第十八章
庵の不安そうな顔。
誰も知らないところで、一人庵は不安だった。
表情の通りだ。普通に不安だった。
「なんでそんな顔するん?一人にさしてほしいんよ。これでも頑張ってここまで来たのに、これ以上わがままいってられんよ?」
庵は首を左右に振った。
誰が我慢するものですか、というように。
「これ以上ここで何かを起こすなんて無理やろ?わかっとるくせに」
庵の顔はあくまでも真剣だった。
ぱちくりとした黒い眼も今日は一段とするどく光っていたし、
口もかたく、かたく結んでいたのに、
それなのに目からは大粒の涙が流れる。
我慢しているわけではない。自然とこうなったのだ。
「もう好きにし」
庵はその言葉を聞いて死んだように泣きやんだ。
その次の日の事である。
今日は休日で、有紗も昼間でずっと布団の中で過ごそうと思っていたのだ。
だが、外はかなりの悪天候で、風もかなり強い。
だから、外の音で目が覚めてしまったのだ。
8時から11時まで、目を開けたまま布団にもぐっていた。
でも起きてみるとどうだろう、外は急に静かになった。
まるで有紗が起きるまで降るだけ降っておこう、吹くだけ吹いておこう。
そんな感じだ。すこし変な感じを覚えた。
有紗は、なんとなく自分が自然の魔女となり自分を中心に木々や水やその他いろいろなものが踊ってくれると。
子供っぽい妄想かもしれない。でもないだろうか。
自分の死んだ後の世界を考えたことが。
自分が死んだあとにこの世界はちゃんと継続して進むのか、とか
歴史と言うものは始めと終わりはすでにできていて、その一ページ一ページに
自分たちは挿絵としていりこまれたのではないのかとか、
自分以外の周りの人間は操り人形やロボットで、全て製造された日から
そのような動きをするように組み込まれていたりだとか。
全てくだらない考えごとにすぎないが、似たような事を考えたことはないだろうか。
それと同じようなものだ。
「おはよう……」
庵は今日も一人でお人形遊びに夢中である。
リカちゃんといっしょに。人形のようにきれいで可憐な顔をした
小さな女の子が、ぬいぐるみと楽しそうに。
「あぁ、ねーちゃん」
その奥に転がっていたのは有紗の弟だ。
最近はあたらしくできた自分の部屋にこもりっぱなしだ。
もう小学生になったのだからと父親が自分の荷物を片づけてわざわざ与えた部屋だ。
それはもうとても嬉しいらしい。
新品の制服が家に届いたときのように。
いつもと変わらない休日だった。
変わったことと言えば、有紗の起きる時間だろうか。
本当はもっと早起きをして弟と同様に転がって、並んで漫画を読んだりしているものだが、
今日だけはなんとなく布団から出る気がしなくて、
何も考えがあるわけじゃない。鬱になっているわけでもない。
気持ちがいいのだ。布団の中は。