6話 間違い続ける男
【椎名明梨side】
「実は佐藤君、私と静香を見分けられるみたいなの」
「……はっ???」
勝利は信じられないといった驚愕の表情をしている。
「……いやいや、そんなわけないだろ」
ははは……と、感情のこもっていない笑いを溢す勝利。
「明梨、変な冗談はよせって」
「そんな冗談言うと思う? それに、冗談じゃないのは伝わってるでしょ?」
「……」
私の真剣な表情と声色から、今の告白が真実であると勝利は察した。
「な、なんで佐藤なんかが……」
未だ現実を飲み込めないといった様子の勝利を見て……私はとある違和感を覚えた。
佐藤君が……いや、仮に佐藤君じゃなかったとしても、私達を見分けられる人が新たに見つかったと知って驚くのは分かる。
でも、今の勝利は驚いているだけじゃなくて……どこか焦っているようにも見えるのだ。
「ち、ちょっと待て……!」
突然はっと何かに気がついたかのように、勝利が詰め寄って来る。
「それってつまり、二人は今までずっと俺に内緒で佐藤のやつと裏でこそこそ会ってたってことだよな!?」
「な、なんでそうなるの?」
「だってそうだろ! 見分けられるのは二人と長い付き合いの人しかいないんだから!」
勝利の怖い形相が迫り、私は少し怯えて一歩後ずさった。
「お、落ち着いて勝利。それに、さっき言ったでしょ。佐藤君と知り合ったのは直近だって」
「あっ……」
思い出したのか、勝利は少しだけ落ち着きを取り戻す。
「いやでも……だったらなんで佐藤は二人を見分けられるんだよ」
「佐藤君とお話しすればその理由が分かるかもと思って、一緒にファミレスに行ったの」
見分けられる理由だけじゃなくて、佐藤君自身のことも知りたいと思ったからというのもあったけど、今それを言わない方が良いと判断する。
「な、なるほどな」
どうやら、ようやく納得してくれたようだ。
「それじゃあつまり、あくまでその理由が知りたかったからであって、明梨と佐藤はべつに親密な関係ってわけじゃないんだな?」
「親密な関係って?」
「だからその……つ、付き合ってるとかさ」
「えっ……?」
何がどうしてそんな結論に至ったのか全く分からない。
「違うよ。というか、私と佐藤君はお友達だってさっきも言ったじゃん」
「そ、そうだったな」
私がそう言うと、勝利はどこかホッと安堵したように見えた。
それから勝利は再びベンチに腰を下ろした。
「とりあえず事情は分かった。それで、その理由は分かったのか?」
私は首を横に振る。
「ううん、分からなかった」
「分からなかったのか?」
「勝利だって見分けられる理由は分からないんでしょ?」
「まぁ、そうだけど」
勝利はどこかつまらなそうに呟いた。
「なんだ、じゃあただの時間の無駄だったってことか」
「……」
そんな言い方しなくても……
確かに、佐藤君が私達を見分けられる理由については分からなかったけど。
でも……すごく楽しい時間だった、心地の良い時間だった。
それに、佐藤君がとても優しい人だって知ることもできた。
あの時間は絶対に無駄なんかじゃない。
私にとってあの時間はもう、大切な思い出の一つなのだ。
「明梨。とりあえず、今後は男子とどっか行く時は事前に俺に連絡しろよな」
「えっ、どうして?」
「そりゃあ幼馴染なんだし。それに、変な男に近づかれてないか心配だからな」
たしかに私達は幼馴染だ。
でも、私達は勝利にそう言った報告を求めていないし求めるつもりもないのに、さすがにそれは干渉し過ぎではないだろうか。
「ねぇ、勝利。私にもプライベートはあるんだよ? それに、じゃあ今後は勝利も女の子と遊びに行く度にそれを報告するの?」
「そ、それは……」
「でしょ? それと心配していたとしても、さっきみたいに連絡しすぎるのはやり過ぎだよ」
勝利から何度も掛かって来た電話と、何度も送られて来たメッセージ。
それも、最初にメッセージが送られて来た際に『後で連絡する』と返事をしたにも関わらずだ。
あのままだと『今からファミレスに向かう』と言われかねなかったので、こうして公園で話そうと提案したのだ。
「っ……そ、そんなことより……」
触れられたくない話題だったのか、バツが悪そうな表情で勝利は強引に話を逸らした。
「明梨、あのファミレスに行ったってことは、またいつものサラダをトマト抜きで注文したのか?」
「うん、したよ」
……まぁ、抜かれてなかったけどね。
肯定すると、勝利は呆れたといった様子で。
「もう俺達は高校生なんだから、いい加減好き嫌いなんてそんなガキっぽいことはとっとと卒業しろよな」
「……」
無言になった私を見て、勝利はどこか申し訳なさそうにする。
「あっ、ごめん。明梨の為に言ったとはいえ、ちょっと言いすぎた」
「……ううん、気にしなくていいよ」
「ほんとか?」
「うん。私も気にしてないから」
「分かった。明梨がそう言うなら」
明梨が気にしなくていいと言ったなら大丈夫だ、幼馴染なんだからそれくらい分かる……そう考えて気にしないことにした勝利。
「そろそろ帰ろっか。予報だとこの後雨降るらしいし」
「そうだな。じゃあ送ってい──かなくても大丈夫か。家すぐそこだしな。じゃあまた明日な」
そうして勝利は公園を後にした。
いつも明るい明梨が、今日一度も自分に笑顔を見せていないことに気づく事は、結局ないのだった。