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第1話 不幸の始まり

地味に新作スタートです。よろしくお願いします。

「ああ、もう死にたい……」


 俺は布団を頭から被り、うめき声を上げた。本当に死んでしまいたい。それほど辛い気分だ。


 自慢じゃないが、これまでがむしゃらに働いてきた。世間では「ブラック企業」と言われている会社だ。月の平均残業時間は150時間を軽く超える。もちろん土日はない。24時間365日営業がモットー。コンビニ並の稼働率である。おまけに残業代も出ない。条件だけを見たら、ほとんどの人が敬遠するだろう。


 でもこの会社、プロジェクトが成功すれば報酬は桁違いだ。大出世だって夢じゃない。高卒入社から10年で部長に昇進した人もいる。15年で生涯年収分を稼ぎ、早期退職して田舎でのんびり暮らしている先輩もいたりする。


 ただ……確かに過酷な職場だってのは認めていたけれど、今回のはあんまりだ。


 今朝も意気揚々、やる気を漲らせて出社した。誰も居ない。そりゃそうだ。始業2時間前だ。この早朝の仕事次第で、能率が大きく変わるのだ。そして始業時間には、既に仕事が一段落している。このスタイルが俺のやり方だ。睡眠時間を削ってはいるが、まだ38才。1日3時間も寝れば問題ない。体力には自信がある。


 このやり方が功を奏したのか、ここ1年で大きなプロジェクトを任されている。しかもプロジェクトリーダーだ。メンバーは40人。50億円を超えるビッグな仕事。成功すれば夢の大出世。年収も桁が変わるだろう。男だったら燃えない訳がない!


 ということで、この1年はひたすら人生を仕事に捧げてきた。おかげでプロジェクトも順調に進み、さぁこれからだと思った矢先の出来事だった。一言で表現すれば「昼間の悪夢」が起きた。


「あー、神谷(かみや)君、ちょっといいかな?」

「何ですか、部長?」

「君のプロジェクトなんだが……メンバーを半分に減らしてくれ」

「は? 仰っている意味がわかりませんが、どういう事でしょう?」


 部長は素早く俺の方へ寄って来た。声のトーンを下げ、口元を手で隠しながら話が始まった。


 嫌だなぁ。この人の加齢臭苦手なんだよね。早く話し終わってくれないかな、といつもはのん気に思っていたが、今回ばかりは匂いなんて気にしている場合ではなかった。


「実は例の件で、人手が他部署で足りなくなっちゃったんだよね」


 部長が言う”例の件”というのは、厳しすぎる上司に耐えかねて、1日で30人も退職者が出た事件のことである。社内では割と有名だったが、俺とは部署も仕事内容も違う。そもそもここは東京で、集団退職事件が起きたのは大阪だ。関係のない話だと思っていた。


「ああ、大阪事業所の件ですか。どうして私のプロジェクトから?」

「君の頑張りが上の方に伝わってるんだよ。優秀なプロジェクトリーダーが居るなら、メンバーは半分に減らしても大丈夫だろうって」


 目の前が真っ暗になった。あまりに勝手な決定だ。怒りを通り越して、虚しくなったとでも言えばいいのか。誰しも経験があると思う。理不尽過ぎて、ぐうの音もでないというやつだ。


「ね、頼むよ。すまんね!」


 部長は俺に向かって拝むようにして手を合わせると、早々に去って行った。


 冗談じゃない。このプロジェクトは、40人でもギリギリなのだ。1週間、家に帰ってないメンバーが何人かいる。それを半分の人数でやれというのは、死刑宣告だ。実質上のプロジェクト潰しだ。


 だけとあまりに不自然じゃないか? 俺のプロジェクトは上手く進んでいる。何も問題がない。それは上へも報告している。売上高も堅調なはずだ。


 早速、大阪事業所の知り合いに電話したり、経営者に近しい事務員たちにこっそりと情報収集をかけた。


 結果だけを見れば至極単純だった。俺のプロジェクト担当取締役が、社内の政争に負けて左遷されたのだ。だが、俺が担当しているプロジェクトは、引き続き進めることになったという。


