2話
カメ
女神のうっかりと泥水の味
「……いや、ここどこだよ!!」
カイザーの絶叫が、湿り気を帯びた路地裏に響いた。
目の前には、腐ったゴミの山と、虚ろな目をした子供たち。そして、隣で「えへへ」と間の抜けた笑みを浮かべる絶世の美女——自称・女神のなむにょ。
「ごめんねカイザー! 勇者として転生させる場所、ちょっと座標を間違えちゃった。ここは帝国最悪の貧民街、通称『吹き溜まり』だよ!」
「ちょっとじゃないだろ! 勇者だぞ? 王城のふかふかなベッドじゃないのか!?」
カイザーは前世で、曲がったことが大嫌いな熱血漢として知られていた。悪を挫き、弱きを助ける。そんな彼に、なむにょが与えた「勇者の使命」は……。
「実はね、この街の孤児院の経営権を買い取っておいたの。はい、これが権利書! 今日から君が院長先生だよ!」
「勇者に経営をやらせるな!」
さらに、背後から聞き覚えのある、しかし酷く冷めた声が響く。
「……相変わらずうるさいな、カイザー」
そこに立っていたのは、カイザーの幼なじみであり、一緒に転生してきた親友、お風呂だった。
泥沼の孤児院経営
孤児院とは名ばかりの、ボロボロのあばら家。
カイザーは持ち前の正義感で、泥にまみれた子供たちの顔を洗い、なむにょが(勝手に天界から持ち出した)聖水でスープを作って振る舞った。
「いいか、お前たち。腹が減っても盗みだけはするな! 正しく生きれば、必ず道は開ける!」
カイザーの熱い言葉に、子供たちの瞳に光が戻り始める。
一方、親友のお風呂は、いつも窓際で外を眺めていた。
「なあお風呂、お前も手伝えよ。俺たちでこの街を変えるんだ」
「……カイザー、お前は眩しすぎるんだよ。ここは正しさだけじゃ生きていけない。それに、俺の名前……『お風呂』だぞ? 転生時に名前を登録する時、なむにょ様が『温かい感じがいいよね』って適当に書きやがった。この名前で、どう正しく生きろって言うんだ?」
「それは……まあ、同情するが……」
お風呂の心には、名前への恨み以上に、この不条理な世界への絶望が根を張っていた。
悪役領主かめパンの影
街を支配するのは、悪名高き領主かめパン。
彼は「民の汗はパンの塩加減にちょうどいい」と豪語し、孤児院にまで法外な「呼吸税」を課してきた。
「院長、今月の納税額が足りないようだが? 払えないなら、その子供たちをパン工場の粉挽き機として買い取ってやろう」
かめパンは、カメのような甲羅を背負った(自称・最新の鎧)奇妙な男だったが、その権力は絶大だった。
カイザーは激怒し、拳を固める。
「ふざけるな! 子供たちを道具にするような真似、このカイザーが許さん!」
しかし、その時。カイザーの背後で、冷たい鉄の感触が走った。
「……動くな、カイザー」
突きつけられたのは、親友・お風呂の剣だった。
裏切りの湯けむり
「お風呂!? 貴様、何を考えている!」
「かめパン様は約束してくれたんだ。協力すれば、俺の名前を『ボルケーノ・フレイム』に改名する手続きをしてくれるとな……!」
「そんな理由で裏切るのかよ!!」
なむにょが横から「えっ、改名なら私が……」と言いかけるが、お風呂は叫ぶ。
「あんたのセンスはもう信じない! 私は、温かいだけの『お風呂』から、すべてを焼き尽くす男に生まれ変わるんだ!」
お風呂の手引きにより、孤児院は包囲される。
カイザーは最大の窮地に立たされた。曲がったことが嫌いな彼にとって、親友の裏切りは、胸をえぐられるような痛みだった。
勇者の咆哮と「なむにょ」の奇跡
「お風呂……お前、本当にそれでいいのか。名前なんて、生き様で上書きすればいいじゃないか!」
カイザーの体から、黄金のオーラが溢れ出す。
それは経営難で忘れかけていた、真の勇者の力。
「俺は曲がったことが大嫌いだ。親友を唆した領主も、自分を偽るお前も……まとめて真っ直ぐにしてやる!」
カイザーの聖剣が、かめパンの重税の証書を切り裂き、その甲羅を粉砕する。
「ヒィィ! 私のパンが、パンがぁぁ!」と逃げ惑う領主。
そしてお風呂に向き合うと、カイザーは剣を収め、素手でその頬を殴り飛ばした。
「お前は『お風呂』だ! 誰よりも温かく、皆を癒やす、最高の名前じゃないか!」
「カイザー……。……ああ、そうだな。俺、のぼせてたみたいだ」
最後は、なむにょが「お詫びに」と言って、スラム街全体を巨大な露天風呂に変えるという謎の魔法を暴発させ、街の汚れと悪を一気に洗い流した。
パン




