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Housework3 耕太のハーレム&プチパパ体験日和

早朝、六時半頃。

「耕太お兄ちゃん、起っきろーっ!」

「うぼぁっ! 彩奈、その起こし方やめろって。重い」

 耕太はすぐに目を覚まし、苦しそうな表情でお願いする。彼の腹の上に思いっきり乗っかられたのだ。

「もう、耕太お兄ちゃん、重いは失礼だよ。あたしまだ二〇キロ台なのに」

「いっててて」

 さらに強く密着されてしまった。

「早く起きて朝ご飯作ってぇ~」

「分かったから早くのいて」

 彩奈に飛び乗られて起こされることはわりとよくあるのだ。

「おはよー耕太君に彩奈ちゃん」

「耕太お兄さんおはよー」

 育恵と絵実子も寝惚け眼を擦りながらこのお部屋に入ってくる。

「育恵ちゃん、やっぱ今朝も俺が作らなきゃいけないのか?」

「当然でしょ。契約期間中なんだから」

「面倒くさぁ」

 耕太は目覚めはすっきりとしていたが、だるそうに朝食作りをこなしていった。

 今朝はシリアル食品にキウイとバナナ。準備に要した時間は十分足らず。昨日以上の手抜きである。

 朝食後は食器洗い、

(絵実子の下着に触れるのは、なんか罪悪感が……)

そして洗濯も今日は干す所まで耕太一人でやらされたのであった。

          ※

九時ちょっと過ぎ。

耕太達は電車を乗り継いで近隣の東京サウスアイランドパークを訪れた。

屋外プールもあるが、例年通り六月三〇日まで休業中だ。

みんなはガラス張り吹き抜け開放感たっぷりのドーム内へ。

「水着のお店寄って行こう! 私、新商品見たいっ!」

「俺は全く興味ないや」

耕太以外のみんなはプールゾーンへ向かう前に、スイムショップへ立ち寄ることに。

「みんなはビキニとか紐パンとかTバックタイプの水着は着ないの?」

「育恵ちゃん、高校生の私には過激過ぎるよ」

「わたしはこれは無理です。こんなの着たら耕太さんも目のやり場に困っちゃいますよ」

「Tバックのは、お相撲さん以上におしり丸見えだね。あたしはワンピースタイプの方が好き」

「ワタシもそれが一番落ち着くなぁ」

「みんなまだまだ子どもね。このタイプの方がトイレに行きたくなった時便利なのに。あっ、あの海パン、耕太君にぴったりかも」

 女の子みんなで楽しそうに商品を眺めている中、

(なんとも手持ち無沙汰だ)

 耕太は店外の休憩所ベンチでスマホをいじりながら待機。

「耕太お兄ちゃーん、かっこいい海パン買って来たよ。ほら見て。キングコブラさん柄。これ穿いてーっ」

「俺、そんな派手なのは着ないから。無駄遣いはダメだよ」

 五分ちょっとでみんな戻って来てくれた。

 いよいよプールゾーンへ。

(やっぱ女の子達はまだ着替え終えてなかったか。予想は出来てたけど、カップルや家族連ればっかりだな)

 耕太が一番早く着替えを済ませ、プールサイドへ。

 ショートスパッツ型の地味な紺色水着姿で前方に広がる光景を眺めていると、

「耕太君、どう、似合う?」 

 育恵が露出たっぷりのライム色ビキニ姿で現れ、こう問いかけて来た。

「似合わん」

 耕太はろくに見ずに即答する。

「ひどいな耕太君。耕太君は水泳得意?」

「いや、全然」

「耕太君の高校も水泳の授業もうすぐ始まるでしょ? 特訓してあげよっか? アタシも水泳そんなに得意じゃないけど、クロールなら五〇メートルくらいはノンストップで泳げるよ」

「べつにいいって」

「あぁん、もう。それじゃ、いっしょにゴムボートに乗って遊ばない?」

「断る」

「耕太君、照れなくっても」

 育恵はくすっと微笑む。

「耕太さん、お待たせしました」

「耕太お兄ちゃん、やっぱりキングコブラさん柄の穿いてくれてなーい」

「耕太くん、この水着どうかな?」

「耕太お兄さん、これで目立たないかな?」

 他のみんなは露出の少ないワンピース型水着だ。彩奈と瑞香はお揃いのトロピカルフルーツ柄、希帆は水色地白の水玉柄。絵実子は和風なアジサイ柄で、恥ずかしいのかトロピカルなデザインのパレオも巻いていた。

「……似合ってる、似合ってる」

 耕太はしっかり見ずに作り笑いを浮かべ、社交辞令のように言ってあげた。

「今日は泳ぎまくるぞぉっ! 水泳の授業の練習にもなるし」

「待って彩奈ちゃん。その前に準備運動よ」

 育恵が注意する。

「えー、学校のプールじゃないのに面倒くさいなぁ」

「確かに大事ですね」

 希帆は共感したようだ。

「入念にストレッチをするわよ。みんなアタシの後に続いてね。まずは膝屈伸から。いーち、にっ、さんっ!」

 育恵はノリノリだ。

「いっち、に、さん」

 掛け声を出して楽しそうにこなしていく彩奈。

「……」

 希帆は無言だが、やる気満々で育恵の動きに合わせる。

「周りの人は全然やってないのに、なんか恥ずかしいな」

「ワタシも。めちゃくちゃ見られてるよね?」

「俺もだ。今日は遊びだし、べつにやる必要なんてないよな?」

「こらこらみんな、真面目にやって」

 他の三人は照れくさそうに準備運動をこなしていった。

 首の運動で閉め、

「みんな泳いでいいわよ」

 育恵から許可が取れると、

「やったぁ!」

 彩奈はプールへ駆け寄りドボォォォンと飛び込んだ。

 そしてすぐに平泳ぎを始める。

「見事な泳ぎ。彩奈ちゃんはスポーツ得意みたいね」

「そうだな。体育3段階評価でいつも3だし。俺は体育、3段階で2、5段階で3が最高だったな」

「私も同じー」

「わたしもです」

「アタシも同じよ。高校の時も10段階の6が最高だったわ。大学のスポーツ実習も可だったし」

「ワタシは5段階では2が最高だったな。ワタシも水泳の練習もしようと思ったけど、これだけ人多いと恥ずかしくて出来ないよ」

「私も泳ごうとは思わないな。ビーチボールで遊ぶ方がいいよ。ねえ耕太くん、ふくらませてー」

「足踏みポンプ使ったら簡単だろ」

「それだと耕太くんに見せ場を作れないと思って」

「作る必要ないと思うんだけど……分かった、分かった。ふくらませてあげる」

 耕太は地球儀型ビーチボールの空気穴の部分をくわえ、息をフゥフゥ吹き込んでいく。

「疲れたぁー」

 満タンにした時にはかなり息が切れていた。

「ありがとう耕太くん、さすが男の子だね」

 瑞香から感謝されるも、

「耕太君、肺活量少なそうね。時間かかり過ぎ」

 育恵にくすっと笑われてしまう。

「耕太くん、こっち投げてー」

「分かった。それじゃ俺はあの辺にいるから」

「耕太くんもいっしょにビーチボールしよっ」

「俺はいい」

 耕太は瑞香に向かって投げると、四人がいる場所から離れていく。

「耕太君ったら、せっかくのハーレムなのに。瑞香ちゃん、こっち投げて」

「育恵ちゃん、いっくよーっ。それーっ。あっ、ヤシの木の方へ飛んでっちゃった。ごめんね」

「ドンマイ、ドンマイ」

「育恵お姉さん、パス」

「それっ」

「絵実子さーん、わたしのとこへよろしく」

「はいどうぞ。あっ、プールの中入っちゃった」

 四人は不器用ながらもビーチボールで遊び始める。

 それから五分ほど経った頃、

「アタシ耕太君のとこ行って来るね」

 育恵は希帆に向けてトスを上げるとそう伝え、ここから立ち去る。

(ガジュマルって独特な形だな)

