第10話 伝説の悪魔
俺は昨日の赤いドレスではなく、もっと落ち着いた感じの蒼いドレスをチョイスした。もちろんエリーのお下がりだ。儀式で自己主張しても仕方ないだろう。やはり赤は目立ちすぎる。この蒼いドレス、なかなかに綺麗な色だ。たぶん今までで一番この顔に似合っている。そうか、俺のカラーは蒼だったのか。そのせいか、一緒に家から出るビスマイトさんの顔も心なしか、いつもよりほころんでいたような気がする。
「お父様、城には頻繁に訪問されるのですか?」
「うむ。武器防具の修理や注文で訪れることがある。それに鍛冶師コンテストがあるから、最低でも4年に1回は嫌でも行く事になるがな」
そうだった。鍛冶師のオリンピックみたいなイベントがあるんだったな。優勝した者が4年間、メンデルの栄誉を得るんだったけ。東西横綱の優勝決定戦みたいなもんか。
近くで見る城は、思った以上に大きかった。よく日本人は”東京ドーム幾つ分”という言い方をするが、少なくとも東京ドーム20個分以上はあるだろう。高台に建っていることを考えると、地下も広いだろう。その広さたるや、ちょっとしたダンジョン並だろうな。
巨大な表城門を抜け、衛兵のチェックを受ける。さらに立派な石造りの門を潜り、控室に通された。そこで何人かの役人と挨拶を交わし、暫く待つように言われた。俺とビスマイトさんは、コーヒーを飲みながらゆっくり過ごすしていた。
準備や調整があるので、あと3時間は待つようにということだった。だったら集合時間を変えてくれよと思う。国王陛下はお忙しいのだろう。
俺はこの時間を利用して、ビスマイトさんにメンデルの政治について話を聞いていた。ビスマイトさんも職人なので、政治には疎い方だが、それでも貴族の屋敷に出入りしているせいか、普通の市民よりよっぽど詳しかった。
「この国の国王は政治とは無関係だ。王家は確かにあるのだが、今は象徴に過ぎない」
「では、政治はどなたがやっているのですか?」
「貴族が構成している議会で決まっている」
これは意外だった。立憲君主制かと思っていたら共和国制度なのか。王様の絶対的権力の下に全員がぶら下がっていて、貴族はお気楽身分かと思っていたのだが……。
「議員は貴族の世襲制なのですか?」
「世襲制には違いないのだが、少し事情が違っているな」
「どういう事でしょう?」
「議員は100名で構成されるのだが、立候補できる貴族は、1000名以上居るのだ。これを市民が投票で選ぶ仕組みになっておる」
「貴族が1000名もいるのですか!」
「少し歴史的な話になるが、メンデル領は長い歴史がある。貴族や皇族の数も相当なものになる。隣国の皇族や王家との婚姻関係や親類縁者を含めると、かなりの数になる」
「貴族を議員として選ぶ市民には、資格のような物が必要なのでは?」
いわゆる現代日本で言うところの”選挙権は大人にならないと得られない”。そういう縛りだ。
「うむ。それが家を継いだ嫡子、当主にのみ許されるのだ」
そういうことか。だから鍛冶師の元締めのようなブラッドール家は、議員選抜に大きな影響力を持つのか。その当主を国王が任命するのは、”単に鍛冶がこの国の基幹産業だから”、という訳だけではなさそうだ。
となると、議員やそのポストを狙っている奴らが、この儀式にかこつけて接触して来るという訳か。今日のセレモニーは、終わった後が面倒くさそうだ。さっさと退散するに限る。もう政治上の駆け引きは日本だけで十分だ。下らない政争に巻き込まれたら、この素晴らしいファンタジーな世界が台無しじゃないか。
「という訳だからして、お前は今日、目立ってはならん。貴族どもがハゲタカのように群がって来るからな。拝謁が終わったらそのまま直ぐに帰るぞ」
「わかりました、お父様」
事情はわかったが、これでは図書館の件を持ち出すのは難しいな。さてどうしたものか。貴族との繋がりがない訳ではないし、ここは一旦大人しく引くべきなのか。
