ぽん太
私は東の国で生まれた。百貨店で経理の仕事をしている飼い主、そしてその家族。何よりも同胞(兄弟たち)と一緒に私を包んでくれる母の暖かい被毛。左側の二番目の乳首が私の定位置だった。
やがて、一人で歩けるようになるとクリートの外側を探検して回った。クリートはさらに金属製のケージに囲まれていたが、私たちにとっては冒険以外の何物でもなかった。
もう少し大きくなると一定時間、金属のケージが開かれ、私たちの冒険の範囲は広がった。この束の間の冒険は私の好奇心を満たしてくれた。
その日はいきなりやってきた。冒険から帰ってきて、ケージの扉を越えた瞬間にドタっという音とともに子供の鳴き声が聞こえた。私は驚いて振り返った。単に飼い主の子供のリナちゃんが転んだだけだった。しかし、それに気を取られたお父さんが慌ててケージの扉を閉めた。右耳に激痛が走った。
同胞たちとの別れは寂しかったが、連れて帰る人たちは皆、喜びの表情と優しい目をしていたので、辛くはなかった。私も皆と同じように振る舞っていたはずだったのに、なぜか抱き上げられても、その人たちの興味の対象から外れた。
私は最後まで残った。
母や飼い主の家族と過ごす日々は楽しく幸せだった。だが、ついに私にもその日が訪れた。ある日、この国の女性の中では群を抜いて大柄な人が来て私を抱き上げた。
「あぁ、この子な。耳が半分ちぎれとるんは。治せるやろ、専門やし」
そう言って、私を一旦、床に置き丁寧に右耳を触った。
クリートに入れられて、四角い小さな車に乗せられて、別の家に連れて行かれた。その家は今までいた家と全く違った。
出てきた男は今までに見たことのない雰囲気を醸し出していた。まず、目が違った。少しの驚き、喜び、そして大きな憂いをたたえたその目は同胞を迎えにきた人たちとは大きく異なっていた。
差し出された手を嗅いでみると私に衝撃が走った。硝煙の匂いと微かに混じる血の匂い。そして家中に漂う、小さな王国の仲間の匂い。もちろん嗅いだことのない匂い。しかし、私の遺伝子に残された偉大なるゲルマンの誇りを奮い立たせる匂い。
男は大抵家にいたが、時折出かけては強い硝煙の匂いを漂わせた。そしてしばらく家を留守にした後は血の匂いがした。
耳は綺麗に治してくれた。その時の獣医師との会話で男の名前は有情ということを知った。古くからの知り合いのようだった。
私に麻酔をかけるようにその獣医師に伝えた。
その後のことは覚えていなかった。
のちに、いつも有情が銃を構える姿見の前に立つと私の折れた右耳は同胞のそれと同じように直立していた。
私が少女でなくなる頃に有情は私を軍事教育に出した。
普通の命令は英語だったが、攻撃の命令はなんとも奇妙な言葉で教えられた。
有情の目から次第に憂いの色が消えていき、喜びと慈しみの色に変わっていった。
私は時々夢を見る。
壇上に立つ男と取り巻く群衆。
響き渡る
Heil! Heil! Heil! Heil! Unserem Gebieter!
の歓声。
私の隣に立つ近衛隊の隊員は、壇上の男を見るとき、ブルーの瞳に尊敬と憧れがうかがえるが、私を見るときにはいつも優しい目をしている。
Heil! Heil! Heil! Heil …
皆一様に手を振って叫んでいるが、その先に続く名前が私にはわからない。
「ぽん太、散歩行こ」
有情の声で目覚める。
そう、今の私の当主様はこの人しかいない。
私はすっくと立ち上がり姿勢を正す。
「Ja! Mein Gebieter! Ich werde dich auch heute beschuetzen.」
Von Ponta Eva M. Ujo




