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アーケイン・フロント  作者: メグメル
【サンライズ作戦編】第八章: 塔
40/50

塔①

章の最後に脚注があります。

偉大なるある人物が、かつて問いかけた。



「――連邦の“核”となる力は、何だ?」



「統合です!」


学者たちは声を張り上げ、胸に書籍を抱えたまま異界人たちを収容所へ連行していく。

視界の外へ。 心の外へ。


「知識だ!」


白衣の科学者たちは揺れる試験管を握りしめ、説明不能な現象に自らをすり減らしつつ、そう答えた。


「規律だ!」

兵士たちは吠え、ひざまずかせた者のこめかみに鋼鉄を押し当て、それを“秩序”と呼んだ。

終わった頃には、誰もが歓声を上げていた。


男は薄く笑った。

虚ろで瞬き一つしない瞳が、ゆっくりと前へ進む。 角が誇らしげに額から伸び、地面が震えるほどの足音が響く。 スーツの襟で連邦の徽章が静かに光った。


「――本当にそう信じているのか?」


静寂。

鬼に返す声は、ひとつもない。


男の指先が、部屋の奥に向けて伸びた。 窓際に座る少女をまっすぐに示す。


「君はどうだ? 信じているのか?」


ハーフエルフの少女は息をのんだ。



今になっても――リシエンヌ・デュ・花沢(ハナザワ)には、その問いに答えられない。


嘉信羅(カシンラ)先生の言葉の意味を、彼女は物心ついた頃から追い続けてきた。連邦とは何なのか。どこに“強さ”があるのか。

FEO-66 が自分たちを鉄条網の向こうへ追いやったあとも、理由を探し続けた。 配給列。 “箱”と呼ばれる独房の長い時間。 強制徴兵。


それでも――


支配以外の“何か”を見つけたくて、信じたくて。

収容所には、彼女には見えない“何か”を理解している者たちがいた。

徴募官が来た日――

数百人が列を作り、番号を名前に変え、囚人服を軍服に変え、 自分たちを追放したはずの旗に敬礼した。

連邦は守る価値がある、と。 戦えば、自分たちも“そこに属せる”と。

たぶん、嘉信羅(カシンラ)先生は最初からそれを見ていたのだろう。 強さは完璧さじゃない。

耐え抜く意志。 まだ何かが残ると信じる心。 理想家のためではなく、救うべき“何か”が確かにあるという可能性。


――そうであってほしい。


ずっと、そう信じたかった。

けれど、信じる気持ちは、静かに死んでいく。


「兵長――…?」


背後の声が、記憶を断ち切った。 戦場の重たい空気には似つかわしくない、軽い調子。


「ねぇ、まさか――ぼんやりしてた?」


リッカ上等兵が目を細め、獲物を値踏みするような笑みでリア兵長を眺めた。


「ほら、ミント欲しいなら言ってよ? 頭、スッとするからさ。」


ジョージ中隊の戦闘衛生兵。 消毒液と火薬の匂いが微かに残る、軽口と胆力の同居した女。


「問題ない。」


リア兵長は抑えた声で返した。


「集中して。モリ伍長の合図が来たら動く。」


リッカ上等兵の笑みは崩れない。 ヘルメットのマイクを指先で軽く叩き、少し身を寄せる。

悪戯めいた光が目の奥で跳ねた。


「気が変わったらさ、ちゃんと言いなよ。 ミント一粒で――“幽霊”なんてすぐ吹っ飛ぶから。」


マイクの外側――完全なオフレコの声。

リア兵長は唇をわずかに引き結び、短くうなずいた。 リッカ上等兵はさらにニヤリと笑い、隊列へ戻る。 首筋の産毛が逆立つ。 軽口から真剣味へ切り替わる瞬間が鋭すぎる。 まるで安全装置の切り替え。

リア兵長は息を吸い、余計な感情を押し流した。


任務が先だ。


コンビニの残骸を隠れ家にして、リア兵長はひび割れた窓越しに“塔”を見据えていた。 インペリウム占領の象徴。 黒い槍のように区画を貫くその巨塔は、素材すら判別不能だった。 黒鉛か。鋼か。石か。 あるいは全部。


