第二話 『イントロダクト・オービス』Aパート後
「これは……」ミレッタは、側に置いてある黒い携帯のディスプレイを確認するやいなや、叫んだ。「『組織』からよ! やった!」
宗は、喜び勇んで携帯を耳に当てるミレッタをぼんやりと見ながら、言葉が自分の中で反響するのを感じていた。
自分が人を殺した。では誰を? 三日前の夕方。あの時裏通りにいたのは自分と、この娘と、そしてあと一人――、
違う! 宗は心の中で叫んだ。自分に彼を殺せるはずがない。こっちは二人とも、あれだけ追い詰められていた。自分は心臓を杭でつらぬかれ、ミレッタは腹部をそれが貫通し――、
待て。宗は、悪寒を覚えた。
『何故自分は生きている?』
心臓を刺され、それからどうなった?
いけない。宗は直感的に耳を塞いだ。耳の中にあの少年――ニルの断末魔が木霊してくる。吹き飛ぶ彼の腕。炭酸飲料のように激しく飛び散る彼の血。恐怖にゆがむ彼の顔。全てがリアルに脳裏に浮かんだ。まるで自分で、彼を殺した記憶を反芻しているかのように。
――いや嘘だ! 有り得ない! 自分には何の力もない。ミレッタや彼のようなクラッカーとかいう超能力もない。人を、殺せるわけがない。そうだ。
もう忘れよう。宗は必死で、揺らぐ炎だけを見つめた。思考を白紙に戻すんだ。考えるだけで気が狂いそうになる……!
そこでミレッタが話しかけてきてくれたのは、宗にとって幸運だった。少しでも自分の思考を外に向けてくれるものが欲しかったからだ。
「決まったわよ……」たった今携帯で、電話の向こうの相手――おそらく組織のメンバーか何かだろう、その人と話し終わったミレッタが呟いた。
なぜか電話を受け取ったときはあれほど喜んでいた顔が、失墜に呑まれ絶望に打ちひしがれた表情と変わっている。
「どうしたの」宗は意識を会話に向けようと試みた。
「どうもこうも無いわ……。任務変更よ。アークの奴、司令になったからって調子に乗りやがって……!」ミレッタはうなだれて言う。「今からすぐ、あんたの家に行くわよ」
「は?」宗はまさしく鳩が豆鉄砲をくらった、と形容すべき表情を浮かべた。
「VC移動を使うわ。あんたも服着なさい。もう乾いてるでしょ」ミレッタは炎を消し、自分の服を着ながら言う。
何を言っても無駄だろうな。そう思った宗は、おとなしく服を着た。VCうんぬんが何か、は知らないがどうせまた巻き込まれるんだ。やれやれ。
「準備良いわね? じゃ、行くわよ」そう言うと、ミレッタはいきなり宗の手を握る。
女子から自発的に、『手を握る』などという行為をされたことが宗には無かった。手のひらに広がる暖かい感触。もう少しこの感覚を楽しみたい。宗は自然に思った。
――だが、現実は厳しい。ミレッタが凄い早口で、何かを呟いているのに宗は気付かなかった。ミレッタは全て言い終えると、一言だけ呟く。
「C.L.G.W.M.、Ready」
その言葉に宗が気づいた時には、すでに遅かった。
歪む視界。
突如、体が引き延ばされるような感覚を覚えた。痛い。平衡感覚を感じられない。まるで、巨大な箱の中に入れられ外から揺さぶられているかのようだ。しかも風が乱暴に吹き付けてくる。宗は目を閉じずにはいられなかった。一体何がどうなって――、
と、次の瞬間体が地面に叩きつけられた。一瞬呼吸が出来なくなるくらいの衝撃だ。と同時に、全てが歪むような変な感覚も消えた。
「久しぶりに成功。上出来ね」ミレッタが満足げに言うのが聞こえる。
宗はゆっくりと目を開けた。
ああ、なるほど。宗はそれだけ思った。正直ここまで度肝を抜かれ続けているため、もう度肝を抜く余地がないのだ。人間の環境適応能力は相当なものだと何かで聞いたことがある。
「やれやれ」
VC移動。それは瞬間移動だったらしい。
二人は平然と山奥の雑木林から、宗の住むアパートの前へと瞬間移動したわけだ。実に非現実的。
得意げに胸を張るミレッタを横目に、宗はまた呟いた。
「やれやれ……」