第十一章
いったん、距離を置いてじっくり考えてみよう。
だから今日、有紗と話はしなかった。
そしていつもより早く教室から出た。
むりやり鞄を引きずって、本当に危ない物から逃げるように。
有紗は本当に運動神経がないから、追いかけてくるとは思わなかったけど。
校舎の裏側を回った。有紗の行動を見ていると、掃除のときなんかいつも窓を眺めていた。
残念ながら校門側の窓とは逆だから上から姿を見るなんてあまりないだろうけどもしものためだった。
拓斗はとりあえず家に着くと、荷物を投げるようにして置いた。
妹がびっくりし、母親に注意された。
本当に指がちぎれそうだったのだ。早くおもりを払いたかった。
次の日も、有紗とは口を利かなかった。
なんだか有紗も元気がないみたいだし、もしかして少しは自分のことを思っているのかも。
でも、他に元気をなくす原因なんていくつもあるだろうし、まだその確信が持てない。
そのかわり、山田真由はいつも以上にみなぎって、いつも以上に絡む回数が増えた。
向こうが一方的にってのが多いけれど。
「ねぇ、今日の3時間目ってなんなの?こっからじゃよく見えないの」
教室の後方の黒板。残念なことに、拓斗の席からでも黒板に刻まれた白い文字は見にくかった。
彼の視力が悪いからかもしれない。あわてて眼鏡を取り出してみる。
紺色の淵の眼鏡。似合っていない事はない。
「えっと……国語かな」
「あっりがとぉー、だけど近づけば見えるんだよねー。ヒヒヒ」
?
なんだろう、このすこし侮蔑されて恥ずかしい気持ちは。
あわてて眼鏡をとりだした自分は軽率だったのだろうか。
でも、近くから見てきてください。そう考えるのもそれだろう。
山田真由はそんな拓斗が可愛いと思った。
じわじわと胸にこみ上げる子の気持ち。
気持ちがいいけれど、口から何かが出てきそうな感覚である。
「うふふ」と、無意識に不気味な笑みを浮かべていた山田真由の顔は当然いつもとは違うものだった。
きっとあまりにも嬉しかったのだろう。拓斗と絡めたことが。
「ねぇ、山田さん、ちょっといーいかな」
「はい……なぁに?」
山田真由の肩を軽くチョンと叩いたのは同じクラスの川辺陽だった。
長い栗色のつやめいた髪が印象的な彼女は、申し訳なさそうに告げたのだった。
「やめたほうがいいよ、彼、参ってるみたいだし」
「へ?」