ピラミッド
ピラミッド
空気が淀んでる。目に見えない電波がそこら中を駆け回り、頭の中を掻き乱す。
顔を上げると人工物に取り囲まれ、緑はほんの…僅かしか、無かった。
夕べみた夢の中で自分はあまりにも解放され…まだ現実感が、無い。
見慣れた…コンクリートのビルが、伸縮する事無く窮屈で巨大な塊に見えた。
頭上の高いビルの狭間に空が見える。青い。
夕べの夢で自分はあの、遙か上空を、風を受けて飛んでいた。
高い場所から下界を見下ろし、胸の空く光景だった…。
彼は一つ、吐息を吐くと通い慣れた、仕事場のビルに、遅刻しない為足を、運んだ。
会議では、我が社が行うCO2削減についての具体案を検討していた。
終わりのない会議に、彼はまだぼんやり、現実感の無いその、見慣れた同僚達の交わされる会話が自分を素通りして行くのを感じていた。
あの、世界でそれは、全てピラミッドで行われていた。
ピラミッドがもたらすエネルギーを、皆使っていた。
病気に成れば、ピラミッドに籠もる。
物は腐らず、細胞は活性化し、体調は直ぐ良く成る。
そして…そのエネルギーの利点はもう一つ、あった。
細胞が活性化し脳が隅々迄活用され、今の世では“超能力”と呼ばれる能力が皆、目覚め手を使わず物を動かせたり、口を開かず会話、していた。
「ラッセル!」
隣のエプソンに腕を掴まれ、つい物思いから醒める。
「…休憩だ」
ああ。彼は頷くと、会議室から怪訝そうに彼を見つめる同僚が、次々と席を立つのを、見守った。
そう…ピラミッド。
そして…それを皆各家庭に…電気のように引いて…生活していた。
それが動力で…だから…。
彼は顔を上げる。
ビルの窓から見る空。
あんな…くすんだ色なんかじゃなかった。
空気が隅々まで体内に行き渡り…そう、口や鼻で無く、体全体が酸素を吸い込んでた。
気分はいつも爽快で……。
彼は夕べ見舞った同僚のフランクを思い出した。
腫瘍を、取り除き、手術は無事成功だ。と医師も彼の家族も、喜んでいた。
彼はいい気分で自宅に戻り、ビールを開けそして…医療ドラマを付けた。
腹を切り裂き…肉を退けて腫瘍を取り出す。
見事です。看護婦は医師の腕を褒めそして…見舞った時出会った光景を、繰り返す。
微笑んで、医師が家族に告げた。
手術は、成功です。
…だから…あんな夢を、見たのだろうか…?
あの時代の者が見たら、どう言うだろう?
危険なエネルギーを当てなくとも体の内部が見え、切り裂き、肉を抉らなくとも腫瘍が取り出せる、あの人々が見たら?
ケダモノのよう…。
その、野蛮極まる危険な療法に、眉を顰めたろう…。
どうかしてる。
彼はつぶやき続けた。
やがて同僚達は短い休憩を終え、戻って来る。
そしてまた、辿り着く先の無い、議論。
どこを削るか。で揉めあい、決着はつかない。
「ラッセル。君は全然発言していない。
意見を、聞こうか?」
彼は顔を、上げる。
皆が自分を見つめているのを…見つめ返す。
喉が、ひりついた。
叫び、たかった。
「間違ってるのは、エネルギーだ!
あんなもの使ってたら、汚染されて当たり前だ!
土台が間違ってるのに、どうだも無いもんだ!
多少削減したからって、どうなんだ?
この文明は、CO2を排出せずにはいられない!
起こるであろう事が数年先に伸びるだけで、土台を変えない限りこの
星は我々によって、破壊される!
間違い無く!!!」
…だが声は、出なかった。
だってあれは、夢だ。
ピラミッドは今、過去の遺跡。
エネルギー収拾装置なんかでなく、神秘的な祭殿。
原始的な儀式の為に必要とされたと言われる、ただの…岩の塊だった。
「一番…生産の少ない部署の稼働を、抑えるしか無いだろう?」
皆がやれやれ、と、振り出しに戻ったように、首を横に振った。
彼は暮れかけたビルを見上げる。帰途に就く為に。
そう…あれは夢だ。ここが、現実だ。
彼は泣き出しそうに成った。
あれは夢の楽園。体が解放され、隅々まで活性化する素晴らしいエネルギーが大気に満ちた世界はただの…幻のユートピア。
どこで、失われたのだろう。
どうして、無くしたのだろう…。
後は絶望しか、残されていないような気がして、彼は俯いた。
そして…自分に、言い聞かせ続けた。
あれは、夢で現実のどこにも…存在したり、しない世界なのだ。と……………。
END