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アーケイン・フロント  作者: メグメル
【サンライズ作戦編】第十章:余響
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余響①

章の最後に脚注があります。

ランタンの淡い光が、夜の静けさの中でかすかに唸っていた。

沈黙の中、万年筆の走る音だけがやけに大きく響く。その一筆一筆に、戦役の始まりから溜め込んできた言葉にならないものが滲んでいた。

夜明けはすぐそこまで迫っていた。時計の長針が無情に十二を指す。部隊の大半はまだ眠りから覚めていない——枕の誘惑は、あまりにも強かった。

最初の一筋の光がカーテンの隙間を抜け、手紙の端をなぞるように差し込んだ。


森田龍己(モリタタツキ)伍長は、満足げに小さく笑みを浮かべ、ペンを置いた。


目を覚ましてからずっと占領していたその場所は、思いのほか快適だった。どのホテルにもある簡素な小さなテーブル。木製で、ニスがかけられている。しっかりしている——ヘルメットの上で紙を支えるよりはましだ。予備マガジンや整備キット、レーションバーが片端に寄せられているのは当然だ。ライフルはテレビの横、角に立てかけてあった。

映っているのは民間向け緊急放送だけ。内容は同じものが、昼夜を問わず繰り返されている。

それでも、暖かいだけましだった。部屋というだけで、野営テントやヘルメットを枕にする生活よりは遥かに上だ。


指先をこすり合わせる。関節が少しこわばっている。この数ヶ月で撃った弾数は、自分でも数えきれない。パルスライフルの反動も、もう意識しなくなっていた。左肩はまだ少し重い——赤城で受けた傷だ。それでも、こうして文字を書く方がよほど根気がいる。それが妙に落ち着くのも確かだった。

手紙は机の中央に置かれている。最後の一行を、念を入れるようにもう一度読み返した。


「少し暖かくなってきたし、こっちは落ち着いている。もう少ししたら、また上野公園で桜が見られるかもしれない。」


左手首に結ばれた編み紐を、指でなぞる。その赤いビーズは、今も変わらず光を帯びていた。

紙を封筒へ丁寧に差し込み、フラップを折ってしっかりと封をする。これ以上は必要ない。検閲官にも、たまには休みが必要だろう。


ナイトスタンドの上、ホロフォンが——ちょうどいいタイミングで鳴り出す。かつて追っていたVtuberの、耳につくあの音声が静寂を切り裂き、親指ひとつで即座に止められた。今日は珍しく、早かった。


……巫星ライセイ。相変わらずだな。


あのVTuberに何があったのか、結局分からないままだった。事務所も本人も、侵攻開始以降、一切姿を見せていない。他のチャンネルも同様に、配信が止まっていた。あれは、陥落前の話だ。

二年……か。


……


立ち上がり、窓の方へ歩み寄る。この高さからなら、東京はほとんど元通りに見えた。西や東の地区から、もはや煙は上がっていない。補給と救援の車列が幹線道路を慎重に進み、新たに投入された増援がそれを護衛している。通りの向こう、皇居の壁には旗が掲げられていた——青、白、黄。壁面に沿って掲げられている。戦闘の音はとっくに途絶えていた——これで三日連続だ。



2142年3月8日。サンライズ作戦最終日——D+100



皇居の上にあの旗が掲げられて以降、東京解放は時間の問題だった。続く数週間は厳しかった。下水道からの待ち伏せ、イゴールの突撃、シフターの潜入、そして制御を失った怪物の残党——それが絶え間なく続いた。それでも、隊員たちに対処できないものではなかった。

やがて、赤城山の戦いが訪れた。


多くが予想していた決定的勝利だった。


包囲の結果、東京およびその周辺における帝国側の支配を補強するはずだった一個軍集団が、壊滅または捕捉された。推定では、戦死、捕虜、負傷を合わせて二万近いインプが損耗した。


……報告書を見返しても、レギュラーの数があそこまで膨れ上がるとは誰も予想していなかった——そもそも、いること自体が想定外だった。


大規模な魔法陣も確保された。捕虜の証言によれば、それは向こう側から人員や物資を送り込むための転移陣だった——再起動は不可能。安定したマナ源、あるいは帝国側の秘術に関する特定の知識がなければ。


