表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/5

Housework2 お風呂の調子が悪いから、みんなでいっしょに銭湯へ。女湯に変質者現る!?

「もう朝かぁ」

早朝、六時頃。

耕太はいつもより一時間半くらい早く目覚まし時計の音で起こされた。

「ん?」

 次の瞬間、伸ばした右腕に妙な違和感を覚える。

 むにゅっ、としていた。

突起物もあった。

「これって、ひょっとして……」

 耕太はすぐに手を離し、焦りの表情を浮かべる。

 恐る恐る、視線を横に向けた。

「うわっ!」

 咄嗟に視線を元の位置に戻す。

 育恵が上着パジャマと薄ピンクブラを脱ぎ捨て、おっぱい丸出しで横臥姿勢になって眠っていたのだ。 

「いっ、育恵ちゃん、なんて格好を……お腹冷えるぞ」

 耕太は、ずれていた夏布団を素早く被せてあげた。

「……んにゃっ、おはよう、耕太君」

 すると、育恵は目を覚ましてしまった。

寝起き、とても機嫌良さそうだった。むくりと上体を起こすと、また布団がずれて、育恵の裸の上半身が露に。

「なんで、服脱げてるんだよ?」

「耕太君、何焦ってるのぉー?」

 育恵はぼけーっとした表情。まだ寝惚けているようだ。

「その……」

 耕太はさっきから視線を床に向けたままだった。

「あっ! アタシ、おっぱい丸出しにしてたのね」

 育恵はついに今の状況に気付いたが、年上の貫禄なのか特に取り乱すことなく冷静に布団から出て、ゆっくりと起き上がる。

「いっ、育恵ちゃん、どうしてパンツ一丁になってるんだよ?」

ちらりと見てしまった耕太、咄嗟に壁の方を向いた。

「今朝はちょっと暑かったから、無意識のうちに脱いじゃったみたい。男の子が水泳する時の格好になってたね。おかげですごく気持ちよく眠れたわ」

 育恵は照れ笑いしながら言う。

「とっ、とにかく、早く服着ろ」

 耕太は壁の方を向いたまま命令する。

「耕太君ったら、そんなに慌てなくても」

 育恵はにこにこ微笑む。そこへ、

「おっはよう! 育恵お姉ちゃん、耕太お兄ちゃん」

 彩奈がこのお部屋へやって来た。

「いっ、育恵お姉さん! なっ、なんてはしたない格好を――」

 ほぼ同じタイミングで入って来た絵実子は目を大きく開く。頬もちょっぴり赤らんだ。

「二人でお相撲さんごっこしてたんでしょう?」

 彩奈は興味深そうに質問する。

「いや、これは……」

 耕太はかなり焦りの表情。

「彩奈、正解よ。アタシ、耕太とお相撲さんごっこしてたの」

 育恵は冷静に説明すると、耕太のおしり側のパジャマズボン裾を前から回すようにして右手でガシッと掴んだ。

「おっ、おい。何する気だ?」

「はっきよーい、のこった。えいっ!」

そして耕太を軽々と中に浮かして投げ飛ばす。

「うわっ、いってぇぇぇ!」

 耕太は抵抗する間もなくベッドの上にびたーんと叩き付けられた。勢い余って壁に腰をぶつける。

「掴み投げだぁ! 育恵お姉ちゃん、すごーい!」

「豪快ね。育恵お姉さん、将来は強いママになれますね」

彩奈と絵実子は納得してくれたようだ。ズボンが大きくずれてトランクス丸見えの無様な姿にされた耕太を見届けてお部屋へと戻っていく。

「育恵ちゃん、いきなり何するんだよ。いたたたたぁ~」

 耕太は痛そうに腰をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。

「耕太君も弱いわね。アタシもあんなに軽々と投げれるとは思わなかったよ」

 育恵は散らばったブラジャーとシャツを着込むと、私服へ。夏らしくレモン色の半袖チュニックとデニムのショートパンツ姿だ。

「育恵ちゃん、俺で遊ぶなよ」

 耕太は制服に着替えながら注意する。

「さっきは悪かったって。あっ、耕太君、ネクタイとボタンはしっかり留めれてるかな?」

「余計なお世話だ」

「ごめん、ごめん。子ども扱いし過ぎたね。それじゃ、朝食作り始めるわよ」

「はい、はい」

 耕太と育恵はいっしょにキッチンへ。

「あれ? 火がつかねえ。故障か?」

「耕太君、まずは元栓開けなきゃ」

「あっ、そっか」

耕太はお鍋に水を入れ火をつけたのち、生卵をそのまま突っ込む。

「ゆで卵はやっぱ楽だな」

「本当はベーコンエッグ作って欲しかったのにな」

「それむずいし」

「アタシは超簡単だと思うよ。自分のお弁当も自分で作っちゃおう」

「それも俺がやらなきゃいけないのかよ。めんどいから日の丸弁当にするか」

「こらこら、それは栄養が少な過ぎるって」

「べつにいいだろ」

「ダーメ。白ご飯は半分までにしなさい!」

「分かった、分かった」

 耕太は昨日の残りのご飯を弁当箱の半分くらいに詰めた。

「トースト焼いて、あとはシリアル食品にするか。それでじゅうぶんな量出来るし」

「耕太君、そんなカップ麺と同レベルの手抜きしちゃダメ。包丁使って、フライパンで調理する作業もしなきゃ」

「えー」

 耕太はしぶしぶ大根などを切っていく。

 どんどん時間が過ぎていき七時頃。

「耕太、なかなか頑張ってるわね」

 母起床。普段より一時間ほど遅い目覚めだ。

 それから約一五分後、

「おはよう、耕太、料理張り切ってるな」

 父、普段通りに起床。朝食の前に歯磨き&洗顔&髭剃りを済ませる。

「おっはよう! ママ、パパ、育恵お姉ちゃん、耕太お兄ちゃん!」

「おはようみんな、今朝はたっぷり寝れて目覚めがいいよ」

 七時二五分頃、彩奈と絵実子がようやく起きてくる。この二人も普段よりも一時間近く遅く起きて来た。

「絵実子ちゃん、寝癖すごいねぇ。直した方がいいよ」

 昨日以上にボサッとなっていた絵実子の髪を見て、育恵は微笑み顔で勧める。

「このままでいいの。お友達もこの方がかわいいって言ってくれてるし」

 絵実子はにこっと笑ってこう伝え、朝食を取り始めた。

「絵実子はいつもこうだから」

 耕太は加えて説明する。

「中学生なんだし、もっと身だしなみに気遣った方がいいと思うけど」

 育恵は苦笑いした。

 結局出来た朝食はトースト、ゆで卵、レタス、りんご、味噌汁の五品。

 ちなみにりんごは皮が付いたままで、縦に半分に切っただけのようにされていた。

「耕太お兄ちゃん、あたしと絵実子お姉ちゃんのより手抜きだね。桃とびわも用意して欲しかったな」

 彩奈は勝ち誇ったような表情を浮かべた。

「皮剥くの面倒だし」

 耕太は苦笑いで言い訳する。

「耕太、お味噌汁の具の切り方が雑過ぎるわ。お豆腐もぐちゃぐちゃだし」

 母からも苦言。

「慣れてないからしょうがないだろ」

 ちなみに耕太は自分のお弁当の残りの部分には冷凍の餃子とミートボールとフライドポテトを詰めた。

 昨日母に作ってもらったお弁当にはチャーハン、ピーマンのひき肉詰め、キンピラゴボウ、ポテトサラダ、チーズと梅しそ入り鶏ささみフライと手間をかけて作られたものが多かったのに対し、今朝耕太がやったことはレンジで温めるだけの簡単な作業なのでこちらも手抜きといえよう。

「耕太お兄さん、こんなにいっぱい盛らなくていいよ」

「彩奈と同じ量だぞ」

「絵実子ちゃん、ダイエットしたい気持ちは分かるけど朝ご飯少なめだと元気出ないよ。アタシの通ってる大学でも朝ご飯食べない子が多いって問題になってるわ」

 育恵がお姉さんらしく忠告するも、

「大丈夫。ごちそうさまー」

絵実子は盛られていた分の四分の三以上残し、歯磨き&洗顔のため洗面所へ。

「ごちそうさまーっ」

それから三分ほどで、彩奈も食べ終わる。

「育恵ちゃん、早く食べちゃって」

「耕太君、そんなに急がなくてもまだ時間あるでしょ」

「じゃあ育恵ちゃんが洗っといて」

「それはダメ。アタシがやったら契約違反になっちゃうし」

「べつに守らなきゃいけないほどの重要性はないんじゃないのか?」

 育恵も朝食を取り終えると、耕太は急いで食器洗いを済ませた。

(彩奈、まだ歯磨きしてたのか)

