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アーケイン・フロント  作者: メグメル
【サンライズ作戦編】第九章: 天国の門
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天国の門②

章の最後に脚注があります。

「再調整は終わって?」


《はい、エレナ様》


ボンボンが短く鳴き、肩越しに漂いながら遠方を移動する標的へ単眼レンズを固定する。


《確認中。距離九〇〇。西進》


引き金を絞る。


一度。

二度。


レールが再び低く唸った。命中と同時に、土埃と破片が跳ね上がる。

やや遅れて、キャリアドローンが姿勢を立て直した。機影は無傷。標的の進路だけが、正確に撃ち抜かれている。


ボンボンが嬉しそうに鳴いた。


《見事な射撃です、エレナ様。全弾命中。偏差五センチ》


「……ふむ」


エレナ上等兵は、なお一拍だけ照準から目を離さず、やがて力を抜いて視線を逸らした。


「二センチ未満にしたいわ」


指で髪をかき上げ、射場を離れ、先ほど自分が確保していた空の作業台へ向き直る。

射場が一瞬、静まった。

周囲のリズムが崩れる――当然のことだ。


凡庸がどれほど騒がしいか、彼らはいつも忘れる。


「もう一度調整するわ」


落ち着いた声で言う。


「加速器がずれている」


ライフルを作業台に預ける。指に触れた加速器シュラウドは、まだ温かい。

続いて工具を並べた。インターフェースプローブ、サービスキー、光学調整タブ――丁寧な所作は、作法の整った食卓と変わらない。


それ以上でも、それ以下でもない。

上部シュラウドを外し、ライフルを一つずつ分解していく。部品はすべて、即座に再組立てできる位置へと置かれた。 砲撃はすでに二時間以上続いている。遠くの圧が、空気から完全に消えることはない。

静寂の方が好ましいが、戦争は好みに応じてはくれない。


「……ここね」


そう呟き、加速器アセンブリを点検する。


「位相遅延」


また熱だ。


別の工具に手を伸ばす。


「大した問題じゃない」


EG-41/s¹は信頼性が高く、精密なマークスマン・ライフルだ。 そのことは彼女自身が誰よりも理解している。 学生時代に使っていたリー・エンフィールドNo.4の優雅さには及ばない。


鋼。

木。

規律。

古典的なボルトアクション。


ボンボンが短く鳴いた。


《妥当な判断です、エレナ様。調整完了。予測偏差は約一・五センチ低減しました》


お世辞だ。


しかも、スポッタードローンからとは。 不要だが、悪くはない。


「それで十分よ」


視線を切らぬまま、そう返す。


「わたくしが合わせる」


「――いたな。やっぱりここか」


エレナ上等兵の動きが止まる。 部品の上で手が宙に浮き、すぐにまた動いた。 足音が近づくたび、ひとつずつ部品が元の位置へ戻っていく。 足音が止まるころには上部シュラウドが収まり、パルスライフルは彼女の手の下で完全な形を取り戻していた。