 同じ頃、耕太はベンチに腰掛け、プールサイドに生えている熱帯植物を観察していた。

「ねえ耕太君、瑞香ちゃんといっしょにこれに乗ってあげて」

 そこへやって来た育恵は、途中レンタルコーナーに寄って借りて来たビニールボートをかざす。

「嫌だって」

「あそこのカップルだってやってるでしょ?」

「俺と瑞香ちゃんはカップルじゃないし」

耕太はベンチから立ち上がり、スタスタ早歩きで逃げていく。

「待って耕太君」

「しつこい」

 耕太が不快な気分でこう呟いた矢先、

「耕太くん、危なぁい!」

 瑞香の叫び声。

 ビーチボールが飛んで来たのだ。

「ぐわっ!」

 それは耕太の後頭部に直撃した。

「ごめんね耕太くん、わざとじゃないの。怪我はない?」

 瑞香はぺこぺこ何度も頭を下げて謝ってくる。

「瑞香ちゃん、俺は平気だから、気にしないで」

 耕太は優しく伝えた。

「ねえ瑞香ちゃん、このボートに耕太君といっしょに乗ってあげて」

「えっ、それは、ちょっと、恥ずかしいな」

 瑞香は照れくさそうに笑ってためらう。

「ほら、瑞香ちゃんも嫌がってるだろ」

「あぁん、残念」

「耕太お兄さん、瑞香お姉さん、三〇秒だけでもいいから乗って下さい」

「瑞香さん、耕太さん、お願いします」

「それじゃ、乗ろっか、耕太くん」

「あっ、ああ」

 耕太と瑞香はプールに浮かべたビニールボートに乗っかると、向かい合った。

「なんかバランス悪いね。ちょっと動いたら落ちそう」

「そうだな」

けれどもお互い視線は合わせられずにいた。

「二人とも、はいチーズ」

 育恵に防水デジカメでちゃっかり撮影されてしまい、

「こらこら」

「育恵ちゃん、恥ずかしいよ」

 耕太は苦笑い、瑞香は照れ笑いする。

「耕太お兄さんと瑞香お姉さん、本当のカップルみたい。希帆お姉さんも、龍作お兄さんとこういうことしてみたいなって思っていますか?」

「いやべつに」

「本当かなぁ希帆ちゃん」

「本当です育恵さん」

 希帆がむすっとした表情できっぱりと伝えた直後、

「うっ、うわぁ!」

「きゃっ!」

 耕太と瑞香の乗ったボートが転覆してしまった。二人とも水中へ放り出される。

「やっほー耕太お兄ちゃん、瑞香お姉ちゃん」

 彩奈が水中から底の部分を手で勢いよく押し、バランスを崩させたのだ。

「こら彩奈、危ないだろ」

「彩奈ちゃん、びっくりしたよ」

 しかめっ面の耕太と、にっこり笑顔の瑞香の反応を見て、

「えへへっ」

 彩奈は得意げに笑う。

「彩奈さん、ダメですよ、そんなことしたら」

 希帆は叱らず優しく注意。

「はーい」

 彩奈はてへっと笑う。

「彩奈、今度イタズラしたらおしりぺっちんするよ」

 絵実子に微笑み顔で告知されると、

「ごめんなさーい、絵実子お姉ちゃん」

彩奈はちょっぴり反省したようだ。

「おしりぺっちんはアタシもちっちゃい頃、ママからよくされてたな」

 育恵は苦笑いする。

「育恵お姉ちゃんもイタズラよくしてたんだね。あたし、ウォータースライダーで遊んでくるねーっ」

彩奈はそう伝えてその設備がある場所へ駆けて行った。

「わたしもウォータースライダーで遊ぼうっと。あれ大好き」

 希帆もあとに続く。

「耕太君は、瑞香ちゃんといっしょに乗ってあげなよ」

 育恵はウィンク交じりにこう勧めてくる。

「それはちょっと……」

「あの、耕太くん、いっしょに乗って。一人じゃちょっと怖いから」

 瑞香に手首を掴まれお願いされ、

「わっ、分かった」

 耕太は緊張気味に承諾した。

「耕太君と瑞香ちゃんは、二人乗り専用のあれに乗るべきね」

 育恵は三種類あるウォータースライダーのうち、最も傾斜が急なのを指した。

「いやいや、俺は緩やかな青色の方に」

「私もそっちがいい。もっと緩やかな子ども用の方ならもっといい。あれは見るからにものすごーく怖そう。ライオンさんの口からして」

「耕太お兄さん、瑞香お姉さん、カップルに大人気だからあちらに乗ってみて」

「あっちの方が絶対楽しいですよ。わたしもあれに乗るので」

「希帆ちゃんも乗るなら、乗ってあげてもいいかな」

「しょうがない、一回だけだからな」

 絵実子、育恵、希帆はわくわく気分、瑞香と耕太は億劫そうに待機列へ。

「育恵お姉ちゃん、あたしも身長制限ぎりぎりクリアー出来たから、あの急なやつに乗るぅ。育恵お姉ちゃんいっしょに乗ろう!」

「いいわよ。よかったね彩奈ちゃん」

「うん、四月の身体測定の時は129.6しかなかったから嬉しい」

 一三〇センチのラインを超えれて彩奈は大満足げだ。

「すごく楽しそうにはしゃいでるね」

「よく楽しめてるな。俺には感覚が理解出来ん」

 乗ろうとしているウォータースライダーから急降下したカップルを見て、瑞香と耕太は苦笑い。

 彩奈と育恵の後ろに耕太と瑞香。その後ろに希帆と絵実子が並んだ。

「もう順番回って来たわ。それじゃみんな、お先に」

「楽しみ、楽しみ♪」

 育恵と彩奈、わくわく気分でゴムボートに乗り込み、

「それじゃ、行ってらっしゃい」

 お姉さん係員からの指示で出発。ちなみに彩奈が前だ。

「耕太くん、前に乗ってね」

「分かった」

 ついに順番が回って来た耕太と瑞香は恐々とゴムボートに乗り込む。二人とも手すりをしっかりと握っていた。

「彼氏さん、怖がらずに頑張って♪ それじゃ、行ってらっしゃい」

 お姉さん係員からの気遣いの声もかけてもらっていよいよ出発。

 二人の乗ったゴムボートが、高さ十メートルの場所から急斜面を猛スピードで急降下していく。

「うをわぁぁぁっ!」

「きゃあああああっ!」

 落下地点でザブゥゥゥーンと高く水飛沫を上げ、二人ともずぶ濡れに。

「耕太くん、大丈夫?」

「当然」

 ボートの動きが落ち着いたのちそんな会話を交わした直後、

「育恵お姉ちゃん、あれもう一回乗ろう!」

「うん! 今度はアタシを前に乗らせてね」

 プールサイドを走ってまた同じウォータースライダーの方へ向かっていく彩奈と育恵の姿を目にした。

「彩奈ちゃん、相変わらずこういうの好きだね。私はもうこりごり」

「俺ももういい」

耕太と瑞香はくたびれた様子でプールサイドに上がり、ゴムボートを仲良く持ち合って返却しに行く。

「ワタシ、けっこう恐怖を感じたよ」

「わたしも。でももう一回だけ乗りたいって感じたな」

 続いて落下した絵実子と希帆も返却場所へ向かい耕太と瑞香と合流した。

 それから十分近く、四人で彩奈と育恵が戻ってくるのを待った。

「育恵お姉ちゃんとイルカボートで遊んでくるねーっ」

「耕太君も瑞香ちゃんとイルカボートで遊んであげなよ」

 その二人は戻ってくるなりこう伝え、いっしょに人工ビーチのあるプールの方へ。

「ここのプール、ビーチでは今年から貝殻拾いも出来るようになったみたいだね」

「耕太さん、わたし達といっしょに貝殻拾いしましょう」

「子どもっぽいから俺はいいや。俺、あの辺にいるから」

 耕太は逃げるようにここから立ち去っていく。

「耕太くん、大人の人もやってるのに」

「ワタシ、耕太お兄さんの気持ち分かるなぁ」

「耕太さん不参加かぁ。スコップ三つ借りて来ますね」

 瑞香達が貝殻拾いをし始めてから一五分ほどのち、

「ん? あれは」

 そこから三〇メートルほど先の休憩ベンチに腰掛け、熱帯植物を眺めながら過ごしていた耕太が、瑞香達のいる方へふと視線を向けると、異変が。

「きみ達、かっわいいね」

「おれらと遊ばない?」

 大学生と思わしき男二人組が瑞香達のもとへ近寄って来ていたのだ。一人は茶髪に染め、もう一人は髪は黒だがけっこう日焼けした褐色肌だった。背丈は二人とも一八〇センチ近くはあり、そこそこがっちりしていた。

「すみません、他に連れがいるので」

「あの、申し訳ないですが他を当たって下さい。わたし達よりももっと魅力的な若い女性他にもたくさんいらっしゃるでしょう? あそことか」

「ワタシ達、そんなにかわいくもないでしょう?」

 予想外の事態に三人とも戸惑い怖がってしまう。

「おれらきみらくらいの中高生くらいの子が好みやねん。遊ぼうぜ。なっ!」

「パフェ奢るから」

「いえ、けっこうですから」

 絵実子が震えた声で断ると、

「まあまあそう言わずに」

 茶髪の方が絵実子の腕をグイッと引っ張った。

(まさか、本当にナンパするやつが現れるとは。漫画やアニメみたいな展開って、本当にあるんだな。どうしよう? 勝てそうな気がしないし、でも、行かなきゃダメだろう)

 耕太はこの事態にすぐに気付いたようだ。数秒悩んだのち、勇気を振り絞って彼らのいる方へ急いで駆け寄って行った。

「あっ、あのう」

 到着すると、

「あっ、耕太くん」

 瑞香の表情が綻ぶ。

「ん? 彼氏?」

「いや、まあ、正式には違いますが、そのようなものでして」

 茶髪の方に問われ、耕太はびくびくしながら答える。

「どっちなんだよ?」

 もう一方の男に睨まれると、

「ハハハッ」

 耕太は苦笑いして、

 育恵ちゃん、助けに来てくれないかな?

