塔②
章の最後に脚注があります。
彼らは“精鋭”と呼ばれていた。
連邦の特攻遊撃隊計画が生んだ産物――脳みそを持った突撃兵。 大槌の中に一本だけ混じった、精密用のメス。
真実はもっと醜い。
継ぎはぎの連隊。 砕けた部隊、負傷兵、そして一年分の損耗を補うためコミュニティセンターから引き抜かれた徴兵者。 歴戦者、落伍者、市民権候補――人間も異界人も――承認を追い求める寄せ集め。 市民権は“おまけ”。 死ぬことだけが“前提”。
スローガンの唯一の正しさは訓練だった。
無重力コース。 ミスに代価を払わせるシミュレーションピット。 壊すことも、気を抜けば殺すこともできる教官たち。 睡眠は特権。 水は債務。 任務だけが唯一の常数。 ルナ基地は最高の訓練を与えた。
それでも彼らは、「結果があらゆる手段を正当化する」と信じ込んでいる体制に、いまだ借りを負ったままだった。
追い詰められた獣のように犠牲を硬貨みたいにばらまき、勝利を信仰の証と呼ぶような、その体制に。
連邦は彼らを“精鋭”と呼んだ……
……
誰かが証明しなければならない。 なら――自分たちがやるしかない。
「こちらシルヴァン。柵に接近中。」
リア兵長はライフルを肩に寄せ、 一歩ごとに計算した重心移動で前へ進んだ。 雨に濡れ、アンダースラングが鈍く光る。
欲しかった近接用の装備はない。 散弾もフレシェット弾も、ベテラン班優先で彼女の分には回らなかった。 だからランチャーはほぼ“重し”。 パルスライフルに対する心の支えにはなるが、 室内戦になれば祈るしかない――
ランチャーがただのバランサー以上の役に立つことを。
浅い堀の向こう、 柵を囲む木製の杭がこちらを睨むように立ち並んでいた。
リッカ上等兵が鼻を寄せ、しかめ顔になってすぐ離れ、元の位置に戻る。 杭には糞が塗りつけられていた。 粗雑で汚らしい威嚇。
「スライス、仕掛けを設置。穴を開ける。」
リア兵長の言葉に、NGDの戦闘員はため息をつきながら鞄に手を伸ばした。
「戦車でぶっ壊せばいいのに……」
作業しながらスライスがぼそりと漏らす。
「こんな木、柔らかいチーズみたいに潰せるだろ。」
スライスは間違っていない。
輪入道は動く要塞だ。 車体だけでも堀を渡り、壁を押しつぶせる。
リア兵長には“なぜやらないか”がわかっていた。
羽田と大師橋で、各隊の指揮官は痛いほど理解したのだ。 インペリウムには正面から挑むな。
“想定どおり”の戦闘など起きない。
今や FIONA の表示は、 あまりにも多くの区画を“強行突破にリスクあり”と警告している。
塔の存在。 制御不能のマナ反応。 そしてインペリウムが“勇者”と呼ぶ二名――
〈騎士〉と〈魔女〉 の介入可能性。
どれか一つでも引っかかれば、 戦車の正面突撃は博打になる。 開けた場所の車両は、上から潰され、 横から誘導され、 準備された殺戮地帯へ追い込まれる。
結局、採用されたのはモリとイージー中隊の軍曹がひねり出した別案だった。 輪入道を“騒音”と“押さえ”に使う――
合図の瞬間を示すための鈍器。 その間に、リア兵長率いる班が切開を担当する。
イージー中隊は西側から打ちかかり、守備隊を外へ引きずり出す。 戦車は押さえ込みと制圧。 その隙にリア兵長の小隊が裂け目を抜け、背後を掃討し、収容区画を確保する。
三方向からの打撃。 陽動、衝撃、精密。 猶予など一秒も許さないやり方。
指揮部――そして FIONA も同意した。
「仕掛け完了。」
スライスの声が雨の単調な音を破った。 彼は起爆装置を放り投げ、口元をゆがめる。
