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第一話 『クラッカー』Bパート後

 宗は見た。

 ミレッタは目の前で仁王立ちになっている。そしてその腹部に刺さった杭。辺りに飛び散った大量の血という血。

 まるで糸の切れた人形のように倒れるミレッタ。血流がコンクリートの地面を円形に濡らす。

 宗はその血だらけの物体を凝視した。

 分からない。

 宗には、ミレッタの行動の意味が分からなかった。なんでここまでして、自分を助けようとする? そんなに自分という存在は大切なのか? いや、命を捨ててまで守らなければいけないものなのか? ――他人なのに。

 よく見ると、ミレッタは腹だけでなく両手も使って杭を止めたようだった。手のひらの皮膚はずたずたに引き裂かれ、そこからも血が溢れている。

 自分への貫通を防ぐために。全て、自分を守るために。

 宗は思わず尋ねていた。

「何で、僕なんかを?」

 ミレッタは虚ろな目を宗に向けた。

「あんたを守るのが、あたしの任務だからよ……」

 任務。そのために命を捨てる?

 宗は始めてその少女に恐怖を覚えた。人間にとって一番大切なものは自分の命だ。なぜなら、自分の命が無ければそれ以外の行動が何も出来ないから。単純だ。

 なのに何故、ここまで出来る。

 宗にはそうまでしてミレッタを突き動かすものが何なのか、理解できなかった。今では目の前の少女が、人間ではないグロテスクな怪物にも見えた。

 ミレッタは続ける。「ショック死しなかったのが奇跡……。でも、早く人体素粒子のリプログラムを実行しな、いと……」既にミレッタの顔は青く、顔も宗の方は向いているが目の焦点が合っていない。

 少女は、血でてらてらと光る黒い携帯電話――どちらかといえばPHSの形に近い――をポケットから出した。

「逃げなさい……。これで、『組織』に……連絡、を……」

 だが、宗はそれを受け取れなかった。

 ミレッタの言葉は聞こえても、それを脳で判断することが出来ない。

 完全に感覚が麻痺していた。

 この少女は、僕を守ってここまで傷ついている。

 僕はどうすればいい? ラブストーリーみたく、彼女の亡骸を抱えて泣き叫んでみるか?

 出来るわけ、無い。

 やっぱり僕には生きる価値も何も無い。間接的とはいえここまで人を傷つけてしまったんだ。

 ミレッタとか言ったな、この娘。

 宗は胸を締め付けられるような気がした。この娘は僕を必死で守り続けてくれたのに、僕は何も出来ない。そして僕は死ぬ。死んだら、この娘が守ってくれた意味も無い。

 結局、何もかもパーだ。

 向こうで、ニルが何かを言っているのを宗は見た。でももう何も聞こえない。先程からずっと嫌な耳鳴りがしている。体が言うことを利かない。

 そしてニルはたった今、あの針を放った。その軌道は確実に宗を捉えている。

「やれやれ」

 宗は朦朧とする意識の中、自分の口癖を言ってみた。意味なんて無い。

 どすん、と体に強い衝撃が走った。見ると、左胸――心臓の辺りに杭が貫通している。

 不思議と痛みは無かった。

 視界が消えていく。宗は何気なく、ガラスが割れるイメージを思い浮かべた。

 何故だろう。あれほど生きることに意味など感じていなかったのに。

 ――死にたくない。

 始めてそう思った。


――ようこそ、地獄へ。

「……え? 地獄?」

――そうだ。……周りを見てみろ。何が見える?

「……真っ黒」

――見えないから真っ黒なんだよ。お前は生の原動力たる『生命』を奪われた。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、全て、ナッシングネス。つまり無。こうして感覚の声が聞こえている気がするだけだ。……だが思考だけは、永遠。クローズドサーキットみたいなものだ。それが『夢』と『思考』の異なる点だ。分かるか?

「……? いつまで、これなの?」

――永遠に。死んだんだから、当たり前だろ? それくらいの代償はある。

「それじゃ、退屈だ」

――死んだんだから仕方ないだろ? じゃあ、俺は行くぜ。

「待てよ、待ってくれよ、待ってください……! ちょっと待ってよ! もう少し詳しく聞かせて……。そうだ、君はなんて名前なの? なんで僕が地獄なの? 何もしてないのに……。いや、何もしてないからかな。それが神様の怒りに触れたの? ……ごめん、ごめんなさい。なんでもするよ………。許して! ねえってば、なんとか言ってよ! 大声出していいのかい? 僕は本気だよ」

 沈黙。――よし、やってやろうじゃないか。

「うわああああああー!」

 漆黒は、何も語らなかった。

「うわああああああーああああああー!!」

 永遠にずっと一人。――まるで壊れたテープのように言葉が宗の意識下で繰り返された。

 怖い。怖い怖い怖い怖いコワいコワイ。

「……うワぁぁぁぁあアアアアアああぁぁァァァァぁ!!!!」

 明かりが降り注いだ。


 薄暗い。

 空に、開いた穴から射し込んでくるわずかな光。全身にまとわりつく汗。どうやらひどくうなされていたらしい。体が氷のように寒かった。

 宗は震えながら呟いた。

「死んで、ない」

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