 こう思いながら数十メートル先で彩奈とイルカボートで楽しそうに遊んでいる育恵の方をちらっと見た。

 二人ともまだ気付いていないようだ。

「こんなひょろい男よりオレ達と遊んだ方が絶対楽しいぜ」

 褐色肌の方が瑞香に近寄る。

「あの、やめてあげて下さい」

 監視員の人でもいいから早く助けに来てくれよっと願いながら、耕太が俯き加減でぼそぼそっとした声でお願いすると、

「あぁ?」

 茶髪の方に顔を近づけられる。

「とにかく、ここは、お引き取りを……この子達、迷惑してるんで!」

 耕太はやや険しい表情を浮かべ、勇気を出して彼なりにきつい口調で伝えた。

「分かった、分かった」

「しょうがねえ」

 すると大学生風の男二人組は耕太を睨んだのち舌打ちし、素直にここから立ち去ってくれた。

「殴られるかと思ったぁ」

 耕太はホッと一安心する。けれども心拍数はなかなか治まらない。

「耕太くん、ありがとう」

「耕太お兄さん、すごく恰好よかったよ」

「耕太さん、男らしさを見せましたね」

 みんなから感謝されるも、

「いや、まあ、みんな無事でよかったよ」

 耕太はまだ恐怖心でいっぱいで、照れくささは感じられなかったようだ。

「耕太くん、あの怖いお兄さん達がまた私達のところに寄ってくるかもしれないから、いっしょにいて」

「分かった」

 それからしばらく耕太も交じって貝殻拾いを楽しんでいると、

「ただいまーっ!」

「お腹すいて来た。そろそろお昼ごはん食べよう」

 育恵と彩奈が戻ってくる。

「私達、さっき怖い大学生風のお兄さん二人組にナンパされちゃったんだけど、耕太くんがすぐに助けに来てくれて追っ払ってくれたよ」

 瑞香は嬉しそうにさっきの出来事を伝えた。

「耕太君、さすが男の子ね」

「耕太お兄ちゃん格好いい! 正義のヒーローだね」

「いや、俺は特に何も出来なかったけど、みんな、お昼ご飯、何食べる?」

 耕太は照れくささを隠すようにプールに隣接するファーストフード店の方へ目を遣る。

「ドリアンジュースも売ってるじゃん。今夏の新メニューみたいね。アタシちょっと飲んでみたい」

 育恵は興味津々。

「ドリアンって、あのう○こみたいにものすごーく臭い果物だよね」

「私何年か前、夢の島の熱帯植物館でにおい嗅いだことあるけど、悪臭だったよ」

「俺もそう思った」

「わたしもドリアンは食べたいとは思わないわ。あのにおいのせいで」

「ワタシも食べたことはないけど、食べたくはないな」

 他のみんなは苦い表情を浮かべる。

「せっかくだし、試しに買ってみるわ」

 育恵は衝動に駆られ購入することに。三百五十円を支払うと、

「お待たせしました。ドリアンジュースでーす」

 店員さんからドロッとした黄土色の半液体が並々と注がれた、トロピカルなデザインの紙コップがストロー付きで手渡された。

「すごい色ね」

 ドリアンの強烈な香りが周囲に漂う。

「私このにおい、久々に嗅いだよ」

「夏コミ会場のにおいよりもきついな」

「くさい、くさぁい。腐った生ゴミのにおいだね」

「水着がドリアン臭くなってしまいそうだな」

「やはりきついです」

「うーん、これはちょっと……」

 育恵は少し啜ってみて、後悔の念に駆られたようだった。

「私、ちょっとだけ飲んでみるよ。どんな味なのかな?」

「協力してくれて助かるわ。はいどうぞ」

 瑞香は勇気を出して育恵から受け取る。

 少し口に含んでみて、

「においはすごーくきついけど、甘みが強くて美味しい」

 そんな感想を抱く。

「意外や意外。甘くてすごく美味しい♪」

 続いて絵実子も恐る恐る試飲してみて、とっても幸せそうに飲み込んだ。

「あたしは美味しくは感じなかったけど、トマトジュースよりはマシだね」

「……微妙です。これは加工されてるからまだ飲めたけど、そのままのドリアンは食べれそうにないです」

 彩奈と希帆も結局試飲してみてこんな感想。

「耕太君、まだ半分くらい残ってるけど飲んでみる?」

 育恵に目の前にかざされ、

「いや、いい」

 耕太は当然のように拒否。不味そうだったことはもちろんだが、間接キスになってしまうことも拒んだ理由のようだ。

「私が残りを飲むよ」

「瑞香お姉さん、ワタシも飲みたいから少し残しといてね」

「うん、癖になるよねこの味」

 瑞香と絵実子は協力して、残った分を快く飲んでくれた。

「瑞香ちゃん、絵実子ちゃん、これ、口臭消し効果があるみたいよ」

 ちょっぴり罪悪感に駆られた育恵は、同じ店で売られていたジャスミンキャンディーを購入し、この二人に渡してあげたのであった。

「わたし、ロコモコにしようっと」

 希帆は他のお客さんが手に持っていたそのメニューをちらっと眺めて決断する。

「アタシはたこ焼きとアイスコーヒーにするわ」

「俺はミーゴレンとフランクフルトにするか」

「あたしはチョコバナナクレープとストロベリージュースとフランクフルトにするぅ」

「私はトロピカルフルーツカレーにしよう。あとパイン味のソフトクリームも」

「ワタシは、お好み焼きとマンゴーソフトにする」

みんなお目当てのメニューを受け取ったあと、

「ここ、六人掛けのはないみたいだな」

「耕太君と瑞香ちゃんは、あっちの席に座ってね。さあどうぞ」

「みんないっしょがよかったけど、仕方ないね。耕太くん、座ろう」

「……うん」

彩奈→絵実子→希帆→育恵の並びで四人掛け円形テーブル席に、耕太と瑞香はそのすぐ隣の二人掛け円形テーブル席に座った。

「耕太お兄ちゃんのフランクフルトの方があたしのより大きくない?」

 彩奈は二本のフランクフルトをじーっと見比べてみる。

「同じだと思うけど」

「耕太お兄ちゃんの方が三ミリくらい大きいよ。交換して」

「いいけど。マスタード塗ってるよ」

 耕太は快く承諾。

「大丈夫! あたしもう五年生だもん。あ~、ピリッとして美味しい♪」

彩奈はカプリといい音を立てて味わう。

「耕太君のフランクフルトは、もう少し大人になるまで瑞香ちゃんに食べさせちゃダメよ」

「育恵ちゃん、何下品なこと言ってんだよ」

「あいてぇっ」

 耕太は耳元で囁いて来た育恵のおでこをぺちっと叩いておく。

「耕太くん、私のカレー少し分けてあげるよ。はい、あーん」

 瑞香はカレーの中にあったパパイヤの一片をさじで掬い、耕太の口元へ近づける。

「いや、いいって」

 耕太は困惑顔を浮かべ、左手を振りかざして拒否。右手で箸を持ち、麺を啜ったまま。

「あーん、やっぱりダメかぁ」

 瑞香は嘆く。でも微笑み顔で嬉しそうだった。

「耕太さん、お顔は赤くなっていませんが、きっと照れていますね」

「耕太お兄さん、一回くらいやってあげなよ」

 希帆と絵実子はにこにこ笑いながらそんな彼を見つめた。

「出来るわけないだろ」

 耕太は苦笑いしながら伝え、引き続き麺をすする。

「赤ちゃんみたいで、恥ずかしいもんね」

 彩奈はチョコバナナクレープを美味しそうに頬張りながら言う。耕太の気持ちがよく分かったようだ。

「たこ焼きとアイスコーヒーだけじゃ少し物足りないな。かき氷買ってくるね」

 そう伝えて育恵は席を離れた。

「あたしは波の出るプールで泳いでくるね」

 彩奈はストロベリージュースを飲み干すと、すぐに席を立ってその場所へ駆け寄っていく。 

「彩奈さん元気いっぱいね」

「そうだね。若さだね。パインソフトすごく美味しいよ。耕太くん、少しあげるよ」

「いらねー。そんな酸っぱいの」

「酸っぱくないよ」

「それでもいらねー」

「もう、全部食べちゃうよ」

 瑞香はにっこり笑顔でそう伝え、最後の一口を味わう。

「耕太お兄さんフルーツあまり好きじゃないもんね」

 絵実子はマンゴーソフトを頬張りながら呟いた。

 それから約五分後、瑞香がカレーも残り僅かまで食べ終えた頃に、

「耕太君、瑞香ちゃん、ヤシの実ジュースも買って来たよ。はいどうぞ。二人で仲良く飲んでね」

 育恵が戻って来て、耕太と瑞香の目の前に置いていった。

 まさにカップルでどうぞと言わんばかりに、ヤシの実にストローが向かい合わせに二本刺さっていた。

「俺、これは飲みたくないな。不味そう」

「私一人じゃ飲み切れないよ。耕太くんも協力してね」

「飲み切れなかったら協力してあげる」

「たぶん飲み切れないよ」

 瑞香はカレーも平らげると、

「いただきます」

 ストローに口をつけ、美味しそうに飲んでいく。

「じゃあこれ、捨ててくるね」

 耕太は席を立って、近くのごみ箱に紙皿を捨てに。

「予想通りの行動ね」

「ワタシもこうなると思ってた」

「耕太君もいっしょに飲まなきゃ」

 希帆と絵実子と育恵は、ブルーハワイかき氷を頬張りながら二人の様子を微笑ましく観察する。

「もうお腹いっぱい。あとは耕太くんが飲んで」

「やっぱり残したのか。まだ半分以上はあるな……やっぱあまり美味くはない」

 耕太はこう思いながらも、もう一方のストローで快く飲んであげる。

 そんな時、

「みんなもうプール入らないのぉ?」

 彩奈が戻って来た。

「俺はもういい。っていうか元々プール入る気なかったし」

「私ももういいな」

「ワタシも」

「わたしもです」

「アタシももうじゅうぶん満喫したわ」

「そっか。あたしもじゅうぶん泳いだからもうここ出てもいいよ。これから映画を見に行きたい。ちょうど見たいのがあるんだ」

 こんな彩奈の希望により、みんなはこのあとは泳がずに東京サウスアイランドパークをあとにし、隣接する大型ショッピングモールに立ち寄った。

 ここも家族連れを中心にかなり大勢の人で賑わっていた。

「彩奈ちゃん、迷子にならないようにおてて繋いであげよっか?」

「育恵お姉ちゃん、あたしもうそんな歳じゃないよ。みんな、早く映画見に行こう!」

 彩奈はそう叫んでせかし、一人で先へ進もうとする。

「彩奈、そんなに急がなくても次の回余裕で間に合うでしょ」

 絵実子は微笑ましくそんな彩奈を眺める。

 みんなでモール併設のシネコンへ向かっていく途中、

「きゃっ!」

 耕太のすぐ前を歩いていた瑞香は軽く悲鳴を上げ、慌ててスカートを押さえた。

今しがた瑞香のプリーツスカートが思いっきり捲られ、ショーツが露になったのだ。ちなみに地味な白だった。

「耕太くん、見た?」

「絶対もろに見たでしょ? 耕太さん、正直に答えなさい」

 瑞香と希帆が上目遣いで問い詰めてくる。

「うん、でも、わざとじゃないって」

 耕太は焦り気味に弁明する。

「分かってるよ。私、見られたこと全然気にしてないからね」

 瑞香はにっこり微笑んだ。

 その傍らで、

「こら彩奈、スカート捲りはやっちゃダメって学校でも先生に再三言われてるでしょ」

「いたたたぁっ。痛いよ絵実子お姉ちゃん。ごめんなさぁい」

 絵実子が彩奈の両こめかみを拳でぐりぐりしている姿があった。

「まあまあ絵実子ちゃん、彩奈ちゃんは反省してるから許してあげて」

「瑞香ちゃん心優しい、聖母の気質を持ってるわね」

 瑞香の寛容さに、育恵は深く感心する。

 

シネコンへ辿り着くと、

「これ、みんな見るよね?」

彩奈は壁にいくつか提示されてあるポスターのうち、お目当てのものに近寄った。

「彩奈、まだそんな幼稚なの見たいんだな」

 耕太はにこにこ笑う。

それは、本日公開されたばかりの女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。

「耕太くん、私もこのアニメ大好きだよ。さすがに一人じゃ見に行きにくいと思ってたからちょうど良かったよ。次の回は一時半から始まるみたいだね。もうすぐだね」

「これ、CMで予告流してましたね。わたしもちょっと気になってたの」

「ワタシの好きな声優さんも何人か出てるし、けっこう面白そう」

「今受講してる発達心理学入門の勉強になりそうだし、アタシも見ておきたいわ。動物キャラが中心でイケメンショタキャラもいるから、大友ウケは悪そうね」

「俺はこの辺で待っとくよ。チケット代の節約にもなるし、そもそも高校生の見るものじゃないし」

 耕太は当然、見る気にはなれず。

「耕太お兄ちゃんもいっしょにこの映画見ようよぅ。さっき耕太お兄ちゃんの三倍くらいは年上に見えるおじちゃんが一人で入って行ったよ」

「仕方ない」

 彩奈に背中をぐいぐい押されチケット売り場の方へ連れて行かれる。

「彩奈ちゃん、これはどう? ゾンビがいっぱいよ」

 育恵は他に上映されているホラー映画のポスターを指した。

「それは絶対嫌ぁー」

 彩奈は顔をしかめ、すぐにポスターから顔を背けた。

「わたしもそれは見たくないです」

「俺も、進んで見ようとは思わんな」

「私もこういう実写のホラー映画はものすごく苦手だよ」

「ワタシもー」

「アタシは誘われたら見るけどね。小中学生二枚、高校生三枚、大学生一枚」

 育恵が代表して、お目当ての映画六人分のチケットを購入。受付の人がその入場券と共に入場者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。

「彩奈、これあげる。俺こんなのいらないから」

「ありがとう耕太お兄ちゃん♪」

 耕太は速攻彩奈に手渡す。彩奈が受け取ったものとは種類違いだった。

チケット売り場向かいの売店でドリンクやポップコーンなどが売られていたが、みんなお腹いっぱいなため何も買わず、お目当ての映画が上映される5番スクリーンへ。

薄暗い中を前へ前へと進んでいく。

「瑞香ちゃん、周り幼い女の子ばっかりだから、やっぱり、俺達は入らない方が……」

「まあまあ耕太くん。気にしなくてもいいじゃない。たまには童心に帰ろう」

 耕太は否応無く、瑞香に背中をぐいぐい押されていく。

「耕太さん、気にせずに」

「耕太君、幼い娘を連れたパパの気分になればいいじゃん」

 希帆と育恵はその様子をすぐ後ろから微笑ましく眺める。

 真ん中より少し前の列の席で、耕太は彩奈と瑞香に挟まれるように座った。座席指定なのでそうなってしまった。

 瑞香の隣が絵実子、彩奈の隣が育恵、育恵の隣が希帆だ。

(……視線を感じるような)

