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アーケイン・フロント  作者: メグメル
【サンライズ作戦編】第九章: 天国の門
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天国の門③

「隊長に繋いでください――今すぐに!!」


巨岩が衝撃に揺れ、土砂が高く跳ね上がる。

熱が喉を焼き、呼吸が浅くなる。


飛び交う命令は無謀としか言いようがない。飛び出した者たちは、すでに斜面に伏している。


中尉は縮こまったまま腕を抱え、斜面を見上げている。まるで自分が存在していいか、誰かの許可を待っているように。


士官としては論外。

いるだけで負担になる。

無能。


無能。

無能。

無能――


シオン軍曹はすでに動いていた。代替士官の胸倉を掴み、顔を寄せる。


「ネットに入れ!」


再び衝撃が走る。何かが岩を撃ち抜き、破片が頬を掠めた。弾道は中尉の頭上をかすめ、そのまま斜面を抉っていく。


あと一撃まともに食らえば、こいつは誰かを死なせる。


彼女を。


「中尉……!」


一瞬だけ下を覗き込む。


リッカ上等兵はすでにモリタ伍長のそばにいた。忌々しいが、あの程度であの男が倒れるはずもない。……もう少しエルデウを気前よく使えないものかしら。


右手側にはリア伍長、スライス上等兵、オオサカ上等兵。中尉が別動隊とともに送り出した先だ。


一人が身を起こしかける。直後、石を削るような一撃が走り、即座に伏せ直す。


もう一つの分隊は――運がなかった。


背後でコウタ上等兵が罵声を飛ばしている。


違う。こうなるはずではなかった。砲撃は十分だったし、進路は崩れているはずだった。


なのに。


さらに上方で着弾。


エレナ上等兵は身を岩へ押しつけ、奥歯を噛みしめる。軌道砲撃は尾根をなぞるように続いている。圧は消えない。衝撃はむしろ増している。


誰かが主導権を握らなければならない。今すぐに。


通信越しに隊長の怒鳴り声が響く。


「動け! 何をしている!? 動けと言っている!」


頭上で岩肌が砕け、石片が滑り落ちる。シオン軍曹が一瞬身を引き、すぐに中尉へ向き直った。


「中尉――!」


「くそっ!」


彼は叫ぶ。


「もう一度砲撃だ! 尾根の上を叩け!」


「さっきのも大して効いていません! まだ撃つつもりですか!?」


「もう一斉射だ!」


中尉は逡巡した。視線は斜面に貼りついたまま。口が開き、閉じる。喉が上下し、誰にともなく頷いた。


折れた。


代用品。


シオン軍曹はその様子を半拍だけ見据え、地面に唾を吐く。


「メディック」


リッカ上等兵が顔を上げる。


「軍曹?」


「伍長はどうだ」


「まだ戦えます、軍曹」


モリタ伍長は体を起こし、ライフルを構え直す。


「かすり傷です」


……やっぱり。


「なんでみんなそうやって言うかな」


リッカは息を吐く。


「まあいいや。死にはしないよ。たださ、無茶しだしたら止めてよ? エルデウ、精神病棟まるごと分は持ってないから」


シオン軍曹は一度だけ頷いた。


「シロガネ」


エレナは即座に姿勢を正す。


「ドローンを上げろ。砲撃が効いていない理由を確認する。今すぐだ」


ようやく、まともな判断。


「了解、軍曹。ボンボン――発進」


ドローンが小さな電子音とともにドックを離れ、滑らかに浮上する。エレナはオムニリンクで制御を送り、低空を滑らせてから角度を上げた。


それで十分。


ボンボンの映像がHUDに展開される。岩に身を押しつける。手の震えはまだ止まらない。煙と裂けた植生が視界を塞ぐ。サーマルへ切り替える。


……


「軍曹」


呼吸を整える。


「接触確認。防御線を形成しています。塹壕、掩体壕。防護あり」


首をわずかに巡らせる。


「イゴールの反応ではありません。一体も」


「スペルスリンガーか?」


「後方に数名。ですが残りは――」


「レギュラーか」


シオン軍曹が動きを止めるのは珍しい。


ボンボンの映像にも同じ光景が映る。乱れがない。迷いもない。


東京で相手にしていたイゴールは、巻き上げ式の玩具のように突進してきた。


これは違う。


前列が揃って立ち上がり、発砲する。一斉射だ。


武器は長く重い。アルケブスに似ている。あるいは槍やパイク。それを銃のように扱っている。


