第6話 セキュア亭の戦い ――艶魔《マルウェリナ》と二重拡張子の罠
やっほー、ぴこたんですぴこ!
今日は特別に、気合い入りすぎてちょっと長めのお話になっちゃったぴこ(笑)
そのぶん、盛りだくさんの回だからのんびり楽しんでもらえたらうれしいぴこ〜。
インフォシティの昼下がり。
宿屋《セキュア亭》の窓辺からは、柔らかな陽光が差し込み、テーブルの上の水晶板を銀色にきらめかせていた。
ぴこたんは腕立て伏せをしながら、床に汗の星座を描いている。おぬしは帳簿の整理。ルークは剣の手入れ。
ミミは……椅子を蹴ってくるりと回転し、水晶板の“メール箱”を覗きこんでいた。
「ふふーん♪なになに……“最新美容クリーム、今だけ無料お試し”?“写真付きで効果を大公開”? は〜い、ぜったい見る〜!」
「おぉ!?マッスルをツヤツヤにするクリームもあるぴこ?」
「ぴこたんはベビーオイルで十分」ミミは即答して、指先で添付ファイルをトン、と叩いた。
次の瞬間。
水晶板の画面に、花びらのような虹色の粒子がふわりと舞い――すぐに黒へと反転した。
黒い霧は水面のインクのように広がり、ミミの手首に絡む。微かな鈴の音。甘い香り。
だがそれは花の香りではない。“限定”“無料”“今すぐ”、甘やかな言葉が混じる、危険な匂いだった。
「ん……ちょ、体が……重い……?」
ミミの足元に、紙クリップの形をした小さな影が落ち、ゆっくりと伸びて――彼女の足首を留めた。
「ミミ!それ、添付の実行ファイルだ!」おぬしが立ち上がる。
「見ろ、拡張子が二重だ。“.jpg.exe”……っ!」ルークが水晶板に目を細めた。
黒い霧が立ちのぼり、宿屋の空気はスモークの舞台のように霞む。
そこから現れたのは、艶やかな黒髪にコードの房を編み込み、唇はポップアップの赤、ドレスにはメールの封筒アイコンと紙クリップの刺繍――艶魔。
「ごきげんよう、かわいい精霊さん。限定・無料・今すぐの三拍子、嫌いじゃないでしょう?」
幾重もの声が重なる合唱。ひとりなのに、“多数が囁く”ような響き。
瞳は広告バナーのようにチカチカと点滅し、瞬きをするたび、“レビュー★5”“効果は個人差があります”の文字が浮いては消える。
「や、やば……かわいいけど、やば……」ミミが情けない声を漏らす。
「い、いかんミミ!後ずさるな、視線を外すな!」ルークが盾を掲げる。
マルウェリナは、化粧箱そっくりの小さなコンパクトを開いた。
内側の鏡面が青白く輝き、“確認のためサインインしてください”の文字列が流れる。
鏡から伸びたルージュの影が、ミミの頬に触れた。
キスの音――ぽん、と軽い破裂。次の瞬間、ミミの肩から黒いリップマークが広がり、鎖の模様に変わっていく。
「ぴ、ぴこたん!ウチ、ちょっと……だるい……」
「ミミぃぃ!今度はオレが守るぴこ!」ぴこたんは飛び出すと、いつもの勢いで剣を振り下ろした。
銀の刃は黒い霧を裂いた――はずだった。
だが切り口は自己修復を始め、霧はすぐに元の形へ。マルウェリナが唇を尖らせ、愉快そうに笑う。
「単純な力では、私の“常駐”は消せないの。
ねぇ、精霊さん。あなたのお友だち、写真を少し借りてもいいかしら。人質って言うのよ、こういうの」
ミミの周りを、アルバムのサムネイルが輪になって回り出す。
そのひとつひとつに錠前が現れ、“復元するには購入が必要です”の文字が浮かんだ。
「ランサム……!」おぬしの背筋が粟立つ。
「やつの名前は?」ルークが問う。
「マルウェリナ――マルウェアの艶魔。添付で侵入し、常駐・拡散・暗号化まで一式やってのけるタイプだ」
「ひぃぃぃ、怖いけどフォントがかわいいぴこ!」
「褒めないで!」ミミが涙目でつっこみ、すぐ顔をしかめた。「う、また重くなってきた……」
マルウェリナはコンパクトをパタンと閉じ、ミミに囁く。
「最新美容クリームの“体験版”、添付してあげたでしょう?