……見つけるだろう。連邦の頭脳連中は、いつだってそうだ。


戦闘後も、しぶとく抵抗を続ける拠点はいくつか残っていたが、いずれもすぐに制圧された。受動的なマナ再生手段を失った抵抗は、そのまま崩れていった。


前方へ視線を向ける。

市内の大半の区は戦闘で荒廃していた。特に被害が大きかったのは渋谷と大田だが、江戸川、葛飾、板橋も同様だった——少なくとも伝聞では。市域の最大八割が被害を受けたとされる。避難民や流出した市民の数は含まれていない。

連邦がすべてを元通りに回復させるには、まだ時間がかかる。


窓に少し身を寄せた。通りの向こう側では、イゴールが無造作に積み上げられている。ゴミ収集車までそれに回されている。イゴール……鉄製ゴブリン。二年にわたって連邦の首都を人質にしていた、小型の機械式ゴーレム。今では大した脅威でもない。

それはどこにでもいた——下水道、地下鉄、路上。


……


赤城の転移陣にはマナが要る。中継装置を動かすにも、生来マナを持つ人間が要る——異界人か、向こう側からの移住者。時間。準備。


誰かが何かに気づいていたはずだ。


行方不明者。不審な構造物。マナの変動。——何でもいい。

だから赤城から始まったはずがない。


……


それなのにイゴールは主要都市すべてに出ている。


……


噛み合わない。



ドアをノックする音に意識を引き戻された。


「伍長、おるか?」


ゆっくり息を吐く。あの関西訛りと、打楽器みたいなノック——部隊で聞き違える奴はいない。

姿勢を正し、窓から身を離す。最後にもう一度だけ下を見る——スクラップ行きのイゴールの山。


……考えるのは後でいい。辻褄の合わないものは、後回しにできる——できなくなるまでは。


机に戻り、封筒を手に取る。折り目を親指でなぞり、もう一度確かめた。検閲で台無しにされていなければいいが。それを戦闘服の内ポケットへ滑り込ませる。胸の連邦章のすぐ下だ。


「少し待ってくれ」


二度目のノック。『連邦の光』の最初の三音をなぞる叩き方。

……笑えるはずだ。


「歌でも始めるか? それとも動く気あんのか? こっちは暇ちゃうで」


「静かにしろ。憲兵¹を呼び寄せる気か」


部屋を横切り、ドアのロックを外す。廊下には清掃用の溶剤と埃の匂いがまだ薄く残っていた——このホテルが制圧されたのは一週間前だ。カーペットには擦れた跡が走っている。ブーツか、機材ケースか。昼夜問わず引きずられた跡らしい。


オオサカ上等兵がドア枠にもたれかかっていた。戦闘服のジャケットは開けっ放しで、下は黒のベースレイヤー。髪は乱れ、目の下には隈。それでもあの気の抜けた笑みは変わらない——むしろ今日は妙に機嫌がいい。


「お、いたいた」オオサカ上等兵は体を起こし、わざとらしく姿勢を正す。「ええ朝やな、伍長」


一瞥だけ返す。

……また“ゲーム”で勝ったな。あいつは深夜で切り上げない奴だ。


「おはよう」わずかに口元を緩める。「今回は全員から巻き上げたか?」


「当然やろ!」


……だろうな。


「ま、それが本題やないんすけど」オオサカ上等兵はかかとに体重を乗せ、笑みを少しだけ引っ込める。「話、回ってきてますで」


わずかに首を傾ける。「何の?」


笑みが細くなる。少し締まる。


「昇進っすわ。中隊長クラスが順番に呼ばれてて……ああいう時は、だいたい分かるやろ」


……再配置。戦争は止まらない。


「……確定か?」


オオサカ上等兵は半拍だけ間を置き、部屋の中をちらっと見てから答える。


「休暇はそのままっぽいっすわ」肩をすくめる。「でも……まあ、そういうことやな」


一歩退き、廊下の光を部屋の奥へ通す。


「五分くれ」


「あ、そうや」オオサカ上等兵が指を鳴らす。「中尉が呼んどるで。仕事あるって」


……中尉? この時間に?