現在、彩奈が洗面所を使用中。

その間に、耕太はトイレへ。

扉を開けると、

「……またか。っていうかいつの間に」

 先客がいた。耕太は少し顔をしかめる。

「ぁん、もう、耕太君のエッチ♪ わざとやったでしょ?」

「わざとじゃないって」

 育恵がショートパンツと薄紫花柄ショーツを膝の辺りまで脱ぎ下ろして便座に腰掛け、ちょろちょろ用を足している最中に出くわしたのだ。膝上丈ワンピース姿だった昨日と違って恥部も耕太の目にばっちり映ってしまった。とっさに目を逸らしたが。

「小だけだから、すぐ済むよ」

尚もお小水を出しながらにっこり笑顔で伝えられ、

「そういう問題じゃなくて、トイレ入ったら鍵はちゃんと掛けろ。幼稚園児でも分かることだろ」

 耕太は呆れながら扉を閉めてあげた。

彩奈が歯磨き&洗顔を終えたようなので洗面所へと向かっていく。

約三分後、耕太もその作業を済ませリビングへ戻ると、

「耕太、今日からはお洗濯もお願いね」

 母から次の指令が。

「母さん、それも俺がやるのかよ」

 耕太が面倒くさそうに呟いて、洗面所へ戻って行こうとしたら、

「耕太お兄ちゃん、給食袋は?」

「耕太お兄さん、まだ用意してないの?」

 彩奈と絵実子からこう問いかけられる。

「ああ、それもいるのか。っていうかいつもみたく自分で用意すれば」

「これも家事の一環だから耕太お兄ちゃんにさせてって育恵お姉ちゃんが言ってたもん」

「耕太お兄さん、早く用意して」

「おいおい」

「耕太君のためよー」

「ああ、もう分かった。何がいるんだっけ?」

 耕太は、リビングでソファに腰掛け暢気にテレビ番組を眺めていた育恵を睨む。

「お箸とランチョンマットとマスクよ。ここに分けて置いてあるから。後は袋に入れるだけよ」

 母から伝えられた。

「そこまでやるんなら全部用意してあげてもよかったんじゃ……こっちが彩奈のか」

耕太は腑に落ちない気分でキッチンテーブル上に置かれた給食セットを専用袋にまとめて、

「サンキュー耕太お兄ちゃん」

「ありがとう、耕太お兄さん」

彩奈と絵実子に手渡す。

 続いて洗濯。耕太は無造作に置かれた彩奈と絵実子と育恵の汗のしみ込んだ下着類やパジャマには一切手を触れず、籠をひっくり返して洗濯物を洗濯機へ移し、洗剤、柔軟剤を適当に入れてスタートボタンを押す。

 その直後、

「耕太お兄さん、お父さんのトランクスとは分けてって言ったでしょ」

 絵実子がこんな文句を言って来た。

「そんなことしたら効率悪いだろ」 

 耕太がこう説得すると、

「そんなことない」

「いてててっ」

 絵実子は不機嫌そうな表情を浮かべ、髪の毛をぎゅーっと引っ張って来た。

 洗濯が終わるまで待っていては遅刻してしまうので、あとは母に任せることに。

「耕太、シャンプー少なくなって来たから帰りに買って来てね。あと今夜の晩ご飯と明日の朝食の材料も。今夜は耕太が作りたいのを作っていいわ。七千円渡しとくから。お釣りはお小遣いにしていいわよ」

「分かった母さん」

 この要求には耕太は快く承諾。なるべく安いのを買おうと、彼は心に思った。

「あの、耕太お兄さん。ついでにサ○サーティもお願い」

「それは絵実子が」

「だって買うの恥ずかしいもん」

「俺が買う方がずっと恥ずかしいよ」

「インスタントカレーとシリアル食品の間に挟めばいいじゃない」

「余計変だろ」

 耕太と絵実子、押し問答。

その最中、自分のお部屋へランドセルを取りに行っていた彩奈がリビングへ戻ってくる。

「育恵お姉ちゃんはまだ大学行かないの?」

「アタシは今日は講義午後からだから、あと三時間くらいしてから出るよ」

「残念。いっしょに登校したかったのに」

「耕太ぁ、ついでにゴミも出しといて。指定の収集場所に置くだけの簡単なお仕事よ」

 母は燃えるゴミの入った大きなゴミ袋を一袋手渡そうとしてくる。

「分かった、分かった」

 耕太はしぶしぶ承諾。

「耕太くん、眠たそうだね」

「ああ。なかなか寝付けなくって」

 昨日と同じくらいの時間に瑞香が迎えに来て、四人でいっしょに登校。

    ※

 八時二〇分頃、耕太と瑞香が一年五組の教室へ入ると、

「あの、昨日、ママが東京サウスアイランドドームの屋内プール一日無料パスを福引で当てたんだけど、明日でも、いっしょに行きませんか?」

 希帆が近寄って来てこんな誘いをして来た。

「もちろん行くよ。お誘いありがとう。そこのプール、もう長い間行ってないね」

 瑞香は快く乗る。

「全部で七枚もあるので、耕太さんは妹さんや、イクメン候補育成指導のお姉さんも誘ってどうですか?」 

「ありがとう、彩奈はきっと喜ぶだろうな」

「育恵ちゃんと絵実子ちゃんと彩奈ちゃんに知らせておくね。絵実子ちゃんと彩奈ちゃんは登校したら回収ボックスに預けなきゃいけないみたいだけどまだ通じるかな?」

 瑞香はさっそくその三人宛にラインでメッセージを送った。

 三〇秒足らずでみんなから返答がくる。

「みんな行くって。よかった♪」

「耕太さんもぜひどうぞ」

「俺はいいよ」

「そう言わずに。龍作さんも誘うので」

「じゃ、龍作が行くなら行くかな?」

 そんなやり取りの中、

「やぁ、加園君、おはよう」

タイミングよく龍作が登校してくる。

「あの、龍作さん、明日、わたし達といっしょに東京サウスアイランドドームのプールへ行きませんか?」

 希帆はさっそく無料パスをかざして誘ってみた。

「ノーサンキュー」

 龍作はきっぱり拒否して逃げるように自分の席へ。

「予想通りだな。というわけで、俺は行かない」

「付いて来て下さい! 無料パス使わないと勿体無いですし。それに、耕太さんがいてくれればナンパ対策にもなりますし」

 希帆はぷっくりふくれて不機嫌そうにお願いする。

「そんな心配しなくても、実際ナンパしてくるやつなんて漫画やアニメやゲームの世界にしかいないだろ」

「耕太くん、いっしょに行こう! 土産物とか買って帰りの荷物が増え過ぎちゃうかもしれないし」

 瑞香は腕を掴んで強く誘ってくる。

「俺を荷物持ち係にしようって魂胆が丸分かりだけど、しょうがない」

 耕太はしぶしぶ引き受けて、自分の席へ。

「そういえば今日の加園君、やけに疲れ切っていますね」

 ほどなく龍作が近寄って来て心配そうに話しかけてくる。

「昨日、俺んちに母さんが勝手に申し込んだイクメン候補育成指導の家庭教師が来て、無理やり家事やらされたんだ」

 耕太はため息まじりに伝えた。

「イクメン候補育成指導の家庭教師ですと?」

「今はそういうのがあるみたいなんだ」

「それは大変ですねぇ。僕も家事は全然ダメですよん」

 龍作は深く同情してくれたようだ。

 朝のSHR終了後、

「母里先生、イクメン候補育成指導の家庭教師もいるって知ってました?」

 瑞香はこんなことを担任に伝えに行った。

「そんなのがいるの!? 初耳だ。まあ最近は、スポーツ指導をしてくれる家庭教師もいるし、いてもおかしくはないわね」

「その人が昨日から耕太くんちに来てて、耕太くんにイクメン候補育成指導をしてるの」

「耕太さんのお母様が勝手に申し込んだそうです」

 希帆が加えて伝える。

「へぇ。そうなんだ。加園くん、よかったわね」

「全然良くないですよ。昨日は洗濯物畳むのと夕飯作りとその片付けと。今日は朝食と自分の分の弁当作らされたうえ洗濯までさせられて、帰りにおつかいまで頼まれちゃって」

 耕太は苦々しい表情で伝えた。

「私もいっしょについて行くよ」

 瑞香は楽しそうに伝える。

「それじゃ、娘の森佳のおむつと、ひ○こクラブも買って来てもらおうかしら? 今月号確か今日発売だから」

 母里先生は微笑みながら企む。

「それは無理。生理用品以上にきつい」

 耕太は呆れ果てるが、

「分かりました」

 瑞香は快く承諾した。

「ありがとう桜谷さん、それじゃ、おむつはこの種類のやつを頼むわ。これが森佳の一番のお気に入りなの」

 母里先生は商品名が書かれたメモ用紙を瑞香に手渡す。

「これですね、了解しました」

「ありがとう桜谷さん、三千円渡しておくね。おつりは返さなくてもけっこうよ」

「いやいや、ちゃんと返しますよ」

(瑞香ちゃんといっしょにそんなの買ったら誤解されそうなんだけど……)