 耕太は落ち着かない様子だった。

 他に五〇名ほどいた客の、七割くらいは小学校に入る前だろう女の子とその保護者であったからだ。

       *

 上映時間七〇分ほどの映画を見終えて、

「瑞香お姉ちゃん、とっても面白かったね」

「うん、私また見に行きたいな」

彩奈と瑞香は大満足な様子で五番スクリーンから出ていた。

「耕太君、上映中一度も瑞香ちゃんと手を繋がなかったね。しかも途中寝てたし」

「退屈な映画だったからな」

「耕太お兄ちゃんは面白く感じなかったの?」

「ああ。もろに幼児向けだし。彩奈と同じ年の子でも子どもっぽいからってこの映画見ない子の方がずっと多いと思うよ」

「幼児向けでもあたしはすごく面白いと思ったけどなぁ」

 彩奈はぷっくりふくれる。

「耕太君、乳幼児向けのアニメや絵本とかを楽しんで見てあげることも、イクメンパパにとって大事なことよ」

 育恵から注意された。

「はい、はい」

 耕太は余計なお世話だといった感じの生返事だ。

みんなは続いてシネコン隣接のファミリー向けアミューズメント施設へ。

「育恵お姉ちゃん、いっしょにプリクラ記念に撮ろう!」

「もちろんいいわよ」

「やったぁ!」

「わたし、プリクラ撮るの久し振りだな」

「私も」

「ワタシは、つい先週お友達と撮ったよ」

 女の子五人は最寄りのおしゃれな外観なプリクラ専用機の前へ近寄っていく。

「耕太君、いっしょに写らないの?」

「育恵ちゃん、状況的に考えて俺は写らない方がいいだろ。俺も写りたくないし」

「耕太君、女の子五人の中に男の子一人だからって照れくさがらなくてもいいじゃん。ハーレム王になれるこのチャンスを思う存分楽しまなきゃ」

「耕太くんもいっしょに写ろう。高校時代の思い出になるよ」 

「耕太さん、お願いします。普段撮る機会なんてないでしょう」

「耕太お兄さんもせっかくなので写って下さい」

「いや、いいって」

 耕太は気が進まなかったが、

「耕太お兄ちゃんもいっしょに写ろうよぅ」

「分かった、分かった」

 彩奈に無邪気な表情で腕や服を引っ張られたりしがみ付かれたりすると断り切れなかった。

そりゃ大勢の女の子達と写れることは嬉しいけど、イケメンでもない俺なんかがいっしょに写っていいのかな?

 耕太は今、こんな幸福感と罪悪感が入りまじった心境だ。

みんなはプリクラ専用機内に足を踏み入れると、前側に絵実子と彩奈と育恵、後ろ側に耕太達三人が並んだ。

「あたしこれがいい!」

彩奈の選んだイルカさんのフレームに他のみんなも快く賛成。

「一回五百円か。けっこう高いな」

「耕太君、ここは男の子が出すべきよ」

「まあ五百円くらいならいいか」

耕太は気前よくお金を出してあげた。

    *

 撮影&落書き完了後、

「きれいに撮れてるよ」

 取出口から出て来た、十六分割されたプリクラを真っ先にじっと眺める彩奈。自分が見たあと他のみんなにも見せてあげた。

「育恵ちゃん、耕太君とデート、ハートマークって落書きしないで」

 耕太は迷惑顔を浮かべる。

「いいじゃん耕太君、ほとんど事実なんだし」

 育恵はてへっと笑い、舌をペロッと出した。

「耕太くん素の表情過ぎるね。もっと笑顔で写らなきゃ。希帆ちゃんは、相変わらず表情がちょっと硬いね」

「本当だ。希帆お姉さん性格のきつい女弁護士みたい」

「希帆お姉ちゃん、話しかけづらいがり勉少女っぽいね」

「あれれ? 笑ったつもりだったんだけどな。生徒証の写真はもっと表情硬いよ」

 希帆は照れくさそうに打ち明ける。

「アタシも学生証の写真は表情めっちゃ硬いよ。睨んでるような感じだな」

 育恵がさらりと打ち明けると、

「育恵さんも同じなのですね。それを聞いて安心しました」

 希帆に笑みが浮かんだ。

「希帆ちゃん、今の表情いいね」

 瑞香はサッとスマホをかざし、カメラ機能で希帆のお顔をパシャリと撮影する。

「希帆ちゃん、いい笑顔が取れたよ」

「瑞香さん、恥ずかしいからすぐに消してね」

 希帆の表情はますます綻んだ。

「瑞香ちゃん、見せて見せて。希帆ちゃん、本当にいい笑顔してるわ」

「あたしにも見せてーっ。希帆お姉ちゃん本当にかわいい」

「希帆お姉さんのこの笑顔素敵♪ 消すのは勿体無いよ」

 育恵と彩奈と絵実子は興味深そうにその写真を眺める。

「あーん、これ以上見ないでー」

 希帆は表情を綻ばせたまま、頬を赤らめた。

(どんな表情してるんだろ?)

 耕太は気にはなったが、罪悪感に駆られ見ようとはしなかった。

「あたし次はこれがやりたいなぁ」

 彩奈はプリクラ専用機すぐ向かいの筐体前に移動する。

「彩奈ちゃん、動物さんのぬいぐるみが欲しいんだね?」

「うんっ!」

 瑞香からの問いかけに、彩奈は笑顔で弾んだ気分で答える。彩奈がやりたがっていたのはお馴染みのクレーンゲームだ。

「あっ! あのウーパールーパーのぬいぐるみさんとってもかわいいっ! お部屋に飾りたぁい!」 

 お気に入りのものを見つけると、透明ケースに手の平を張り付けて叫び、ぴょんぴょん飛び跳ねる。

「この異形の両生類、妙なかわいらしさがあるよね」

 育恵はにっこり笑う。

「彩奈さん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみさんの間に少し埋もれてるから、難易度はかなり高いわよ」

「大丈夫! むしろ取りがいがあるよ」

 希帆のアドバイスに対し、彩奈はきりっとした表情で自信満々に言った。コイン投入口に百円硬貨を入れ、操作ボタンに両手を添える。

「彩奈ちゃん、頑張れーっ」

「彩奈、ファイトッ!」

「彩奈さん、慎重にやれば絶対取れますよ」

「頑張れよ彩奈」

「彩奈ちゃんならきっと取れるわ」

 他のみんなはすぐ後ろ側で応援する。

「みんな応援ありがとう。あたし、絶対取るよーっ!」

彩奈は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。

 続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。 

「あっ、失敗しちゃった」

 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。

彩奈が再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。

「もう一回やるもん!」

 彩奈はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。

「今度こそ絶対とるよ!」

この作業をさらに繰り返す。

彩奈は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。

けれども回を得るごとに、

「全然取れなぁーい。なんでー?」

 徐々に泣き出しそうな表情へ変わっていく。

「あのう、彩奈さん、他のお客さんも利用するので、そろそろ諦めた方がいいかもです」

 希帆は慰めるように忠告したが、

「諦めたくない」

 彩奈は諦め切れない様子。ぷくーっと膨れる。

「気持ちは分かるのですが……わたしも一度やると決めたことは、最後までやり遂げたいですから」

 希帆は深く同情した。

「このままだと彩奈ちゃんかわいそう。ねえ耕太くん、取ってあげて」

「耕太君、ここはお兄ちゃんらしさを見せてあげなきゃ」

瑞香と育恵が肩をポンッと叩いて命令してくる。

「俺も、クレーンゲーム得意じゃないし。真ん中ら辺のスッポンのやつはなんとかなりそうだけど、あれはちょっと無理だな」

 耕太は困惑顔で呟いた。

「ねーえ、耕太お兄ちゃん、お願ぁい!」

「……分かった。取ってあげる」

 彩奈に寂しがる子犬のようにうるうるした瞳で見つめられると、耕太のやる気が急激に高まった。クレーンゲームの操作ボタン前へと歩み寄る。

「ありがとう、耕太お兄ちゃん。大好き♪」

 するとたちまち彩奈のお顔に、笑みがこぼれた。

「さすが耕太くん、男の子だね」

「耕太さんの判断は正しいです」

「耕太お兄さん、相変わらず彩奈に甘いね」

「耕太君、かっこいい♪」

 他の四人も、彼に対する好感度が高まったようだ。

(まずい。全く取れる気がしない)

 耕太の一回目、彩奈お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。

「耕太お兄ちゃんなら、絶対取れるはず♪」

 背後から彩奈に、期待の眼差しでじーっと見つめられる。

(どうしよう)

 当然のように、耕太はプレッシャーを感じてしまう。

「耕太くん、頑張れーっ!」

「耕太さん、ドンマイ!」

「耕太お兄さん、ご健闘を祈ります!」

「耕太君、頑張ってね」 

(よぉし、やってやろう!)

 他の四人からの声援を糧に耕太は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。

 しかしまた失敗した。アームには触れたものの。

けれども耕太はめげない。

「耕太お兄ちゃん、頑張ってーっ! さっきよりは惜しいところまでいけたよ」

 彩奈からも熱いエールが送られ、

「任せて彩奈。次こそは取るから」

耕太はさらにやる気が上がった。

 三度目の挑戦後。

「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは、思わなかった」

 取出口に、ポトリと落ちたウーパールーパーのぬいぐるみ。

耕太は、彩奈お目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。

「やったぁ! さすが耕太お兄ちゃん! だぁぁぁーい好き♪」

 彩奈は大喜びし、バンザーイのポーズを取った。

「耕太くん、おめでとう! 三度目の正直だね」

「耕太さん、大変素晴らしいプレイでしたね」

「耕太お兄さん、ワタシ、感動したわ」

「耕太君おめでとう、イクメン力もさらにアップしたね」

 他のみんなもパチパチ拍手しながら褒めてくれる。

「たまたま取れただけだって。先に彩奈が、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、彩奈」

 耕太は照れくさそうに伝え、彩奈に手渡す。

「ありがとう、耕太お兄ちゃん。ウッパちゃん、こんばんは」

 彩奈はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。

「彩奈ちゃん、幸せそうね」

 育恵はにこやかな表情で話しかけた。

「うん、とっても幸せだよ」

 彩奈は恍惚の笑みだ。

「彩奈ちゃん、楽しい思い出が出来てよかったね」

 瑞香は優しく微笑み、彩奈の頭をなでてあげた。

「うん! もっと楽しい思い出作りたいから、次はジェットコースター乗りたぁーい!」

「そういやここのショッピングモール、ジェットコースターも最近出来たんだったな。俺は、乗らずに近くで待っとくね」

「私もー。ジェットコースターすごく苦手だから」

「耕太君もジェットコースター苦手みたいね」

 育恵ににやついた表情で問い詰められ、

「ほんの少しな」

 耕太は軽く苦笑いしきっぱりと打ち明ける。

「耕太お兄さん、潔いね」

「二人とも、ジェットコースター苦手だなんてさすが恋人同士ね」

 育恵はにこっと微笑んだ。

「耕太お兄ちゃんと瑞香お姉ちゃんもいっしょに乗ろうよぅ。楽しそうだよ」

「耕太さん、瑞香さん、お願いしますっ! あのスライダーよりはきっとマシですから」

 彩奈と希帆から強くせがまれ、

「しょうがない」

「耕太くんが乗るなら私も乗るね」

 耕太と瑞香はしぶしぶ承諾。

 アミューズメント施設をあとにしたみんなは、別館と繋ぐ間の広場にあるジェットコースター乗り場の乗車待ち列へ。この六人の前後にも大勢の客が二列になって並んでいた。彩奈と育恵、耕太と瑞香、希帆と絵実子が隣り合う。

