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アーケイン・フロント  作者: メグメル
番外資料 - フィールドログ02
46/51

ゼロ番線

章の最後に脚注があります。

2141年12月2日――サンライズ作戦 D+4


塔が落ちて以降、連邦軍の東京での進撃は、司令部の想定を上回る速度で進んでいた。 本来なら数週間を要するはずの作戦が、日単位で展開している。


北東方面では、第532歩兵連隊、第22機械化部隊、第7機甲部隊の各要素が足立を突破し、江戸川東岸に橋頭堡を確保した。次の目標は南西へ進み、多摩川方面から進出する部隊と合流――包囲網を閉じること。


前日には港区が解放され、連邦の青・白・黄の旗が、再び東京タワーに翻った。

渋谷は、なおも係争中。


短いローテーションを終えた第44強襲レンジャーは、新たな命令を受けた。

――銀座方面へ押し込め。


抵抗は激しいと予測されていた。


インプたちは、学んでいた――

戦闘は進んでいた。


遅い。


通りという通りが、横転した車両、瓦礫、即席のバリケードで塞がれ、歩兵は狭いキルゾーンへと追い込まれる。〈輪入道〉の主砲も、周囲の建物崩落を招きかねないため、いくつかの要衝では使用できなかった。第1機械化部隊の歩兵が前進を繰り返していたが、銀座外縁で進撃は停滞していた。


つまり――選択肢はひとつ。


「モリ、分隊をまとめろ。 野郎も女も伝えろ――地下に潜る」


富田紫苑(トミタシオン)軍曹は、崩れ落ちた新橋駅への階段を見据えたまま、火力班に前進の合図を送った。

一瞬、手が裏切る。ごくわずかな震え。だがすぐに握り締め、静止させる。

本能が叫んでいた。


――ここから先へ入るな、と。


下に待つのは、古い亡霊ばかりだ。 あるいは、答えか。 どちらかを考えることはしなかった。

地下鉄は、当初の作戦には含まれていなかった。


だが地上での進撃は行き詰まり、装甲も下には追随できない。〈輪入道〉はすでに、第四十四の別の前進要素を支援するため、地上へ再配置されている。

それだけで、理由は十分だった。


入口の空気は死んでいた。 動きはない。埃っぽく、焼けた鋼のかすかな刺激が喉を刺す。 もう一年近いのに、シオン軍曹の脳裏には、戦前の看板、人の波、かつてこの場所を覆っていたネオンの光が、まだ鮮明だった。


今やそのすべては、ひび割れたコンクリートと、ねじ曲がった鉄筋の下に埋もれている。

モリタ伍長が彼女の横に駆け寄り、装備を揺らしながら報告した。

まだところどころ青い。相変わらず上官に対して妙な意地もある――だが、肝心な場面では頼りになる。


「出られます」


「弾倉は?」


「十分です。 シロガネは、モンスター¹に備えてプラズマ装填。 リアは、念のためHEATを何発か持ってます」


「突入用の装備は?」


モリタ伍長が腰のサッチェルを軽く叩く。


「プラズマ・カッターとC5。選択肢はあります」


「よし」


シオン軍曹は短く頷き、視線を再び闇に沈んだ階段へ戻した。


「コールサインはストライクチーム・シータ。 敵地に踏み込むわ、伍長。全員、気を抜かせないで」


報告は、まとめて届いたわけではなかった。 ここ数日のあいだ、少しずつ――ローテーション中、補給の合間、前線から引き剥がされ「休め」と命じられた、わずかな空白の時間に流れ込んできた。

紫苑軍曹は、そのすべてに目を通していた。


インプたちは、地下の超電導マグレブ路線を使って部隊を移動させていた。

FSV〈ヤマシロ〉の地表監視網を、最初から存在しないかのようにすり抜けながら。


渋谷周辺で行動していた分隊は、「クリア」と表示された通りを進んだ直後、背後から、足元から――

司令部が安全だと言い張っていた場所から、叩かれている。

ストライクチームが投入され、命令が修正され、状況報告が書き換えられるんだが――


東京の地下は、そのすべてを嘲笑っていた。


層を成し、枝分かれし、果てがない。 地下鉄網は、封鎖しようとするあらゆる試みを飲み込んでいた。

RATSを投入しても、制圧は常に現実に追いつかない。 マップはアップロードされた端から陳腐化していく。 インプたちは、都合のいいように地下を組み替えるのに忙しかった。