 耕太はこう思うも、二人の間で交渉成立。

 この高校で一時限目の授業が行われていた頃、加園宅では、

「ちっちゃい頃の耕太君、女の子みたいですっごいかわいいですねー」

「そうでしょう。魔法少女の変身アイテムを欲しがってたこともあるのよ」

「隣に写ってるのは、瑞香ちゃんですね。手を繋いでとっても仲良さそう」

「耕太はよく瑞香ちゃんに引っ付いてたわ。瑞香ちゃんの方がお誕生日半年以上早いから、お姉ちゃんのように慕ってて」

「ふぅん。耕太君って……」

 育恵は母に耕太の幼き日のアルバムを見せてもらっていた。

     ※

鴇塚高校で三時限目の授業が行われていた頃、

(耕太君の学校生活、拝見しに来ちゃった。耕太君のクラス、三時限目は体育みたいだしちょうどいいわ)

 十時半頃に加園宅を出た育恵は、耕太達の通う高校のすぐ側まで来ていた。

 三時限目、六組との合同体育、今日はグラウンドで男子はサッカー、女子はテニスだ。

「ごめん希帆ちゃん、ボール変なとこ飛んでっちゃった」

「気にしないで。わたしも変な方向に飛ばしそうだから」

 瑞香は希帆とペアを組んでプレイしていた。

「瑞香ちゃんと希帆ちゃんも、体育は苦手なようね」

育恵は学校横の歩道からこっそり見学。

「高校では体育、筆記試験がないから実技のみの評価になっちゃうのが嫌だな」

「うん、わたしも運動能力はどうしようもないよ。高校から10段階評価だけど5あれば上出来かな」

 希帆が苦笑いしながらこう言った直後、

「こらぁーっ! 根岸、加園、真面目にボール追いかけんかいっ!」

 鬼島先生からこんな怒声が。

 昨日と同じく、試合中にまたもやる気なさそうにしていたのだ。

「鬼島先生、そんなに怒らなくても」

「男子の担当教師は厳しいからかわいそう」

 瑞香と希帆はそっちの方を振り向いて同情する。

(進学校は体育も厳しいのね。耕太君も本当にスポーツ苦手なようね。アタシもだけどね)

 その様子を憐憫の眼差しで見届け、育恵は再び大学の方へ向かって歩き出す。

 五分ほど歩き進んでいると、

育恵の身に予期せぬ事態が。

「あの、ちょっといいかな?」

いきなり背後から誰かに肩をぽんっと叩かれたのだ。

「きゃぁぁ~っ! 痴漢っ!」

 育恵はびくーっとなって思わず悲鳴を上げる。

「あの、驚かせてごめんね。ちょっと訊きたいことが……きみ、高校生かな?」

 振り返ってそこにいたのは、がっちり体型の四〇代半ばくらいの男性警察官だった。

「いえ、大学生です。現役合格の二年生でして、これから大学行くとこなんです」

 育恵はにこっと笑ってきっぱりと答える。

「そっか。若く見えるね。最近、この辺りに変質者が出てるみたいだから気をつけてね。特にお嬢さんはかわいいし」

「あっ、はい」

「それじゃ、お気をつけて」

 警察官はそう伝えて、育恵から離れていった。

(びっくりしたよ。けどさっきの警察官は、いいこと伝えてくれる優しい人だったね)