親子連れや若いカップル、中高大学生くらいの男性または女性同士のグループなどがほとんどで、この六人のような、男子高校生一人に女子小中高大学生五人というハーレム的な組み合わせは他に見られなかったこともあってか、

(この場から、早く抜け出したい)

耕太は周囲からの視線を非常に気にしていた。

十五分ほど待ってようやく乗れることになり、

「よかった。運よく一番前の席とれた」

「こんなにラッキーなのは、耕太お兄ちゃんのおかげだね」

 育恵と彩奈は満面の笑みを浮かべる。

「耕太くん、二列目でも怖いよね?」

 瑞香は暗い表情を浮かべながら、耕太の右手を強く握り締めた。マシュマロのようにふわふわやわらかい感触が、耕太の手のひらにじかに伝わる。

「あの、瑞香ちゃん、どうせ離さなきゃいけないから」

 耕太は少し照れくさがった。

「お似合いの恋人同士ね」

 育恵は後ろを振り返って微笑む。

「……」

 耕太は照れくささから、俯いてしまう。

「いい構図です」

 希帆は瑞香のすぐ後ろに座った。そしてちゃっかりスマホのカメラで耕太と瑞香の後ろ姿を撮影する。

その他の乗客も座ったことが確認されると、座席の安全バーが下ろされた。

 もう引き返すことは出来ない。

「吹き飛ばされないようにしなきゃ」

 瑞香は安全バーを必要以上の力でしっかりと握り締めた。

「そんな心配はいらないだろうけど」

 耕太は男気を見せようとしたのか、素の表情で平静を保とうとしていた。けれども彼の心拍数は否応なく上がってしまう。

〈発車いたします〉

この合図で、ジェットコースターはカタン、カタンとゆっくり動き出した。

「怖い、怖い」

瑞香は周りの風景を見ないよう、目を閉じていた。

 ジェットコースターが坂道を登り切り、レールの最高地点に達した直後、一瞬だけ動きが止まる。

「きゃあああああああーっ!」

 そのあと一気に急落下。と同時に瑞香は口を縦に大きく開け、かわいい叫び声を上げる。もちろん楽しんでいるからではない。恐怖心を強く感じているからだ。

「いえええぇぇぇぇぇーいっ!」

 育恵、

「きゃあああああああーっん♪」

 彩奈、

「おうううううぅぅぅぅぅ!」

 希帆の三人は喜びと興奮の叫び声を上げる。さらに両手を挙げる余裕も見せた。

「うぅっ!」

 絵実子は表情が若干引き攣る。怖かったようだ。

「……」

 耕太は走行中、男らしさを見せようとしたのか平静を保ち終始無言であった。表情もほとんど変わらなかった。

ジェットコースターから降りた直後、

「このジェットコースター、すごく気持ちよかったわ。無重力擬似体験、最高っ!」

「宇宙飛行士の気分が味わえたね、育恵お姉ちゃん♪」

育恵と彩奈は幸せいっぱいな表情をしていた。

「楽しんでもらえてよかったわ。瑞香さん、大丈夫?」

 希帆ににこやか笑顔で質問され、

「うん、すごく怖かったけど、今は解放されてホッとした気分だよ」

瑞香は安堵の表情を浮かべて答える。

「思ったよりはマシだったな」

「スピードも遅かったもんね」

 耕太と絵実子もホッとしている様子だった。

「耕太君、声がちょっと震えてるわよ」

育恵はにやりと笑う。

「そうか?」

 耕太はほんの少し照れてしまった。

「瑞香お姉ちゃん、お写真が出来てるよ。瑞香お姉ちゃんすごい表情してるぅ。ムンクの『叫び』みたい。記念に買おう」

 降車口を抜けた所に展示されていた写真を眺め、彩奈はくすくす笑う。

急降下する際に一列ごとに写真を撮られていたのだ。

「そんなのいらないよ」

 瑞香は照れ笑いしながら言う。

「よかった。俺、素の表情のままだ」

 耕太は軽く苦笑いした。

「瑞香ちゃんとってもいい表情してるわ。これぞ絶叫マシーンに乗ったって感じのお顔ね。耕太君ももっと表情崩して欲しかったな」

 育恵は目にしっかりと焼き付けたようだ。

「瑞香さんのこの表情はレアね。買っちゃおうかな」

「ダメダメ希帆ちゃん」

 瑞香は、楽しそうに眺める希帆の後ろ首襟をぐいっと引っ張って阻止しようとする。

「ごめん、ごめん。買わないって」

 希帆は快く諦めてくれたようだ。

「ワタシ、ちょっとこのお店に用事あるから」

続いて絵実子の希望により、みんなはモール内のアニメグッズ専門店に立ち寄ることに。

発売中または近日発売予定のアニソンBGMなどが流れる、賑やかな店内。

「絵実子ちゃんは、声優さんのイベントはよく参加する方かな?」

 育恵の質問に、

「ワタシ、声優さんのイベントはそんなに魅力は感じないの。特に女性声優さんの場合、客はディープな男の人ばっかりで怖いから」

 絵実子は苦笑いを浮かべながら伝えた。

「そっかぁ。まあ気持ちは分かるわ」

「ああいうの、男の俺から見ても怖いよ。龍作がよく見てるアニメイベントのブルーレイで声優さんが挨拶する度にうをぉーっ、とかオットセイみたいに叫んで、声優さんが歌ってる時はうぉうぉ叫びながらペンライト振り回してすごい激しく踊ってる集団」

「私は恥ずかしがり屋さんだし怖がりだから、声優さんは絶対無理だなぁ」

 耕太と瑞香も苦笑いを浮かべる。

「ワタシも声優を職業としてやるのは無理。でもアフレコ体験はしてみたいな」

「わたしも同じく」

「あたしもしてみたーい。楽しそう」

「アタシの通ってる大学の学園祭、去年はアフレコ体験コーナーもあったよ。今年もそのイベントあったら連れてってあげるよ。十一月上旬でまだまだ先だけどね」

「ワタシめっちゃ行きたい。楽しみに待ってます」

「あたしもーっ」

「私も。あったらいいな」

「わたしも一回体験してみたいです」

「俺は興味ないや」

「アニ研の子の自主制作アニメのアフレコだから、あまり期待は出来ないと思うけどね」

「それでもじゅうぶんです。それじゃワタシ、トーンと原稿用紙買ってくるね」

 絵実子はそう伝えてお目当ての画材道具コーナーへ。

 他のみんなは文房具などのキャラクターグッズコーナーへ立ち寄る。

「ナ○トの下敷きとノートと、ボールペンも買おう」

「彩奈、無駄遣いはし過ぎないようにな」

「はーい」

 彩奈がお目当てのグッズを籠に詰めている時、

「お待たせー」

 絵実子が戻って来た。籠にはB4サイズの漫画原稿用紙と数種類のスクリーントーンが。

「絵実子お姉ちゃんは今回はグッズ買わないの?」

 彩奈が尋ねると、

「うん。黒○スとか銀○とか暗○教室とかの新作グッズ欲しいのいっぱいあるけど、ここは我慢。今月の小遣い無くなっちゃう」

 絵実子は商品棚から目を背けた。

「それじゃ、そろそろお金払ってここ出よっか?」

 瑞香がそう言った直後、

「あっ! ちょっと待って」

耕太はコミックコーナーにいた誰かに気が付き、近寄っていく。

「やぁ、加園君ではあ~りませんか。奇遇ですね」

 龍作であった。

「龍作、また同じやつ保存用、鑑賞用、布教用の三つ買うつもりなのか」

 耕太は龍作が手に持っていた籠の中を眺め、呆れ気味に呟く。

「加園君、この三つは全く違うものですよん」

「タイトル同じだろ」 

「これはラノベをコミカライズしたものなのですが、作者と出版社がそれぞれ違うのですよん。アニメが始まる前に、原作コミカライズ版も買おうと思いまして」

 龍作はにこやかな表情で主張した。

「表紙は確かに違うけど、なんか、どれも同じような絵柄に見える」

 耕太は若干呆れ顔だ。

「加園君、全く違うではあ~りませんか。目をよく凝らしてみましょう」

 龍作に軽く鼻で笑われてしまった。

「こんにちは龍作さん、ここに来るならいっしょに参加してくれればよかったのに」

「やっほー、龍ちゃん、奇遇だね」 

 希帆と瑞香は嬉しそうにご挨拶。

「どっ、どうもぉ。僕、この近くでやってる科学博見に行った帰りでして……」

 龍作は反射的に視線を床に向けた。

「あーっ、耕太お兄ちゃんのお友達の丸尾くんもどきだぁ! 久し振りだね」

「龍作お兄さん、お久し振り。また痩せたような」

 彩奈と絵実子も龍作の姿に気付くと、彼の側にぴょこぴょこ駆け寄っていく。

「あっ、どうもどうも」

 龍作はかなり緊張気味だ。彼の心拍数、ドクドクドクドク急上昇。小中学生くらいの現実の女の子は特に苦手なのだ。

 そんな彼に、

「この子が耕太君の親友の龍作君か。お金持ちのお坊っちゃんって感じね。はじめまして」

 育恵は爽やかな表情と元気な声で挨拶した。

「こちらの、お姉さんが、加園君のイクメン候補育成指導の、家庭教師だという……」

「その通りよ。アタシの名前は養父育恵っていうの。今、耕太君ちでお泊りさせてもらってるんだ」

 育恵は爽やかな笑顔で伝える。

「そうでしたかぁ」

 龍作は居心地が悪くなったのか、

「じゃっ、じゃあね」

会計を済ませるとそそくさこのお店をあとにした。

「龍ちゃん逃げちゃったね」

「龍作さん、そんなに慌てなくてもいいのに。シャイな性格をなんとかしてあげたいです」

 瑞香と希帆は彼の後ろ姿を微笑ましく見送った。

「希帆お姉さん、龍作お兄さんに絶対恋心持ってるでしょう?」

 絵実子はにこりと笑い、希帆の肩をポンッと叩く。

「絵実子さん、そんなことは全くないからね」

「いててて、ごめんね希帆お姉さん」

 きっぱりと否定され、両ほっぺたをぎゅーっと抓られてしまった。

(希帆ちゃん、照れ隠ししてるわね)

