第23話 詐欺精霊《ラブリス》と“信じて”の圧
インフォシティの中心街から少し外れた場所に、夜になるとだけ開く庭園がある。
名は《ハートリンク・サロン》。
水面みたいに透き通る床の下を、灯りの粒がゆっくり流れている。
アバター同士が向き合う席は半透明の花びらで仕切られ、
相性診断ホロがくるくる回って、二人の間に虹色の数値を浮かべていた。
「ここが恋の修行場でございますか……」
僧衣の袖を整えながらカリヤがつぶやく。
「修行場ではないね」おぬしが肩をすくめる。
「でも、人の心が本気で揺れる場所ではある」
「オレの筋肉を愛してくれる人なら誰でもぴこ!」ぴこたんが胸板をどんと叩く。
「筋肉が先に来る恋愛は珍しいよ」ミミが笑い、羽で頬を扇いだ。
「カリヤは“伴侶”探しだって。まじめ〜」
庭園の奥で、ゆっくりと音楽が変わる。
柔らかい弦の調べ。夜の空気を溶かすような、甘い響き。
花びらの幕がひとひらめき、白いドレスのアバターが姿を見せた。
視線が自然に吸い寄せられる。
「こんばんは。初めまして」
彼女は微笑み、少しだけ首を傾げる。
その仕草は、誰かに“自分だけが選ばれた”と錯覚させる角度を知っている人のものだった。
「私はセレナ」
その声は耳の内側を撫でる。
「あなたのプロフィール、ずっと気になっていたの。
誠実で、努力家で……会った瞬間、あ、運命かも、って」
ぴこたんの耳がぴくっと動く。「運命!」
カリヤは慌てて僧衣の前を直し、深く礼をした。
「わ、わたくしカリヤ。修行の傍、良き伴侶を求め……」
セレナは笑ってカリヤの席に座った。相性ホロに“98%”の数字が灯る。
「ほらね、相性も完璧」
おぬしはスコアに視線を流しつつ、裏で計算式が何に反応するかを測る。
入力は少ないのに数値は高すぎる。可変係数に“加点補正”が入っている匂い。
「もっとゆっくり話したい。
ここは人の目が多いから……特別サロンで続き、しない?」
セレナが白い指先で宙にリンクを描いた。
花びらの上に小さな招待状が咲き、その中心に「登録はこちら」のボタン。
「招待制で、ね。安心だよ。
カード情報と本人確認だけお願い。
あと、会うための交通費は先に振り込むね。
だから君の口座と住所も教えて……」
ミミの羽が止まる。「はやい。展開が速すぎる」
ルークは剣の柄に手を置いたまま、目だけで告げる。
《急かす者は斬る対象》
おぬしはセレナのプロフィールを開く。
作成は今日。過去の発言ゼロ。
タグは異様に豊富で、流行りのキーワードがずらり。
「履歴が軽い。なのに“熟練者”のようにふるまう。典型的だ」
ぴこたんがカリヤの背中をこづく。
「オレ、運命って言われたこと、人生で三回しかないぴこ」
「筋トレ器具のキャッチコピー含めてだよね」ミミがぼそり。
カリヤは胸に巻物を抱え、「運命……」と呟く。
彼の目の奥に、長い独りの時間で養われた慎ましさと、
それでも誰かと並びたいという静かな熱が揺れる。
セレナの視線が少しだけ鋭くなる。
「ねぇ、信じて。私、あなたが好き。
あなたみたいな人、ずっと探してた。信じてくれないの?」
“信じて”の語尾が、心の薄皮に針を通す。
カリヤの指が、招待状の中央に触れかけた。
「待って」
おぬしが静かに言って、手を差し込む。
「《鏡追跡》」
セレナの笑顔の一瞬の停止。
写真の輪郭が鏡に落ち、似た輪郭の別アバター群が水面に浮かび上がる。
異なる名前、同じ顔、同じ角度、同じ背景。
「……テンプレの匂い」ミミが息を呑む。
おぬしはさらに会話ログの節回しを解析した。
言い回しは滑らかすぎ、間と応答が場に合わない。
質問の順序は固定で、相手の返答に関わらず“特別サロン”への誘導が三手目に来る。