 先ほどの警察官に好感を持った育恵は、気を取り直して再び歩き出す。

    ※

三時限目の授業終了チャイムの鳴るおよそ三分前。

「次は化学かぁ。お休みタイムだね」

「瑞香さん、わたしもあの先生の授業眠くなってくるから気持ちは分かるけど、どんな授業でも真面目に聞かなきゃダメダメ」

「それは分かってるけど、どうしても眠くなっちゃうの。そういえば、今日は制汗スプレー持って来たよ。育恵ちゃんが女子高生の身だしなみって持たせてくれたの」

「育恵さんはとてもいい人ですね」

希帆と瑞香は女子更衣室へ向かいながらそんな会話を弾ませた。

次の休み時間。

「加園君、このゲーム、レビューが低過ぎると思いませんか? 僕は満点だと思うのですがねぇ」

「そうだな。でもファ○通のレビューなんて全然当てにならないだろ」

耕太と龍作とでいつもの休み時間と特に変わらないことをして過ごしていると、

「こら龍作さん、また不要物持って来て。鬼島先生に忠告するよ」

 着替えて教室へ戻って来た希帆から注意されてしまう。

「そっ、それは本当にやめて下さーい」

「希帆ちゃん、そこまでするのはすごくかわいそうだよ」

 いっしょに戻って来た瑞香は優しく意見してあげる。

「冗談だって。わたし、鬼島先生に近寄りたくないからそんなことしないわ」

「ありがとうございますぅ」

「あいつに不要物持って来てるの見つかったら確実に停学食らうよな。んっ、メール。絵実子からか」

 耕太が突然届いたスマホメールを開くと、

【耕太お兄さん、三時間目の音楽の授業中に貧血で倒れちゃった♪ 『夏の思い出』合唱中に。早退することにしたよ。症状は軽いから心配しないでね】

 こんな文面が。

「朝食ほとんど食べてないからだな」

 耕太は【ほら、言わんこっちゃない】と返信する。内心は心配していたようだ。

「絵実子ちゃん貧血かぁ、大丈夫かな?」

「夕方には元気になってるといいですね」

 瑞香と希帆も気にかけてあげた。

      ※

その日の放課後。

「それじゃ、お買い物行こう」

「べつに瑞香ちゃんはついてこなくてもいいんだけど、あっ、でも俺一人じゃ母里先生から頼まれた物は非常に買いにくいしな」

耕太は学校帰りに瑞香といっしょに近くのスーパーへ向かっていく。

 辿り着くと、耕太と瑞香は買い物カートを取出し店内を巡回。

「これも買って帰ろう」

「耕太くん優しい」

「今夜は鉄火丼にするか」

「貧血で倒れた絵実子ちゃんのために栄養満点のメニューにするなんて、耕太くんますます優しい」

「いや、それもあるけど、簡単に作れるし」

「あらら」

 そんな会話を弾ませながら、耕太と瑞香はマグロの刺身コーナーへ向かっていく。

 他に卵や食パン、ふりかけ、野菜・果物、魚介類も購入。

 化粧品コーナーへも向かい、母から頼まれていたシャンプーも忘れず籠に詰めた。

「あとはおむつか」

 続いて赤ちゃんのおむつコーナーへ。

「母里先生が言ってたのは、これだね」

 瑞香が手に取ろうとしたら、

「こっちのおむつの方がいいんじゃないかな。パッケージのデザインもいいし」

 耕太は近くにあった別の種類のおむつを指し示した。

「耕太くん、おむつはパッケージで選ぶんじゃないよ」

「そうか?」

「そうだよ。赤ちゃんっていうのは気に入らないおむつを付けたらすごく不機嫌になっちゃうものなんだよ」

 瑞香はきちんと頼まれていた種類のおむつを買い物かごに入れる。

「あとは、あれか。この店で売ってるかな?」

「きっとあると思うよ。スーパーは主婦御用達だし」

 瑞香の予想通り、おまけ程度に置かれている雑誌コーナーに頼まれていた育児情報誌はけっこうたくさん並べられていた。

 瑞香がそれを一冊手にとって籠に入れ、いよいよレジへ。

「俺、向こうで待っとくから。これ、お金」

「あんもう、いっしょに並んで欲しかったのに」

 耕太は瑞香に自分の財布を渡し、先にレジの向こうへ回った。

 瑞香はちょっぴり不機嫌に。

 会計を済ませた時、

「どうもありがとね。またご利用下さいませー」

 レジのおばちゃんににこっと微笑まれた。

「耕太くん、もっときれいに入れなきゃ」

「どうせまた出すんだから適当でいいだろ」

「ダーメ。卵そこに入れたら運んでるうちに割れちゃうよ」

 二人で協力して買った物をいくつかの袋に詰め、店内から出ると、

「どうもありがとう」

 母里先生が待っていてくれた。

 森佳ちゃんもいた。ベビーカーに乗せられた形で。

「この子が森佳ちゃんかぁ。こんばんは。かっわいい♪ ばぁっ!」

 瑞香がにこっと微笑みかけると、

「あぁぁぁっ、あぁま」

 森佳ちゃんは嬉しいのか満面の笑みを浮かべてくれた。

「やっぱ赤ちゃんはかわいいな」

耕太が顔を近づけると、

「うぇぇぇ、ぅえええーんっ!」

 森佳ちゃんは大声で泣き出してしまった。

「あらら、森佳ちゃん、このお兄ちゃんは怖くないでちゅよ」

 母里先生は赤ちゃん言葉で話しかけ、にっこり微笑みかける。

「母里先生すみません、泣かしてしまって」

 耕太は罪悪感に駆られているようだ。

「いえいえ、旦那さんがあやしても高確率で泣くから。森佳ちゃん、あばばばぁ」

 母里先生があやすと、

「えぇぇぇ、えっ」

 森佳ちゃんは途端に泣き止んだ。笑みも浮かぶ。

「俺、幼い子どもの扱い下手だからな。父さんも幼い子どもは苦手だって言ってたし」

「耕太くん、気にしちゃダメだよ」

「今は人見知りする時期だから。あと二ヶ月、森佳が一歳になる頃には、きっと加園くんのことを気に入ってくれるようになると思うわ」

 母里先生は優しく勇気付けてくれた。

「あの、母里先生。おむつ代と雑誌代のおつり返しておきます」

 瑞香は自分の財布から取り出し手渡そうとする。

「あら、べつにいいのに」

「そういうわけにはいきません。受け取って下さい」

「それじゃ、受け取っておくわね」

母里先生は瑞香に対する好感度がさらに上がったようだ。

「ありがとうございます。さようなら母里先生、森佳ちゃん、ばいばーい」

 瑞香は森佳ちゃんに向かっても微笑みかけ手を振る。

「さようなら」

 耕太はまた泣かしちゃうとまずいと考え、森佳ちゃんとは目を合わさず別れの挨拶をした。

「さようなら桜谷さん、加園くん、また月曜日に学校でね。森佳、ばいばいしましょうね~」

 母里先生は森佳ちゃんの腕を掴んでもみじのような手を振らせたのち、ベビーカーを引いておウチの方へ帰って行った。

「森佳ちゃんすっごくかわいかったねー」

「そうだな。彩奈が赤ちゃんだった頃思い出したよ」

「彩奈ちゃんが赤ちゃんの頃もとってもかわいかったね。私も十年後くらいに赤ちゃん作りたいな」

「……それにしてもスーパーって、飲料水が安いよな。コンビニで一四七円のが七八円とか八八円とかで売られてるし」

「お菓子やパンやインスタント食品とかもスーパーの方が基本的に安いよ。だから限定商品以外はコンビニで買わない方がお得だよ」

耕太と瑞香、いっしょに帰り道をしばらく歩いていると、

「二人とも、とっても仲が良いわね」

 育恵とばったり出会った。

「あっ、育恵ちゃん。大学からの帰りですか?」

「そうよ瑞香ちゃん」

「やっぱ今日も俺んち泊まるのか?」

「もっちろん♪ 契約期間中だし」

「やっぱそうなのか」

 耕太は落胆しているようだ。

「もう、耕太君ったら、本当は嬉しいくせに。それより絵実子ちゃんが貧血で倒れちゃったみたいだけど、心配だな」

「まあ特に心配することもないと思う」

「私もお見舞いに行くよ」

 こうしてその後は三人いっしょに帰り道を歩き進む。

 同じ頃、

「彩奈お姉ちゃんつえええ」

「どうだ!」 

彩奈は自宅から三百メートルほど先の公園で男の子中心のお友達とカードゲームで遊んでいた。

「おしっこしたくなっちゃった。ちょっとおトイレ行ってくるね」

 その最中に尿意を感じ、公園内の公衆女子トイレへ。

「和式かぁ。足が疲れてくるけどまあいいや。んっしょ」

 便器を跨いでタヌキさん柄ショーツを膝のあたりまで脱ぎ下ろしてスカートを捲ってしゃがみ、ちょろちょろ用を足している最中、

「お嬢ちゃん、かわいいね。おウチはどこ?」

 こんな声が耳元に飛び込んで来た。

「何? 今の声?」

 彩奈は恐る恐る声のした方を振り向く。

「うわっ、びっくりした」

 声の主と目が合った瞬間に、びくっと反応。

 すぐ前隣の個室上の隙間から、禿げかけすだれ頭の中年おじさんが覗いていたのだ。

「どうも、こんばんは」

 中年おじさんはにやにやしながら挨拶する。

「えへっ♪」

 彩奈はその親父に向かってにこっと微笑んだ。

「えへ、へへ」

 中年おじさんもにこっと微笑み返して来て、すぐに顔を引っ込めた。

(あのおじちゃん、男の人なのに女子トイレにいるから絶対変質者だよね?)