司令部はそれを「困難」と呼んだ。だがシオン軍曹にとっては「想定内」だ。


つまり――


地下では、まだイゴールが野放しということだ。

シオン軍曹は、分隊へと意識を向けた。


切れ味のある舌を持つ都会育ち。引き金の安定感は並以上。 連邦育ちの理想主義者。自覚している以上に、しぶとく戦う。 AETHERに貼りついた関西訛りの騒がしい通信手。 そして、何事も平然としているように話す衛生兵――明らかに手に余る状況でも、だ。


それから、一年前のあのトラックで出会ったエルフ。


覚えが早い。――時に、早すぎるほどに。 集中がふと途切れる瞬間がある。その視線は、いつもどこか別の場所に引き寄せられているようで、軍曹は完全には信用しきれていなかった。

中心にいるのが、若い伍長。


指揮という服を、いつ取り上げられてもおかしくないと言わんばかりに身にまとっている。

耳を傾ける。

状況に合わせる。 プライドで動かない――それだけで、士官学校出の連中より一段上だ。


攻撃的ではない。 だが分隊が崩れずに進めるとしたら、それは彼が歩みを止めさせないからだ。

いつか、良い士官になるだろう。


――生き延びられれば。


連邦のレンジャー計画を通過させられた、徴集兵たち。



……



それが祝福なのか、それとも呪いなのか。 シオン軍曹は、時折考える。


「集まれ。全員、耳を使え」


低く、平坦な声。


「英雄ごっこは禁止。追撃もしない。 動くなら同じ隊形のまま。崩れるなら下がれ。」


二本の指を立てる。


「角は人を殺す。見えないなら、突っ込むな。 慎重にクリア。――二度、確認しろ」


視線がシロガネ上等兵へ移る。


「ドローンは上げっぱなし。常に前方の“目”を確保する。 動き、熱源、歪み――何でもいい。異常を見たら即時報告」


一拍。


「私の許可なく、あれが落ちたら―― お前の補給申請、取り下げるから」


「他は――」


シオン軍曹は続けた。


「接触が激しかったら、直前の分岐まで下がって立て直す。 私が指示しない限り、持ち場に固執するな」


オムニリンクに接続し、目標と――地上の誰かが“地図”と呼んでいる、地下トンネルの概略を指で弾く。 今日のフィオナが機嫌良く働いてくれれば、情報は拾える。 そうでなければ――まあ。


あの愛称は、伊達で付いたわけじゃない。


「誰かが倒れたら、処置は衛生兵が担当。 それ以外は全員、警戒を維持」


一拍。


「隊形を崩したら―― インプの手を煩わせるまでもなく、私が撃つ。質問は?」


返答はない。

――それで十分だった。


「よし。回すぞ」


地下では、戦争のルールが変わる。


視界は数メートルにまで潰れ、音は闇へと反響する――あるいは、しない。 角は待ち伏せになり、天井は脅威になる。 イゴールは元々、射程を必要としない。 だが戦闘開始地点を選べるとなれば、天秤はさらに向こうへ傾いた。


分隊が降下する中、シオン軍曹はライフルの握りを調整した。 ヘルメットライトが、ひび割れたタイル、焼け焦げた宣伝ポスター、消火フォームに晒されて色を失った非常表示板をなぞっていく。

空気は乾き、再循環されたものだった。 コンクリート、金属、そして――とっくに止まった空調設備の残り香。


あの頃と、同じ匂いだ。 過ぎ去った日々のタイムカプセルに、足を踏み入れるような。

これが、レンジャーの仕事だ。

精密作業。

威力偵察。

ポスターは、この点については嘘をついていなかった。


階段が終わる。 前方で、トンネルが暗い商業コンコースへと広がった。 砕けた店舗、倒れた看板、途中で止まったままのエスカレーター――折れた歯のように。


ヘルメットの動体センサーが反応する。


「歓迎委員会のお出ましだ。複数反応」


シオン軍曹の声は、落ち着いたままだ。


「間隔を詰めろ。角に注意。――片付けるぞ」


近接戦闘。 トンネル戦。 月面ルナで、思考が反射に置き換わるまで叩き込まれたもの。


シオン軍曹の分隊は、ためらわなかった。


地下鉄の通路は薄暗く、足元も安定しない。 非常灯はとっくに死んでいるか、頭上で弱々しく瞬いているだけだった。


線路沿いには、破壊されたマグレブ車両が点在している。 侵攻初日に脱線したもの、占領期間中に焼け落ちたもの。 裂けて腹を晒す車両もあれば、トンネル壁に押し潰され、直線区間をそのままチョークポイントと死角に変えているものもあった。