「昔ながらの C-5 クラッカーだ。これで失敗したら……歴史のせいってことで。」
装置は軽く彼女の掌に落ちた。 粗い鋼鉄。壊れない作り。 連邦より古い設計。
リア兵長は肩を回し、呼吸を整え、 安全装置に親指をかけた。 金属特有の擦れる感触が、どんな祈りよりも心を落ち着かせる。
モリの持ち場の戦闘は秒ごとに激しさを増している。 パルスの射撃音、エンジン、遠雷――
そのすべてがリア兵長の耳に届く。
彼女は息を吐いた。
……起爆。
大地が跳ねた。
白い閃光が通りを塗りつぶし、コンクリートと木材が粉々になって四方へ吹き飛んだ。 熱のような衝撃が押し寄せ、爆風が彼女のアーマーを叩き、耳の奥を空洞のように鳴らした。
煙の向こう、柵が裂けていた――
鋭く、広く、亡霊でも通れそうなほどに。
リア兵長は、反響が消える前に動いていた。
カバーから躍り出て、水たまりを蹴り、通りを走り抜ける。 リッカ上等兵が横に、スライスが一歩後ろに続く。 雨と砂利が視界の端で混ざり合う。
堀の杭は消えていた。爆風で弾き飛ばされている。 彼女は溝を跳び越え、反対側の縁に強く着地し、そのまま煙へ飛び込んだ――
低く、速く、ライフルを掲げたまま。
輪郭が現れる。
帆布のテント。
崩れかけた旗。
雨の中で青く灯るランタン。
灰と瓦礫に保存された、中世の野営地のような光景。
爆発に反応してイゴールの分隊が振り向いた――十、いやもっと。 槍、盾、錆びた剣。 反射が先に動いた。 短く、制御された連射。 金属と蒸気の音を残して列が折れ、糸を断たれた人形のように胴体が崩れ落ちる。
一瞬だけ、残ったのはオゾンと雨、そしてどこかで吠える輪入道の砲声。
通信にモリの声が走った。落ち着いていて、端的。
『シロガネ、ツジ――北側の窓に火点。シルヴァン前進を援護。』
リア兵長は頷いた。見えていないと分かっていても。 指が震えていた。寒さのせいか――それ以外か。
テントから声がした。
うめき。
ささやき。
何かが動く気配。
負傷者? いいや。イゴールは血を流さない。
――囚われている人間たち。
「スミノエ、スライス――テント確認。」
リア兵長は命じた。
「速く動いて、収容者を確保。フラッシュは可、フラグは無し。」
リッカ上等兵が左へ、スライスが右へ散開し、ライフルを構える。 数秒後、医療兵の声が低く、不安を帯びて返ってきた。
「テントの檻に民間人……六、七……十二? 生きてる。……うん、まだ“当たり”の部類。」
――人質。
リア兵長の顎が強張る。 まず区域を確保する。あとで戻る。 それ以外は危険。
「マーキングして移動。」
彼女は答えた。
「制圧後に回収する。」
彼らは前へ進んだ。 泥に沈むブーツ。腐臭と鉄の匂い。 収容檻から声が追ってくる――懇願、囁き。 止まれない。まだだ。
奥から緑の照明弾が空へ噴き上がった。 突破口に気づかれた。
リア兵長は考えるより先に動いた。 見上げるたび、塔が近づく。 そのたびに、歩みを嘲るようにそびえ立つ。
前方に動き。 再編成中のイゴール。 リア兵長は相手が振り向く前に撃った――二体、さらに一体。
遠方から鋭い破裂音。イゴールが二体、胸の中心にきれいな穴を開けて崩れた。
続けて一発――頭部が弾け飛ぶ。エレナ上等兵の仕事だ。
リア兵長は、わずかに口元を緩めた。 三発三殺。
……相変わらずだ。
左側に新たな影。 リッカ上等兵が即座にバースト――金属音、沈黙。 背後からも来る――スライスが走りながら撃ち落とした。
テントのあいだを影が走る。 金属ではない――ローブ。 両手に淡い青の光を帯びた指輪。