2時間も過ぎると、一通りの世間話が終わり、ビスマイトさんも会話に慣れて来たのか、俺に聞きにくいことを喋りはじめた。
「カミラ、お前はディラック様の事が好きなのか?」
「……いえ、私はまだそういう事を考えられる歳ではありません」
「ゴホッゴホッ。そうか、それならいいんだ」
ビスマイトさんは明らかに安堵した表情だった。やっぱり心配だったんだろうな。俺も娘が居たらこういう心境になっていたのだろうか。
暫くすると、役人から声がかかり、拝謁の間に移動した。拝謁の間には、王冠を付けた太っちょな王様が玉座に座っていた。そこから長く絨毯が伸びていた。さすがの豪華さだ。俺とビスマイトさんは、畏まりつつ跪いて挨拶をした。儀式はこれで終わりだった。大袈裟なものを想像してただけに、拍子抜けしてしまった。
その時だった。地下から大きな唸るような声がしたかと思うと、城の床が大きく揺れた。パラパラと石の粉が頭の上に振って来た。
……地震? いや違うな。耳を澄ませると、何十人もの悲鳴が聞こえて来た。そしてまたズズンという響きと共に、恐ろしい断末魔の悲鳴が聞こえて来た。大勢の人間の声だ。
「何事じゃ! さっさと収拾せよ!」
国王がイラついたように側近たちに命令すると、そこに血塗れになった衛兵が現れた。
「もっ、申し上げます! 研究用モンスターが逃走しております。国王陛下におかれましては、今すぐに城外へお逃げくださいませ」
「何を申すか。モンスターの1匹や2匹、さっさと処分せい」
「そっ、それが……。逃走したのは大変凶暴なモンスターでして」
「騎士団は何をしている? 一騎当千の騎士達がおるであろうが。速やかに対処せよ」
そこへ今度は顔の青ざめた騎士が走り込んで来た。もう血の気が無い。手足は恐怖でカタカタと震えている。
「申し上げます、陛下。ただいま騎士団と近衛師団が、脱走中のモンスターと交戦中でございます。あと数分程度しか時間が稼げませぬ。何卒速やかに城を離れるようお願い申し上げます」
「貴様ら騎士団が対処に当たっているなら、もう問題なかろう」
「逃げ出したモンスターが悪すぎます。既に騎士団長と近衛師団長は交戦の末、殉職されました」
「馬鹿な! あやつ等は騎士の中でも最も強い武力を持つ者たち。1人でオーガ1000匹を斬れる強者達なのだぞ」
「……逃げ出したのは、”伝説の悪魔”です」
「あれはもう封印してから400年も経つ。死んだのではなかったのか?!」
「畏れながら陛下。アレは悪魔。とてつもない怪物でございます。そもそも人の手には負えません。あの巨大熊は……」
周囲からどよめきが起こった。聞いただけで、その場で失禁する者まで現れた。荒事に慣れていない役人達は、我先にと逃げ出す者までいた。
「余は逃げる訳にはいかぬ。本当にあの悪魔が蘇ったと言うならなおさらじゃ。もしもアレを外に出したら、この国どころか西部諸国連合が破滅する」
「へ、陛下……」
「何としても食い止めよ。どのような手を使っても構わぬ!」
「は、ははっ」
震えていた騎士は、がっくりと肩を落とし、そのまま元来た方へ帰って行った。
場は大混乱していた。騎士や兵士が右往左往し、役人たちは全員逃げ出していた。国王陛下と側近1名だけが玉座に居る。
どうやらこの城は広さに任せて、モンスターの研究をしていたようだな。狂った知識人のやることは、大体相場が決まっている。大方、モンスターの力の秘密でも解析しようとしていたのだろう。悪魔の正体は、ドラゴンなのか、それとも吸血鬼なのか、それとも本当に”なんとかデーモン”とかいう悪魔なのか。どうやらボスキャラ級に危険な相手のようだな。
俺とビスマイトさんは当然相手にもされず、完全に放置されていた。国王の命令で城門は堅く閉じられてしまった。モンスターを逃がさないためだろう。
ビスマイトさんも事の大きさを理解したようだ。
「カミラ、このような事に巻き込んでしまってすまぬ」
「いいえ、私はお父様に命を救われた身です。お気遣いは無用ですよ」