待ち伏せには最適の地形――

それでも、レンジャーは進む。


角度を切り、影を払い、一メートルずつ前進する。 密閉空間に、パルス射の乾いた破裂音が鋭く平たく響いた。 車両の隙間から飛び出したイゴールは、一歩踏み出したところで倒れる。 別の一体が天井を這い、分隊は即座に伏せて向きを変える。爪がコンクリートを擦り、火花を散らした。

速い。

近い。

荒々しい。

排水溝の中を殴り合ってるみたいな戦いだ。


インプたちも、素人ではない。


トンネルの一部は横へ――あるいはさらに下へと掘り広げられ、正気の人間なら単独では踏み込まない第二の迷路を形成していた。

連絡坑道。

休息用の掘り下げ。

収容檻。

浅い集団墓地。

インプは、インフラを巣穴へと変えていた。


闇の中から見慣れた駅ホームの幾何学が浮かび上がる。

半壊した標識が、壁にしがみつくように残っていた。 見間違えようのない文字。


――東京駅・京葉線。


シオン軍曹は、時刻を確認する。

地下に潜ってから、すでに一時間半近く。 前方に広がる瓦礫の詰まった空間を見る限り、八重洲地下街は――


まだ彼らを歓迎するつもりらしい。

なんともご丁寧なことだ。


「弾数。状況」


視線をライフルの射線から外さないまま、問いかける。


「異常なし」


次々と返答が続く。

一瞬の間。


「……また、ここですね」


モリタ伍長が小さく呟いた。


「そうでしょう?」


シオン軍曹は、彼を見なかった。


「集中しろ、伍長。 ノスタルジーに浸る時間じゃない」


ライフルが、わずかに角度を変える。 前方の動きに追随して。


「思い出話は――生き延びてからだ」


前進できる経路は、八重洲側の地下出口しか残っていなかった。

柱はひび割れ、あるいは砕け散り、鋼材や鉄筋が不自然な角度で突き出している。

弾痕。


機械の仕業とは思えないほど鋭い裂傷。 ホームドアにこびりついた、黒く乾いた古い血。

照明の死んだエレベーターシャフト。


インプたちは、その大半を――あえて――手つかずで残していた。

分隊の足取りが、自然と鈍る。 ホームの端、ひっくり返ったスチール椅子のそばで、オオサカ上等兵が立ち止まった。


「どうした、上等兵?」


シオン軍曹が声をかける。


「いえ、軍曹」


首を振り、すぐに隊列へ戻る。


「なんでもありません。気にしないでください」


進路は、上方へと続く階段へ導かれていた。


地下の迷路。

無人の店舗、打ち捨てられたショーウィンドウ。 照らすのはヘルメットライトだけ。 動くものは、敵意を帯びた影と、古い亡霊だけだった。


いくつもの通路が瓦礫で塞がれている。 そのうちのひとつで、シオン軍曹の足が止まった。

天井の崩れ方で分かる。 内側へと落ち込むように潰れ、店舗のフレームは曲がり、コンクリートの板の下に半ば埋もれている。 タイル張りの床は、埃と砕けたガラスの下に消えていた。