もっと綺麗になりたい、その気持ちが扉を開いたの。無料は才能よ。私のね」
「ミミ、聞け!」おぬしが素早く言葉を叩き込む。
「怪しいメールの添付は開かない。送信者を確かめる。拡張子を確認。“無料”“限定”“今すぐ”は警戒サインだ!」
「それからプレビューでの自動実行を切れ、OSと対策術は常に最新だ!」ルークが盾で黒霧を押し戻す。
「……ぐっ、わかった……けど、体が……」
ミミの足首に留まっている紙クリップの影が、二重三重に重なっていく。
常駐。
自動起動。
横展開――影はテーブルの他の水晶板にまでじわりじわりと近づいていた。
「ぴこたん!」
「任せろぴこ!オレの《浄化マッスルクラッシュ》で――」
「やめろ!今は直叩きは逆効果だ!」おぬしが叫んで止める。
「まずは隔離だ。《隔離結界》を張る!」
おぬしが詠唱し、床に光の円を描く。
円はミミと水晶板を包み、外界と切り離す透明な壁へと成長した。
マルウェリナが鼻で笑う。
「ふふ。隔離ね。賢い選択。でも中に私はいるの――常駐って言ったでしょう?」
指先で空中をなぞると、小さなタスクの窓が次々と開いた。
“自動更新タスク1/99”“バックグラウンド・ビューティ”“優先度:高”。
彼女は自らを別名で増殖し、消しても消しても別の名前で起動し直す。
「ク、クソ……!」おぬしの額に汗。
ルークが深呼吸し、穏やかな声で言う。「焦るな。順序だ」
「順序?」ぴこたんが身を乗り出す。
「第一に、遮断。怪しい通信を止める。
第二に、隔離。感染個所を閉じ込める。
第三に、削除/復元。バックアップがあれば戻す。なければ検知と手動除去だ。
最後に、更新。弱点を塞ぐ」
「任せろぴこ……オレ、覚えてるぴこ!」
ぴこたんは剣の柄を強く握り、目を閉じた。
「第一――《通信断絶》!」
光の刃が床下の回線を断ち、宿屋の空中を流れる光の粒が一旦静まる。
マルウェリナの瞳にノイズが走った。「あら、広告の風が止まったわ」
「第二――《隔離結界》強化!」
結界の厚みが増し、黒い霧の渦が押し返される。
紙クリップの影がきしむ。ミミの息が少し楽になった。
「やるじゃない」マルウェリナが微笑み、コンパクトをまた開く。
鏡に映るのは――ミミの顔。
けれど、そのミミはわずかに笑い方が違う。頬に走る走査線。
「本人確認の時間よ。ログインして認証を。コードは“000-LOVE”。簡単でしょ?」
「ミミ!見るな、聞くな!」おぬしが遮る。「本人になりすますのが奴の十八番だ!」
ルークが続ける。「認証コードは“自分が操作した時だけ”届く。
いまミミは操作していない。届いたら偽物だ!」
ミミは震える手で目をそらし、ぎゅっと拳を握る。「……うん。わたし、わかってる……!」
マルウェリナの笑みが、わずかに歪む。
「じゃあ、別ルートでいくわ。復元したければ、こちらを“購入”して」
錠前の付いたサムネイルが一斉に“カート”に変わり、金貨のアイコンが躍った。
ランサムの圧が増す。写真たちが泣き声を上げているように見えた。
おぬしは短くうなずく。「ルーク、バックアップの残影、残っているか?」
「昨日、自動雲保存をかけた。感染前の時刻まで戻せる」
「行くぞ。第三――《無垢復元》!」
ルークの剣先から白い糸が伸び、空中に時間の目盛りを描く。
ぴこたんが両腕でそれを引き、感染直前の刻へとぐいっと巻き戻した。