彩奈はそう考えながらトイレットペーパーを千切り取って、濡れた恥部を拭き拭きする。ショーツを履くと、きちんと流して個室から出た。

「うひゃっ!」

 途端にまたびっくり。

すぐ目の前にあの中年おじさんがいたのだ。まるで彩奈が出てくるのを待っていたかのように。

「そんなに驚かないでよお嬢ちゃん、これからおじさんといっしょに遊ばない? 好きなお菓子買ってあげるよ」

背丈は一六三センチくらい。痩せ型で、ねずみ色のTシャツに、デニムのジーンズと白のスニーカーを穿いていることが分かった。

「……いりません」

彩奈はきっぱりと断るとすばやくトイレから外へ出て、

「みんなーっ、女子トイレに変質者が出たよーっ!」

 大声で叫んでお友達に知らせる。

「マジで?」「どんなやつ?」

 男の子達は興味深そうにする。

「アヤナちゃん、大丈夫だった?」

 もう一人いた同級生の女の子は心配してくれた。

「うん、特に何もされてない」

 彩奈は素の表情できっぱりとこう答える。おしっこしているところを覗かれて被害に遭ってはいるのだが。

「あいつか?」

 一人の男の子が指差す。

「うん、あのおじちゃんだよ」

 彩奈は即答した。

 中年おじさんは女子トイレから外へ出ると、早足に公園の外へ逃げていく。

「オレに任せとけ!」

 六年生の一番大柄な男の子がサッカーボールを蹴った。その子の背丈は一七〇センチ以上はあった。

「あー、くっそぉ」

 しかし当たらず、あっという間に遠くへ逃げられ行方を眩まされてしまった。

「あの変なおじちゃん、逃げ足速い。まるで忍者だね」

 被害者の彩奈はちょっぴり感心する。

     ☆

 午後五時過ぎに耕太と育恵は帰宅。瑞香もお邪魔した。

「おかえり耕太お兄さん、育恵お姉さん。いらっしゃい瑞香お姉さん」

「絵実子、寝てなくて大丈夫なのか?」

「うん、帰ってからじゅうぶん休んだからもう平気」

 絵実子はリビングでソファに腰掛け、録画していた深夜アニメを眺めていた。

「絵実子ちゃんすっかり元気そうね」

「絵実子ちゃん、元気そうで何よりだよ」

 育恵と瑞香もホッと一安心だ。

「ほら、これ、絵実子の大好きな抹茶プリン」

「ありがとう耕太お兄さん」

「さすが耕太、お兄ちゃんね」

 その時すぐ横でクロスワードを解いていた母は感心する。

「絵実子、これからは食事しっかり食べるようにな」

「絵実子ちゃんは特に思春期真っ只中なんだから、栄養しっかり取らなきゃダメよ」

 耕太と育恵はこう忠告。

「はーい。今日ので懲りたよ。もうあんなしんどい思いしたくないし。いただきまーす」

 絵実子は抹茶プリンを付属のプラスチックスプーンで掬って嬉しそうに美味しそうに頬張る。

「私そろそろお暇しますね。耕太くん、今日も家事頑張ってね」

 瑞香は耕太へエールを送り、自宅へ帰っていった。

「母さん、育恵ちゃん、今日も洗濯物俺が片付けなきゃいけないのか?」

「そうね、日曜日まで家事はなるべく全部耕太に任せるって契約になってるし」

「当然、耕太君がやらなきゃダメよ。干したのはお母様なんだし」

「しょうがねえ」

耕太は昨日と同じように洗濯物を取り込むと、

「耕太君、今日はアイロンがけもやってもらうわよ」

 育恵からこんな指示が。

「今日は暑いし、そんなことしなくていいだろ」

「関係ないっ!」

「分かったよ」

 耕太は断れず、しぶしぶ父のワイシャツ、自分の制服のポロシャツ、絵実子のプリーツスカート、彩奈のサロペットなどにアイロンがけを慎重にこなしていく。

「耕太、火傷に気をつけてね」

「母さん、言われなくても分かってる」

焦がすといった失敗をすることなく無事完了。

残りの洗濯物=下着を畳んでいる最中に、

「ただいまーっ、さっき公園の女子トイレに変なおじちゃんがいたよ」

 彩奈が帰って来た。どこか嬉しそうに伝える。

「彩奈、被害に遭わなかったの?」

「彩奈ちゃん、危険な目に遭わなかった?」

 母と育恵は心配そうに尋ねた。

「うん、おじちゃんはどっかへ逃げちゃったよ」

「どこの地域でも変態親父はいるだろうけど、そういうことしたがる心理が分からんな」

耕太は洗濯物を畳んだあとは浴室へ向かい、水を入れる前に軽く浴槽をシャワーで洗い流してから栓をして、水を入れ始めた。

並行してご飯を炊く準備。

 風呂釜の穴まで水が入ったのを確認すると、給湯器の操作ボタンを押す。

 しかし、

「あれ? なんか給湯器の調子が。今日は風呂入れないな」

 何度押しても反応しなかった。

「えー、あたし今日田植えでけっこう汚れたのにぃ」

「耕太お兄さん、早く修理して」

 彩奈と絵実子から不機嫌そうに文句を言われる。

「無理だって。業者に頼まないとダメだろ。それに俺、機械系は苦手だ」

「この風呂給湯器、耕太が幼稚園に入った頃から使ってるからとうとう寿命が来たみたいね。明日修理屋さんに来てもらうから、今日は銭湯行ったら?」

 母はこう勧める。

「まあ俺はべつにそれでいいけど」

「あたしもいいよ」

「ワタシは銭湯嫌だな。でも、入れないよりはマシか」

「たまには銭湯もいいわね。瑞香ちゃんも誘おっか?」

 育恵は耕太の自室へ向かい窓を開け、

「瑞香ちゃーん、アタシと絵実子ちゃんと彩奈ちゃんと耕太君、お風呂の調子悪いから夕飯食べた後銭湯行くんだけど、いっしょにどう?」

 ベランダ越しに叫びかける。

「銭湯かぁ。私も行くよ」

「それじゃ、八時頃に」

「分かった。あっ、ちょっと待って。希帆ちゃんも誘うから」

 快く誘いに乗ってくれた瑞香は希帆宛にメールを送信。

 約一分後、返信が届いて、

「希帆ちゃんもいっしょに銭湯行くって」

 瑞香はスマホ画面をかざしながらこう伝える。

「大人数で、楽しい入浴になりそうね」

 育恵は大いに喜んだ。

 同じ頃、キッチンにて夕飯準備中の耕太は、

「あの、耕太お兄さん、サ○サーティは?」

 絵実子からこんなことを問い詰められていた。

「あっ、すっかり忘れてた。ごめん絵実子」

「今から買って来て」

「自分で行けば。最寄りのコンビニなら歩いても五分かからず行けるだろ」

 耕太は困惑顔だ。

「嫌っ!」

 絵実子はぷくっと膨れ、背中をポカポカ叩いてくる。

「耕太、絵実子、母さんが買ってくるわね」

「サンキュー母さん」

 結局、母が快く買いに行ってくれることに。

    ※

耕太は夜七時頃に家族みんなと育恵の分の夕食を完成させた。

父もその頃に帰宅。

今夜は鉄火丼と蜆汁だ。

「美味しかった♪」

 丼いっぱいに盛られた鉄火丼、絵実子は全部平らげてくれた。蜆汁ももちろん。

 夕食後、

「あ~、面倒くさい。母さんか彩奈か絵実子、手伝ってくれないか?」

「あたし今し○ちゃん見てるもん」

「ワタシもー」

「耕太、母さんも今クロスワード解いてるから、一人で頑張りなさい」

耕太はまたも父に書斎へ逃げられ、食器洗いを一人で任されたのであった。

     ※

夜八時十分頃。耕太達六人は加園宅からは徒歩約七分、五百メートルほど先にある昔ながらの銭湯、『鴬の湯』へ。

「この銭湯前に来た時、彩奈ちゃんはまだ幼稚園児だったけど覚えてる?」

「うん! 覚えてるよ瑞香お姉ちゃん。希帆お姉ちゃんもいっしょだったよね?」

「彩奈さん、覚えてくれてて嬉しいな」

「アタシもかなり昔、この銭湯来たことあるわ」

「料金昔から変わってないんだな」

受付にて耕太が代表して母から貰った六人分の入浴料を支払った。

当然のように耕太は男湯、他のみんなは女湯の暖簾を潜る。

 女湯脱衣室。

「希帆お姉ちゃんも、絵実子お姉ちゃんと同じでメガネを取っても目が3の形にならないね」

「それはなるわけないよ。なったら怖いよ」

 彩奈に裸眼をじーっと見つめられ、希帆は照れ笑いする。

「なったら面白いと思うけどなぁ。あたし、これも持って来たんだ」

 彩奈が手提げ鞄からあるものを取り出すと、

「きゃぁぁぁっ!!」

 瑞香は甲高い悲鳴を上げて思わず仰け反った。

「彩奈ちゃん、カエルさんを持ってきちゃダメだよぅ」

 瑞香は涙目で注意する。

「瑞香お姉ちゃん、これはおもちゃのカエルさんだよ。水に浮かべて遊ぶのーっ」

モリアオガエルのゴムおもちゃだった。

「瑞香さん、おもちゃのでもダメみたいですね」

 希帆はくすっと笑う。

「うん」

 瑞香は苦い表情で呟いた。

「リアルに出来てるわね」

「本物そっくり。ワタシもちょっとびっくりしたよ」

 育恵と絵実子は造形に感心していた。

「彩奈ちゃん、お願いだからすぐに片付けて。おウチで遊んでね」

「はーい」

 瑞香に注意されると、彩奈はしぶしぶ鞄にしまう。

「絵実子ちゃん、昨日いっしょに入った時みたいにすっぽんぽんにならないの?」

「だって、公共の浴場だと周り知らない人ばかりだから恥ずかしいし」

 絵実子は肩から膝上にかけてバスタオルを巻いていた。

「絵実子ちゃん、そんなに恥ずかしがらなくても。余計目立って恥ずかしいと思うよ」

 瑞香にそう説得され、

「そうかなぁ?」

 絵実子は恐る恐るバスタオルを外してすっぽんぽんに。

「絵実子お姉ちゃん、素っ裸の方が絶対銭湯に相応しいよ。久し振りの銭湯、楽しみぃ♪」

 すっぽんぽんになった彩奈は浴室へ駆けていく。

「彩奈ぁ、走ると危ないよ。あと、服はきれいに畳んで籠にしまおうね」

 絵実子はこう注意して浴室へ入っていった。

 けれどもすぐに、

「やっぱり恥ずかしいからタオル巻く」

 浴室にいた他のお客さんを見て引き返して来た。

バスタオルをさっきと同じようにしっかり巻いて再び浴室へ。

「私も中学生の頃、大浴場で素っ裸になるのは恥ずかしいなって思ってた時期があるから絵実子ちゃんの気持ちはよく分かるよ」

 瑞香は最後に水玉模様のショーツを脱いですっぽんぽんになり、後に続く。

「希帆ちゃんはぺちゃパイね」

