御曹司のお土産は鯛せんべい
午後三時、好きな時間じゃなかった。
「旅行行ってきたんですぅ。どうぞ、お土産よ」
お局がオフィスを歩きながらお土産を配っていた。仕事の出来も性格も悪いお局だったが、いつもこうしてお菓子を配っているから、上司にそこまで嫌われていないらしい。理不尽。そしてお局、私には絶対お菓子を持って来ない。わざと外しているんだ。
「はぁ……」
ため息がでる。子供っぽいいじめ。確かに私、二十代だし、新卒入社だし舐められてるんだろうなぁ。頭の中は「帰りたい」という言葉がぐるぐるしてる。
その時だった。社長の息子が我が総務部のオフィスにやってきた。
家族経営のこの会社で、いわゆる御曹司って存在。経営陣にはいるが、特に仕事をしていないらしい。遊んでばっかりという噂を聞いてる。実際、見た目も話し方もチャラチャラしている。
「俺、千葉の館山に遊びに行ったんです。マジで良かったぁ。海が透明でキラキラで、アジフライが絶品で!」
やけに明るい御曹司の声が響く。皆の注目は御曹司の持っているお土産へ集まっていた。
「これ、お土産の鯛せんべい! 見てよ、鯛の形をしたお煎餅って珍しくない? すごくない? 大量にあるから、みんな食べて!」
無邪気な声を聞きながら、どうせ自分にもお土産なんて来ないと思う。毎日この時間にお局に無視されているし、御曹司のお土産もどうでもいい。
そんな風に拗ねていたのに、御曹司はお土産をくれた。手のひらに鯛の形をした煎餅が一枚。ちょっと硬そう。お米でできた煎餅というより、クッキーのような雰囲気。それに軽い。
「あぁ、ありがとうございます……」
反射的にお礼を言ってしまったが、御曹司はニコニコと笑顔だ。日焼けもしていた。髪も日に焼けてちょっと痛んでいるぐらいだが、館山の海が良かったらしい。
「黄金のアジフライがめっちゃ美味しかった。今後星野さんも一緒に行こうよ」
「え……?」
一瞬ドキッとしたが、なんてことはない。社員旅行としての提案だった。御曹司に一瞬でもドキっとした自分が恨めしい。
とはいえ、鯛せんべいを齧ってみる。想像以上に甘い。それにシナモンのいい匂いもする。ちょっと硬いけど、一枚だけで食べ応えがある。何より、鯛の形のお煎餅って珍しい。そんなのアリか。見れば見るほど可愛いんだが。
「ごちそうさまでした。ありがとうございます」
また御曹司にお礼を言ってしまうぐらいのにはおいしかった。
相変わらず御曹司はニコニコと笑ってる。お局はここの主役を取られてムスッと不満気。午後三時、ちょっとだけ好きな時間になれそう。