「お前はどうしてこんな非常時にも、落ち着いて居られるのだ。本当に不思議な娘だ。儂なぞ覚悟を決めているはずなのにまだ震えが止まらぬ。一騎当千の騎士団長様が殉職されたとあってはな。団長様の剣を打ったのは儂なのだ。あの剣は、名剣中の名剣であった。それでも勝てぬ相手となれば、本当に悪魔以外の何者でもなかろう」
ビスマイトさんは俺をしっかと抱きしめた。微かに震えているのがわかった。
そうか、この国の騎士団は、それほどの武力を誇っているということだな。市民が無条件で信頼を寄せるほどの。それが敗れたとなれば、敵の強大さが嫌でも実感できるというものか。
しかしこれは考えようによってはチャンスだ。モンスターと鉢合わせするのはごめんだが、この騒動にかこつけて、図書館に潜り込めるかもしれない。だけどこの城、広すぎて勝手がよくわからんしなぁ。
とはいえ、この非常時なら城内を自由に歩き回れる。
「お父様、このような時に申し訳ございません。少々席を外してもよろしいでしょうか……」
「どうした? 今ここを離れるのは危険だぞ」
「お手洗いです」
「そっ、そうか、では儂も付き添おう」
俺はビスマイトさんの厚意を全力でお断りした。心配はありがたいが、ここで付いて来られると図書館潜入作戦が遂行できない。
トイレの大体の場所を教わると、俺はドレス姿で走りに走った。
直ぐに大きな会議室のような扉を発見した。この扉の重厚感と装飾の美しさ。うん、これは間違いなく本の匂いがするね。
ギギィと大きな音を立てつつ、両開きの扉を開けると、そこは地獄だった。俺が夢に見た、まさにその巨大熊が、部屋の中央に立っている。本ではなく、いきなり本物に出会ってしまうとは。俺はそれほど強運なのか? できれば本物に対面するのは、十分リサーチした後にして欲しかったがね。
正確にはそこは部屋ではなかった。どうやら室内で騎士達が訓練するための室内闘技場のようだった。騎士達はこの巨大熊をおびき出して、囲んで攻めたてようと思ったらしい。
だがその作戦はNGだ。巨大熊の周りには、夥しい数の騎士の死体が累々と積み重なっていた。血の匂いが凄まじい。手足をもがれた者や、首から上が無くなっている者、鎧ごとペシャンコに潰されている者。内臓がそこかしこに食い散らかされている。
エリーなら見ただけで卒倒しそうだな。
ということは、コイツが例の復活した”悪魔”の正体か。何というタイミングなんだ。もしかして神様爺さんの仕業なのか?
生き残っている騎士もあと僅かだった。もう10人も残っていない。その中に”彼”の顔はなかった。もしかしたら、積み上っている死体の方に居るのかもしれない。頼む、ディラックさん、死んでくれるなよ。シャルルさんが悲しむから。
残った者達の顔には生気がなかった。もう玉砕して死ぬしかないと命を諦めた顔だ。全員に死相が出ている。
俺は素早く巨大熊の爪と牙、そして目を確認した。紫色と緑色の組合せ。間違いない。こいつは俺の夢の中に出て来た熊と同種だ。俺の左腕を喰いちぎったのもこの熊だ。
「おい、そこの子供! 早く逃げろっ!」
逃げ腰になっている騎士が親切にも俺に忠告をくれた。
だがそれが仇となった。巨大熊は俺に興味を示し、物凄い勢いで近づいて来た。ヤバいと思った瞬間には、時すでに遅し。熊の巨大な爪が俺の胴を薙いでいた。10メートルを超える巨体なのに、でたらめなスピードだ。剣を振るう速度なんて比べものにならない。
内臓がどっさり持って行かれる感覚があった。完全に内臓が露出し、ショック死コースだ。そういえばこういう感覚、以前にもあったな。ナイトストーカーに襲われた時か。だが奇跡は2度は起きないだろうな。あの時のように、傷が瞬時に治癒してくれれば嬉しいのだが。
強く願いながら自分の腹部を見ると、服は剥ぎ取られているものの、見事に傷は完治していた。痛みを感じたのは一瞬だった。瞬時に完治したと言っていいだろう。