 育恵はふふっと微笑む。

「あたし次はおもちゃ屋さん行きたいな」

 彩奈の希望によりそこへ向かっていく途中、

「あら、あなた達もここへ来てたのね」

みんなの背後からこんな声が。

「あっ、母里先生!」

「ここに来ていたとは……」

「こんにちは母里先生。学外でもよく会いますね」

 思わぬ再会の仕方に瑞香、耕太、希帆は少し驚く。

「母里のおばちゃんだぁっ!」

「こら彩奈、おばちゃんは失礼でしょう。耕太お兄さん達の担任の母里先生、昨日振りですね」

 彩奈と絵実子は大喜びだ。

母里先生は娘の森佳ちゃんをベビーカーに乗せていた。

「この子が森佳ちゃんだね。かっわいい!」

「赤ちゃんって本当にかわいいね」

 彩奈と絵実子は初対面の森佳ちゃんに目をきらきらさせる。

 この時、森佳ちゃんは気持ち良さそうにすやすや眠っていた。

「今日は森佳のベビー服と絵本とおもちゃを買いに来たの」

「どうも、はじめまして」

 旦那さんもいた。背丈は一六五センチで低め、痩せ型、それほどイケメンでもないが、ほんわかとしていて優しそうな雰囲気を漂わせていた。

「母里ちゃんの旦那さん、マ○オさんっぽい」

 育恵はそんな第一印象を抱く。

「良きパパって感じの人だね」

 瑞香が褒めると、

「いやいや、それほどでも」

 旦那さんは謙遜してにこやかに笑う。

「おじちゃんは何歳?」

 彩奈が知りたそうに質問すると、

「三一歳だよ」

 旦那さんは快く教えてくれた。

「思ったより年上だ。まだ二十代半ばに見えますね」

 希帆はこう褒める。

「そうかな?」

 旦那さんは陽気に笑った。

 その直後、

「ふぇぇ、ふぇぇぇ」

 森佳ちゃんが起きて、泣き出してしまった。

「おしっこ出ちゃったみたいだから、おむつ替えてくるわね」

 母里先生が森佳ちゃんのおむつに鼻を近づけながらそう伝えると、

「母里ちゃん、おむつ交換、耕太君にやらせてみて」

 育恵はこう提案する。

「そうねえ。出来るようになっておいた方がいいかも」

「俺には無理ですよ」

 耕太は嫌がるが、

「加園耕太君だったね。ぜひやってみてくれ。勉強になるから」

 旦那さんも快く承諾。

「いや、俺まだ高校生だし早過ぎますって」

「高校生でも、保育科とか生活科とか家政科とかの子だと保育実習で赤ちゃんのおむつ交換やってるよ」

 育恵は笑顔で伝える。

「俺普通科だから。それに、その保育実習も事故防止のために人形でやるんじゃないのか?」

「加園くん、将来のためのいい経験になるからぜひやってみて。手助けするから」

 母里先生からウィンクされお願いされると、

「まあ、一回だけなら」

 耕太は仕方なく引き受けた。

「耕太君、本当のパパらしく頑張ってね」

 そういうわけで耕太は育恵に手を引かれ、強引に授乳室へ連れて行かれてしまった。

 旦那さん以外の他のみんなも授乳室へ。

「森佳ちゃん、おむつ換えまちゅね」

 母里先生がおむつ交換台に娘の森佳ちゃんを寝かせると、

「あぁ~ん」

 森佳ちゃんはすぐに泣き止んでくれた。

「耕太君、スキンシップも大事だから赤ちゃんを褒めてあげて」

「どう褒めればいいんだよ?」

「おしっこいっぱい出てよかったねぇ。とかって」

 育恵からそう教えられ、

「えっ、その、おしっこ。出て、よかったな」

 耕太は照れくさそうに作り笑いをして棒読みで言う。

 すると、

「うぇぇぇ! うえええぇぇぇぇっ!」

 森佳ちゃんは大声で泣き出してしまった。

「母里先生、どうしましょう?」

 耕太は戸惑う。

「大丈夫よ。森佳ちゃん、おしっこいっぱい出てよかったでちゅね」

 母里先生が赤ちゃん言葉をかけて微笑みかけると、

「ああぁぁぁ」

 森佳ちゃんは泣き止んでにっこり微笑んでくれた。

「さすが母里ちゃん」

「さすが本物のお母さんだね」

 育恵と瑞香は感心する。

「いよいよおむつ交換よ。加園君、森佳ちゃんの両足を上げて、おしっこついちゃったパンツを脱がしてね」

「はい」

耕太がその作業をしようと恐る恐るおむつに手を触れたら、

「あぁぁぁ、あぁぁぁ~ん!」

 森佳ちゃんはまた泣き出し暴れ出してしまった。

「どうしよう?」

 戸惑う耕太。

「森佳ちゃん、ちょっと待っててね」

 母里先生が抱きかかえてあやして大人しくさせる。

「ありがとうございます。それじゃ、外すよ」

 耕太は今度は泣かせることなく汚れたおむつを外すことに成功。

「くさっ」

 思わず本音が出てしまった。う○こじゃなくて良かったぁ。とも思っていた。

「次はこのタオルでお尻の回り拭いてあげてね」

 母里先生から手渡されると、 

「分かりました」

 耕太はやや緊張気味に、森佳ちゃんのお尻周りをその専用タオルで丁寧に拭いていく。

 すると、

「きゃはははっ」

 森佳ちゃんはにっこり微笑んでくれた。

「ははっ」

 耕太も思わず微笑む。

「森佳ちゃん気持ち良さそうだね」

「森佳ちゃん、かっわいい。あたしも自然に笑顔になっちゃうよ」

「癒されますね」

「うん、耕太お兄さんも嬉しそう」

「耕太君、イクメン経験値アップしたね」

「森佳ちゃん、きれいになったね。きれいなおむつ履かせるからね」

他のみんなも楽しそうに森佳ちゃんの笑い顔を眺めた。

「テープで止めるやつよりは簡単そうだな」

 耕太が新しいパンツタイプのおむつを履かせようと足に触れたら、

「あぁぁぁ、あぁぁぁ~ん、あぁぁぁぁぁ~ん!」

 森佳ちゃんはまたまた泣き出し暴れ出してしまった。

「どうしよう?」

 またも戸惑う耕太。

「森佳ちゃん、ちょっと待っててね」

 母里先生が抱きかかえてあやして大人しくさせる。そののち、交換台に森佳ちゃんをそっと寝かせ、履かせやすいように両足を上げさせた。

「加園くん、今がチャンスよ」

「あっ、はい」

 耕太は慎重におむつを履かせる。

「よぉし、出来た」

 装着完了し、ホッと一安心。

 次の瞬間、

「おめでとう加園くん、森佳も嬉しがってるわ」

「耕太くん、おめでとう」

「耕太お兄ちゃん、よく出来たね」

「耕太さん、お見事です」

「耕太お兄さん、すごく良かったよ」

「耕太君、上出来だったわ」

 他のみんなからパチパチ拍手された。

「加園くん、今からこの出来なら将来いいパパになれるわ。いい経験になったでしょ?」

 母里先生から笑顔で問われ、

「はい、まあ。作業自体は簡単だけど、赤ちゃんが暴れると難しいですね」

 耕太は照れくさそうに伝える。

「きゃははっ」

新しいおむつに換えてもらって、満面の笑みを浮かべて満足げな様子の森佳ちゃんに、

「次はおっぱいの時間でちゅよぅ」

 母里先生がにっこり笑顔でこう話しかけると、

「母里先生、おっぱいあげるところ、私も見ていいですか?」

「母里先生、わたしも見たいです!」

「あたしもーっ!」

「ワタシも、見たいな」

「母里ちゃん、見せて見せて」

 瑞香達は強く要望する。

「いいわよ」

 母里先生は恥ずかしがることなく快くOKしてくれた。

 母親の貫禄である。

 ただし、

「加園くんは、見るのやめて欲しいな」

 こんな条件付きだ。

「俺、全く見たいとも思いませんから」

 耕太はきっぱりと主張して授乳室から早足に出て行った。

 休憩所の長椅子に腰掛けてのんびり待っている旦那さんのもとへ。

「何とか無事成功しました。おむつ換える途中、娘さんを一回泣かしてしまって申し訳ありません」

「べつにかまわないさ。ぼくがおむつ替えやってもいつも嫌がられて大泣きされちゃうからね。きみ、女の子いっぱい連れてたけどモテモテだね」

「いや、あの子達は妹と近所の幼馴染なんです。あの子達には、昔からショッピングとか遊びによく無理やり付き合わされてて。荷物係的な感じで」

「ハハハッ。やはりそうか。ぼくと同じだな。ぼくにも姉二人と妹一人がいてね、しょっちゅう無理やり付き合わされたものだよ。女の子向けの下着売り場や水着売り場に連れて行かれた時はいつも居心地悪く感じてたよ」

「俺も同じ経験ありますよ」

「そうか。ぼくは姉に生理用品無理やり一人で買いに行かされたこともあったな。記憶にあるだけでも十回以上は」

「それは大変ですね」

「分かってもらえて嬉しいよ。ぼくの中高時代の男兄弟ばかりの友人には、羨まし過ぎるとか言われたけどね。きみの連れてた女の子、みんな地味な格好の子ばかりだけど、きみはどう思う?」

「まあべつに、地味でいいと思います。俺、渋谷や原宿にいるような派手な格好の女の子は苦手だし」

「それで良いぞ。きみも将来の結婚相手には、おしゃれに関心のない地味な子を選んだ方がいいよ。おしゃれにやたら拘る子は、服だけじゃなく宝石とかアクセサリーとかブランド物の高価なバッグや財布や化粧品や香水、エステとかにも余計な大金を使うからね」

