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アーケイン・フロント  作者: メグメル
【サンライズ作戦編】第九章: 天国の門
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天国の門④

地下壕の入口は、近づいてみると思っていたより広かった。


ヘルメットのライトが届くのは数メートル先までで、その先は別の光がぼんやりと続いている。歩くには足りるが、それ以上は見通せない。壁面も床も補強材も――予想より整っていた。少なくとも、彼女が想像していたような鉱山坑道ではない。

あれほど頑強に抵抗している以上、地下にマナ中継器を埋設していると考えるのが自然だ。軌道砲撃は十分だった。それでも抵抗は崩れなかった。

ならば“特別任務”の目的は単純だ。中継器を見つけ、停止させる。ギャップ・ゾーン(魔力干渉域)が残っている限り、〈ヤマシロ〉は再度の砲撃を許可しない。ボンボンの走査とRATSの情報が鍵になる。


狙撃兵を近接戦に投入するなど――


愚策だ。


「まとめてくたばれぇ!!」


コウタ上等兵が、視界に入った十名ほどのレギュラーへオートコイルを叩き込む。撃ちっぱなしだ。銃声が狭い空間に跳ね返り、甲高い振動が耳の奥まで突き刺さる。夏の蝉みたいに、鼓膜を無遠慮に擦り潰す。

名は体を表している。


「撃ち方やめ――やめて!」

リア兵長が両腕を上げて叫ぶ。それでも止まらない。

「撃ち方やめ!」


エレナ上等兵はコウタのヘルメットを強く叩いた。彼がよろめき、指が引き金から滑り落ちる。


セミが止む。

残ったのは、負傷者の呻きだけだ。空間を引きずるように響き、リア兵長がその場から止めを刺すまで続いた。


「全員無事か?」


短い声が返る。息の荒さと、苛立ちだけが混じる。


リア兵長は隊形を崩し、コウタ上等兵へ向き直った。

「辻、次からは命令を待ちなさい――分かった!?」


コウタは横へ唾を吐く。


「了解っす、兵長」


軍曹が伍長ではなく、この兵長を選んだ。その事実が癪に障る。判断の綻びだ――運が味方しただけ。

リア兵長がエレナ上等兵へ一瞬だけ視線を向け、それから踵を返した。

階級だけでは人は動かない。彼女もそれは分かっている。


「くそったれのフェイダー……」


リア兵長に任せれば、いずれ死人が出る。四人まとめてだ。


「移動するぞ――スライス、先頭」


トンネルは暗く湿り、硫黄と閉じ込められた体臭が混ざった臭気が充満している。本来なら短期決戦で終わるはずだった。赤城周辺の複数入口から突入班が収束している。それでも帝国側は最後まで持ちこたえている。

最悪なのはプラズマキャスターだ。直撃を受けた者はのたうち、叫びながら折れ曲がる。武器も装甲も肉と融着し、焼けた蛋白質の臭いが空気にまとわりつく。

ここで吐くわけにはいかない。体裁が悪い。


壁が震える。第二線への押し込みが始まった。

スライス上等兵が先頭に立ち、最初の角を曲がる。プラズマキャスターが低く唸る。発射のたびにトンネルが悲鳴を上げ、臭気が制服に染みつき、熱が靴底を通して伝わる。


なぜ軌道攻撃が許可されない。民間人を数人失う――その政治的反発が、そこまで恐ろしいのか。

無能だ。


通信は途切れがちだが、断片は届く。第二線は持ちこたえている。〈ヤマシロ〉は友軍誤射の懸念を理由に砲撃要請を拒否した。まるでそれが連邦を止めたことがあるかのように。