また例の力発動か。どうしてケッペンに斬られた時は発動しなかったのか。……相変わらず謎が多いな。もしかして、何か発動条件があるのかもしれない。だが、まずはこの状況をなんとかしなきゃいけないだろう。
俺は足元で死体になっている騎士から、剣を1本拝借した。あいにく長物のバスタードソードだった。両手で持ち、どっしりと構え、剣自体の重さを利用して敵を叩き斬る剣である。そもそも片手で扱う剣ではない。ましてやこの幼女の体、持ち上げるのも難しいかもしれないのだ。
だが、どういう訳か右手だけで1.5メートルはあろうバスタードソードが軽々持ち上がった。正直に言おう。当然自分の身長より剣の方が長い。そして、持ち上がっただけではない。簡単に振り回すことができた。重さをほとんど感じない。自分の部屋で振り回していたカタールよりも軽く感じる。むしろ軽すぎてバランスを崩してしまうほどだ。
やったぜ。あの怪力モードが戻ってきた! これならこの熊とも戦えるかもしれない。
俺はバスタードソードを肩に担いだまま、巨大熊から目を逸らさないようにして、素早く騎士達の前まで移動した。
正直、怪力モードになった俺の姿を見られたくない。またエリーの時のように、目撃証言を誤魔化すのは面倒だからな。
「皆さん、私が時間を稼ぎます。外に出て応援を呼んできてください」
「しかし、君は騎士ではないだろう? ここに1人置いて行くわけにはいかない」
「大丈夫です。むしろあなたたちが居ると足手まといです」
「なんだとコイツっ!」
騎士のプライドに障ってしまったようだが、反論するその台詞にはもう力はなかった。
これだけ一方的に斬殺されているのである。しかも、自分たちの親玉である騎士団長と近衛師団長が揃ってやられているのだ。ワンサイドゲームというより、一方的な殺戮だ。戦いにすらなっていない。
「黙れっ! さっさと部屋の外に出ないと全員死ぬぞ!」
俺はこれ以上ないくらいの圧力を込めて怒鳴った。幼女だから、それでもまだ可愛いくらいの声しか出なかったが、体の芯から怯えきっていた騎士達には、それでも効果があったようだ。
「わ、わかった。応援を呼んで来る。だが万が一のために1人は置いて行く。囮にくらいは使えるだろう」
さすが軍隊。いざとなったら味方を囮にする作戦もアリか。でもこの状況じゃ、彼らにはもう玉砕以外に手が無いからな。
女騎士が1人残った。怯えている様子はないが、絶望に包まれた顔をしている。本当は自分も逃げたかったのだろうが、まさか民間人の幼女を残して逃走はできないと思ったのだろう。騎士としての誇りは褒めておこう。
まぁいい。1人だけなら何とか誤魔化せるだろう。恩を売っておけば、後から言いくるめることもできるし。
「あなた、名前は?」
「り、リビエラです」
「リビエラ。私からなるべく離れていなさい。巻き込まれると死ぬわ」
「は、はいっ!」
うむ、いい返事だ。この状況では、勢いのある俺の言葉に従うしかないんだろう。
リビエラが剣の間合いから十分離れたのを確認して、俺は改めて熊を見上げた。
でかい……。しかもあのスピードとパワー。もはや存在自体が天災だな。どんなに強い人間も竜巻や雷には敵わない。流れ来る火砕流に向かって剣を振っても意味はない。そんなレベルの相手だ。
しかし、熊の方も俺を警戒しているようだ。先刻の爪の一撃で、仕留めたと思った獲物が、まだ生きているのだから。
「おい熊公、よくも俺の腕を喰いちぎってくれたなぁ。おかげで不自由してるんだぜ」
グルルと熊は低い唸り声を上げた。まさか言葉がわかるとは思えない。単に攻撃の機会を狙っているのだろう。
次の瞬間、熊が猛烈な速度で動いた。右、左、右と両腕を凄まじい勢いで次々と振り下ろして来た。これは速いな。さすがにナイトストーカーの連中とは桁違いだ。だが十分かわせる。ちょっとでも気を抜くと危ないけど。