隣で身を縮めている NGD の爆破班――スライスでさえ首をひねっていた。


「本当にやる気かよ?」


巡回ルートを凝視したまま、彼が低くつぶやく。


「お前の伍長を尊敬してる奴なんざ山ほどいるが、今回の命令は別だろ。あの塔に突っ込め? 援軍があっても死ぬだけだ。」


リア兵長はスコープを外周に合わせたまま動かない。


イゴールの巡回。 支援にジャガーノートが二機。 ここまでは“まだ楽な方”。

公園は、まるで中世の砦のように改造されていた。 芝生は土塁に掘り返され、車は丸ごと埋めてバリケードにされ、 溝の縁には尖らせた杭が並ぶ。

土嚢。

木材。

回収した鋼材。 壊れた現代都市に、石と木の論理を縫い付けたような応急の要塞。

その中心に、例の塔がそびえていた。 東京タワーの半分ほどの高さ。 雲を裂くように紫青の光が脈を打つ。


「指揮部は“確保”が目的だ。」 


リア兵長は静かに言った。


「破壊じゃない。」


「馬鹿の集まりだよ。机上の将官ってのは、どうしようもねぇ。」


スライスは口の端をゆがめる。


「NGD は二個セルを失った。内部構造を探るだけでだ。最後のは――タヌキ・セル、俺の仲間だ。戻った奴はいねぇ。ヤタガラス¹にも、連邦にも、情報を送る暇さえなかった。」


彼は深く息を吐き、頭を振る。


「俺に言わせりゃ……あんなもん、軌道上から焼き払うべきだった。」


「精密打撃は却下された。」


リア兵長は即答した。


「FIONA がこの区画を“ギャップ・ゾーン”²として警告してる。軌道スキャンは全滅――LiDARも、サーマルも、まともなデータが一つも返ってこない。 干渉が強すぎて、屋上より上は全部“霧”扱いだ。」


スライスは鼻で笑っただけで、その先は何も言わなかった。


――知らないのだ。

NGD に真実の半分すら渡されていないことを。


地元の抵抗は激しかった。 ISB の生き残り、散り散りになった警官隊、 そして連邦が撤収時に置き去りにした人々。 人間も、異界人も。 寄せ集めの装備に、拾い物の銃。 それでも彼らは、連邦がほとんど顧みなかった“大義”のために血を流した。


どこが“統合”だ。


屋根の抜けた天井から雨が吹き込み、 リア兵長のライフルに細かな音を刻んだ。 耳がむず痒い。濡れた髪の先で雫が張りつく。


通信が小さく開いた。


『シルヴァン、こちらフェアリーベイト。』


リア兵長の耳がわずかに動いた。 落ち着いた声。揺るぎない声。聞き違えるはずがない。


――モリ伍長なら、確かにこんなコールサインを選ぶ。


「もう少しマシなのにしろって言ったのに。」


リア兵長は小声で返した。


「AO はごった返してる。イゴールの巡回。ジャガーノートは最低二機。


柵の向こうは視界ゼロ。」


一拍、沈黙。

その奥で紙の擦れるような気配。 笑っている。あの人は、向こうで。


『了解。輪入道(ワニュウドウ)も同行中で、すでに稼働状態だ。 イージー中隊が向かっている。合流したらタイミングを合わせる。 そっちはどうだ?』


リア兵長は言葉を詰まらせた。 視線は自然と周囲へ流れる。 背後に身を潜める二人――

相変わらず調子っぱずれなリッカ上等兵と、ぶつぶつ文句をこぼすスライス。


――見慣れた顔じゃない。


昨夜、フォックス中隊が食堂を埋め尽くしていた。 レイコが密輸チョコを掲げて笑い、 ナオトが分けてもらおうと取引を持ちかけては、毎度負けていた。 あの数時間だけは、食事も、冗談も、 隠した恐怖でさえ“普通”に思えた。


リッカ上等兵の無遠慮な火花は、 嵐の前に笑っていたレイコの表情にどこか似ていた。 スライスの短気はナオトを思わせたが、若さではなく傷が滲む。 違う人間で、違う戦争なのに―― 鼓動の“リズム”だけは同じだった。


