2話 共有
【椎名静香side】
私──椎名静香には双子の姉がいる。
それも、周囲の人が見分けられない程に瓜二つな双子の姉が。
小さい頃、私と明梨はとある理由から今の髪型にこだわるようになった。
その結果、元々顔がとても似ていたのに髪型まで同じになった事で、周囲の人はどっちが私でどっちが明梨か見分けが付かなくなったようだった。
そんなに見分けられないものなのだろうかと最初は不思議だったし、名前を間違えられて不便だと感じる事もあったけど、今ではすっかり慣れてしまった。
そう、私達からしたら名前を呼び間違えられるのは日常茶飯事。
別に今さら驚くような事じゃな──
「それじゃあね、静香さん」
お昼休み。
佐藤君と廊下でぶつかりそうになってしまった件が解決し、立ち去ろうとしたその時。
去り際に佐藤君が迷い無く私にそう言った。
「…………えっ」
私は驚きのあまり、その場に立ち尽くした。
私達にとって名前を間違えられるのは日常的なことだが、実は毎回間違えられるのかと言えばそう言うわけではない。
しかし、その場合は毎回……50%、二分の一の確率に賭けた運頼り。
『えっと……し、静香さん?』
そういう運頼りによる自信の無さは、表情や仕草に分かりやすく現れる。
私達はそれを幾度と無く見てきたので、瞬時に見抜く事が出来る。
しかし、今の佐藤君は違った。
それともしかしたら、見ただけだと分からないけど会話すれば私達がどっちかなんて簡単に分かるはずと思う人もいるかもしれない。
でもその場合も、最後の確信が持てずに名前を呼ぶ時に不安が一瞬必ず現れる……今までの人は皆んなそうだった。
しかし、佐藤君は私が椎名静香だと確信して名前を告げていた。
それらを踏まえた上で、私はとある結論に至った。
「佐藤君……私達のこと……」
見分けられる……?
……でも、分からない。
確信が強まるにつれ、とある疑問も強まっていく。
どうして佐藤君は私達を見分けられるのだろうか……という疑問が。
私達を見分けられる人は少ないがいる。
両親と親戚……そして、幼馴染の立花勝利。
全員、私達と長い時間一緒に過ごしてきた人物だ。
でも、佐藤君は違う。
彼とは同じクラスだけど会話したのは今回が初めて。
それに以前どこかで会った記憶も無い。
私にとって彼は初対面の人物だ。
それなのにどうして……?
考えれば考えるほど、更に謎が深まり増えていく。
「……」
もうとっくに佐藤君の姿は見えないのに、私は未だその場に立ち尽くしていた。
時間がゆっくりと過ぎていく中、不意にポケットの中のスマホが震えて着信を知らせる。
着信相手は……
「……明梨」
そこで思い出す。
私が急いでいた理由……明梨とお昼を一緒に食べる約束をしていたからだと。
すぐ電話に出るが、出た瞬間に切られてしまった。
刹那、背後から聞こえてくる聞き馴染みのあり過ぎる声。
「静香ー、遅すぎー」
明梨は頬を膨らませて拗ねていた。
「図書館で本を返して来るから待っててって言うから待ってたのに、全然来ないじゃーん」
「ごめんなさい、明梨。お詫びに明梨の好きなおかずをあげるわ」
「ふん、一個だけじゃ許してあげない」
「なら二個あげるわ」
「じゃあ、許してあげるっ」
拗ねていた表情が、好きなおかずを貰えることへの喜びの表情へと一変する。
明梨は私と違って、表情の変化や感情表現が豊かだ。
それに、私は大人しい性格だけど明梨は明るい性格。
外見は瓜二つだけど、内面は全然違うのだ。
「静香……もしかして、何かあったの?」
私の様子から何かを察した明梨が尋ねる。
双子だからなのか、私達は互いのそういう機微に聡い。
「……そうね。あったと言えばあったわ」
「なら、遠慮なくお姉ちゃんに相談していいからねっ」
「……」
明梨と共有しておいた方がいいだろうと思っていたので、ここは素直にお言葉に甘えさせてもらおう。
「明梨。実は……」
先ほどの出来事を正直に伝える。
明梨は終始、私の話に真剣に耳を傾けていた。
「……」
話を聞き終わった後、明梨は暫く無言になる。
頭の中で色々と整理しているのだろう。
「信じられないとは思うけど……」
「ううん、信じるよ。可愛い妹の話を信じないわけないじゃん。それに、静香がそんな嘘をつくとも思えないし」
再び無言になる明梨だったが、沈黙はすぐに破られた。
「でも、そっか。そんな人が……」
「明梨……?」
先程までの真剣な表情はもうそこには無く、あるのは微笑み。
双子だから……いや、きっと双子とか関係なくても、今の明梨の好奇心に満ちた顔を見たら全員がこう察するだろう。
「佐藤君……ね♪」
明梨……何か企んでない?