「育恵さん、わたしはこれで満足してますよ」

育恵と希帆も、最後にショーツを脱いですっぽんぽんで浴室へ。

「絵実子お姉ちゃん、見て見て。スーパーサ○ヤ人」

「もう少し逆立ってないとダメね」

彩奈と絵実子はすでに洗い場シャワー手前の風呂イスに隣り合って腰掛け、シャンプーで髪の毛をゴシゴシ擦っているところだった。

「彩奈ちゃんよく似合ってるわ」

 彩奈の隣に育恵、

「んっしょ」

 育恵の隣に瑞香、

「彩奈さん、シャンプーハットはもう使ってないのね」

 希帆はにっこり微笑みながら、瑞香の隣に腰掛ける。

「希帆お姉ちゃん、あたし、そんなのはとっくの昔に卒業したよ」

 彩奈は照れ笑いした。

「彩奈が二歳くらいの頃、シャンプーハット被せてもシャンプーすごく嫌がってたね。懐かしいな」

「ワタシも鮮明に覚えてる。彩奈、いつも泣いて暴れてたね」

 瑞香と絵実子は思い出し笑いする。

「瑞香お姉ちゃん、絵実子お姉ちゃん、本当なの? あたし全然覚えてないよ」

 彩奈は照れ隠しするように、ボディーソープを付けたバスタオルで体をゴシゴシ擦る。

「二歳頃の記憶って普通ないもんね。アタシも一番古い記憶は四歳頃だし」

 育恵はシャワーでシャンプーを洗い流しながら呟く。

「わたしは三歳頃の記憶もちょっとあるな。サン○オピューロランドで遊んだ思い出が」

「さすが希帆お姉ちゃん、頭いい」

「あの、希帆お姉さんは、今でも龍作お兄さんのことは好きですか?」

 絵実子に唐突に尋ねられ、

「……いや、べつに。というより、昔から好きじゃないって」

 希帆は俯き加減で慌て気味に答えた。

「あれ? 希帆ちゃん、龍ちゃんのこと好きなんでしょう?」

 瑞香は疑問を浮かべながら問いかける。

「あの丸尾くんみたいなひょろひょろのお兄ちゃんだね」

 彩奈も興味津々だ。

「前にも言ったけど、あの子はわたしの勉強のライバルなの。好きって言うより学業面で尊敬出来る男の子って感じよ」

 希帆は淡々とした口調で否定する。

「龍ちゃん、昔からすごくいい子で真面目で賢いし、知的な顔つきだもんね。希帆ちゃんが好きになっちゃう気持ちは私にもよく分かるよ」

 瑞香はほんわかとした表情で言った。

「だから違うって」

 希帆は困惑顔だ。

「希帆お姉さん、両親のお仕事もお互い大学教授なんだから、付き合ってみたら?」

「希帆ちゃん、龍作って男の子と付き合っちゃったら? 本当は好きなんでしょ?」

 育恵はにやにや笑いながら、希帆の肩をペチッと叩く。

「いいって」

 希帆は俯き加減になった。

「希帆ちゃん、お顔が赤いよ」

 瑞香はにこにこ顔で指摘した。

「これは、体が火照って来たからなの」

「希帆お姉ちゃんのお顔、茹蛸さんみたーい」

 彩奈はにこにこ笑いながら髪の毛と体をシャワーで洗い流すと、

「それーっ!」

 一目散に湯船の方へ駆け寄り、はしゃぎ声を上げながら湯船に足から勢いよく飛び込んだ。ザブーッンと飛沫が高く上がる。さらに犬掻きのような泳ぎをし始めた。

「彩奈ちゃん、とっても楽しそう」 

「彩奈、小学校低学年のやんちゃな男の子みたいことするのやめなさい。明日プール行くんだからそこで思う存分泳ぎなさい」

「彩奈さんの気持ちは良く分かるな。わたしも彩奈さんくらいの年の頃は大浴場行った時必ずやってたから」

「私も同じだよ。今でもやりたいくらいだよ。あの、育恵ちゃんのお父さんは、家事は積極的にしてくれますか?」

「いや、積極的にはしてくれないわ。ママに言われたら嫌々やる程度よ」

「あらら、意外だね」

「ワタシのお父さんは言われてもやらないからちょっとマシね」

「パパが不甲斐ないからアタシ、男の人に家事育児が出来るようになって欲しいなって願望が人一倍強いんだろうな」

「それで育恵さんは、イクメン候補育成指導の家庭教師をボランティアでやるようになったわけですね?」

「いや、ママの勧めなの。アタシのママとお祖母ちゃん、趣味で始めたお父さんのための料理教室を月一でやってるんだけど、新しいことを始めたいからって」

「そうでしたか」

「アタシこのボランティア、耕太君が初体験なの。どんな男の子指導することになるのかなってすごい不安だったよ。年頃の男の子って、荒っぽくて怖い子も多いし、エッチを求められたらどうしようかと。耕太君はとってもいい子でホッとしたわ」

「耕太さんは確かに心優しい人ですね」

「そうだね。耕太くんはとってもいい人だよ。私と耕太くん、双子の姉弟みたいにずっと付き合ってるからよく分かるよ」

「耕太お兄さん、本当にすごく親切で心優しいからワタシも大好き。でもいっしょに手を繋いだりするのは照れくさくてもう無理だな」

「耕太くんの今日の厚意はとてもよかったね」

「うん、めちゃくちゃ嬉しかった。耕太お兄さんに何かお礼がしたいよ。ワタシ、体洗うのもうしばらくかかるから、みんな先に入ってていいよ」

「絵実子ちゃん、恐々と洗わなくても誰も見てないって」

 育恵はにっこり笑顔でこう助言して湯船の方へ。

「絵実子ちゃん、育恵ちゃんといっしょにいるね」

「三人でかたまって浸かっておきますので」

 瑞香と希帆も後に続く。

「ここのお湯、アタシにはちょっと熱く感じるわ」

「わたしもです。いつも三七℃くらいで入っているので」

「私も少し熱く感じるよ。育恵ちゃん、大学生活は楽しいですか?」

「うん、とっても楽しいわ。大学の講義の良い点は、講義中に携帯ゲームしたりネットしたり居眠りしたりしてても、特に注意されることがないことよ。まあ注意してくる教授もいるけど」

「育恵さん、けじめはきちんとつけましょう」

「はいはーい」

「私も授業中、たまにノートにお絵描きして遊ぶことあるし、居眠りしちゃうことはよくあるよ。中学の頃、希帆ちゃんと席が近かった時は居眠りしたら叩き起こされたよ」

「希帆ちゃん、友達思いね」

「当たり前のことだと思うけど」

「私、希帆ちゃんの席のすぐ近くにはなりたくないな」

「瑞香さん、今度の席替えでもしなれたら、中学の時以上に厳しく監視するからね」

「希帆ちゃん顔怖い、怖い」

 足を伸ばしてゆったりくつろぎ、おしゃべりし合っている中、絵実子は周囲を気にしながら体をゆっくり擦っていく。

 そんな時、

「お嬢ちゃん、いいお肌してるわね」

「えっ!」

 バスタオルをしっかり巻いた、四〇代くらいのお方が隣のイスに腰掛けて来た。

「あの、その」

「中学生?」

「あっ、はい」

「そっかぁ。さすが若いだけはあるわ。この銭湯にはよく来るの?」

「いえ、何年か振りです」

「そっか。おばちゃんはね、週に一回くらいは来るわよ」

「……」

 絵実子は大急ぎでシャワーで石鹸を洗い流して逃げ、湯船に浸かってくつろいでいる育恵と瑞香と希帆のもとへ。

「あの、あそこにいるお方は、女性ではないですよね? 声も妙に男っぽかったし」

 絵実子はタオルは床に置いてすっぽんぽんになって湯船に浸かると、びくびくしながら問いかけた。

「そうね、明らかに男性ね」

「男の人だね。あの体つき」

「肩幅と筋肉のつきからして、百パーセント男ですね。いくら小柄で細身で髭剃ってても誤魔化せませんよ」

 育恵と瑞香と希帆は姿を見て即、こう判断した。

「みんな外見だけで男って判断するのは失礼だよ。吉田沙○里はもーっとすごい筋肉してるでしょ」

 彩奈は女性だと信じているようだ。

 その男と疑わしきお方は体を洗い流し終えたのか、絵実子達のいる方へ近寄って来た。

「みんなかわいいお嬢さん達ねー」

 さらにそう褒めて湯船に浸かって来た。

「あの人、男ちゃうの?」

「なんかそうっぽいよね」

 他の客さんのおばちゃんがヒソヒソ声で呟く。

「ねえ、おばちゃんは女の人だよね?」

 彩奈にお顔をじーっと見つめられ質問されると、

「そうよ。よく男と間違えられるの。子どもの頃からね」

 男と疑わしきお方はホホホッと笑った。一瞬ぎくりと反応したような気もしたが。

(ますます怪しいです)

 希帆は心の中でこう思った。

「おばちゃん、のぼせちゃいそうだからもう上がるわ。あっ、あら」

 男と疑わしきお方が立ち上がって湯船から上がった途端、巻いていたバスタオルがハラリと落ちた。

「きゃっ!」

 そのお方は軽く悲鳴を上げとっさに股間を手で隠す。

「きゃぁぁぁっ!」

「わっ、男の人だ」

 アレがばっちり見えてしまい、絵実子は大きな悲鳴を上げ反射的に目を覆い隠し、瑞香は驚いて思わず声を漏らした。

「あらら。やっぱりね」

 育恵はにっこり微笑む。

「思った通りです」

 希帆はちょっぴり頬が赤らんだ。

「お○んちんだぁ! 男の人だったんだね。オカマだぁ!」

 彩奈は楽しそうに笑う。

「ここに男の人がいますよーっ!」

 育恵は脱衣室にいる人にも聞こえるよう、大声で叫んだ。

「失礼ね。あたし女よ。ほら、髪の毛長いでしょ」

 男とばれてしまった女装おじさんはとっさに否定する。

「えっ!」「男?」

 他のお客さん達もざわめく。

「やばい」

 女装したおじさんは、足早に浴室から逃げていこうとする。

「逃がさないわよ。そりゃっ!」

 育恵は固形石鹸をそのおじさんの足元目掛けてスライドさせた。

「ぎゃっ!」

 見事命中。

 おじさん、つるっと滑ってしりもちをついた。

「しまった!」

 その拍子にかつらも落ちて、禿げかけのすだれ頭が露に。

「あーっ! このおじちゃん、公園の女子トイレに現れた人だぁ!」

 彩奈は大声で伝えた。

「うふふ。その通りよ」

 そんな正体もばれてしまった女装おじさん、にこっと笑ってかつらを拾ってすぐに立ち上がってまた走り出す。

「こらっ、待ちなさい!」

 育恵だけでなく、

「逃がしてもうたわ」 

「逃げ足早いわあの人」

他のおばちゃんなお客さん達も取り押さえようとしたが失敗。

浴室から脱衣室の方へ逃げられてしまった。

(なんか女湯が騒がしいな)