 そしてまさかのメンバー半減。政争に負けた取締役にトドメを刺すために、俺ごとプロジェクトを潰すつもりなのだ。プロジェクトが潰れれば、当然責任問題となる。責任を追及されるのは、担当の取締役だろう。俺も残務処理の後、左遷されるか解雇されるかのどちらかだ。


 雲の上の出来事で、人生を振り回された感じだ。あまりの理不尽さに、思わずメンバーに口走ってしまった。時計は17時半を指している。定時だ。


「すまん。俺、今日はもう帰るわ」


 そこから先はよく覚えていない。いつもの通勤経路を夢遊病者のように歩いたことだけは、ぼんやりと覚えている。気が付けば、スーツを脱ぎ捨て、家で布団を被って横になっていた。


 1年間、寝る間も惜しんで来たプロジェクト。続行は無理だろう。凄惨な残務処理が明日から始まる。顧客に土下座して回るんだ。罵られるだけじゃ済まない。殴られたり蹴られたりするんだろうな。残りのプロジェクトメンバーもおそらく左遷だ。皆、俺の話を聞いて、どんな顔をするだろう。ああ、考えただけで憂鬱だ。


 これから確実に起こるであろう、嫌なシーンばかりが頭をグルグルと巡る。布団を被って寝るというのは、我ながら幼稚な逃避行動だ。でも憂さ晴らしに酒を飲んだら、川か線路に飛び込んでしまうかもしれない。そんな投げやりな気分だったのは間違いない。


「ちくしょう、何でここまで来て……」


 普段からの疲労も蓄積していたのか、布団のおかげなのか、直ぐに睡魔が襲ってきた。いっその事、このまま永遠に目が覚めなければいいのに。そんな逃げを考えながら、いつしか眠りについていた。


――― 気が付くと俺は夢の中にいた。


 変な爺さんが椅子に座っている。爺さんの前には、丸い鏡が何十枚と展開されている。さながら、ニュースで見るデイトレーディングセンターだ。これが夢だとわかるのは、その鏡が全部宙に浮いているからだ。夢じゃなきゃ物理的にあり得ない。


 彼はせわしなく鏡を覗き込んでは、意味のわからない言葉を叫んでいた。だがそのイントネーションから、何らかの指示をしているようだった。


 鏡には何が写っているのだろうか。そしてこの爺さんは何者なのか。どうせ夢だ。思い切って聞いてみよう。


「あの……」


 と言葉を出しかけた瞬間に、爺さんはクルリと俺の方へ向き直った。


「お前さん、死にたいのか? ならばもっと生きたいと願っている者と交換するぞ」

「えっ!? どういう事ですか?」

「儂は世間では神と言われている。なぁに、そうは言ってもただの魂の管理人に過ぎん」

「へー、そうなんですかー、大変なお仕事ですね」


 どうせ夢なんだから、どうでもいいやと思い始めていた。相手が神様だろうが悪魔様だろうが関係ない。この世で一番恐ろしいのは人間様だよ、馬鹿野郎。


「ふむ。それ程までにこの世から離れたいのか?」

「ええ、もううんざりです。やってられませんね」


 そうそう。夢なんだから気にすることはない。神様に思いっきり愚痴ってやった。


「そうか。ならば交換決定じゃな」


 そういって神様と名乗る爺さんは、一枚の鏡に手をかざした。


「後悔しても遅いぞ。この先、お前は間もなく死ぬ身じゃ。されど運が良ければ、また違った人生を歩むこともできるやもしれぬ。すべては努力と運次第。ま、望み通り直ぐに死ぬとは思うがな。ホッホッホッ、とりあえず頑張れよ」


 夢の中とはいえ、酷いじゃないか。神様とは思えない無慈悲な言葉を投げかけられた。俺が愚痴った仕返しだろうか。でもまぁいい、このままじゃ生きていたって死んだも同然だ。結婚もせずに必死で働き、すべてを犠牲にして積み上げてきた。それを理不尽に全部ぶち壊されたんだ。もうどうだっていいさ。