――ここだ。


かつて、この通路は広かった。 柱に沿って爆薬を設置し、モール全体を落とさず、天井だけを崩す。 そういう手順で――彼らは、ここを吹き飛ばした。


あの時の中尉は、自分の任務を理解していた。


「伍長。装薬を」


シオン軍曹が言う。


「ここを抜ける」


モリタ伍長はすでに動いていた。 瓦礫をかき分け、サッチェルに手を突っ込む。 時限式のC5で十分だ。

本来なら、戦闘工兵の仕事だ。 だが彼らの工兵は羽田で戦死し、代替として回されたNGD戦闘員は、再訓練のためルナへ送られていた。


戦争は、待ってくれない。


「装薬設置完了。退避してください」


分隊が後退する。

シオン軍曹は、拳を上げた。


爆発は鈍く来た。音というより圧――腹に落ちる重さ。

天井がたわみ――


塊となって崩れ落ちる。瓦礫と砕けたタイルが、唸りを立てて通路へ降り注いだ。 空気が灰色に染まり、ヘルメットのバイザーフィルターが自動で作動する。


すべてが収まった。


通路は、再び開かれていた。

シオン軍曹が、拳で短く合図する。 分隊が隊形を整え、突破口を抜けていく。

音の伝わり方が変わった。 ブーツの足音が、もはやコンクリートに吸われない。 どこか前方から、かすかに反響して返ってくる。


通路は外へと傾斜し、動きを止めたままの壊れたエスカレーターへと続き――


空間。


気づかぬうちに、息を止めていた。 シオン軍曹は、思わず息を吸い込む。

冷たい空気が頬を撫でる。 灰と、あまりにも覚えのある金属の匂いを含んで。

天井が持ち上がり、 壁が、遠ざかる。


割れたアーチと骨組みだけの橋梁の下、ホームが広く伸びていた。 トンネルを抜けた直後では、否応なくその規模を思い知らされる。

電子式の発着案内板が、時を止めたまま吊り下がっている。 傾いたもの。 半ば溶け落ちたもの。 古い衝撃で傷だらけになったもの。


かつてそれらに電力を供給していた何かは、動作の途中で息絶え、 最後の発車案内の余韻だけを残していた。


この駅は――

止まったままだ。


「シロガネ」


シオン軍曹は、狙撃手へと振り返る。


「ドローンを上げろ。フルスキャン。 周囲をマッピングして、警戒用に回す」


シロガネ上等兵は即座に動いた。


小型ユニットが低い駆動音を残し、上部の赤レンガ構造に穿たれた破口から外へと滑り出ていく。

シオン軍曹は、ヘルメットの側面に二本の指を当てた。


「こちらストライクチーム・シータ。 東京中央駅に到達。接触は最小限」


返答を待たず、チャンネルを切る。 この程度の防衛しか用意できていないのなら、主力部隊がここへ押し込むのに支障はないだろう。


モリタ伍長とリア兵長は、すでに――

彼女には嫌というほど覚えのある場所へと、自然に引き寄せられていた。


「散開。警戒配置を取れ」


シオン軍曹が指示する。


「救援が来るまで、ここを保持する」


ホームの端、改札機の近く。 コンクリートに、黒く広がる染みがあった。

その周囲には、無数の足跡。 重なり合い、乾き、黒ずんだ――


疑いようもなく、イゴールのものだ。


軍曹の目を引いたのは――

旗だった。


煤と歳月にくすんだ、青・白・黄。 限られた空間の中で、きっちり畳まれていた。

その脇に、小さな花瓶。 中には、萎れかけた花が一輪。


――新しい。


シオン軍曹は、染みの縁で足を止めた。 モリタ伍長が隣で止まり、 リア兵長が半歩遅れて並ぶ。

姿勢が正される。 肩が定まり、 片手が、無駄なく上がった。

モリタ伍長とリア兵長も、言われるまでもなく続く。


三人は、無言のまま――

そのまま動かなかった。


東京駅は、多くの者にとっては単なる検問地点だ。 地図上の名前。 都市解放の、ひとつの通過点。 ある者たちにとって、ここは始まりだった。

血で支払われた、始まり。



他の誰かが歩み続けるために、命を捧げた者たちへ……




――ここが、ゼロ番線だった。


___________________________________



脚注


1) モンストロシティ

サンライズ作戦 D+0 終了時点で、連邦地上軍は、聖エリュシア神聖帝国が前線に投入する大型かつ稀少な個体を統一的に分類する必要に迫られた。 これらは主に、突撃役または装甲ユニットとして運用される存在である。

以降の戦闘報告書では、これらを包括する呼称として 「モンストロシティ」 が正式分類名として採用された。

本分類には、以下が含まれる。


> ウォートロール(リジェネレーター)


> 重装オーガ(ジャガーノート)


> その他、質量および戦場での役割が同等と判断される大型脅威個体


本用語は、戦闘下における種別誤認が頻発したことから、急速に現場へ浸透した。

なお非公式には、本分類は ハサウェイ元帥がブリーフィングのたびに生物種を取り違える癖を是正する目的 としても機能していた。

メグメルです!


このサイドエピソードが公開される頃には、もう2026年になっていると思います。

というわけで――あけましておめでとうございます、2026年!

いやあ、本当に早いですね。もうすぐ1年ですよ。


物語のほうも順調に進んでいますが……それでも、まだ地球戦役は終わっていません。

ただ、それも今年中には必ず一区切りを迎えます。そこは約束します。


ちなみに、今もまだ少しお休み中なので、これは2025年からの手紙みたいなものです(笑)。

状況が落ち着き次第、また通常のキャンペーン進行に戻ります。


改めて、あけましておめでとうございます。

そしてここまで『アーケイン・フロント』を読んで、追いかけてくださって本当にありがとうございます!

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