〈シュトゥルムフォーゲル〉一機が戦闘不能。アカギ-1は炎上中。第141歩兵師団の指揮官が戦死。


『チャーリー――第七分隊――室内で釘付け――複数敵――防壁――』


さらに奥で、ボンボンのスキャナーが反応を拾う。RATSが事前にマッピングしていた大型空間の一つだ。

兵長は通信の再接続を試みる。回線は戻らない。進路を切り替え、チャーリーの位置へ向ける。


前方で短い連射音が響く。パルスライフルとオートコイル。反響の質が違う。空間が開けている。

兵長が歩幅を上げる。伍長のやり方に似ている。

トンネルが折れる。閃光が走り、射撃は止まらない。

通路を抜けた瞬間、足音が石壁に跳ね返る。


敷居を越えた先で床が落ち込み、天井は闇の奥へと高く消えている。RATSが記録していた大型空間の一つで、部屋というより意図をもって削られた空間だった。急造の籠城地点ではなく、もっと古い。

視界が順応するより先に高低差を把握する。彼らは石の縁に立ち、下の床面を見下ろしていた。

チャーリーは真下にいた。


柱のそばに一人がねじれた姿で倒れている。顔は天井を向いたまま、下半身がない。別の隊員が砕けた石塊の陰に身を縮め、縁から盲射している。残りは教範違反の密度で固まっていた。逃げ場がないためだ。

四枚の盾が肩を寄せて組まれている。縁を重ね、隙間なく並ぶ。中世の隊形が現代の兵を押し込んでいる。パルス弾は表面で弾け、侵徹しない。

盾の後方から槍が規律正しく突き出される。間隔を揃え、隙間を狙い、壁を無視する魔力を撃ち込む。

チャーリーは床面で応戦しているが、盾は崩れない。


――上からの射撃を想定した構造ではない。


スライス上等兵が一歩出てキャスターを押し下げる。青い奔流が盾越しに後列を叩く。

続いてコウタ上等兵が撃ち込む。槍兵たちは絡まり合い、のたうち、塊になる。悲鳴が空間に反響する。

盾兵が気づいたときには遅かった。

チャーリーが開いた隙へ撃ち込む。反撃は速く、正確だった。


「……クリア」

兵長が銃口を巡らせる。ボンボンの反応も消えた。


「チャーリー中隊?」

石塊の陰にいた隊員が立ち上がり、手を振る。

「こちらへ降りろ。少し奥に降り口がある――マナ灯を辿れ」


上から見ると、天井は浅く湾曲している。ボンボンが浮遊するには十分な高さだ。柱の配置が視線を中央へ導き、自然と上を見せる造りになっている。

地面が揺れ、中央に吊られたマナのシャンデリアがゆっくりと揺れた。

急造ではない。籠城のために一日で掘った空間でもない。


奥の長い通路の先でチャーリー分隊と合流する。一名戦死、二名が乱れた状態だ。坑道戦は想定以上に消耗が激しい。


「援護、助かった」

声は掠れている。チェストリグは焦げていた。

「囲まれていた」


当然だ。軌道バンカーバスターが許可されていれば、この損耗は避けられた。


「お役に立てて何よりです」

兵長が応じる。まず生存者を確認し、次に空間を見回す。

「状況は?」


レンジャーは倒れた仲間へ一瞬視線を落とし、兵長へ戻す。


「うちの軍曹がここまで降りてきた。あの不運な野郎だ」


息を整えながら続ける。

「幸運にも、捕虜収容区画を確保した。捕虜も一名」


言葉を選ぶように間が空く。


「……誰か、言葉が分かるか?」


エレナ上等兵はコウタ上等兵へ視線を投げ、次にスライス上等兵を見る。期待はない。

兵長が一歩出て手を上げる。

分からないほうが問題だろう。エルフの血を引く異界人なのだから。


レンジャーは頷き、奥の扉へ手招きした。


「一番奥、右端の独房に入れてある。聞き出せることは全部聞き出せ。どうやってリレーに辿り着くか、必ず吐かせろ」


扉の取っ手を握りながら言う。

「増援と後送が来るまで、こちらで持ちこたえる」


一瞬、足を止めて振り返る。


「どうやるかは任せる、兵長。――痛みは与えろ」


扉が押し開けられた。

最初に出てきたのは臭気だった。淀んだ体臭と排泄物、腐敗が重く粘つくように漂う。次に鉄の匂いが強く混じり、さらにそれを覆い隠そうとしたのか、何かを燃やした香が残っている。