「十五分」


「十五分。警察署で待っとるわ」


「了解」


「待たせんなや」オオサカ上等兵は歩きながら振り返る。「あの人のこと、分かっとるやろ」


ドアを静かに閉める。部屋はまた落ち着きを取り戻す。遠くで流れる非常放送と、目を覚まし始めた街の気配が重なる。

装備に視線を落とす。パルスライフル、ヘルメット、ストラップ。位置も状態も問題ない。

ジャケットを整え、胸元の封筒の感触を確かめる。


……十五分。十分だ。


ロビーには、五分もかからず着いた。


床には、二日前に運び込まれた装備や弾薬箱がそのまま放置されていた。補給担当が「このままにしておけ」と言い張っている以上、誰も手をつけようとしない。

フロントの周りでは、ホテルの支配人とスタッフが応対しながら、補充要員をそれぞれの部屋へ案内している。


……


一角——ソファのあるスペースを、スライス上等兵が完全に占拠していた。


隣の部隊から来たらしい二人の女性に挟まれ、缶ビール片手に談笑している。いや、一缶では済んでいない。

戦闘服は緩く着崩され、ボタンも半分ほど外れたままだ。

中尉はともかく、エレナ上等兵が見たらただじゃ済まない。


「よぉ、おはよう、伍長!」


スライス上等兵が陽気に手を上げ、会話を中断する。


「おっと、紹介しとく。マヤとサユリ。A中隊とD中隊だ」


二人が身を乗り出す。


……まあ、悪くはない。


「ねえ……誰あれ?」

一人――マヤだったか――がこちらを覗き込む。

「結構いいじゃん……」


「こっちがモリタ伍長。第一分隊の班長だ」


「班長の――え、ちょっと待って……アッシュフォール伍長じゃない!?」


もう一人――サユリが、慌てて友人の肩をつつきながら、スライス上等兵とマヤの間で視線を行き来させる。


「羽田でG中隊とF中隊を助けたっていう……アッシュフォール伍長!この人でしょ!」


……ああ、そういうことか。


二人はすぐに彼の周りに寄ってくる。

質問が間を置かず飛んでくる。戦歴や戦闘のこと——だが、それもすぐにもっと個人的な話題へと逸れていく。

さすがのスライス上等兵も、少しうんざりした顔を見せ始めた。


モリタ伍長は、手首の編み紐を指先でなぞる。

彼女がここにいれば、もうとっくに割って入って引き剥がしていただろう。


さて……どう抜けるか。


「シライシ」

「中尉から何か聞いてるか」


スライス上等兵が、口の端を歪めて眉を上げる。


「おう。今、警察署の方だ」

細めた目でこちらを見る。

「呼び出しか?」


「まあな」


「ついてねぇな」

スライス上等兵が笑う。

「休暇中に仕事かよ……楽しんでこいよ」


……誰かがやるしかない。志願兵に選択肢なんてない。


モリタ伍長は、二人に向き直る。


「悪い、二人とも。答えてやりたいところだが、ちょっと用があってな」


「えぇ〜……もっと聞きたかったのに〜……」


「あとで来てくれるよね?」


「はいはい、伍長はお忙しいからな」


スライス上等兵がするりと二人の間に入り、肩に腕を回す。


「代わりに俺が全部教えてやるよ。どうだ、部屋で続きでも?」


……好きにしろ。


二人ははしゃぎながらロビーを後にし、その声はエレベーターの奥へと消えていった。

他部隊との付き合いは、特に推奨も禁止もされていない。

放っておくのが一番楽だ。

士気の維持にもなる。


ホテルから走って二分の警察署は、いまや戦域の臨時指揮所として使われていた。

都警は……今よりましだった。NGDが正式に解体された後、その人員と装備の大半がこの部署に編入された。

五階が部隊の臨時司令部だ。


パーティーハットや紙吹雪、雑多な物が廊下に散乱し、いくつかの部屋にまで流れ込んでいる。指揮側も自分たちの祝いでずいぶん羽目を外していたらしい。

無理もない——兵の側も同じようなものだ。


「——人を回せ。了解。……いや、その巡回はもう出てる。報告を見ろ。ああ、第二から回せる」


……少なくとも、全員がそうというわけではない。


他が止まっている中でも、目の前の扉だけは動いていた。

短い会話、ペンの走る音、ときおり混じるキー入力。それらが不規則な間隔で漏れ出ている——中にはやや荒いものもある。


灯りを落とせない奴がいる。


三度、扉を叩く。


「誰だ」


「お呼びでしょうか、中尉」


「——モリか? ようやく今日は一つマシなことがあったな……入れ」


扉を開ける。

部屋の中央に机。片側に書類の山。雑然としているが、一目で把握できる程度には整っている。


部屋の中心に座っているのは、

『手乗りアナグマ』。

富田シオン中尉。

赤城の獅子。第44の古株。

昇進は戦役の直後だった。