だからこそ、胸の奥がざわつく。

ただの残響じゃない。 レイコとナオト――


いや、それ以上に、置いてきた兄妹の気配を運んでいる。


ハジメの無鉄砲さ。

アリスの揺らがない静けさ。


胸がひきつれた。


もう聞こえるはずのない声が、 食卓から呼んでいる気がした。 あの家は、今や東京のさらに奥深く。


――集中しろ、リア。


「こちら準備完了。」


リア兵長はようやく答えた。


「合図を待つ。」


『イージー中隊はまだ向かってる。……もう少し粘れ。』


回線は開いたまま。 雨音の向こうで、微かな笑い。 その声が柔らかくなる。


『……大丈夫か?』


息が止まった。 作戦のことか。 それとも――彼女自身のことか。


「“大丈夫”の定義による。」


リア兵長はかすかに笑った。 彼には届かない、小さな笑み。


「やれる。問題ない。」


一瞬の沈黙。


多くを語らない人だった。 だが口にする言葉はいつだって重かった。 昔から変わらない。

まだ家が近かった頃、公園で。 年上の少年たちに囲まれた彼女の前に立ち、 モリは声だけで場を収めた。 ナオトが助けを呼びに走る間、 一度も拳を上げずに。

誇りのために戦うのではない。 必要なときだけ、必要な理由で。


だから人は彼に従った。 あの頃からずっと。


カティアはそれを一番に見抜き、 リアは遅れて気づいた。 もしかしたら――それが二人の違い。


『……了解、シルヴァン。』


少しの間を置いて、彼は続けた。


『下では、頭を冷やしていけ。』


回線が切れ、雨がその隙間を埋めていった。


時間が伸びていく。20分、もしかするともっと。

砕けたコンクリを撫でる雨のざらついた音。 ライフルを叩く細かな滴。 隣で静かに息を整えるリッカ上等兵。 後方では、スライスが小さく文句をこぼしている。


待機時間は、どんな作戦でも一番きつい。 羽田の確保、多摩の橋を 0500 までに占拠――

無茶な予定だったのに、“老いぼれ”がそれをさらに前倒しした。


いまや完全に予定は瓦解している。 アカネ伍長とあの戦車は川向こうで立ち往生。 主力は橋の上で泥に沈み、 イージー中隊は北側で得体の知れない何かと格闘中。

巡回は飽きもせず同じルートを歩き続け、 その背後をジャガーノートがゆるく進む。 肉と鋼の巨大な影――半分眠った獣のうめきのような振動。


リア兵長は体重をずらし、固まった脚を伸ばした。 雨は冷えたが、耳の先にはまだ細かな滴がまとわりつく。 雨音は再び一定のリズムに戻った。 一秒ごとに糸のように引き延ばされていく。 三つの刃が同時に落なければ、計画は死ぬ。


――早く、イージー。


リッカ上等兵がふぅ、と息を吐いた。


「これ以上待たせる気ならさぁ……」


鈍い破裂音がその言葉を断ち切った。


もう一発。


続いて、北西から霧雨を抜けてパルスライフルの連射が響いた。

巡回が歩みを止めた。 最初に動いたのは一体のイゴール。 長身で、兜に筋が入り、装甲には粗い紋が刻まれている。 そいつが手を上げ、軋むような言語で何かを吠えた。 残りは完璧に同期して応じた。