その先に通路が伸びている。


青いマナ灯が等間隔に壁へ掛けられ、揺れながら石壁を照らす。補強された木製扉が並び、小さな鉄格子の窓が嵌め込まれている。蝶番は内側へ沈み、錠は石壁へ組み込まれていた。

通り過ぎるとき、最も近い独房の窓に手が絡みつく。


中央に――



……連邦よ……



青い灯の揺らぎの下、石の台が斑に光を受ける。光を返さない部分は黒く、乾ききって割れている。四隅には鉄の枷が打ち込まれ、深く固定されている。側面には意図的に刻まれたルーン文字が並び、その溝は他より濃い。刻まれた溝の終端へ向けて染みが集まり、重力に従って沈んでいる。

通路の奥の壁には、道具が整然と掛けられていた。


《RAPHA…》


独房の一つから声が響く。格子越しに手が伸びる。

兵長が近づく。

指が石の台を指した。


《GALAV… RAPHA. DELEQ… RAPHA. DELEQ… ALAM.》


「……何て言ってる、兵長?」

エレナ上等兵は一歩下がる。


兵長はヘルメットを外し、石の台へ置いた。その表情は怒りで満ちている。光の加減か、エルフの瞳が――紫に光った。


「ここで捕虜を縛り、壊す。ルーンで繋ぎ直して、また壊す」


独房の扉が次々と打ち鳴らされる。重い衝撃音。嘆願が通路に満ちる。複数の手が格子から伸びる。どれも必死だ。


エレナ上等兵は石台へ目を向け、息を吸う。

失策だった。臭気が喉の奥で止まる。飲み込んでも意味はない。もう一度込み上げ、鉄の味が強すぎた。限界だ。

一歩退き、もう一度息を吸う。間違いだった。


ヘルメットを外し、壁へ向き直る。

短く、見苦しい。


隣にコウタ上等兵が立つ。


「……何の用、コウタ」

声は低い。乱れてはいない。


「落ち着け、エリー」

彼は小さく息を吐き、立ち位置を調整する。さりげなく、彼女と分隊の間に入った。

「まずは呼吸だ。それから、連中に何が来るか教えてやろう」


兵長は石台の傍らに立ったまま、右端の独房へ視線を向ける。次いでスライス上等兵を見る。空間が再び震える。

「尋問は私がやる。あなたは残りを」


兵長は最後の独房へ歩み寄り、錠を外す。扉が軋み、内側へ消える。

中から怒声が飛ぶ。


《SARIEL’AN… DARIEL… SANIM QEDAR… HESAR MORTAN…!》


エレナ上等兵はヘルメットを拾い上げ、装備を整える。あのエルフは流暢だ。自称よりはるかに。

ボンボンを操作し、浮上させる。内部の音声を拾わせる。


《TAR’KEDAR. REGINA’AN ZARIM—KONSPIR’AN. TRANSLAT’KA JUDIC’AN—SACER’AN IMPERI’AN.》


「……何て言ってる?」

コウタが振り向く。

「分かるか?」


喉を鳴らし、唇を整える。


「当然よ。静かにして」


SEKAR(辿る) LAMPARIM() VIRDEK().》


次の瞬間、兵長が独房から飛び出す。片手にライフルを握ったまま、通路奥の扉へ向かう。扉が石壁に叩きつけられ、閉まる前に彼女の姿は消えていた。ヘルメットは石台の上に置き去りだ。


「おい、兵長――くそ、俺が出過ぎって言われるのにか?」

コウタが舌打ちする。

「どうしたんだよ。どこ行く?」


エレナ上等兵はため息をつき、同じ扉へ向かう。


「リレーに決まっています。他にどこがあるのですか。」


「は? 何も言ってなかったぞ。ヘルメットまで置いて」


「じゃ、持って行きなさい」


扉を見据えたまま言う。


「緑の灯を辿れ。それだけ」



スライス上等兵が開いた独房へ近づき、引き金を引いた。内部で光が白く爆ぜ、石壁を照らす。


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