第33話 無料の灯り、覗く目――パーミッションの攻防
インフォシティの宵の口。
大通りのホロ看板が一斉に切り替わり、夜を明るく染めた。
そのひとつが突如、眩い金色に輝く――
「今だけ!最新ゲーム機プレゼント!
このアプリを入れて応募しよう!」
ざわめきが波のように広がる。
子ども連れの親、若い冒険者、観光客まで足を止めた。
屋台の主人たちも首を伸ばす。
看板にはキラキラの本体、山のように積まれた箱、「当選者の声★★★★★」が流れ続ける。
「おぬしぃぃ!見たかぴこ!?
タダで最新ゲーム機!これは応募するしかないぴこおお!」
胸板を張ったぴこたんの目は、すでにボタンの反射を映している。
「出たよ、“タダ”に吸い寄せられる筋肉……」ミミはため息。
「ねぇ、応募に必要なもの、ちゃんと見なよ?」
「必要事項――名前、住所、電話番号、生年月日……カード番号?」
おぬしが読み上げる声が、途中でこわばった。
「カード番号まで入力させるのか。応募なのに?」
「おかしい」ルークが目を細める。
「景品の応募に決済情報は不要。
しかも“アプリを入れてから”とある」
ぴこたんは一瞬だけ考える顔をしたが、次の瞬間には笑顔に戻った。
「でもタダぴこ!抽選に強い筋肉というのがあってだな――」
「筋肉は抽選に影響しないよ」ミミが即ツッコミ。
「ほら、そのアプリ。
懐中灯って書いてあるのに、
位置情報・連絡先・写真フォルダ・マイク・端末管理権限ぜんぶ要求してる」
「……懐中灯が、住所録?」
ぴこたんの脳筋にも、さすがに疑問が灯る。
そこへ、帳簿を抱えたリナが駆けてきた。
「その看板、ここ数日で何度も出てる。
商会にも被害報告が来てるの。
“応募”を餌に、個人情報を吸い上げる偽キャンペーンよ」
おぬしはアプリページをスキャンし、光の陣を展開する。
「発行者情報は曖昧、連絡先は捨てアド。
許可権限リストは集約型トラッカー並み。裏で転送の痕跡もある……」
「権限狩りだ」ルークが短く言った。
「“便利”や“プレゼント”で心の隙に入り、鍵束ごと奪う」
「鍵束?」ぴこたんが首を傾げる。
「権限は鍵だよ」ミミが指を立てる。
「住所の鍵、カメラの鍵、位置情報の鍵……
全部“はい”って渡したら、家じゅう出入り自由ってこと」
「……なるほど……でも、オレは筋肉に正直――」
その時だった。
ぴこたんの親指が、うっかり「同意して応募」ボタンに触れた。
「ぴゃっ」
画面の懐中灯アイコンが、ぼうっと灯る。
広場の明かりが一瞬だけ色を失い、影が長く伸びた。
灯りの中心が黒く歪み、そこから巨大なレンズの眼が、ぎょろり。
「私は《覗灯魔》。
与えられた権限をもって、すべてを覗き見る」
レンズの虹彩が回転し、光線がぴこたんを舐める。
空中に、半透明のホログラムがぽつぽつと浮かび上がった。
「今日の上腕二頭筋:54cm。
プロテイン在庫:残1。
ラーメン禁断症状:強」
「ぎゃああぁぁ!オレの筋肉日記が世界公開ぴこぉぉぉ!」
ぴこたんの悲鳴に混じり、周囲の冒険者たちの頭上にも、
私的情報の断片が次々に映っていく。
裏アカのアイコン、保存した写真、連絡先の一覧、地図上の移動履歴――。
「うわっ、裏垢が!」
「引っ越し先の住所まで……!」
広場は瞬く間に混乱へ傾いた。
「やめろ!」ルークが剣を抜き、光線を断とうと斬り払う。
だが覗灯魔の光は霧のように形を変え、剣先をすり抜けて拡がる。
「物理じゃ止まらない!」ミミが叫ぶ。
「遠隔で“権限”を握ってるから!」
「なら――」
おぬしは術式を組み替え、端末の縁に光の壁を走らせる。
「《権限遮断》!」
ぱしゅん、と音がして、覗灯魔の光に一瞬のノイズが走った。
頭上の個人情報が薄れ、人々のどよめきにわずかな希望が混じる。
「時間を稼いだ。リナ!」
「了解」
リナは帳簿から小ぶりのスタンプを取り出し、宙に押す。
「《トレーサビリティ・シール》
――何を、誰に、どこへ渡すのか、自分で見極めて」
空中に、チェックリストが光る。
・このアプリは何のために権限が必要?
・その応募にカード情報は本当に要る?
・公式発表はある?運営者情報は実在?