「階級制……あるんだ。」


リア兵長は息をひそめてつぶやいた。 指揮系統。 誰かが、こいつらに“規律”を教えている。


「無脳ドローンのくせに、ね。」


印のついたイゴールが鋭く腕を振り、 武器で盾を二度叩いた。 金属音が雨に響く――合図だ。

次の瞬間、小型の二体が列を離れ、門へ向かって走り出す。 残りは印の個体に続き、コンクリートを叩く足音が隊列のまま重なった。


柵の内側から、ローブ姿の者が現れた。 濡れた布が身体に貼りつき、 鋭い異星語が広場を切り裂く。 命令だ。


ジャガーノートが動き始める。 鋼と肉の巨大な影が重々しく歩き出し、 操者たちが横を走り、退き始めたイゴールの列に歩調を合わせていく。


リッカ上等兵がにやりと笑った。


「ほらね。あたしが歩く前に、向こうが勝手に動いてくれたじゃん。」


リア兵長はスコープに身を寄せた。 守備兵力は急速に減っている――すでに半数が消えていた。

イヤーピースがぱち、と鳴った。


『こちらフェアリーベイト。』


モリ伍長の声が低く、しかしはっきりと響く。


『イージーが予定より早く交戦に入った。待ち伏せだ。守備隊が奴らに向かっている。』


短い間。


『向こうの軍曹が決断した。俺も同じ判断だ。いまが好機だ。 守備が戻る前に塔を落とす。俺の合図で動け。』


リア兵長の鼓動が一定のリズムに戻る。 リッカ上等兵、スライス――


一度ずつ視線を送り、ふたりとも落ち着き払っているのを確認した。 どこか懐かしい。胸が痛むほどに。



――もう誰も失うな。



「了解、フェアリーベイト。待機に入る。」


リア兵長は続けた。


「で……今回の合図って?」


わずかな笑い。いつだって厄介ごとの前に出る癖のある、あの掠れた声。


『見りゃわかる。』


通信が切れた。



……



――だから心配なんだ。彼の“合図”ほど怖いものはない。



最初は、雨。 それから、大地が震え始めた。

南から低い唸り。


エンジン。パルスリアクター。急速に迫ってくる。 周囲の壁が震え、巨大な何かが目を覚ましたように軋む。


スライスが眉をひそめた。


「なぁ……これ、合図だったり?」


答えは、雷鳴のように叩きつけられた。

二ブロック先――


建物が外側へ弾け飛んだ。 粉塵、ガラス、炎。 輪入道(ワニュウドウ)が骨組みを突き破って突入し、 キャタピラがコンクリを粉に砕く。 砲塔が吠え、突撃してきたジャガーノートが空中で爆散した。 溶けた破片が雨と一緒に降り注ぐ。


煙の向こう。


輪入道(ワニュウドウ)の隣を進む影が見えた――


モリ伍長、エレナ上等兵、コウタ上等兵。 機械の歩調とぴたり一致した動き。

警報が鳴り響く。 基地が目を覚ました。


リッカ上等兵が、弾けるように笑った。 明るく、野性的で、抑えの利かない笑い。


リア兵長も、胸の痛みを抱えたまま、思わず口元が緩む。 ナオトならきっと――これを見て飛び跳ねていただろう。 無謀で、馬鹿げてて、それでいて美しい混沌。


「仕事の時間。」


リア兵長は新しいマガジンを叩き込み、身を起こした。


「速く、強く。奴らが何に殴られたのか理解する前に、神の元へ送る。」


リッカ上等兵はライフルを構え、 スライスはデモバンドを起動状態にした。

三人は廃墟を飛び出し、雨の中へ駆けた。 戦車の咆哮の下、嵐の口へと。


速さが求められる。

徹底が求められる。

そして今回は――


容赦なくやる。


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___________________________________


脚注


1) SPECIAL OPERATIONS COMMAND/特殊作戦司令部(SOCOM)

アーケイン・フロンティア戦争期、三権合同体〈トライフェクタ〉防衛局の管轄下で暗躍していた連邦の秘匿組織。

主な任務は、諜報、破壊工作、そしてインペリウムに占領された自治地域での抵抗運動の統括。 その活動範囲は国境を越え、多岐に及んだ。

“サンライズ作戦” においては、SOCOM のハンドラーが NGD(非正規分隊)と連携し、各地域で暗号名を使用して行動していた。

関東抵抗組織に割り当てられた暗号名は “ヤタガラス”。 運命の転換をもたらす三本足の神烏にちなみ、大きな変革の前兆を象徴する名とされた。


2) MANA-INTERFERENCE FIELD/魔力干渉域(MIF)

連邦軍がエリュシア聖帝国と初接触した際に確認された異常現象。

連邦の科学班は、これを高密度のマナ格子によって形成される“干渉ドーム”と推測している。

電磁・レーダー・重力波といった各種信号を歪める、あるいは吸収する性質を持つ。

聖帝国軍はこの現象を軍事転用し、野戦魔導師による展開型 MIFを運用することで、兵力移動や拠点を広範囲に隠蔽している。

連邦軍では、この干渉で伝達情報が熱源も移動も地形すら“無”として返ることから、該当地帯を “ギャップ・ゾーン” と呼称。

この脅威に対抗するため、連邦は AETHER 通信・中継システム の開発を開始した。


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