涙の哀しい味
そんな彼女に、絡もうとする者は2人も居た。
一人は庵である。
なんだかよくわからないけど、最近不安の色であふれそうな目をしてこちらを見つめてくるのだ。
まるで「このままじゃいけない」と言いたげだった。
でも彼女は喋らないのだ。
喋れないのだろうか。どっちにしろ表情でしか意思表示をしないのだ。
それほど重要なことでもないだろう。
考える意味がない。
そしてもう一人は山田真由である。
彼女はまだまだまったく拓斗のことをあきらめては無かった。
なんだか色々な意味で恐いと有紗は思った。
「ねぇ、最近仲良くないよね」とか、「さっき島谷くんが――」とか
色々話を吹っかけてくる。
こういう人間はもちろん嫌いである。
声に出して本人に云うほどでもないが嫌いである。
そんなに島谷くん島谷くん言わないでほしい。
"島谷くん"じゃいまいちピンとこないからだ。
そして授業である。移動教室の。
もう言うまでも無いが、隣の席は拓斗である。
いままでは結構何も思わなかったが、ちょっと仲が良くない、
つまり悪いによってきたときになんと言って隣に座ればよいものか。
なんだかおそろしさしか込み上げてこなかったから、できればこの授業は受けたくない。
相変わらず、理科室の机はふいた跡が目立つ。
きっと机を前にふいた奴はちゃんと絞ってない。そう思う。
隣の女子とも話をしながら実験を進めていく。
「ねぇ、有紗」
そんな言葉を先に発したのは言うまでも無く拓斗だ。
有紗を下の名前で呼ぶ人間なんて希少価値だ。
特に男の子に限っては本当に貴重なものである。
「なぁに?」
まるで「相手にしないでください」というようにふてぶてしく言ってやった。
内心、ちょっと可哀想なことしたかな、とか思ってしまった。
「えぇと、もうさ、部活大丈夫そうでさ」
「いいよ、もう。庵もいるし、早く帰らないといけないの」
「そっか……」
解る、いつもは喋るだけで口から心臓を吐きそうになるほどドキドキしていたのに。
最近はそれは無くなった。普通に平常心。
本人にももちろんわかっていた。なんだかおかしい。
ちょっと冷めたのではないかと。
だから、彼に対して取る態度が今までとは若干違っている。
それに気付いた拓斗も実は少しひいている状態なのだ。
それも解らずに有紗はやっぱり自分に気はないのだと落ち込む。
家に帰る。鞄を置く。
なんとなく意味も無く泣きたい気分だ。
でも庵が出迎えてくれている。ふざけるな。
一人にさせてほしい。でもそんな時間は私の中のどこにあるのか?
そんなことわからない。もしかしたら無いかもしれない。
そんなの悲しすぎる。ゆっくりしたい。
自分の涙にぬれて溶けてみたい。
溶けて蒸発すればいい。雨にもならず、もう降り注ぐことも無いだろう。
この地に、床に、足をつくことも無くなるだろう。
「おかえりって庵がいいよったよ」
「あの子は喋ったりしない癖に……」
「もう、冗談っちゃ。でも、帰ってきて嬉しそうよ」
わかったから、そう言って鞄をあさるふりをした。
どこから見ても今の私は忙しいですと見えるよう、
有紗は精いっぱい演じた。忙しさを。
「忙しいんやねー、やっぱり中学生ってもんわねぇ」
部屋からリカちゃんが出ていった。
扉を閉め、それにもたれかかり、声を殺して泣いてみた。
誰にも解らないように。泣いた方がいくらか楽になるのは知っている。
鬱になって泣くと心が晴れるが弱い自分の鳴き声を聞くのは嫌いだ。
怒りをぶつけるものも見つからないから、涙に変換してすべて出す。
そしたらすぐに楽になって、いつのまにか開き直るのも知っている。
昔から知っている、知っている。