「その考え、俺にもよく分かります」

「そうか。嬉しいよ」

 旦那さんと耕太、意気投合していたその頃。

授乳室では、

「いっぱい飲んでね」

 母里先生がブラをはずし、森佳ちゃんに母乳を飲ませていた。

「森佳ちゃん、美味しそうに飲んでるね」

「母里ちゃんの乳首、いい形してるもんね」

「わたし達にもこういう時期があったっていうのは、なんか不思議」

「あたしが赤ちゃんの時におっぱい飲んでるとこ、耕太お兄ちゃんと絵実子お姉ちゃんに見られてたのかな?」

「ワタシ、彩奈がこんな風におっぱい飲んでるとこ、微かに覚えてるよ」

 他のみんなは真剣な眼差しで眺める。

「お腹いっぱいになったみたいだね。おいちかったでちゅか?」

 母里先生が森佳ちゃんの背中をなでながら赤ちゃん言葉で問いかけると、

「ぁあぁ~」

 娘の森佳ちゃんは満面の笑みを浮かべてくれた。

「アタシも母里ちゃんのおっぱい飲みた~い。飲ませて~」

「こらこら養父さん」

「あいでっ」

 母里先生は育恵に軽くでこぴんしたのちブラを着け、半袖ブラウスのボタンを閉じて森佳ちゃんを抱きかかえる。

 ここにいるみんなは耕太と旦那さんが待っている場所へ。

「母里先生、これからのご予定は?」

 希帆が尋ねると、

「スカイツリーに行く予定よ」

 母里先生は楽しそうにこう伝えた。

「それでは、わたし達とはここでお別れですね」

「よかったら、あなた達もいっしょにどう? 電車賃と入場料は全額先生が払うよ」

「皆さんもぜひどうぞ」

 母里先生と旦那さんは誘ってくれるも、

「あたしはいいよ。ゴールデンウィークに家族で行ったばかりだから」

「母里先生、家族水入らずの時間をお楽しみ下さい」

「そこは家族で楽しむべきだよね」

「ワタシ達がいると邪魔になるもんね」

「それに、高額な入場料負担させるのは悪いもんな」

「母里ちゃん、ご家族で楽しんで来て」

 みんな丁重にお断りした。

「べつにかまわないんだけど、気遣ってくれてありがとう。先生今日はとっても楽しめたわ。では月曜日に元気でね。森佳ちゃんもばいばいしましょうねぇ」

「あぁぁぁ」

「皆さん、さようなら」

「またね、母里ちゃん、森佳ちゃん、イクメンパパの旦那さん」

「ばいばーい、森佳ちゃん、おじちゃん、母里のおばちゃ、んじゃなくてお姉さん」

「母里先生、森佳さん、旦那様、さようならです」

「母里先生、ワタシ、鴇高入れるよう勉強頑張ります! ではさようなら」

「それじゃ、また」

これにてお別れ。

「私達も、そろそろ帰ろっか?」

「そうだな。もう四時半過ぎてるし。あっ、その前に、今夜の夕食と明日の朝食の材料買って帰らないと」

 耕太達は一階食品売り場へ。

「彩奈、カートで遊ぶのはやめなさい」

「はーい。耕太お兄ちゃん、あたしお菓子買いたーい」

「税込み三百円までな」

「はーい」

 彩奈はカートから降りて、お菓子コーナーへ駆けて行く。

「耕太君、パパらしさが出てたね」

「そっか?」

 耕太がカートを押して、瑞香はその横を並ぶようにして歩き、育恵と希帆と絵実子はその後ろをついていく。

「耕太さんと瑞香さん、新婚夫婦みたいになっていますね」

 希帆から突っ込まれ、

「そうでもないだろ」

 耕太は困惑顔。

「そう見えるかなぁ?」

 瑞香はちょっぴり照れた。

「耕太君、今夜は何を作ってくれるのかな?」

「今夜はすき焼きにしようと思う。育恵ちゃんがいる最後の夜だし、ちょっと豪華にしようかなっと」

「耕太君、アタシのためにそんなことしてくれるなんて優しいじゃん」

「いや、べつにそういうわけじゃ。俺も食いたいと思ったし。あっ、この長ネギ安いな」

「耕太お兄さん、天ぷらも作って欲しいな」

「絵実子、勘弁して。揚げ物はむずいから」

 耕太は野菜コーナーですき焼きの材料をどんどん籠に詰めていく。

 その最中に、

「わさび味のポテチも出てたよ」

 お菓子をいっぱい抱えた彩奈が戻ってくる。

「これ本当に三百円以内か?」

 耕太は確認を取ると、

「うん!」

 彩奈は自信満々に答えた。

「次は肉だな」

 続いて精肉コーナーへ。

「耕太お兄ちゃん、この宮崎牛のがいい」

「これは高過ぎ。こっちのオーストラリア産のにするから」

「えー、育恵お姉ちゃん最後の夜なのにぃ」

「耕太君、アタシもこのお肉が食べたいな」

「耕太くん、買ってあげなよ」

「耕太お兄さん、ワタシもこれが食べたい」

「耕太さん、ここは奮発すべきですよ」

「まあ、いいか。父さんの金だし」

 耕太は結局わりと高めのすき焼き用牛肉を選び、籠へ。

「耕太お兄さん、暑くなって来たし、そろそろアイスも買っとこう」

「そうだな」

 耕太達は続いてアイスコーナーへ。一箱八本入りくらいのアイスパックを三箱買い物籠に詰めた。他に食パン、お味噌、いちごジャムなども。

 会計を済ませ、

「耕太くん、この入れ方はダメだよ。潰れちゃうよ」

「そんなに気にしなくても……」

 耕太と瑞香、仲良く協力して買った物を袋に詰める。

「このジュゴォォォーッて出てくるの面白いよね」

アイスを入れた袋の方には溶けないように、彩奈が専用機械にコインを入れてボタンを押し、粉状ドライアイスを入れた。

ここを最後に、みんなはショッピングモールから外へ出た。

「雷雨になってるな」

 予想外の土砂降りの大雨で、ゴロゴロ雷も断続的に鳴っていた。

「耕太お兄ちゃん、もう少ししてから帰ろう」

 彩奈は苦い表情で言い、一人で店内へ戻ろうとする。

「彩奈はまだ雷が怖いんだな」

 耕太はにっこり微笑んだ。

「耕太くんも幼稚園の頃、雷鳴った時私にしがみ付いて来たことあったね」

「瑞香ちゃん、俺は全く覚えてないから」

「あったわね、そんなこと。懐かしい」

 希帆は思い出し笑いした。

「耕太君、そんなことがあったんだぁ」

「育恵ちゃんも笑うなよ。大昔の話だろ」

「ごめんごめん、どこで時間を潰す? そういや彩奈ちゃん、おもちゃ屋さん行きたがってたよね?」

「そこはもういいや。七階まで戻るの遠いし。あたし三階のペットショップ寄りたーい」

 こうしてみんなは彩奈の希望したお店へ。

(小学一年生の頃、カブトムシをここで父さんに飼ってもらったことがあるな)