音もなく、錠前がぱちんと外れていく。泣き声が笑い声に変わる。
「や、やった……!」ミミの瞳に光が戻る。
マルウェリナは肩をすくめた。
「雲に預けるなんて、ずるいのね」
だがその瞳はまだ消えていない。常駐プロセスが、暗い底で脈打つ。
「最後だ、ぴこたん!」おぬしが叫ぶ。「署名照合で“既知の悪意”を洗い出せ!」
「任せろぴこ――《既知署名照合》!」
ぴこたんの剣に、星座のような既知の悪魔名が瞬く。
“Trojan.Generic”“Downloader.Agent”“Ransom.Locky模倣”――
レジストリの影、スタートアップの影、タスクの影――影の名を次々に読み上げ、その都度、光で焼き払っていく。
「ぐっ……!」マルウェリナのドレスの刺繍(封筒と紙クリップ)が焦げ、ほどけていく。
「でもね――ゼロデイの香りって、甘くて素敵なのよ」
「未知は、振る舞いで――止める!」おぬしが吼える。
「《振舞監視》、起動!」
結界の内側で、不審な動き(勝手に暗号化、勝手に送信、勝手に常駐)が発生するたびに、
光の見張り人が現れて警笛を鳴らし、拘束鎖をかける。
マルウェリナは最後の足掻きに、鏡面をこちらへ向けた。
「ねぇ、見て。“あなた宛て”。“至急”。“請求書”。
“美容モニター当選”。“写真確認お願いします”。どれかひとつ、あなたは押すわ」
「押さないぴこ!」
ぴこたんは鏡へ走り、両手で掲げる。
「《更新の祝福》!
《零信任の鎖》!
そして――《浄化マッスルクラッシュ》ッ!!」
更新の祝福が水晶板と結界すべてに降り注ぎ、既知の穴が光で塞がっていく。
零信任の鎖が“既定で拒否”の掟を与え、許されたもの以外の実行を禁ずる。
最後に、浄化の一撃。
白い衝撃波が鏡面を砕き、コンパクトは破片となって宙を舞った。
「――ッ……!」
マルウェリナの美しい輪郭が崩れ、黒い霧は細いコードの髪を引きずりながら後退する。
「覚えておきなさい、精霊さん。無料の甘言は、あなたの“好奇心”に寄生する。
私の名は《マルウェリナ》。次はもっとリアルに、もっと早く――」
霧は糸のように細り、最後の赤いポップアップの点滅を残して、ふっと消えた。
結界が解け、宿屋に静けさが戻る。
ミミは膝に手をつき、はぁ、と長く息を吐いた。頬のリップマークは、もうない。
ぴこたんが両手をぶんぶん振る。「ミミ!大丈夫ぴこ!?かわいいけど怖かったぴこ!!」
「“かわいいけど”は余計」ミミはぷい、と横を向き――小さく、照れ笑いした。「……ありがと」
ルークが剣を収め、淡々と指を折る。
「検分だ。今回の教訓――
一、“無料・限定・今すぐ”の甘言は罠。
二、添付は開かない。拡張子を確かめる。“画像.jpg.exe”のような二重拡張子は特に危険。
三、送信者の正体を確認。なりすましに注意。
四、OS/対策術は常に最新。既知の穴を塞ぐ。
五、バックアップを用意。雲保存でも外部媒体でもよい。
六、既定で拒否。必要なときだけ許可する」
おぬしが続ける。
「それと、プレビューの自動実行を無効に。マクロは既定でOFF。
二段階認証はログインだけじゃない。重要操作の承認にも使える設計にしておけ」
ミミはこくこく頷き、指先で自分の水晶板をつんつんと設定した。
「……自動実行OFF、更新ON、スキャン定期、雲バックアップ、許可リスト最小化……っと。