 これが、夢の世界で俺が最後に考えた事だった。


――― 眠りから覚める。


 何やら騒がしい。大勢の人の声が聞こえる。いつの間に朝になっちまったんだ? 遅刻だ! もう会社に行く時間じゃないか。そう思って気合を入れて重い瞼を開いた。


 そこは見慣れた自分の部屋ではなかった。鉄製の檻の中だった。


 目を開けたはいいが、体がやたら重くてだるい。今にも気を失いそうなほど腹が減っている。喉の渇きが激しい。一晩の睡眠で、人間は約コップ1杯分の水分を失うという。悪い夢を見て、寝汗をかきすぎたのだろうか。昨日は飯も食べてなかったな……。


 いやいやそういう問題じゃない! どうして俺は檻の中に居るんだ。もしかして意識が無い間に、何か犯罪でもやらかして、警察のご厄介になってしまったのだろうか?


 こういう時はパニックになってはいけない。きっと悪い夢を見て寝ぼけているんだ。ほら、テレビなんかでよくやってるアレだ。


「脳が覚醒しているのに体は寝ている。これが金縛りの状態。脳が眠っているのに体が覚醒している。これが寝ぼけている状態」


 ……だったかな? 兎に角まだ寝ぼけているに違いない。落ち着け。よし、大丈夫だ。


 全身の感覚を意識する。目をしっかり開き、改めて自分の体を確認する。着ていたはずのシャツとパンツがない。粗末な汚れた麻布が、腰に巻かれているだけだ。


 そして何より、体が小さくなっていた。足に力が入らず、立ち上がることができないので正確にはわからないが、小学生くらいの身長になっていた。痩せている。もうそれはそれは痩せている。あばら骨が浮いている。アフリカの餓えた子供みたいに、ぽっこりとお腹だけが膨れている。


 肌が抜けるように白い。白さを通り越して青白いレベルだ。俺はどちらかというと、色黒だったはずだ。明らかに、昨日までの自分の体ではないことがわかる。


 そして最大の違和感と相違点。あるべきモノがない。 ……つまり女の子の体だ。ハッキリ言えば、俺の体はいつの間にか、餓死寸前のガリガリに痩せた小学生女子になっていた。しかもなぜか檻の中だ。


「なんじゃこりゃあぁぁーーー!!!」


 叫びたい気持ちで一杯だったが、飢えと渇きで声すら出す事ができなかった。


 パニックになる自分を抑え、さらに観察を続ける。ある部分の感覚が無い。そう、この体には左腕がない。手が無いのではない。腕全体がないのだ。左腕が肩の付け根から完全に喪失している。ただし、傷口にはなっていない。生まれつきないのか、それとも事故で失われたのかはわからないが、ハンディキャップを背負った体になっている。


 さらにハッキリと言い直そう。今の俺は左腕にハンディキャップを抱えた、餓死寸前の小学生女児だ。


 まずいな。昨日より状況が悪化してるじゃないか。昨日はまだ普通のサラリーマンだったはず。俺の体は一体どうなっちまったんだ。


 めげずにさらに観察を続ける。一刻も早く状況を理解したい。そうだ。どんな難しいプロジェクトでも課題に直面したら、まず迅速な情報収集と分析が基本だ。”傾向と対策”ってヤツをきちんと実施するためには、何よりも情報が不可欠なのだ。


 冷たい鋼鉄製の床から、上半身だけをゆっくりと起こしてみた。金属と金属が擦れ合う音がした。これは……鎖だ。両足首に鉄の枷を付けられ、それが鎖で繋がれている状態だ。首にも細い首輪のような枷がはめられている。


 ……おいおい、これはどういう状況なんだ?


 いくら日本の警察が酷いといっても、こんな非人道的な扱いをするとは知らなかったぞ。それとも俺は、ここまで惨い刑罰を受けるほどの悪事を働いてしまったのだろうか。


 そう言えば、悪の組織に変な薬を飲まされた高校生が、小学生探偵になっちゃうアニメがあったな。いやいや、アレはあくまで架空の作り話。エンタテインメントだ。俺の状況はリアルな現実なのだよ。


 もしかして、これって映画とかでよく見る「奴隷」ってヤツじゃないのか?


