第十九章
朝食を済ませた。
有紗は、なんとなく弟の教科書を広げる。
まだ小学二年生だ。全然余裕で教えられる。
弟も勉強がそれほどできないわけでもないので、教えてほしいなどとは言わない。
むしろ、姉に聞くより親の方が正確だ。
宿題はいつも母親任せである。
有紗自身もそれほど弟に依存はしていないし、どちらかというとうざったいのでありがたい。
「ねーねー、ちょっときてぇ」
幼いねっちょりとした声が聞こえたので振りかえる。
舌っ足らずで若干ろれつも回って無くていかにも小さな女の子って感じの声だ。
庵が手招きしている。彼女の声だったのだろうか。
「……」
「えっ」
庵は有紗の手を掴むと、ぐいぐいと玄関へ連れていった。
そして勢いよく扉を開けた。
その勢いのまま、庵は有紗の手を引いて走っていくのだ。
――とうとう誰も居ない薄暗い路地に入って、もうここがどこだかわからなくなってきた。
動きは止まった。でも風の勢いはする。
だんだんぼやける視界と、暗くなる眼の前と、眠気と。
気が付いたら、自分は倒れていた。
いや、有紗が自分の意思でそこへ寝そべったのかもしれない。
よくわからないけれど、体中にアスファルトの痛みを感じて起きた。
明るい陽のあたる場所だった。知らないところだった。
遠くの方に家の様なものが見えた。それ以外にはアスファルトと、雑草のプールと。
絵本の中の一ページみたいだ。
もっと遠くには背が高いだけのビル。昼なのは此処だけで都会はまだまだ眠らぬ夜だ。