後列が防壁を維持している。おそらくスペルスリンガーだ。光が脈打ち、層が重なり、途切れない。着弾が重なっても崩れない。


予測より厄介な編成だ。


手の震えが強まる。


規律がある。東京で相手にしていたイゴールとは別物だ。敗残兵とも違う。正面から構えている。


「黒宮軍曹」


紫苑軍曹がヘルメットの側面を叩く。


「戦車支援は」


妥当だ。火力は必要。


軍曹の顎がわずかに強張る。尾根へ視線を戻した瞬間、斜面から再び一斉射が上がった。〈ヤマシロ〉の支援は止み、キルゾーンは崩れない。


軍曹が分隊へ向き直る。


「装甲は登れない。他へ回す」


赤城は歩兵で取る、ということだ。


エレナ上等兵はまずコウタを見てから視線を流した。モリタ伍長、リッカ上等兵、エルフ、スライス上等兵、オオサカ上等兵。要塞化された陣地に歩兵突撃。斜面から離れた場所で、それを妥当と判断した者がいる。


この場で最も愚かなのは――軍曹だ。


「もっといい手が来る。ラプターだ」


軍曹の視線がこちらを捉える。


「何かあるか、白銀」


エレナ上等兵は目を逸らさない。


「……どなたの権限ですか」


軍曹は答えず、中尉へ歩み寄って襟を掴んだ。


「指揮を引き継ぐ」


中尉は言葉もなく頷く。


「白銀。主目標はスペルスリンガーだ。撃てるか」


エレナ上等兵は短く息を吐いた。


「軍曹。失礼ながら、軌道砲撃で揺らぎもしなかった防壁です。それを、わたくしに求めるのですか?」


「窓は作る。撃てるのか」


理解し難い。あの単純さが、必要以上に神経を逆撫でする。


エレナ上等兵は握りを強め、岩の縁からライフルを差し出した。頬をストックに預け、スコープへ入る。手の震えは止まらない。それでも像は出ている。


ローブ姿の人影が腕を掲げていた。詠唱か、祈りか。揺るがない。


アンカー。標的だ。


「窓を」


軍曹が頷き、ヘルメットの側面を叩く。


「ラプター・アクチュアル、こちら富田軍曹。交戦許可。繰り返す、交戦許可。防壁を割れ。急げ」


スコープの中でスペルスリンガーが揺れる。違う。揺れているのは照準だ。


ボンボンの数値は正確だった。七百メートル前後。撃ったことはある。もっと遠くから。もっと悪条件で。


中央の一体が核だ。杖を高く掲げ、発光が濃い。左右の二体が遅れて供給している。わずかな遅延。


照準が流れ、補正しても通り過ぎる。


地面が震え、像が跳ねた。ラインを失い、再補正する。


斜面下から重い駆動音が迫る。機体が視界にせり上がり、双連チェーンカノンが帝国陣を追った。


〈シュトゥルムフォーゲル〉。


四機の歩行機が横一列に展開し、射撃位置へ収まる。側面装甲が開き、チェーンカノンと同時にヘルファイアが連続して吐き出された。火力が防壁へ絶え間なく叩き込まれ、光がその表面で弾け、重なり、押し潰していく。


同じ結果になるはずだったが、

亀裂が走る。


次の瞬間、防壁が砕けた。


着弾が前列を削り始める。土が鋭く噴き上がり、立っていた場所ごと肉体が吹き飛ぶ。中央のスペルスリンガーの杖へ光が集中し、その担い手がのけぞる。平板な光が連続して展開されるが、最初の一枚は即座に砕け、次も着弾と同時に崩壊する。両脇の二体が遅れて杖を上げた。まだ間に合うと思っている動きだった。


中央を落とす。


照準が静まる。震えが消える。


引き金を引いた。


赤い霧が視界を覆い、首を失った身体がそのまま後方へ倒れる。銃口を滑らせる。右の個体はまだ供給を続けている。気づいていない。


撃つ。


崩れる。


左がこちらを見るが、遅い。


引く。


胴体が弾け飛んだ。


《見事な射撃です、エレナ様。目標排除。偏差は許容範囲内です》


彼女は息を吐き、肩の力をわずかに抜いた。ボンボンの賛辞は予想どおりだ。


前線が露出する。


「目標排除」


「レンジャー!」


紫苑軍曹はすでに遮蔽物を飛び出している。弾丸が位置をかすめるなか、両腕を上げた。


「立て! 前進! 止まるな! 行け!」


「行くぞ、この野郎ども――!」


コウタ上等兵はもう走っていた。あの粗野な男らしい。


レンジャーたちが一斉に立ち上がる。さきほどまで地面に張りついていた身体が、泥と砕石を踏みしめて前へ出る。足を取られてよろける者もいる。躊躇した者は追い越され、振り返らず突き進む者もいる。


