7話 真逆の結論
【椎名明梨side】
「はぁ……」
家に帰った後、私はお風呂に入りながら深く息を吐いた。
「今日はいろいろあったなー」
今日一日を振り返ると、自然とそんな言葉が溢れる。
佐藤君が私と静香を見分けられることが分かったり。
一緒にファミレスに行って楽しい時間を過ごしたり。
そして……
「勝利、なんかいつもと様子が違ったよね」
ファミレスで何度も連絡をしてきたことにも驚いたけど。
公園での勝利は、普段とはまるで別人のようだった。
佐藤君が私達を見分けられると知って驚くの分かるけど、あの時の勝利はあまりにも取り乱し過ぎていた。
まるで、自分にとって不都合なことが起きて冷静さを失ったかのように。
「とりあえず、勝利のことを考えるのはこのへんにしとこっと。それよりも佐藤君のことだよね」
さっき静香に、佐藤君が私達を見分けられる理由については分からなかったと報告したけど、あまり驚いている様子はなかった。
もしかしたら、予想していたのかもしれない。
佐藤君とはこれまで会ったことはなくて、今日初めて話した初対面の同級生。
私達の間に特別な繋がりなんて一切無かった。
でも、数少ない私達を見分けられる特別な人。
「ほんと不思議だよねー。まさにこれが世界は広いってことなのかな」
私達を見分けられる人が、また新たに突然見つかるかもしれない。
いや、もしかしたらもう既に身近にいるかも。
「あははっ。なんかすごいことになっちゃったなー」
妄想が膨らみ、思わず笑みが溢れた。
これ以上考え事するとのぼせてしまいそうなので、お風呂から出ることに。
部屋に戻る途中、ママに声を掛けられた。
「明梨ー。サラダどうする? 食べて来たって言ってたけど」
「食べる食べるー」
「はーい」
そんなやりとりをした後、ふと……さっきの勝利の言葉を思い出した。
『もう俺達は高校生なんだから、いい加減好き嫌いなんてそんなガキっぽいことはとっとと卒業しろよな』
べつに勝利のことを悪いとは思っていない。
私もそう思っていたし。
でも……
『得意不得意が誰にでもあるように、好き嫌いだって誰にでもある。子供も大人も関係ないよ』
「……」
佐藤君と関わろうと思ったきっかけは、彼が私達を見分けられる理由を知りたいと思ったから。
そして、見分けられる理由は分からないということが分かった。
なら、私達が関わるのはもうこれっきり…………そんなわけないよねー♪
だって私は、見分けられる理由云々関係無く……
「佐藤君のこと、もっと知りたいなー」
佐藤君と、もっと仲良くなりたいと思っているのだから。
◇◆◇◆◇
【立花勝利side】
帰って風呂から上がった後、俺はベットに飛び込んだ。
「ほんと意味わかんねぇ。なんで佐藤なんかが二人を……」
俺と佐藤は同じクラスだ。
佐藤はどこにでもいる極々平凡な……物語で例えるならモブキャラっぽい奴だ。
そんな奴がどうして……
「まぁ、いいや。別に佐藤に興味なんか無いし、今後も関わることは無いだろうからな。それに明梨も……」
明梨が佐藤と関わったのは、佐藤が二人を見分けられる理由が知りたかったから。
その理由は分からないと言う答えが出た以上、もう関わる理由は無い。
佐藤と明梨が関わるのは、もうこれっきりだ。
そう結論を出すと、心のつかえがとれてホッと安堵した。
明梨と静香は、俺以外の男子と二人きりで遊びに行ったりしたことがない。
というより、二人は異性に対して一線を引いている節がある。
これまで二人に近づいてきた男は全員、下心丸出しだった。
そのうえ見分けることもできない……二人からしたら、どちらでもいいからとりあえずお近づきになりたいと言われているようなものだからな。
だから、明梨が男子と二人きりで食事に行ったと知って驚き混乱したのも、その理由が気になって連絡するのも当然のこと。
そして、二人と初対面同然の佐藤が彼女達を見分けられると知って驚き、混乱して取り乱してしまったのも、また当然のことだ。
それに、佐藤みたいな一見は人畜無害そうな奴が、実はめちゃくちゃヤバい奴だったりする。
しかも、二人を見分けられるときたもんだ。
そんな奴が明梨に近づいたんだ、幼馴染として不安になるのも心配するのも、やはり当然のことなのだ。
もちろん、それが仮に静香だったとしても同じだ。
「それに冷静になって考えてみれば、あんなこと気にする必要無かったな」
『それじゃあつまり、あくまでその理由が知りたかったからであって、明梨と佐藤はべつに親密な関係ってわけじゃないんだな?』
『だからその……つ、付き合ってるとかさ』
あの時は、醜くてガキっぽい嫉妬感丸出しなことを言ってしまった。
でもそもそも、佐藤と明梨じゃあまりにも釣り合っていないんだから、嫉妬なんてする必要は無かったんだ。
「なんか、色々と整理したらスッキリしたな。あっ、そうだ。さっきの件、一応もう一回謝っとくか」
そう思い、すぐにメッセージを送信する。
すると、即返信が来た。
『大丈夫! 気にしてないよっ!』
……なんか、妙にテンション高そうだな。
もしかして、あの後何か良いことでもあったのだろうか。
「まぁ、いいか。可憐さんが気にしなくて良いって言ってるんだし」
こうして俺は、気付かないまま……そして無自覚に、また間違い続けるのだった。