「休養はどうだ、伍長」彼女はほとんど視線をホロスクリーンに向けたまま言う。「部下の士気は?」


「問題ありません。自分も、部下も」


「規律面で問題は?」


「特にない」


「いいだろう……」


彼女は一拍置き、ようやく手を止めた。


「だがな、シロガネとコウタが射撃場で補給チップを賭けさせているらしいな——『姫より当てられるか』だと?」


眉を上げ、腕を組んで笑う。


……だろうな。


モリタ伍長は曖昧に笑った。


「……釘は刺しておきます」


「不要だ」彼女は手を上げる。「あれで腕は鈍らん」


中尉は椅子を回し、山から一枚抜き取った。


「ちょうどいい——」


紙を机の上で滑らせ、伍長に見せる。文部省の印と紋章が押され、ページには男のプロフィール写真が載っている。


「フェドニュースは知っているな?」


モリタ伍長は頷いた。プロパガンダのネットワークだ。見間違えるはずがない。


「連邦の報道チャンネルだな」


「司令部は前向きな記事を望んでいる。人道的なやつだ」彼女は事務的に続けた。「写真の男——フルタカと名乗っている。今日、お前が護衛する広報役だ。あいつと取り巻きが『きれいな絵』を撮っている間、目を離すな」


……単純な任務だ。


「行き先は見覚えがあるはずだ——私も知らない場所じゃない。思い出すだろう?」


人差し指が地図に落ちる。


……


……そこか。


「……了解。ほかに注意点はありますか」


「スミノエと他の衛生兵はすでに現地に入っている——邪魔をするな。それと——」


扉が三度、叩かれた。


「——黒宮軍曹、報告します。お呼びでしょうか、中尉」


……アカネ? これは……意外だ。モリタは中尉に視線を戻す——頬に貼り付いたような笑み。何を考えている……?


「入れ、軍曹」


扉が開く——眼鏡の少女が足を止め、視線をモリタに向けた。

……その顔はやめろ。推測なんて、金曜の酔っ払いと大差ない。


「……モリ、お前もか?」


モリタ伍長は肩をすくめた。シオン中尉は伍長の隣の席を示す。疲れた目に浮かんだ笑みは消えない。彼女はもう一度要点をなぞり、区切る。


「質問は?」


「……救援任務……」アカネ軍曹は考え、咳払いした。「抵抗の見込みは?」


シオン中尉は手を置き、笑う。


「ない」


続けて、もう一度ノック。もう忙しくなってきている。


「入れ」


扉が再び開く。今度はリア——赤城で負った包帯はまだ腕に残っている。室内を見回し、すでに座っている面々で止まる。


「すみません——遅れましたか、中尉」


シオン中尉は空いた席を示す。


「ちょうどいい。座れ」


リアは中に入り、アカネ軍曹とモリタ伍長に軽く会釈して席に着く。


「腕はどうだ」


「問題ありません」リアは少し動かした。「リッカ——いえ、衛生兵に無理はするなと言われています。エルデウも限られているので」


「なら、娯楽でいくらか使うと知れば喜ぶだろうな」


……リッカなら、それを聞いたら自分を撃ちかねない。あの執着は異常だ。


中尉は最後にもう一度ブリーフィングをなぞる。止まると、リアはアカネ軍曹とモリタ伍長に目を向けた。


……またあの顔だ。アカネ軍曹と同じ。中尉の笑みも拍車をかけている。


アカネ軍曹は眼鏡の位置を押し上げる。


「確認する。強い接触の見込みは? 残存兵は?」


「ない」


「封鎖は?」


「ない」


「……つまり、純粋な人道任務か?」


「その通りだ」


アカネ軍曹は息を吐いた。「では輪入道——いや、戦車は……飾りですか」


シオン中尉は背にもたれ、頷く。机上の任務概要に目を落とし、また彼らに戻す。



「オオサカに『それらしい三人』を見つけさせただけだ。意図は伝わった」


___________________________________


脚注


1) 連邦軍法執行隊(FASAC)/FEDERAL ARMED SERVICE ARBITER CORPS

連邦軍に属する制服法執行機関。通常の指揮系統からは半ば独立して運用され、旧時代における憲兵に相当する。


FASACは単なる警務に留まらず、戦闘地域においても活動する。車両・徒歩による哨戒、即応任務、経路偵察、封鎖・捜索、重要施設の警備、輸送隊および要人の護衛などを担う。軍法の執行、規律の維持、被拘束者の管理もその任務に含まれる。


隊員は独立した法務(プロヴォスト)系統の指揮下にあり、地域単位の指揮を経て最終的に憲兵(プロヴォスト)総監(マーシャル)へと報告する。この体制により、全軍に対する独立した監督機能が保たれている。

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