ビスマイトさんは、思い出したように目を覚まし、今日は鍛冶組合の重要な会議があると言って、大慌てで出て行った。
朝一番から城で俺の事を説明してくれていたディラックさんは、夕方になると戻って来た。夕食時に俺は、今日纏めた仮説を話す事になった。
「……えーっと、推測ですけど以上です」
俺が話し終えると、誰もが茫然とした顔をしていた。少し突飛な説だったかもしれないな。
「あの、おかしなところがありましたか?」
「いや、カミラ殿。見事な推論でちょっと驚いてしまって……。城の研究者達も相当な論客なのですが、その歳でカミラ殿も負けてない」
「儂も感心した。だが、推測を実践して確かめる必要はあるな」
「その通りですね。危険を伴う能力なので、迂闊に試せないのが難点ですが、実践して裏を取る必要があります」
「よしわかった。明日にでも早速試すことにしよう」
「父上、待ってください。試すと言ってもどうされるおつもりですか? まさかカミラ殿を無理矢理にでも、危機に追い込むつもりですか?」
「そうだな。厳しいようだが、ここは正確に見極める必要があろう。でないと、犠牲者が出る」
ニールスさんの眼付と雰囲気が一気に変わった。戦いの匂いを含んでいる。歴戦の元騎士団長の覇気は、まだ失われていないようだ。
でも確かに言う通りだ。もしも俺自身、この力を正確に把握できれば、今後いろいろと助かる。他人を助けることもできる。立ち回りが上手くできれば、迷惑を掛けることもない。謎のまま放置しておけば、またいつか多くの人に迷惑を掛けることになりかねない。
「ぜひお願いします、叔父様」
「ちょ、ちょっと大丈夫ですか?!」
「大丈夫です。それより、私の血を浴びずに済む方法を考えておいてください」
「ふむ。そいつは任せろ。昔、巨大ヒドラと戦った時の秘密道具がある。あいつらも血に猛毒を持っておった。儂もビスマイトも危ないところでそれに助けられた」
「秘密道具……。どういう物なんですか?」
「それは明日のお楽しみじゃよ。心配はいらない。ビスマイトも儂と同じことを考えるだろうし、実績もある。ここだけの話じゃがな、実はデスベアの血で試したこともあるのだ」
「ええっ!? でもどちらでそれを?」
「もちろん城の地下じゃよ。寝ている熊からこっそり血を抜いた」
「……父上、今のは聞かなかったことにします」
「ガハハハハ、まぁ良いではないか、禁破りの1つや2つ。それが今、こうして役に立つ時が来たんじゃから!」
この父さんもなかなかに豪気な人だな。それくらいでないと、騎士団長なんて過酷な職務は務まらないのかもしれない。