〈シュトゥルムフォーゲル〉が並走する。歩行機は隊列を押し越し、砲口を上へ向けたまま尾根を縫うように制圧射撃を続ける。側面装甲が再び開き、ヘルファイアが塹壕を薙ぐ。頭を上げれば撃たれる。


即座に応射が返る。光弾が藪と岩を裂き、不用意に露出した装具を引き裂く。誰かが倒れ、そのまま動かない。別の誰かがその身体を踏み越え、止まらず前へ出る。陣形は崩れ、勢いだけが残った。


エレナ上等兵は照準から目を離さない。いるべき位置にいる。


「ボンボン、掃射。全部拾いなさい」


ドローンが戦場を走査し、HUDへ情報を流す。スコープは前線の奥をなぞり、頭を上げすぎた者、槍や杖の光が強すぎる者を探す。遮蔽物から一体が飛び出し、反撃に移る。


引き金を引く。


身体が後方へ弾かれ、像から消える。


ボンボンが次を示す。照準を右へ流す。武器を持ち上げかけた個体。


撃つ。


崩れる。


三体目が走り出す。背を向ける。


弾丸が背を捉え、胴が裂けた。


レンジャーはすでに塹壕へなだれ込んでいた。あの軍曹は一瞬も躊躇していない。


コウタ上等兵はその中心にいるはずだ。オートコイルの扱いですぐ分かる。無謀で速い。目立つ。


モリタ伍長の分隊は軍曹とともに左へ展開し、塹壕線へ撃ち込んでいる。そこに踏みとどまる愚か者たちには、わずかに同情すら覚えた。


さらに右では、リア伍長の火力班が塹壕口のひとつ付近で煙の中へ消える。


エレナ上等兵は撃ち続ける。


頭を上げすぎた者。

形成しかけた術式。

消せる一瞬。


弾数は数えない。

名も探さない。


照準を保ち、作業を続ける。止まれば、他のことを考えれば、距離が一気に詰まる。


「第一線確保!」


リア伍長の声がヘルメット越しに響く。エレナ上等兵は即座にその最終位置へ照準を合わせ――


捉えた。


リアとその分隊が地下壕の入口を包囲している。オオサカ上等兵が他のレンジャーと並び、開口部へ銃口を向けていた。


「スライス、前へ!」


スライス上等兵がエルフの横を滑り抜け、プラズマキャスターを構える。


青い流束が暗い口へ撃ち込まれる。一秒ほど押さえつけ、続けてもう一射。


二体、あるいは三体がよろめき出てくる。すでに炎に包まれている。装甲が剥がれ落ち、動こうとするたびに身体が崩れる。オオサカ上等兵と周囲のレンジャーが即座に仕留めた。


エレナ上等兵は岩陰へ身を戻し、冷たい空気を吸い込む。オゾンと灰の匂いが鋭く鼻を刺す。


ボンボンは引き続き目標をHUDへ送り続ける。だが煙と崩れた角度、高低差の変化で像は歪み、もはや理想的な射線は取れない。


彼女は中尉の方へ目を向けた。


愚か者は死んでいる。流れ弾が遮蔽物を裂いた。不運だ。


ハーネスを確認する。残弾は二本。青テープのポーチが一つ。印をつけ、そのまま意識から外す。価値に見合わない対象に使うつもりはない。


再び斜面へ視線を戻す。第二線からの射撃はすでに厚みを増している。より長い一斉射が伸び、部隊が遮蔽物の裏で動いているが、まだ完全には解像できない。歩行機は持ちこたえ、レンジャーもそれに合わせて前へ出ている。次の押し込みが来る。


他より先にマーカーが目に入った。


コウタ上等兵。


あの引き金の軽い男は、まだ立っている。なぜか伍長と言い合う余裕すらあるらしい。分隊の他のマーカーも安定している。軍曹の信号も、まだ点灯している。


その下、第一線へ至る斜面には死体が散乱していた。開けた場所で撃ち抜かれたレンジャー。手を離した位置に残るライフル。本来あるべき頭の代わりに転がるヘルメット。


父親。

母親。

兄弟。

姉妹。

友人。


もっと速ければ、違っていたのか。


……


思考を押し流す。必要な者はまだ立っている。


それで足りる。


「白銀、聞こえるか」


モリタ伍長の声がヘルメット越しに入る。


「生存しています、伍長。ご懸念には及びません」


「リアと合流しろ。軍曹から特別任務だ」


特別任務。ろくな意味を持たない言葉だ。


「了解しました、伍長。状況を確認後、合流いたします」


回線を閉じ、ボンボンを呼び戻す。ドローンは素直に格納された。


第一線は崩れた。第二線はすでに応じている。



まだ終わっていない。


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