 耕太が懐かしさに浸りながら店内を見て回り、

「エリマキトカゲちゃんだ。ワタシのお友達に飼ってる子いるよ」

「このスッポン、すごく格好いいっ! 美味しいのかな?」

「ネオンテトラ、かわいいわ」

 絵実子と彩奈と育恵が水槽で売られているペットに夢中になっている間、

「寄ったついでにコニちゃんのエサ買っておこう」

希帆は瑞香といっしょにペットフードコーナーへ。コニちゃんとは希帆の飼っているクサガメの名前だ。

「希帆ちゃん、最高級のを買うんだね」

「一回これ与えたら、コニちゃんすっかり舌が肥えちゃって、市販品の亀のエサはこれしか食べてくれなくなっちゃったの」

「あらら。コニちゃんは希帆ちゃんに似てすごく頭良いみたいだね」

「わがままなだけだと思うけど」

     ※

 店内で三〇分ほど過ごして再び外へ出た頃には、すっかり晴れ上がっていた。

 地元駅へ戻り、自宅への帰り道を歩き進んでいる頃には、午後六時を回っていた。

「そういえば彩奈ちゃん、駅降りてから急に大人しくなったね」

「遊び疲れちゃったのかな?」

 瑞香と育恵はついさっきまでとは様子が違う彩奈に疑問を抱いた。

「彩奈、なんか顔がちょっと赤いぞ」

「彩奈さんお熱あるんじゃない?」

「それっぽいわ」

 耕太と希帆と絵実子もすぐに彩奈の異変に気付く。

「なんかあたし、今、すごくしんどくって」

 彩奈はゆっくりとした口調で答えた。

「彩奈ちゃん、本当にお熱があるよ」

 瑞香は彩奈のおでこに手を当ててみた。

「大丈夫ですか? 彩奈さん」

 希帆も心配そうに問いかける。

「まあ、なんとか」

 彩奈はそう答えるも、ぐったりしていた。

「彩奈、部屋までおんぶしてやろっか?」

 耕太はふらふらした足取りで歩いていた彩奈に、優しく声をかけてあげる。

「ありがとう、耕太お兄ちゃん」

 彩奈は小さな声で礼を言うと、耕太の両肩に手を掛けた。

「しっかり掴まってて」

耕太は優しく伝え、彩奈が背負っていたリュックもいっしょにおんぶしてあげる。

「耕太くん、心優しい」

「耕太お兄さん、またもお兄さんらしいとこを見せたね」

「耕太さん、男らしいです」

「耕太君、お兄ちゃんね」

 耕太の気配りに、瑞香達は感心した。

 六時半頃に自宅へ帰り着いた耕太は、

「母さん、父さん、彩奈が熱出した」

すぐさま両親に報告。

「あら大変。疲れちゃったのかしら?」

「彩奈、知恵熱かな?」

 両親は心配そうに接してくれる。

「彩奈、もう少しで部屋に着くからな」

 耕太は彩奈をおぶったまま階段を上り、彩奈&絵実子のお部屋へ向かっていく。絵実子と育恵もあとをついていった。

「さあ着いたぞ彩奈」

「ありがとう、耕太お兄ちゃん」

辿り着くと、ベッドの上にそっと下ろしてあげた。

「アタシも幼い頃は遊び疲れて熱出すことよくあったな」

 育恵は懐かしむ。

「おねんねする前に、パジャマに着替えなきゃ」

彩奈はリュックを床に下ろすとすぐに立ち上がり、スカートを脱ぎ下ろした。みかん柄のショーツが露に。

衣装ケースから取り出したパジャマのズボンを穿くと、続いて普段着の上着を脱いで、シャツ一枚姿となった。ブラジャーは、当然のようにまだ付けていない。

「彩奈、半袖のパジャマで寒くないか?」

「うん、大丈夫」

 彩奈の下着姿どころか、すっぽんぽんも普段から見慣れているので特に気にも留めない耕太。

「んっしょ」

彩奈は暗闇で光るフォトプリントパジャマに着替え終えると、すぐさまお布団に潜り込んだ。耕太に取ってもらった、ウーパールーパーのぬいぐるみを隣に置いて。

それからほどなく、

「彩奈、お熱計ろうね」

 母がこのお部屋に入って来て、彩奈に体温計を手渡す。

「うん」

 彩奈はパジャマの胸ボタンをはずし、わきに挟んだ。

 一分ほどして体温計がピピピっと鳴ると彩奈はそっと取り出し、自分で体温を確かめる。

「37.9分もある」

 彩奈はしんどそうに、不安そうに呟く。

「大丈夫よ彩奈、微熱だから今晩しっかり休めば朝には治ってるから」

 母が優しく伝えてあげると、

「よかったぁー」 

 彩奈はホッとした表情を浮かべた。

「あっ、彩奈ちゃん、鼻水が垂れてるわよ」

育恵はとっさに、学習机の上に置かれてあったボックスティッシュから何枚か取り出し、彩奈の鼻の下にそっと押し当ててあげた。

「ありがとう、育恵お姉ちゃん」

 お礼を言って、彩奈は鼻をシュンッとかむ。

「彩奈ちゃん、気分は悪くないかな?」

 育恵は優しい声で尋ねる。

「ちょっと悪いかも。でも、吐きそうなほどじゃない」

「晩ご飯は、食べれそう?」

「あの、ママ、固形物は食べる気がしないけど、コーンポタージュが、食べたいな。あと桃も食べたい」

 彩奈は、とてもゆっくりとした口調で希望を伝えた。

「コーンポタージュと桃か。耕太が用意してあげて」

 母はにこっと微笑みかける。

「えっ、俺が作るの?」

「材料は揃ってると思うから。彩奈も耕太に作って欲しいでしょ?」

「うん。耕太お兄ちゃん、作って来て」

 彩奈から弱弱しい声でお願いされると、

「それじゃ、作ってくるよ」

 耕太はやる気アップ。

「ありがとう、耕太お兄ちゃん。楽しみに待ってるね」

 彩奈はとても嬉しそうな表情を浮かべる。

「少し待っててね」

 耕太がこのお部屋から出て行き、キッチンでコーンスープ作りに励んでいる時、

「耕太くん、彩奈ちゃんのために元気が出る食事作ってあげるなんてえらいっ!」

「いやぁ、母さんに頼まれただけだから」

 瑞香も駆け付けて来てくれた。耕太に顔を見せた後、彩奈&絵実子のお部屋へ向かう。

「こんばんは彩奈ちゃん、絵本読んであげるよ」

おむすびころりんの絵本を持って来ていた。

「ありがとう瑞香お姉ちゃん」

「瑞香ちゃん、気が利くわね。将来確実に立派なママになれるわ」

 育恵は深く感心する。

「そうかなぁ? それじゃ、彩奈ちゃん、読むね。むかし、むかし。あるところに」

 瑞香がこのお話の最後まで読み終えた頃に、

「お待たせ彩奈。インスタントで悪いけど」

耕太が戻ってくる。約束どおり、コーンポタージュを作ってあげた。もう一つのお皿に皮を剥いて切られた桃も。

「それでじゅうぶんだよ。ありがとう耕太お兄ちゃん、食べさせて」

 彩奈はとっても嬉しそうな笑みを浮かべる。

「それじゃ、あーんして」

 耕太は熱々のコーンポタージュを小さじですくい、ふぅふぅして少し冷ましてから彩奈のお口に近づける。

「あー」

彩奈は口を小さく広げて、幸せそうに頬張っていく。

風邪引いてる時の彩奈、より幼く見えるな。

 耕太はそう思いながら眺めていた。

「風邪引いた時って、お母さんの手料理がいつも以上に美味しく感じられるよね」

 瑞香はにこにこ顔で言う。

 彩奈は全部飲み干し、桃も全部平らげて、

「とっても美味しかった。ごちそうさまぁ」

 満面の笑みを浮かべる。汗も全身からびっしょり流れていた。

「体拭いてあげるね」

「ありがとう、ママ」

「どういたしまして。ちょっと待っててね」

母は機嫌良さそうにそう告げて、お部屋から出て行った。

数分のち、

「遅くなってごめんね彩奈」

 母はお湯を張った洗面器と、二枚のバスタオルを手に持って戻ってくる。そのセットを、彩奈の枕元にそっと置いた。

「待ってましたー」

彩奈は寝転んだまま、小さく拍手した。

「俺、薬用意してくるよ。母さん、風邪薬は確かタンスの一番上だったよな?」

「ええ」

 耕太は気まずく感じたのか、お部屋から出て行った。

「耕太お兄ちゃん、いなくなっちゃった」

 彩奈は寂しそうに、小さな声で呟く。

「耕太ったら、彩奈の裸を見るのに罪悪感に駆られたみたいね。彩奈、お体拭くからパジャマ脱いでね」

「うん」

 母に頼まれると、彩奈はゆっくりと上体を起こす。パジャマのボタンを外して上着を脱ぎ、次にシャツも脱いだ。きれいなピンク色をした小さな乳房が露になる。

「彩奈、お腹は痛くない?」

「うん、大丈夫」

「よかった。それじゃ、拭くね」

 母はお湯で絞ったタオルで彩奈のお顔、のどくび、うなじ、背中、腕、わき、お腹の順に丁寧に拭いていく。その後に乾いたタオルで二度拭きしてあげた。

「ありがとう、ママ。汗が引いてすごく気持ちいい」

 彩奈は恍惚の表情を浮かべた。

「彩奈ちゃん、パジャマ着せるからバンザーイしてね」

 瑞香に言われると、

「はーい」

 彩奈は素直に返事し、両腕をピッと上に伸ばす。

 瑞香はシャツとパジャマの袖を通してあげ、ボタンも留めて着衣完了。

「次は下を拭き拭きするね。下着脱がすよ」

 続いて母は彩奈のパジャマズボンとショーツをいっしょに脱がし、下半身も丁寧に拭いてあげる。

「ふぁ、んっ、気持ちいい」

 おへその下からおしりにかけてなでるように拭かれた時、彩奈はぴくんっとなり思わず甘い声を漏らす。

「きゃはっ」

足の裏を拭いてあげた時にはくすぐったがって、かわいい笑い声を出した。

「はい、拭き終わったよ。足上げてね」

 母は同じように乾いたタオルで二度拭きし、ショーツとズボンを穿かせてあげた。

「お母様、すごく手際良いですね。さすが三児の母」

「慣れてるね」

 育恵と瑞香は感心する。

「そりゃぁ昔、耕太と絵実子と彩奈のおむつを交換してあげたことが数え切れないほどあるからね。三人とも交換する度いつも大声で泣いて暴れ回ってて大変だったわ」

 母は使ったタオルを絞りながら微笑み顔で言う。

「ママ、あたしが赤ちゃんみたいで恥ずかしいよぅ」

「ワタシもなんか照れくさいな」

 彩奈と絵実子は照れ笑いする。

それから少しして、

「母さん、彩奈の体、拭き終わった?」

 耕太はお部屋の外から小声で問いかけた。

「うん、もう大丈夫よ」

 母がこう答えると、耕太は安心してお部屋へ足を踏み入れた。

「これ、薬」

そして小児用のメロン味の風邪薬を溶かした水を母に手渡す。

「彩奈、次はお薬飲もうね」

 母はそれを彩奈の口元へ近づけた。

「ママ、これ、苦いからいらなぁい!」

 彩奈はぷいっと顔を横に向ける。

「彩奈、わがまま言わないの」

 母は笑顔でなだめる。

「あたしこんなの飲まなーい」

 彩奈は頬を火照らせながらぷくーっとふくれた。

「お薬飲まないのなら、坐薬を使おうかなぁ」

 母がにこっと微笑みかけると、

「えっ! やっ、やだやだやーだぁ。お薬、飲むよ、飲むよ」

彩奈はびくーっと反応し勢いよく上体を起こし、お薬を受け取ってちびちび飲み干していく。 

「彩奈ちゃん、坐薬が怖いんだね。気持ち分かるなあ。お尻にぷちゅって入れるの、私もちっちゃい頃風邪引いた時お母さんにしてもらったことがあるけど、逃げ回ってたよ。予防接種並の怖さだよ」

 瑞香は深く同情する。

(坐薬というと、俺にも嫌な思い出があるな)

 耕太は、幼い頃風邪を引いた時に母に取り押さえられ坐薬を入れてもらい、その様子をお見舞いに来た瑞香と希帆にばっちり見られた非常に恥ずかしい過去を思い出してしまった。

「アタシは座薬を使った方が良いと思うけどなぁ。早く効いてくるし」

 育恵はにこにこ微笑みながら意見する。

「坐薬、怖い怖ぁい。それじゃあたし、もうおねんねするよ。おやすみ。ケホンッ」

彩奈は苦虫を噛み潰したような表情でこう告げて、お布団にしっかり潜り込んだ。

「彩奈ちゃん、もうぐっすり寝ちゃってる。の○太くん並の早さだね。お大事に。早く良くなってね」

 瑞香はそう伝えてお部屋から出て、自宅へ帰っていった。

「彩奈、おやすみ」

「彩奈、ぐっすり寝て早く元気になってね」

「彩奈、明日までには治しなよ」

「彩奈ちゃん、お大事にね」

 他のみんなも静かにお部屋から出て行く。

 耕太はキッチンへ向かい夕食作り。

並行して風呂も沸かす。給湯器は直っていた。

「育恵お姉さんは、生卵付けないのですね」

「うん、付けない方が美味しく感じるから」

「耕太、味が濃過ぎるからもう少しお醤油少なめにした方が良かったと思うわ」

「母さん、俺はそんなに濃く感じないぞ」

「おれもな」

 夜八時頃。キッチンテーブルにて彩奈以外のみんなですき焼き鍋をつつく。

(明日きっと食べるだろうな)

 耕太は彩奈のために、一人分別のお皿に入れて残してあげたのであった。

      ※

夜十時頃、耕太のお部屋に耕太、絵実子、育恵が集う。

「今夜は耕太お兄さんのお部屋で三人いっしょに寝泊りね」

「そうね。彩奈ちゃんにはすごく悪いけど、風邪がうつっちゃうかもしれないから」

「じゃあ俺は床で寝るか」

「ダメよ。そんなことしたら耕太君が風邪引いちゃうわ」

「まだそんなに朝冷えないから引かないって」

「耕太お兄さん、久し振りに川の字に寝ましょう」

「それじゃ絵実子も育恵ちゃんも、なるべく俺に引っ付かないようにな」

「うん、気をつけるよ」

「アタシも昨日の朝みたいなことにならないように心掛けておくね」

「当然だ。あの、もう少し音下げてくれないか?」

 耕太は机に向かって英語の復習。

「耕太君も勉強ばっかしてないでいっしょにやろうよ」

「耕太お兄さん、そんなにうるさくないでしょう?」

育恵と絵実子は彼にお構いなくテレビゲームにいそしむ。

 日付が変わった頃、三人はようやく就寝準備に入った。

「やっぱ俺、床で寝るよ」

「耕太君、風邪引くわよ」

「冬じゃないし、引かないって」

「まあまあ耕太お兄さん、同じ布団で寝ましょう」

「それはまず過ぎると思う、状況的に」

「瑞香お姉さんがいるから?」

「絵実子、そういうわけじゃないぞ」

困惑顔の耕太の心境を察し、

「それじゃ、ハンモックを出すよ」

 育恵はマイバックから取り出してあげた。

「そんなの持ってるなら一昨日もそれで寝ればよかったのに」

「キャンプ気分ね。ワタシ、これで寝てみたいな」

「もちろんいいわよ絵実子ちゃん、自由に使ってね」

「育恵ちゃん、俺がハンモックで寝るよ」

「もう、耕太君ったら。アタシと寝れて本当は嬉しいくせに」

 育恵はにこにこ微笑む。

「そんなことはない」

「あいてっ」

 耕太は育恵の顔面を平手でペチッと叩く。

絵実子はさっそくハンモックを吊るし、そこに寝転んだ。

「ハンモックもふかふかして快適♪ おやすみなさーい」

「おやすみ絵実子ちゃん」

 育恵は楽しそうに耕太が普段使っている布団に潜り込む。

「育恵ちゃん、俺からなるべく離れてね」

 耕太は気まずい心境で育恵の体から三〇センチほど離れて寝転んだ。

「それじゃ、おやすみ」

 育恵が紐を引いて電気を消す。

 それから五分も経たないうちに、育恵と絵実子はすやすや眠りについた。

(一昨日以上に……眠れない)

慣れない状況だけに、耕太は目が冴えてしまう。

そういや絵実子の寝顔、かなり長く見てないな。と耕太は気になってしまった。けれども罪悪感に駆られ、覗こうとはしなかった。彼が眠り付けたのは、布団に入ってから一時間以上が経ってからだった。 


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