 よし一度状況を纏めよう。そうだ、情報は纏めて記録しておくことが大切だと、プロジェクトメンバーに口を酸っぱくして言ってきた俺だ。今こそ経験を活かす時。


【昨日】

神谷 正人 (38才男、サラリーマン)


【現在】

神谷 正人 (小学生くらいの女児、奴隷)

・左腕がない

・餓死寸前である

・色白でガリガリ体型、あばら骨が浮いている

・足が痩せすぎなせいか立てない

・首輪のような枷をされている

・両足を鎖で繋がれている


 なんだこれは。状況的に詰んでないか。俺は一体どうなっちまったんだ。ここまで苦しさを感じるんだ。寝ぼけているなんて悠長なことは言っていられない。これは現実だ。


 目まいと倦怠感が酷い。段々と物がまともに考えられなくなって来た。栄養状態が極端に悪いせいだろう。


 まずいな、このままだと本当に死ぬかもしれない。初めて死を意識した俺は、夢の中で神様と名乗った爺さんの事をゆっくり思い出してみた。


 あの爺さん、そういえば「死んでもいいか?」とか「生きたいと願う者と交換する」とか言ってたな。

デイトレーダー顔負けのたくさんの鏡。あの鏡に、女児の悲痛な顔がチラッと見えたような記憶があるな。


 なるほど。そうか、あの爺さん本当に神様だったんだ。この体の少女は「死にたくない」と願ったのだろう。でもあの時俺は「もう死にたい」と願った。だから中身だけを入れ替えたんだ、あの爺さんが。


 そういえば「運が良ければ生き延びられる」とか、そんなことも言ってたっけ。


 段々、体が重くなって来た。指を動かすだけでもしんどい。本格的にヤバいかも。これが死ぬってことなのか。寂しいもんだな。こんなもんかよ、俺の人生ってのは。



……


…………


 い、嫌だっ! このまま死ぬなんて絶対に嫌だ! ふざけるな、何で俺が死ななきゃいけないんだよ。

冗談じゃない。何としても生きるんだ。生き残るんだ。


 思わず必死で手足をバタバタ動かす。これが最後の生存本能というヤツかもしれない。


 ふと檻の外に目が行った。今まで自分の体にしか注意が向かなかったが、檻の外を見て、死にそうに辛いことを忘れるくらい驚いた。


 石畳の路地。レンガ造りの家。ゴシック様式の尖塔。遥か彼方に見えるのは、装飾豊かな石造りの西洋の城。ここは日本じゃない。ヨーロッパの旧市街のようだ。


 いや、よく見ればおかし過ぎるぞ。行き交う人の服装が、およそ現代人とは思えない。灰色のローブを目深に被った男。上半身に金属の鎧を着けた女。腰から剣を下げているおっさん。胡散臭い魔法使いみたいな曲がった杖を振り回している人もいる……。そして中には、ちらほらと人とは思えない生き物もいた。動物ではない。人間に近い感じだが明らかに人間ではない。コスプレにしては、動きが滑らかで自然過ぎる。


 待てよ、この雰囲気、昔どこかで味わったことがあるな。そうだ、やり込んだファンタジー系のRPGで見たことのある景色に似ている。あとは最近観た映画の「指輪物語」。


 もしかして、ここってそういう世界? ん? だとすると、この展開は異世界転生ってヤツなの?


 ……いや違うな。転生した場合、俺の知ってる話では、大体が凄い能力を付与されて、いきなり魔王とか勇者になったりするって内容ばかりだ。


 でも俺は奴隷で、しかも今にも死にそうだ。映画やアニメなら、ここでパパっと魔法か何かで、解決する能力が出て来るんじゃないのか? 今俺が感じているのは、明らかに中世ヨーロッパのリアルな現実で、人間以上の力は無さそうだぞ。話が違うじゃないか。


 実はこういう世界、結構憧れてたんだけどな。ゲームや映画の世界だから、気楽に好きでいられたけど、実際に味わってしまうと、単に粗野な感じしかない。ロマンチックな雰囲気や魔法バトルでバッタバッタと敵を倒す世界とは程遠い。普通に現代人が、中世ヨーロッパにタイムスリップした感覚だ。