・入れなくても困らないなら、入れない選択を。
「だが、人は光に惹かれる」覗灯魔の声が低く笑う。
「“無料”“今だけ”“当選確率UP”――言葉ひとつで、鍵束は差し出される。
その“はい”の一回で、連絡先も、写真も、居場所も、まとめて、ね」
「……“はい”の一回で、全部……」
ぴこたんは握った端末を見つめ、ぐっと歯を食いしばった。
懐中灯アイコンは相変わらず柔らかく光り、
親切そうな色で“さらに権限を許可”と囁いている。
「いいかい、ぴこたん」リナが横顔を見据える。
「便利さは敵じゃない。
でも、“必要ない権限”を求める相手は、敵だよ。
“応募”にカード番号はいらない。“懐中灯”に住所録はいらない。
渡さない強さも、守りの筋肉よ」
ぴこたんの目が、すっと澄む。
「……渡さない、強さ」
レンズの虹彩が収束し、再び光が強まる。
周囲の頭上に、消えかけた個人情報がまた浮かび始めた。
「ここで、切るぴこ」
ぴこたんは一歩踏み込み、胸板に息をためて叫ぶ。
「オレは筋肉以外を安売りしないぴこ!
必要ない権限は――拒否だ!」
全身に稲妻のような光が走り、拳が白く燃える。
「必殺――《覗断光破》!!」
拳の衝撃波が、覗灯魔のレンズを真正面から撃ち抜いた。
ぱきん、と乾いた音――蜘蛛の巣状のひびが走り、
内部の“視線”が雪崩のように崩れて消える。
「ぎ……ぎゃああぁぁ!覗けない光に、存在意義は――!」
覗灯魔は光の塵となって四散し、宙に漂っていた個人情報の残像も、泡のように消えた。
広場の明かりが普通の色に戻る。
人々は自分の端末を確かめ、ほっと肩を落とした。
「助かった……」「応募しなくてよかった……」
「カード番号まで打ちかけてた……危なかった……」
リナはスタンプをしまい、みんなへ向けてはっきりと言う。
「“無料プレゼント”ほど高くつくことはないの。
本当に欲しいなら、正規の告知を自分で確認して、必要な情報だけ渡す。
それ以外は、渡さない。それが、あなた自身を守る一歩」
ミミはうんうんとうなずく。
「“権限=鍵束”って覚えやすいね。
懐中灯に住所録、応募にカード番号――場違い要求は赤旗!」
ルークは剣を収め、静かに告げる。
「鍵は多いほど強いが、無関係な相手に渡せば砦は落ちる。
鍵の管理こそ守りの本質だ」
おぬしは最後にホロ看板を見上げた。
さっきの“プレゼント”広告は影も形もなくなり、代わりに市の掲示が出ている。
「市からの注意:不審なアプリや応募を見たら報告を。
公式サイト以外の入力は避けること」
「うむ!」ぴこたんは胸を張る。
「オレ、最新ゲーム機は――ちゃんと働いて買うぴこ!
そしてアプリは“必要な権限だけ”許可するぴこ!」
「最初からそうして」
三方向から同時に飛んだツッコミに、ぴこたんは照れ笑い。
だが、その笑顔の奥で、ひとつの決意が固く灯っていた。
“渡す前に考える”。“鍵束は自分で守る”。
筋肉と同じように、習慣にして鍛え上げるのだ。
夜風が通り、ホロ看板の光が柔らかく揺れる。
誘惑は、今日も明日も消えない。
だからこそ、渡さない強さを、胸の真ん中に。
――教訓まとめ――
今回は「アプリ権限の罠」だったぴこ!
“無料プレゼント”の裏には、権限という鍵束を奪う罠が潜んでいたぴこね。
みんなも覚えておくぴこ!
1.「○○プレゼント!」などの無料キャンペーンで個人情報やカード番号を入力させるのは詐欺の常套手段ぴこ。
2.懐中灯アプリが住所録・写真・マイク・位置情報などを求めたら赤旗ぴこ!
3.権限=鍵束。必要な相手にだけ渡すぴこ。不要なら拒否で防御ぴこ。
4.応募やサポートは自分で公式サイトを確認して行うぴこ。
5.迷ったら「入れない・渡さない・後で調べる」――“無料ほど高い”を合言葉にぴこ!
リナ「“渡さない強さ”が、自分を守る力よ」
ルーク「鍵束を預ける相手は選べ」
ぴこたん「うむっ!オレの筋肉権限は“非公開”ぴこ!」
ミミ「……それは公開してもいいかもね」
次回予告:
信頼して共有した“あの情報”が、ある日突然トラブルの種に――
友情とルールの狭間で、ぴこたんたちは何を守るぴこ?