「自動生成の会話テンプレだ。
中の人が一人か複数かは分からないが、パターンは一致する」
セレナのまなざしが揺れ、唇がわずかに尖る。
「ひどい。
あなたたち、私の気持ちを疑うの?私、傷ついた……」
音楽がぴたりと変わる。
弦の調べに、見えない低音が混ざった。
床下の灯りが一瞬だけ青く曇る。
花びらの幕がはらりと落ち、白いドレスは尾ひれの長い衣に変わる。
髪は風もないのにゆるく流れ、背に透明な羽根が生える。
甘い声は冷やついた囁きに溶け、微笑は薄い刃の輪郭を帯びた。
セレナの正体は、《詐欺精霊ラブリス》。
彼女の背から舞い落ちた羽根が、無数の光の羽根へと分かれ、
サロンの空間に巨大な雪のように散った。
羽根に触れたアバターの胸のあたりが、淡くきしむ。
“自分だけは選ばれたい”“誰かに必要とされたい”
――そんな、寒い夜に首をすくめるみたいな感覚が、わずかに強調される。
「ひとりは、冷たいね」
ラブリスの囁きが耳の内側で反響する。
「だから、あたたかい言葉を。
少しのお金で、すぐに会える。
カードを、口座を、住所を。
怖がらないで、優しい人でしょう? ね?」
カリヤの肩が、こわばった。
「わたくしは……
優しいかどうか、分かりません。ただ――」
「ただ、誰かの役に立ちたい。
誰かの隣で、茶を淹れたい」ラブリスが代わりに答える。
「美しい求道者。あなたの孤独、私は知ってる」
羽根がカリヤの頬に触れ、彼は短く目を閉じた。
ぴこたんが一歩踏み出す。「やめろぴこ!」
ラブリスは視線だけでぴこたんを牽制する。
羽根が彼にもふわりとかかる。“筋肉も、誰かに撫でられたいでしょう?”
「う……オレの筋肉は孤独じゃないぴこ。
毎日会ってるぴこ。ダンベルと」
「それ、恋人じゃなくて器具」ミミのツッコミが空気の温度を戻す。
ルークが声を張る。
「愛は急がぬ。急ぐのは交易か戦のみ。
心に刃を当ててくる相手は、剣で受けろ」
おぬしは白い輪を掲げ、
「《真実照明》」
光が羽根に満ち、羽根の裏に隠れていた文字列が露わになる。
“会う前の送金”“外部サイト登録”“カード番号入力”“本人確認書類のアップロード”。
ラブリスが片眉を上げた。
「見せ方が下手だったかしら。じゃあ、もう少し本気で」
音楽が切り替わり、床下の灯りが逆流した。
ラブリスの羽根から、こんどは“黒い羽根”が混じる。
触れた箇所が、氷水のように冷える。
不安と焦りが、胸の中心に小さな穴を開ける。
「信じないの?
じゃあ、もういい。二度と会わない。あなたは機会を逃す」
拒絶と焦燥が、鋭い針で刺してくる。
ぴこたんは思わず奥歯を噛んだ。
「むむ……!」
ミミが叫ぶ。
「それ、ロマンス詐欺の常套句!
“愛情のテスト”“信じないの?”で送金を迫るの!」
おぬしはログへ印を追加する。
「会話のテンポ、三手目で金銭要求、
五手目で感情の脅し。パターン一致」
ルークが剣を抜き放つと、刃が羽根の間をすり抜けるように動き、黒の粒を弾いた。
「《感情分離》」
彼は短く言う。
「心と金を切り離せ。
心は否定されても傷だけだが、金は戻らん。
住所や身分証なら命綱だ。渡すな」
「……渡しません」
カリヤは胸に巻物を抱き、こつこつと筆で指先を叩く。
「わたくしの孤独は、わたくしの修行。
金で埋めるものでなく、並んで歩く相手で埋まるもの。
――だから、急ぎません」
羽根が彼の頬からするりと離れ、床に落ちた。
ラブリスの微笑がささくれだつ。
「しらけさせるのは簡単。けれど、人は寂しさに勝てない」
「オレは勝つぴこ!」
ぴこたんが地面を踏み鳴らし、拳を握った。
「筋肉は裏切らない!
仲間も裏切らない!