魔導師¹だ。肉体を持つ実体。 護衛のイゴールが四体。
声が先に届いた。鋭く、喉を裂くような異音――《星間語》。
《虚無から現れし悪魔ども! エルフの裏切り者よ! この場で死ね、異端者!》
魔導師が手を掲げる。指輪が光り、腕に沿って紋が立ち上がる。
「前方、接敵――!」
リア兵長が叫んだ。
リッカ上等兵とスライスが撃つ。 護衛のイゴール四体が火花を散らして崩れた。 魔導師の手が跳ね上がる。
《MASH'AR!!》
熱が空気を殴った。 ライフルが橙に輝き、金属が悲鳴を上げる。雨に焼かれ蒸気が上がる。 リッカ上等兵は悪態をつきながら武器を落とし、 スライスも続いた。手袋から煙が立つ。
魔導師が笑った。
考える時間はない。
リア兵長はライフルを投げた。 銃床が魔導師の肩に当たり、体勢を崩させる。 すでに動いていた。
刃を抜く。
中間でぶつかる。
跳び込み、左手で口を塞ぎ、喉へ鋼を突き立てる。 横へ一気に引き裂く。
温かい飛沫。 魔導師が一度痙攣し、動かなくなる。
――出血させろ。
リア兵長は顔を拭い、ライフルを拾い上げた。 急速に冷えていく。雨が金属に弾ける。 素早くマグ交換――ヒス、セット、作動音。
容赦はない。こいつらには。
羽田のあとで。
レイコのあとで。
ナオトのあとで。
「……はぁ。マジで……二度とあんたの前には立たねぇ。」
スライスが手を振り払いながら低く吐き出す。
「レンジャーって、本当に頭おかしいわ。」
リッカ上等兵は落とした武器を拾い、走りながら再装填した。
「で、ミント……いまは欲しくならない?」
リア兵長は何も言わない。 リッカ上等兵が死体をちらりと見た。
「……あの子さ、人間だったよ。」
それでも返事はない。
「……だと思った。」
医療兵はぼそっとつぶやいた。 リア兵長は通信を開く。
『シルヴァンよりフェアリーベイト。スペルスリンガー遭遇、排除。塔へ前進する。』
彼女は見上げた。 塔の光はまだ雲を裂いて唸っている。
「行く。急げ。」
収容檻は壊れた門で途切れていた。 その先には中庭が広がっている――泥、煙、死体。
ほとんどはイゴール。 スクラップのように散らばり、 いくつかはまだ痙攣して青いコアを露出させ、光を漏らしている。 他はローブをまとった魔導師――パルス射撃で引き裂かれた死骸。
輪入道の砲撃を受け、横倒しになったジャガーノートもあった。 車体は煙を上げ、装甲は砲撃で凹んでいる。
どれも向かっていた先は同じ――輪入道。
輪入道の砲声が南方で轟き、空を裂くように響く。 中庭からは火球が応じ、半壊した建物へ向けて放物線を描く。 そこにはエレナ上等兵とコウタ上等兵が陣取っていた。
リア兵長は横倒しのジャガーノートの陰に身を滑り込ませ、周囲を確認した。 塔は中庭の中央にそびえ、第二の柵で囲まれている。 そのあいだには動く影――イゴール、魔導師、ジャガーノートとその従者。 煙のせいで判別しづらい。
《悪魔どもを押さえろ!勇者が来る――持ちこたえろ!》
《星間語》の叫びが騒音を切り裂いた。
リア兵長は顔をしかめる。 また“勇者”――騎士か、魔女か、あるいは別の誰か。 どちらにせよ問題ではない。 到着される前に、あの中継塔を落とさなければならない。
彼女はイヤーピースを叩いた。
「フェアリーベイト、こちらシルヴァン。内側の防衛線を視認した。」
雑音。
続いて、張り詰めた中で落ち着いたモリの声。
『了解。輪入道が直接支援に入る。』
エンジン音が近づく。 地面を震わせる低い唸り。