 すでに上がってロビー横の休憩所で待っていた耕太は不思議がる。

 ほどなくその女装おじさんが耕太の目の前に。

 バスローブを一枚、帯で巻かずに羽織っただけの姿だった。

「うわっ、あいつ明らかに男だろ。これで女湯入るなんて無謀過ぎる」

 耕太は表情が引き攣る。女装おじさんはかつらをまた付けたのだ。

「ちょっと、退きなさいよ」

 女装おじさんは耕太に勢いよく衝突。

「うわっ!」

耕太は弾き飛ばされたが、柔道の授業で今習っている受け身を取って怪我回避。

「邪魔、邪魔」

女装おじさんもバランスを崩してしりもちをつくも、すぐに立ち上がった。早く館内から出ようと必死だ。けれども腰を痛めて速く走れない様子。

「耕太君、ナイス足止めっ。アタシがとどめを刺すよ。そりゃぁっ!」

 大急ぎでパジャマを着込んで脱衣室から出て来た育恵はそのおじさんの腕を掴むや、一本背負いを食らわした。

 女装おじさんは、床にビターンと叩き付けられる。

 これにて御用。育恵はこいつが逃げられないよう袈裟固のような形でしっかり押さえつけ身動きを封じた。

「どっ、どうも。ありがとうございました」

 女装おじさんはマゾなのか? 腰を強打したもののどこか嬉しそうな表情で礼を言った。

「おううう!」「姉ちゃんやるねぇ」「お見事!」

 他のお客さんや従業員さんから拍手喝采。

「皆さん、ご無事ですか?」

「あっ、もう捕まえられてる」

 それからすぐに、銭湯すぐ目の前の交番から駆け付けた二人のお巡りさんに引き渡され手錠を掛けられ逮捕された。

「お巡りさん、あとはよろしくね。んっ、あなたは昼間のお巡りさん。めっちゃ偶然」

「おう、あの時のお嬢さんか。強いね」

 うち一人は育恵が今日、大学に行く途中に話しかけられたお方だった。

「あの、その、わたくしはですね、アンチエイジングの観点から、女性の体の細胞のですね、研究を」

「いいから来いっ!」

「話は署でじっくり聞いてあげるから」

 二人のお巡りさんが呆れた様子で女装おじさんを連行して銭湯から出て行った後、

「アタシ、下着着けずに出て来たの」

「べつにそれは言わなくても」

 育恵は耕太に耳打ちし、再び脱衣室へ戻っていく。

 それから五分ほどして育恵他のみんなも風呂から上がって来て休憩所へ。

(なんか、女の子特有の匂いがぷんぷん……)