ああもう、“無料お試し”って言葉、しばらく見たくない」
「わかるぴこ。無料って、筋肉的には最高の響きなのに……」
「そこは学べ」ルークとおぬしが同時につっこんだ。
ミミはそっとぴこたんの袖を引き、頬をほんのり赤らめながらつぶやいた。
「……その、今日は助けてくれてありがと。借り、作っちゃったね」
「ふふん!オレはいつでも仲間を守るマッスルぴこ!」
「言い方が台無し」
ぴこたんはミミの様子に気づかず、ドヤ顔を続けていた。
笑いが零れる。緊張がほどける。
窓の外、インフォシティの空には、広告の光の粒がまた穏やかに流れている。
その時――テーブルの上にひらりと落ちる影。
新しい巻物。封蝋には、見覚えのある紙クリップの紋章。
『当選おめでとうございます!美容モニター“当選者専用リンク”はこちら!』
三人+一精霊の視線が同時に巻物へ。
一拍の沈黙。
ぴこたんがそっと手を伸ばしかけ――
「触るな。」ミミが先に掴み、ゴミ箱と刻まれた魔法の箱に投擲した。
ぽこん。軽快な音。巻物は白い火花になって消えた。
「……やるじゃない」おぬしが笑い、ルークもうなずく。
ミミは胸を張った。「“無料・限定・今すぐ”は、今は“不要・危険・さようなら”」
「よし、じゃあ次は――」ぴこたんが窓の外を指さす。
遠くの空に、黒い門の残滓がゆらゆらと揺れていた。
クラッカーズ団。
魔術《影鍵術》の気配は、まだ完全には消えていない。
「来るぴこ。次の一手が」
「受けて立とう」ルークが剣の柄を握り直す。
おぬしは頷き、水晶板に定期スキャンの予約を入れた。
ミミは一度深呼吸し、笑ってVサイン。「次は、先に気づくから」
宿屋の扉が開き、午後の光が差し込む。
四人は肩を並べ、いつもの喧騒の中へ足を踏み出した。
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――教訓まとめ――
今日は「ウイルス添付メール」がテーマだったぴこ!
オレ様ぴこたん、ミミと一緒に“無料お試しクリーム”につられて、危うく艶魔にデータも写真も乗っ取られるところだったぴこ……!甘い言葉ときらびやかな見た目、あれはマッスルでも抗えない危険な誘惑ぴこ!
でも大丈夫ぴこ!みんなも覚えておくぴこ!
1.「無料・限定・今すぐ」は危険ワード!添付は開かず、拡張子(.jpg.exeなど二重拡張子)を必ず確認するぴこ!
2.送信者は“表示名”だけじゃなく実アドレスをチェック!なりすましを疑うぴこ!
3.OSや対策ソフトは常に最新!自動実行やマクロは既定でOFFにするぴこ!
4.もし感染したら:遮断→隔離→復元→更新!順序が大事ぴこ!
5.バックアップは複数&自動保存!ゼロトラストで“許可する時だけ許可”を徹底ぴこ!
これさえ守れば、艶魔マルウェリナの甘い囁きにも負けないぴこ!
ミミ「……でも“無料”って言われたら、またクリックしそうなんだよねぇ」
ルーク「心を鍛えろ。誘惑は筋肉では防げぬ」
うぐぅ……次はオレ様、“マッスル防御”だけじゃなく“冷静クリック力”も鍛えるぴこ!
次回は“著作権違反編”、ケルベロスの鎖が登場ぴこ!絶対見逃さないでほしいぴこ!
実はミミがピンチだったから気合い入れすぎて長くなっちゃったぴこ!
その分、ぴこたんたちのドタバタや奮闘をたっぷり描けたので、少しでも楽しんでもらえていたらうれしいぴこ。