リア兵長は身を伏せた。 輪入道が南の壁を突き破り、 屍と泥をまとめて轢き潰しながら姿を現す。 主砲が旋回し、発射――
内側の柵の一部が粉砕され、破片と砂塵が吹き飛ぶ。
『クロミヤ、そこを押さえろ。頭を上げさせるな。』
モリの声が鋭く飛ぶ。
戦車が再び咆哮した。 衝撃波が拳のように叩きつけ、 破片が雨のように降り注ぎ、彼女のアーマーを叩く。
「スミノエ、スライス――私につけ!」
リア兵長が叫ぶ。
「塔まで押し上げる!」
彼らは動いた――低く、速く、ライフルを構えたまま。 空気はオゾンと焼けた肉の臭いで満ちていた。
塔の基部は外の中庭より狭い――野球場一面ほどの広さ。もともと球場だった場所に、そのまま突き立てられている。 背後ではまだ戦闘が続いている――エンジン音、パルス射撃、 輪入道が中庭の残骸を噛み砕く音――
だがここでは、それらが遠い唸りに変わっていた。
近づけば近づくほど、塔は“どこかおかしかった。
金属と石が継ぎ目なく融合し、 光の脈が血管のように走っている。 ゴシック調のライン――人の技術が、何か異質なものに歪められたような造形。 基部には複数のポッドが並び、かすかに発光している。
そのあいだの地面には完璧な円――
ゆっくりと回転する紋章が刻まれ、 光を塔の中枢へと吸い上げていた。
次に臭いが来た。 甘く、化学薬品めいていて、腐敗した匂い。
リア兵長は立ち止まった。
壁際に死体が積まれている――数十。
人間も、異界人も。
肌は灰色に沈み、眼窩は落ち込み、 静脈は青くほのかに光り、まるで生命を吸われた後のようだった。 傍らには、半分積まれたカート。
スライスの声は囁きのようにかすれていた。
「NGDは誰もここまで来れてねぇ……なんだよ、これ……?」
頭の奥の痛みが鋭くなる。 空気中のマナが濃すぎる――震えるほどに。
リア兵長は手袋越しにこめかみを押さえた。
「スミノエ、スライス。ポッドを調べて。この仕組みを止められる方法を探して。」
二人は言葉もなく散った。 リッカ上等兵は左へ、スライスは右へ。
管や導管が絡み合い、ガラスのような肌で鈍く光っているあいだを縫うように進む。
「兵長。」
リッカ上等兵の声が平板に落ちてきた。
「見といたほうがいい。」
リア兵長はそちらへ向かう。 医療兵はひとつのポッドの前に立ち、 バイザーに淡い青光を反射させていた。
透けた殻の奥、そこに“人”がいた。
若い女性が浮かんでいる。 髪は無重力のように漂い、 口は声なき悲鳴の形に開き、 眼は白目を剥いている。 身体――腕、喉、胸――をルーンが這っており、 それらは生きているように動き、蠢いていた。
ポッドの光は、彼女の心拍と同じリズムで明滅している。
「なんでも見てきたつもりだったんだけどね。」
リッカ上等兵は息を吐き、かすれた笑いを漏らす。
「……まだだったね。」
――市民を“中継塔”に喰わせてる。
生きたマナ電池に。
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脚注
1) スペルスリンガー
連邦歩兵が用いる俗称で、帝国軍のウォー・メイジ(戦場魔導師)を指す。
エンゲルス・プライムの〈魔女〉とは異なる存在。
〈魔女〉は“騎士”とともに行動した高位エルフの魔導師であり、後に「ルミナラIIの屠殺者」と呼ばれる勇者の一員である。
ウォー・メイジは帝国軍内で士官級、もしくは高位戦力として配置される。 長らく噂に過ぎないとされていたが、ルミナラII戦役の開戦によってその存在が現実のものとなり、 現在では指揮権と極度の戦闘脅威を意味する存在として認識されている。