一連の攻撃を出し切ると、熊は思い切りバックステップして俺から距離を取っていた。姿勢が低い。後ろ足にタメを作っている。猛ダッシュして俺を壁に叩きつける作戦か。紙一重でかわせたとしても、壁でターンしながら俺を捕まえて牙を突き立てることができる。狭い室内では有効な作戦だ。なかなか知恵もあるな、コイツ。
よし、この怪力のポテンシャルを試す時だ。どこから出てくるのかは不明だが、何しろ手刀で撫でただけで、成人男子の首を切り飛ばしてしまうほどのパワーがあるのだ。
紙のような軽さにしか感じないバスタードソードを力の限り叩きつけたら、どのくらいの破壊力になるのだろうか? 興味がある。もしかしたら、巨大熊の突進力に負けてしまうかもしれない。だがその時はその時だ。俺には再生能力もあるしな。何とかなるだろ。
予想通り、巨大熊は全力で俺の方へ突っ込んで来た。巨体が凄まじい勢いで床を蹴ったためか、その部分の床がへこんでいる。スピードのすさまじさがわかる。たっぷり体重の乗った巨躯が俺に向かって、突進して来る。さながらミサイルが飛んで来るようだ。
俺はバスタードソードを右肩に乗せた。左足を半歩前に出し、半身になった。熊が到達する寸前、肩に乗せた剣を力任せに叩き下ろした。全力を出せるって気持ちいいな。これならたとえ破れても悔いはない。
果たしてどうなるか。俺は吹き飛ばされてしまうのか。それとも突進を止めることができるのか。
俺の右肩から振り下ろされたバスタードソードは、低い姿勢で突進してきた熊の左こめかみにヒットした。そこから、頭蓋を断ち割り、首を斜めに切り下げ、右胸まで剣が斬り進んだ。まるでハムを包丁で斬るように、熊の巨躯は滑らかに斜め半分に裁断された。
外から見たら、俺の小さい体が、熊の体に入って喰われたように映ったかもしれない。
斬り残った下半身部分は俺の横を惰性で壁まですっ飛んで行った。それでもかなりの破壊力が残っている。何せ数トンはあろう肉塊が飛んでいるのだ。轟音と共にこの部屋の壁を破壊し、さらに隣の部屋の壁を何枚か抜いたところで止まったようだ。
俺の完全勝利だ。しかし凄いパワーだな、この幼女の体は。左腕を失ってから何があったのか。そこを知らないと、たぶんこのパワーの謎は解けないだろう。
気付いて見れば、全身熊の血でベトベトだ。このまま帰る訳にはいかない。せっかくの一張羅が台無しだ。蒼のドレス、気に入ってたのに。
「あ、あ、あっ、あのぉー」
不意に声を掛けられて驚いた。リビエラさんだった。すっかり存在を忘れていたが、巻き込まれずに無事生き残ってくれたか。よかった。
「リビエラさん、ここで起きたことはお話ししても良いですが、私の事は忘れてくださいね」
リビエラさんの顔色が悪すぎる。青ではなく紫色になっている。そして手足には黒っぽい斑点がたくさん浮かんでいる。もしかして、これは毒か? まさかあの熊公、血中に毒を持っていたのか? だとしたらまずいな。俺がたくさん飛び散らせてしまった。その上、俺は今、ヤツの血で塗れている。
推測を巡らせているうちに、あっと言う間にリビエラさんの体は溶け出し、いつか見たナイトストーカーのゴロツキ其の1のようになってしまった。完全に溶解して水状だ。この間、わずか十数秒。残念だがどうしようもなかった。
ま、まさかリビエラさんもスライムだったのか?! スライム人口多すぎるぞこの国。……なんて冗談を言ってる場合ではない。どうやら熊公の血は、恐ろしい猛毒のようだ。ちょっとでも触れた者を溶解する力がある。剣や服などは溶けていないことから、生物だけを溶解させるのだろう。
待てよ、どうして俺は溶けないんだ? これだけ返り血を浴びても影響をまったく受けていない。それどころか、俺の返り血で、今起きたようにゴロツキを溶かすことができたのはなぜだ?
まさかこの熊公とこの体の持ち主には、何か繋がりがあるのか? ちょっと謎が解けて来たような気がするな。どうやら俺の力は、この熊公に鍵がありそうだ。
だが、今は謎解きをしている場合ではない。早く離脱しなければ、面倒なことになる。応援を呼びに行った連中が、そろそろ戻って来るかもしれない。