 平和で便利な現代文明に慣れきった日本人の俺。きっとこの世界は、生きるだけでもシンドイだろう。というか、たぶんこの檻から出られないだろうし、あと数時間で餓死する。


 ダメか…


 意識を失いそうになりながら、必死で鉄格子ギリギリまで這いずり寄ってみた。


 すると檻を覗き込む1人のおっさんと目があった。いや、俺も十分におっさんなんだが、俺から見てもかなり年上だ。うちの父親の年齢に近いかもしれない。顔には威厳のある髭が蓄えられている。厳しく頑固そうな顔だが、根は優しい。そんなタイプじゃないかと勝手に想像してみた。


 おっさんは、ひとしきり俺の体を眺めると格子の間から、手を入れて俺の頭を優しく撫でた。久々に味わったこの感覚。人に頭を撫でられるなんて何年ぶりだろうか。小学生以来かもしれない。思わず自然に涙が零れてしまった。


 今の俺の体は小学生そのものだから、絵面的にはさほど不自然じゃないはずだ。38才男が60才男に頭をなでなでされて涙を流していたら、ちょっと気持ち悪いかもしれないが……。


 ローブ姿でフードを目深に被った男が、寄って来た。明らかに胡散臭い。RPGの世界なら絶対に「黒魔術師」とかいう名前で出て来るに違いない。


「旦那、こいつはお買い得ですよ。ご覧の通り欠陥品。しかも理由(わけ)あり品は、5割引でお売りできますぜ」


 ……欠陥品? 俺のことか? 確かに左腕がないから欠陥品だろうな。しかし完全に物扱いかよ。人権ってない世界なのね。奴隷なら仕方がないか。でも理由(わけ)あり品ってどういうことなんだ。あの神様の爺さん、少しは状況ってもんを教えてくれてもいいじゃないか。でも、直ぐに死ぬ運命の人間に、状況なんて教えても時間の無駄か。


 そんなことを思っているうちに、目の前では商談が進んでいた。


「奴隷屋、これは正規ルートか?」

「何言ってるんですか。こんなの正規品の訳ないじゃないですか」

「ではもっと安くならんのか? 非正規ルートの販売はいろいろと危険だろうな」

「へへへ、旦那も嫌なところ突きますねぇ。わかりました、じゃあ6割引でいかがでしょう?」

「8割引だ」

「キツイですねー、旦那も人が悪い。7割引で勘弁してください。これ以上はあっしらも本当に商売あがったりですわ」


 ローブの男が手を揉みながら、髭のおっさんにヘコヘコと頭を下げていた。


「わかった、それで手を打とう」

「じゃあ、商談成立ということで。毎度ありー」


 どうやら俺は、髭のおっさんに買われてしまったらしい。過酷な奴隷生活が待っているのだろうか。


 どんな酷いことをされてしまうのだろう。”奴隷”という響きだけで、死ぬまで過酷な強制労働をさせられる。そんなイメージしか浮かんで来ないのだが……。でもまぁいい。とりあえず餓えさえ凌げれば、生きることができる。それだけでもありがたい。


 そして俺は気を失った。ついにあの世からのお迎えが来たかと思ったが、次に意識を取り戻すと、檻の外に出されていた。足と首の枷を外され、おっさんにお姫様抱っこされていた。


 男にお姫様抱っこされるなんて……。もしも結婚して娘ができたら、そんなこともしてみたいと夢に思っていたが、まさか自分が抱っこされる側になるなんて。


 いけね、忘れてた。そういえば俺、体は小学生女子だったんだ。この状況、どう対応すればいいのか。正直、展開が急すぎて頭がついて行けてない。


 お姫様抱っこしたまま、俺を運ぶおっさん。下から見上げると、ちょっとカッコいいな。こういう渋いナイスミドルになりたかった。


 俺の戸惑いを察したのか、下から見上げる小学生女子の目線に、おっさんがニッコリと微笑み返してきた。ちくしょう。やたらと渋くて優しい男じゃないか。意味もなく悔しくなってきた。男として負けた気がした。いや、そもそも俺、もう男ですらなかったな。しかも身分は奴隷だしね。


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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ1話ですが無茶苦茶好みな設定です。死にかけどん底のTS身体欠損設定で性癖がめちゃくちゃになりました。
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