9話 約束
「……あのさ、可憐さん。もし良かったら、近くまで送って行くよ」
「えっ……」
俺からそんな提案されるとは全く予想していなかったらしく、可憐さんは目を見開いて驚いている。
ちなみに、傘代を貸すという選択肢も一瞬浮かんだけど、ファミレスでの食事代と本を購入した費用で、今の俺も手持ちが全く無いのだ。
……傘を持ってきておいて本当に良かったと改めて心から思う。
もし俺も忘れてたら、二人一緒に途方に暮れることになってたからな。
「えっと……気持ちはすごく嬉しいけど大丈夫だよ。優哉君の迷惑になっちゃうし」
正直、可憐さんならそう答えるだろうと予想はしていた。
「迷惑だなんて思わないよ」
「……でも、すっごく遠回りになって優哉君が帰宅するのが遅くなっちゃうと思うし」
「早く家に帰っても特にやる事ないし、それにこういう雨の日にいつもより長く外を歩くのも偶には良いからね」
「……どうして、そうまでして送ろうとしてくれるの?」
引き下がらない俺を見て、可憐さんは真剣な声色で尋ねた。
警戒しているのではなく、純粋に疑問に思っているのだ。
「単純だよ。困ってる可憐さんを助けたいと思ったから、ただそれだけだよ」
嘘偽りない本心を告げる。
「ちなみに、俺はこの状況で困っている可憐さんをここに残して一人で帰るつもりはないから、可憐さんが頷いてくれないと俺の帰宅時間がどんどん遅くなるね」
「……ふふっ」
俺の言葉を聞いて、可憐さんは笑った。
さっきのように力無くではなく、どこか面白おかしそうに。
「ずるいね、優哉君」
たしかに、断り辛い言い回しだったと思う。
でも、その甲斐あって……
「えっと、それじゃあ……お言葉に甘えても良いかな?」
「もちろん」
「ありがとう」
それから俺は持ってきた傘を鞄から取り出して、可憐さんと並んでショッピングモールを後にする。
「そういえば優哉君、どうしてあの時間までショッピングモールに?」
「実は本を買いに行ってたんだけど、ついつい立ち読みしてたら気づいたらあの時間になってたんだ」
「そうだったんだね」
そのせいで雨の中帰るハメになったけど、そのおかげでこうして可憐さんと一緒に帰っている。
プラマイで言えばプラスだろう。
「可憐さんは、どうしてあの時間までショッピングモールにいたの?」
「私はゲームセンターで夢中で遊んでいたら、気づいたらあの時間になってたの」
「なるほど」
可憐さんはゲームが大好きであのゲーセンの常連なのは原作の情報から知っていたので、そうだろうなと予想はついていたから驚かない。
お互い好きなことに夢中になった結果、同じ時間に同じ場所でばったり遭遇した。
偶然が重なって、俺達は出逢ったのだ。
「可憐さんはゲームが好きなんだね」
「うん、大好き。優哉君は?」
「俺も好きだけど……最近はあまりやってないかな」
「どうして?」
「えっと、一人でゲームするより友達と一緒にする方が好きなんだけど……でも、その一緒にゲームをする友達がいないから……です」
言ってて悲しくなってきた。
一人でゲームするのも嫌いなわけではないが、友達と一緒にわいわい盛り上がりながらする方が俺は好きだ。
でも残念ながら、今の俺にはそんな友達がいない。
だから、最近はゲームよりも読書の時間の方が圧倒的に多い。
悲しい現実を吐露した俺に、可憐さんは明るい声色で言う。
「なら今度、一緒にゲームしに行こうよ! 優哉君と一緒にゲームしたいし、おすすめのゲームを色々と紹介もしたいから」
「それは是非ともお願いしたいな」
魅力的な提案に二つ返事で頷く。
ゲーム好きの可憐さんのおすすめ……面白いこと間違いなしだ。
「……こんなことなら、もっと早く優哉君に話しかけにいくべきだったなぁ」
突然、可憐さんはそんなことをポツリと溢した。
「優哉君って普段一人でいる事が多いから、人付き合いがあまり好きじゃないのかなって思って、迷惑になるかなって躊躇っちゃって中々話しかけにいけなかったの」
普段の俺を見て、可憐さんがそう思うのも仕方ないだろう。
気を利かせてしまって申し訳ないな。
「でも今、優哉君と話してみて……もっと早く話しかけにいって、もっと早く仲良くなっておきたかったなって思ったからさ」
「そう思ってくれただけで、すごく嬉しいよ」
「なら明日から、普通にお話ししに行っても良い?」
「もちろん良いよ」
断る理由は無い。
「ありがと」
可憐さんは満面の笑みでそう言った。
それから少しして、雨が上がる。
「私の家もうすぐ近くだから、ここまでで大丈夫。本当にありがとね、優哉君」
「どういたしまして。それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい。また明日ね」
可憐さんの背中が見えなくなってから、俺は帰路についた。
「……しかし、まさかヒロイン全員と一日で関わることになるとは」
……もしかして、原作主人公と関わる展開も近いうちにやって来たりするのか?
その可能性は否定出来ない。
「まぁ、その時はその時か」
少なくとも自分から関わりにいくことはないと思うので、考えても仕方がない。
「ほんと、すごい一日だったな」
まさか翌日、引き続きすごい展開が起こるとは、この時の俺は想像もしていなかった。
◇◆◇◆◇
「それじゃあ、佐藤君。明日、一緒に遊びに行くの楽しみにしてるわ」
翌日。
どうして、静香さんとそんな約束をするに至ったのか。
ことの発端は──