必殺――《鎖断拒絶》!」
光の鎖が羽根の群れを束ね、黒い導線
――外部サイトへのリンクや送金口への導火線――をまとめて叩き切る。
おぬしのファクトライトが、残った偽のレビューとテンプレ会話を晒し、
ミミが「会う約束でお金を送らない! 個人情報を渡さない!」と広場中に響く声で繰り返す。
ルークは最後に剣を花びらの床へ突き立て、「《境界線》」
透明な壁がサロンに立ち、外部へのデータ流出を一瞬で封じた。
ラブリスは羽根をすぼめ、長い尾ひれを引いた。
「あなたたち、ほんとうに面倒」
淡い微笑みのまま振り向きざまに視線だけを鋭くした。
「でも、孤独な夜はまた来る。甘い言葉は、いつでもそこで待っている」
衣の端がきらりと光り、彼女は花びらの幕の向こうへ消えた。
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音楽が穏やかに戻り、床下の灯りは再び静かな川になった。
カリヤはふう、と息を吐く。
「……危ないところでした。
わたくし、急いでいたのですね。
修行は急ぐと怪我をしますのに」
「恋も似たようなもんだよ」ミミが笑う。
「急いで結果だけ欲しがると、足元すくわれる」
ぴこたんはカリヤの背中をぽんと叩いた。
「大丈夫ぴこ。孤独は恥じゃない。
オレも何度も夜に負けそうになる。
でも、仲間に話すと、だいぶ違うぴこ!」
「筋肉に話しても返事は来ないぞ」ルークが真顔で言う。
「来るぴこ。反復回数で」
おぬしは堪えきれず笑い、すぐ真剣な目に戻す。
「実務の確認もしよう。
・セレナの招待リンクは外部サイト。プラットフォームの保護が効かない。
・カード情報と身分証の要求は不自然に早い。
・“交通費”の先送りは送金誘導。
・プロフィールは新規・履歴ゼロ。
・会話はテンプレで、三手目に登録、五手目に感情の圧。
――ロマンス詐欺の典型だ」
「はい」カリヤは深くうなずく。
「相談いたします。
心が揺れたら、まず皆さまに。ひとりで決めません」
「それがいい」おぬしは微笑む。
「一晩寝かせるのも効く。
甘い言葉は、夜に育つが、朝日に弱い」
花びらの向こう、帳簿の束を抱えたリナが通路の端を足早に横切った。
彼女はふと立ち止まり、こちらをちらと見て、口の形だけで「規約」と告げた。
おぬしは理解して頷く。プラットフォームの規約違反と詐欺通報を束ねて申請すれば、
同手口の“別名セレナ”もまとめて炙り出せる。
次に会う時、彼女はきっと何かを持ってくる。
そんな予感が、夜の香りに混じった。
五人はサロンを出て、川沿いを歩く。
水音が、ささやくように寄せては返す。
孤独は、たしかにある。
けれど――それは人を試す石で、落とす落とし穴じゃない。
踏み固めて、いつか並んで歩くための道に変えていけばいい。
ぴこたんが空に拳を突き上げた。
「オレは寂しくないぴこ! 筋肉と仲間がいるから!」
「順番が逆」
ツッコミがいつも通りに飛んで、笑い声が橋のアーチに反射した。
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――教訓まとめ――
今日は「出会いを装った金銭搾取(ロマンス詐欺)」の回だったぴこ。
“運命”“特別”の甘言で関係を急がせ、外部サイトへ誘導してカード情報や身分証を求め、交通費やプレゼント代の先送りを迫る——ラブリスの手口はまさに典型だったぴこ。
心が揺れるのは自然。でも、感情とお金(個人情報)を切り離すのが勝ち筋ぴこ!
みんなも覚えておくぴこ!
1.急かす相手は要注意。 出会ってすぐの「運命」「信じて」は赤旗ぴこ。
2.外部サイト/有料サロン誘導は踏まない。 プラットフォーム外では保護が効かないぴこ。
3.会う前の送金はしない。 交通費・ギフト名目でもNGぴこ。
4.カード情報/身分証は渡さない。 早期要求は不自然の極みぴこ。
5.プロフィールと画像の実在性を確認。 作成日・投稿履歴・《鏡追跡》で出典チェックぴこ。
6.会話がテンプレ進行なら離脱! 三手目登録・五手目送金は“型”ぴこ。
7.迷ったら相談&一晩寝かせる。 夜の甘言は朝日に弱いぴこ。
ミミ「“信じてくれないの?”は感情の脅し。そこで財布は開かないよ」
ルーク「愛は急がぬ。急ぐのは交易か罠のみだ」
おぬし「甘い言葉ほど、根拠と場内連絡の原則を忘れずに」
孤独は恥じゃないぴこ! 個人情報はマッスル級に大事ぴこ!」
次回予告:
見えない手が数字をつり上げる夜、市場のざわめきに紛れて“勝ったつもり”が積み上がる。
値札が踊る舞台裏で、誰が糸を引いているのか――競りの駆け引きに潜む影を暴くぴこ。