「また整備か? 数センチの誤差なんて気にするほどじゃないだろ」


彼女は振り返った。 わずかに苛立ちを滲ませて。


……この男。


(ツジ)コウタ上等兵。


いつものように断りもなく現れた。 使える距離にはいるが、命じられた位置には決していない。

平均的。


所作も体格も、取り立てて言うほどのものはない。 痛いほどに平均的だ。 部屋を出た瞬間に忘れ去られる類の存在。

しつこい苛立ち。

高校時代から彼はずっと彼女の周囲を回っていた。 一度は割り当てられ、そのまま正式に外されることもなく。 伝令役。使い走り。


――彼女のもの。


妹のために英雄気取りを演じると決め、 それをやめ時だと学ばなかったせいだ。 軍務は彼をいくらか削ぎ落とした。


柔らかさは実用性に置き換えられている。 当然の結果だ。

少なくとも、戦闘服は……正しく似合っていた。


向かい側で体重が移り、テーブルがきしんだ。


「まだやってるのか」


コウタ上等兵が声をかけた。


「整備は、勝手に終わるものじゃないわ」


そう言ってライフルを構え、照準に入る。

スコープを調整する。ひとつ、そしてもうひとつ。


「急いで仕上げるものでもないわ」


「ん」


彼は椅子を後ろに傾け、背もたれに体重を預けた。


「まだ苛立ってるのか」


指先でセーフティをなぞり、オンとオフを切り替える。


滑らかだ。

調整の必要はない。


「何が」


「『誰と』って言うところだろ、エリー」


彼は身を乗り出す。


「ブリーフィング、まだ引きずってるのか」


生意気な男。

彼女はその目を捉えた。


「あなたに何の関係があるの」


「じゃあ、ブリーフィングじゃないってわけか」


彼は一瞬視線を逸らす。


「……軍曹か?」


彼女は息を吐き、唇を引き結んだ。

ライフルを手に取り、馴染んだ重み。 マガジンがカチリと収まり、彼女は射撃レーンへ向かった。


「ボンボン」


前を向いたまま、淡々と呼ぶ。

カウンターのボタンを押すと、標的ドローンが散開した。


「私の時間に見合うものを」


一拍、置く。


「――面白くして」


背後でコウタ上等兵が小さく笑う。


「だと思った」


《了解しました。エレナ様。 複数の移動目標を確認。 ドローン。東進。距離九百メートル》


彼女の視線が照準に落ち着く。

呼吸を整える。


百単位に丸める――十分だ。


「捕捉。九百――一〇」


引き金を絞る。


一発。

二発。

三発。


標的が飛行中に揺れ、射場が静まる。

ドローンが戻ってくる。

赤の中心に、綺麗な貫通孔。制御した息を吐き、指で髪をかき上げた。


ボンボンが再び鳴く。


《命中確認。エレナ様。 偏差一点八センチメートル》


――当然だ。


「見事な射撃だな。で――少しは落ち着いたか?」


エレナ上等兵は小さく目を伏せ、作業台へ戻った。

ライフルを丁寧に置く。


またあの顔だ。

得意げとも分かっているとも取れる表情。 何年も見慣れてきたはずなのに、どこが一番腹立たしいのかはいまだに決めきれない。


「最初から問題なんてないわ」


冷ややかに言い切る。


「大げさよ」


「はいはい」


納得していない声だ。


「そういえば、工兵が合流したぞ」


指が、ほんの一瞬だけライフルの上で止まった。


工兵。

……そういえば、前にもいた。

藤原レイコ上等兵。

装備を確認しながら、よく鼻歌を口ずさんでいた。


羽田で――そこで途切れた。


「それで?」


「知っておいたほうがいいかと思ってな」


コウタ上等兵は肩をすくめる。


「東京で、面識があっただろ」


手が止まる。 彼女は振り返った。


「白石ハヤトだ。スライス。今は上等兵」


「……誰?」


コウタ上等兵は瞬きを一つし、鼻梁を押さえて小さく笑った。


「年上で、二十代半ば。下水道で拘束されてただろ。煙突みたいに煙草を吸う、無精ひげの……NGD耐性持ち」



……



「……ああ」


……女たらし。


彼女は胸の下で腕を組み、作業台の脇を通り過ぎる。 向きを変えた拍子にブーツが一度だけ乾いた音を立てた。


塔のあと彼と少し関わったことがある。


……忘れがたい、と言うべきか。 酒が入ればああいう男は簡単に地が出る。

そういう癖は不正規の人間にこそ残り続ける。


「思い出したか?」


彼が口元を歪め、腕を組む。


「もし配属されるなら」


歩みを止めずに彼女が答える。


「今度は手癖を抑えてもらうことね」


彼は言葉もなく笑った。

砲撃が次第に収束していく。 最後の一撃が地面を揺らし――それきりだった。 エンジン音が立ち上がる。 〈輪入道〉がゲートへ向けて動き出し、乗員たちは外部最終確認を終えると内部へ消えていく。 確認コールがネットを満たした。


――五分後、突入。


「さて、いよいよだな」


コウタ上等兵が息を吐く。


「行こう。部隊に合流しないと」


エレナ上等兵の視線は山に残った。 砲撃で抉られた斜面から、まだ煙が立ち上っている。

火と土埃が低い雲へ絡みつき、簡単には沈まない。


「エリー」


コウタ上等兵が促す。


「遅れたら軍曹に怒られるぞ」


手が、震えた。


「……ええ。もちろん」


スリングにかけた手に力を込め、無理に安定させる。 彼の歩調に合わせて、前へ出た。



震えは、収まらなかった。

___________________________________


脚注


1) EG-41/s(エレクトロマグネティッシェ・ゲヴェーア41/シャーフシュッツェ)

制式EG-41/iパルスライフルを基に開発された狙撃仕様モデル。

長距離精密射撃を目的として調整されており、有効射程は最大三キロメートルに達する。


使用者のヘルメットと同期するデジタル照準器、 内蔵ジャイロ安定化機構、 三点射モードを備え、 下部装備はグレネードランチャーに代えてバイポッドを装着する。


製造コストは高価だが、

連邦軍狙撃手の間では信頼性の高い装備として扱われている。

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