耕太はドキッとしてしまった。女の子五人の体から漂ってくる、桃やラベンダーの石鹸の香りが彼の鼻腔をくすぐっていたのだ。

「耕太お兄ちゃん、面白いおかまのおじちゃんだったでしょ?」

 彩奈は楽しそうに微笑む。

「耕太お兄さん、めちゃくちゃ怖かったよぅ」

 絵実子はショックだったようで俯き加減。今にも泣き出しそうな表情だった。

「気持ちはよく分かる。俺も真夜中にあんな風貌のやつ見たら卒倒しそうだ」

 耕太はそんな絵実子の頭を優しくなでてあげる。

「テレビや新聞じゃ報道されないくらい小さい事件でしょうけど、無事捕まえられてよかったですね」

「うん、耕太くんも活躍したみたいだね」

 希帆と瑞香もホッと一安心だ。

「いやぁ、相手が勝手にぶつかって来ただけだから活躍とは言えないと思う」

「耕太君、謙遜しなくても。アタシが捕まえることが出来たのは耕太君のおかげよ。さてと、やっぱ銭湯上がりといえばカフェオレね」

 清々しい気分になっている育恵は冷蔵ショーケースを開け、ガラス瓶のカフェオレを取り出す。

「私もそれにするよ」

「じゃ、ワタシも」

「あたしはいちごオーレにするぅ」

「わたしは、レモンティーにしておこう」

「俺は烏龍茶で」

 他のみんなもお目当ての飲料水をショーケースから取り出した。

「アタシがみんなの分まとめて払ってくるね」

このあとみんなは長椅子に腰掛け、風呂上りの一杯を楽しんで銭湯をあとにしようとした、その時。

「あらっ」 

 出入り口付近からこんな声が。

「あっ、母里先生だ。こんばんはー」

「こんばんは母里先生、ここで会うなんて思いませんでした」

 瑞香と希帆は少し驚く。

「先生、この銭湯けっこう頻繁に利用してるのよ。お肌にいいみたいだし」

「母里ちゃんじゃん。久し振りぃ! 鴇塚に異動してたんだ!」

 育恵は偶然の再会に喜び、嬉しそうにご挨拶した。

「あら養父さん、卒業式の時に会って以来だから一年三ヶ月振りくらいね」

 母里先生もけっこう驚いた様子だ。

「この人が耕太お兄ちゃんや瑞香お姉ちゃんや希帆お姉ちゃんの担任かぁ」

「噂どおり、きれいな先生ね」

 彩奈と絵実子は興味津々に母里先生のお顔を見つめる。

「加園くん、こちらの子達は?」

「俺の妹でちっちゃい方が彩奈、おっきい方が絵実子、小五と中二。お風呂の給湯器が壊れたから銭湯に連れて行くことになりまして」

「そっか、とっても可愛らしい子達ね」

 母里先生は優しく微笑みかける。

「母里のおばちゃん、はじめまして」

 彩奈はぺこんと頭を下げて初対面の挨拶をするや、大胆な行動をとった。

「えいっ!」

 いきなり母里先生のロングスカートを捲ったのだ。

彼女の真っ白なショーツがあらわになると、

「きゃっ!」

 こんなリアクション。母里先生は照れ笑い顔だった。

「こら彩奈ちゃん、失礼なことしちゃダメでしょ」

「彩奈、母里先生に謝りなさい」

 すかさず育恵と耕太は優しく注意。

「ごめんなさーい」

 彩奈は素直に謝る。

「彩奈ちゃんって子、なんか、男の子みたいね」

 母里先生はにっこり微笑んだ。

「ごめんね母里先生、この子が失礼なことして」

 絵実子は申し訳なさそうに伝えた。

「いえいえ、どうせ全部脱いじゃうから」

 母里先生は楽しげな気分で伝える。

「母里ちゃん、相変わらず地味で安っぽい服装ですね」

 育恵はにっこり微笑みながら指摘した。

「べつにいいでしょ。先生に派手な服は似合わないの」

「育恵ちゃん、北海道の十勝平野でとうもろこしを作ってそうな素朴な感じなのが母里先生の魅力だと私は思うよ。今日は森佳ちゃんは?」

「おウチで旦那さんが面倒見てくれてるわ」

「やはりそうでしたか。もう九時近いし、赤ちゃんを連れてくるには遅いもんね。では母里先生、さようなら」

「さようならです」 

「じゃぁね、母里ちゃん。また会えて嬉しかったよ」

「母里のおばちゃん、じゃなくてお姉さん、バイバーイッ!」

「母里先生、さようなら」

「さようなら、母里先生。またお会いしましょう」

「さようなら。桜谷さんと藤城さんと加園くんはまた明日ね」

 母里先生はとても機嫌良さそうに挨拶を返し、女湯へ入っていった。

 耕太達はこれにて銭湯をあとにし、まっすぐ自宅へ帰っていく。

「あっ、母里ちゃんに変質者が出たこと言うの忘れてた」

「べつに言う必要ないと俺は思う。他のお客さんの会話から伝わるだろうし」

    ※

午後九時四〇分頃、加園宅。

自室で彩奈はテレビゲーム、絵実子はベッドに寝転び読書、耕太は英語の予習、育恵は耕太の自室で彼の所有する携帯型ゲームにいそしんでいた。

そんな時、

「こんばんはー」

 瑞香が耕太のお部屋を訪れて来た。昔からわりとよくあることである。

「何? 瑞香ちゃん」

「あの、耕太くん、数学の宿題で分からないところがあって。問い2と5と6。空欄のままなの」

「それなら、藤城さんに聞いてもよかったんじゃ」

「いつもお世話になってて悪いなっと思ったから」

「そういうわけか。まあいいけど」

 耕太は快く引き受け、宿題プリントを受け取る。

「耕太君、頼りにされてるわね。瑞香ちゃん、銭湯の時から思ってたけど、けっこうムダ毛生えてたね。明日は水着着ることだし、剃ってあげるよ」

「私、剃らなきゃいけないほど生えてるかな?」

 瑞香は自分の腕や脛を確かめてみる。

「よく見ないと気にならないくらいだけど、剃りたいから剃らせて欲しいな」

「それじゃ、剃っていいよ」

「ありがとう。じゃ~ん、女子力を高める剃毛セットよ」

 育恵はピンク系花柄の可愛らしいマイポーチから除毛クリーム、刷毛、はさみ、シェーバー、毛抜き、ローションを取り出した。

 その直後、 

「瑞香お姉ちゃん、いらっしゃーい」

「こんばんは、瑞香お姉さん」

彩奈と絵実子がこのお部屋へ入って来た。

「ちょっと今から瑞香ちゃんの恥ずかしいところのムダ毛処理するから、耕太君は見ないようにしてあげてね」

「わざわざ俺の部屋でやらなくても」

 耕太は瑞香が悩んでいた数学の問題に集中。

「それじゃ瑞香ちゃん、下着姿になってベッドに腰掛けてね」

 育恵から頼まれると、

「はい」

 瑞香は躊躇なくパジャマの上下を脱いでブラとショーツの下着姿になり、耕太が使っているベッドに上がったのち体育座りの姿勢になった。

 育恵もベッドの上に上がる。

「あの、瑞香ちゃん、俺がいるのに本当に下着姿になったのかよ?」

 耕太は演習問題を解きながら問いかける。

「うん、私、耕太くんは覗いて来ないって信用してるし」

 瑞香はきっぱりと言った。

「耕太君、信頼されてるわね」

 育恵は感心気味に微笑む。

「万が一耕太お兄さんがうっかり後ろ向いちゃっても大丈夫なように、お布団で隠しとくよ。彩奈、そっち側持ってね」

「はーい」

 絵実子と彩奈は耕太の普段使っている夏蒲団の両端を持ち合い、ベッドを目隠しした。

「そうしてくれた方が俺も落ち着ける」

 耕太はより安心出来たようだ。

「あたしも剃り剃りしたいな。楽しそう」

「彩奈はまだムダ毛生えてないから必要ないよ」

 絵実子はにっこり笑顔で言う。

「あたしにも早くムダ毛生えて欲しいなぁ」

「彩奈ちゃんもあと二年くらいしたら嫌でもムダ毛に悩むようになると思うわ。瑞香ちゃん、うなじと背中から剃ってくね。ブラも取って」

「分かりました」

 瑞香は躊躇いなく薄ピンク色のブラを外しておっぱい丸見せに。

「じゃあ剃るよ」

 育恵は最初に瑞香のうなじから背中にかけて除毛クリームを塗り、専用の刷毛で浮かび上がった産毛を取り除いてあげる。

「あっんっ、くすぐったい」

「それは我慢してね」

「はい、すみません」

 除毛後は、アフターケアのローションを塗ってもらい、瑞香はブラを付ける。

「次はおへそ周り剃るね。仰向けに寝転がって」

「はい」

 瑞香は体育座りからぺたんと仰向けになった。

「じゃあ剃るよ」

「んっ、気持ちいいです」

「瑞香ちゃん、普段ムダ毛の手入れ全然やってないでしょ?」

「はい、もう一年くらいほったらかしです。去年の初プールの授業の前にお友達からわきの下と腕と脛、剃った方がいいよって言われて剃刀で剃って、それ以来剃ってないな。面倒くさくって。特に気にもならなかったし」

「瑞香ちゃん、女子高生なんだから身だしなみに気遣わなきゃ。夏は特に」

「はい、そうですね。これからは気をつけます」

「瑞香ちゃんお肌白くてきれいなんだから、そうしなきゃ勿体無いよ。今度は腿毛と脛毛剃るね」

 育恵は瑞香の両足に除毛クリームを塗って、うっすら生えていた太ももの毛と脛毛を刷毛で取り除いていく。

「育恵ちゃん、剃るの上手ですね」

「ありがとう。裏側も剃るからうつ伏せになってね」

「はい」

 瑞香は言われた通りの姿勢へ。

太ももと脛の裏側のムダ毛もきれいに剃ってもらい、

「ふくらはぎ、揉んであげるね」

「ありがとう育恵ちゃん、んっ、気持ちいい」

 ローションを塗ってもらうさいにマッサージもしてもらい、瑞香は恍惚の表情だ。

「次はわき毛剃るよ。腕上げてね」

「はい」

 再び体育座りの姿勢になったのち両手を天井に向けて伸ばした瑞香、ここも同じように剃ってもらう。

「んっ、ちょっとくすぐったい」

「瑞香ちゃん、動かないで。危ないから」

「すみません」

「はい、きれいに剃れたよ。ローション塗るね」

「ありがとうございます」

続いて腕毛も剃ってもらいローションを塗ってもらっている最中に、

「瑞香ちゃん、アンダーヘアーけっこう広い範囲に生えてたから、ちょっとだけ剃っておこう。そのままだと水着からはみ出ちゃうかもだし。ちょっとパンツずらすね」

育恵からこんなお願いをされると、

「えっ! そこも剃るの?」

 瑞香はピクッと反応する。

「うん、その方が絶対いいよ」

 育恵はにっこり微笑みかけた。

「なんかそこ剃られるのは恥ずかしいな。私今までそこは剃ったことないよ」

「すぐに済ますよ」

「でも、ちょっと……」

「あたしのお友達もそこの毛生えて来た子は剃ったって言ってたよ。瑞香お姉ちゃん、育恵お姉ちゃんに剃らさせてあげて」

「ワタシも水着シーズンくらいは剃って、狭い範囲にうっすら生えてる程度に整えた方がいいと思う」

「でっ、では、お願いしますね」

瑞香は仰向けに寝ると、照れくさがりながら緊張気味にショーツを自分で膝の辺りまでずらした。

「それじゃ、クリーム塗るね」

 育恵は除毛クリームを塗った刷毛を、瑞香の露になった恥部に近づける。

「あっ、ちょっと待って。やっぱり剃るのはやめて。あとで痒くなりそう」

 瑞香は頬をポッと赤らめた。

「それじゃ、短くカットしとくよ」

「それでお願いします」

「了解。では、カットするね」

「はい」

そんな声とチョキチョキチョキッとはさみの音がしっかり聞こえて来て、

(俺はべつに瑞香ちゃんのムダ毛は全然気にならないけどな)

耕太はちょっと見てみたいと思ってしまったが、数学の演習問題に集中。

「はい、ムダ毛処理完了したよ」

「育恵ちゃん、ありがとうございました」

 瑞香はお礼を言ってショーツを元の位置に戻す。

「どういたしまして」

「ワタシも腕毛剃っておきたいな。ちょっと生えてるし」

「絵実子ちゃん、アタシが剃ってあげるね」

「どうも。あっ、気持ちいい」

 絵実子は育恵に両腕に除毛クリームを塗ってもらい、刷毛でムダ毛を取り除いてもらった。

「絵実子お姉ちゃんいいなぁ」

 自分のつるつるな腕を見ながら羨む彩奈。

「耕太くん、見て。腕と脛、きれいになったでしょ?」

 その間に瑞香はパジャマも着込み、耕太に剃った部分を見せてあげた。

「いや、分からないな。瑞香ちゃんの肌なんか普段よく見てないし」

 耕太は困惑気味に伝える。

「あらら」

 瑞香はちょっぴり拍子抜けしたようだ。

「耕太君、これからは瑞香ちゃんのお肌、もっとよく観察してあげて。瑞香ちゃんがムダ毛処理怠らないように」

「べつにそんなことしなくても……」

「耕太くんにじっくり見られちゃうのはなんか恥ずかしいな」

「瑞香ちゃん、これにヒント書いたから、あとは自力で頑張って」

 耕太はルーズリーフを千切って手渡す。

「ありがとう耕太くん、あっ、こう解けばいいのかぁ。夜分遅く迷惑かけてごめんね」

「いやいや」

「ムダ毛剃ってすっきりした気分になれたよ。それではまた明日、おやすみなさーい」

 瑞香は満足そうに自分のおウチへ帰っていった。

「おやすみ瑞香お姉ちゃん。あたしもそろそろ寝る準備する」

「瑞香お姉さん、おやすみなさーい」

 絵実子と彩奈は自分のお部屋へ戻っていく。

「耕太君もお○んちんの周りに生えてる毛、剃ってあげるよ。トランクス脱いで」

 育恵は眼前に刷毛をかざしてくる。

「いいって」

「そう言わずにぃ。わき毛と脛毛だけでもいいから剃らせてー。アタシ体毛剃るの大好きなの」

「嫌だって言ってるだろ」

「男の子もムダ毛処理ちゃんとした方がいいよ。ねえ耕太君、帰りに西武寄って水着買っったんだけどどれがいい?」

 ビキニタイプのを何種類かかざされ、

「どれでもいいって」

 耕太は迷惑そうに対応し、英語の予習に励む。

「もっと興味示して欲しいな。耕太君、瑞香ちゃんは身だしなみにあまり気遣ってない意外にだらしない子だけど、耕太君はどう思う?」

「俺は、女の子は少しだらしない方がいいと思う。化粧品や装飾品に無駄遣いしないだろうから」

「そっか。耕太君はそういう子が好みなのね」

「……まあ、そうなるかな?」

   ※

 夜十時半頃。

「育恵お姉ちゃん、今夜はあたしといっしょに寝よう!」

 彩奈がやって来てこんなおねだりをする。

「もちろんいいよ」

育恵は快く承諾。

「やったぁ、あたしもう寝るから育恵お姉ちゃんももう寝よう!」

「そうね、明日はかなり体力使いそうだし、早めに寝るわ。それじゃ耕太君、おやすみ。耕太君も、明日も早起きして朝食作らなきゃいけないんだから早めに寝るようにね」

「分かった、分かった」

「耕太お兄ちゃん、おやすみー」

 こうして育恵と彩奈はこのお部屋から出て行った。

(よぉし、今日はぐっすり寝れそうだ)

耕太は喜ぶ。予定通り、耕太は安心して眠り付くことが出来た。

一方、彩奈と同じ布団で寝た育恵は、

「んぎゃっ、また蹴られちゃった。でもそこがかわいいな」

 真夜中から早朝にかけて五回も、彩奈に蹴り起こされたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