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アーケイン・フロント  作者: メグメル
【サンライズ作戦編】第七章:ソウルテイカー
38/50

ソウルテイカー⑤

章の最後に脚注があります。

世界が、断片で戻ってきた。


耳鳴り。肺を焼くオゾンの匂い。まぶたの裏には、まだ青い曳光が残っている。

アカネ伍長は目を瞬かせた。涙と泥で滲む視界。髪の先から水が滴り、息を吸うたびに腐臭と鉄の味が混ざる。 膝の上には、ずぶ濡れのカービン。今や銃というより鉄の棒だ。 EGシリーズは戦場向けに設計されていたが、水はどんな回路にも天敵。


分解整備しても、次にまともに発砲できれば奇跡だった。


「大丈夫か?」


顔を上げる。

若い兵士が立っていた。差し出された手――揺るがず、確かで、現実だった。 焦点が合うまで何度か瞬きをする。年は自分と同じくらいか、少し上か。だが、その瞳に宿る静けさは久しく見ていなかったものだった。


「お姉さん?」


差し出された手を取る。官給品のグローブは使い込まれてざらついている。それでも、そこから伝わる温もりが、ひどく現実的だった。


息が漏れる。笑いとも嗚咽ともつかない。


「……一生分の加護を使い果たしたかも。ありがとう」


息を整えながら、掠れた声で名乗る。


「第一機械化〈オセロット〉第四小隊、黒宮茜伍長」


兵士は頷き、彼女を引き起こしてからわずかに視線を逸らした。

アカネ伍長もその理由に気づく。湿気でタンクトップが肌に張り付き、息づかいが胸の奥に響いていた。

咳払いして一歩下がる。


「……ど、どうやって私を?」


「監視カメラだ」


分隊長は目線を外したまま答える。


「下水網の監視カメラに映ってた」


「……そう。ともかく、感謝する」


住之江(すみのえ)!」


分隊長が肩越しに声を飛ばす。


「手当てを頼む」


「は〜いは〜い、今行くよ〜」


ちゃぷり、と水を蹴る音。

暗がりの奥から小柄な影が現れた。 場違いなほど明るい笑み。衛生兵章は傷だらけ、手袋には黒い染みが焼きついている。


衛生兵(えいせいへい)――今では珍しい存在だった。


「うわぁ〜、かわいそうに。これ、けっこう深いね〜? じっとして、動くともっと痛くするよ〜、えへへ」


アカネ伍長は眉を寄せた。


“スミノエ”――衛生兵は、いたずらっぽく笑いながら距離を詰めてくる。

近い。距離も、空気も。戦場の緊張感とは正反対の柔らかさだった。


「……もっと酷いのは慣れてる」


「それは頼もしいね〜」


衛生兵(えいせいへい)は楽しげに口笛を鳴らしながら、薄いドレッシングを貼り付けた。


「じゃあ、エルデューは使わないで済むね。あれ、木から生えるわけじゃないし〜」


アカネ伍長は鼻からゆっくり息を吐いた。 視線は衛生兵の肩越しに流れ、部隊全体をざっと見渡す。


四人のレンジャーが下水道の通路を分担して展開していた。 それぞれが担当区画を静かにカバーしている。その動きに迷いはなく――互いを信頼している者たちのそれだった。

長い耳のエルフがライフルを構えている。鋭い目をしていたが、どこか落ち着かない。神経質にも見える。 アンダーバレルの装備からして、たぶん擲弾手だ。


もう一人は重パルスライフル『セミ』を構えている――さっき自分を救った、あの轟音の持ち主。 気だるげな態度に見えたが、その視線は隣の選抜射手の女兵士に張り付いていた。

静かで、冷静で、いかにも職人気質。


最後尾では通信兵が、NGDの戦闘員と軽口を交わしていた。 訛りが強い――関西弁かもしれない。

衛生兵が手を引いた頃には、最初に彼女を助けた分隊長――あの男――が、もうライフルを点検していた。 落ち着き払っていて、どこまでも冷静だ。


「さっき、名前聞いてなかったな」


アカネ伍長は掠れた声で言った。


「……あんた、誰?」


男はライフルをロー・レディに構え直し、まっすぐ彼女を見た。


森田(モリタ)龍己(タツキ)伍長。第44強襲レンジャー師団」


短い間、アカネ伍長はその顔を見つめた。

――なんとも、奇妙な連中だ。


「助かったよ」


包帯の上から手を軽く握り、感触を確かめる。


「で……レンジャー隊がこんなところで何してんの? 本来は羽田の制圧任務じゃなかった?」


モリタ伍長は姿勢を正し、声を落ち着けた。


「そのはずだった。けど、砲撃支援はハズレだ。羽田はもう無い。今は〈ポイント・レイン〉が集合地点――だが……」


軽く肩をすくめる。


「……まあ、少し寄り道しただけだ」


「これで“寄り道”なら、長回りは聞きたくないね」


『セミ』の兵がぼやき、隣の射手が鼻で笑った。 モリタ伍長は訂正もせず、淡々と彼らを流した。

それから、もう一度アカネ伍長に視線を戻す。


「もし生きて帰れたら、酒でも飲みながら全部話そう。――今度は君の番だ。どうしてここに?」


アカネ伍長は鼻から息を吐いた。


「……同じ理由さ。違う地獄なだけ」


言葉は乾いていた。


「私の乗員はまだ近くの廃墟に籠もってる。エンジンは瀕死、無線は沈黙。イゴールや、もっと厄介なのに見つかる前に助けを呼びに来た。〈輪入道〉が沈めば、私は――」


そこで、言葉が喉の奥で止まった。


“ソウルテイカー”が仲間を案じる――笑い話みたいだ。


「……〈魔導師(まどうし)〉と交戦した」


代わりにそう締めくくった。


「攻勢はもう膠着状態よ」


魔導師(まどうし)、だと?」


モリタ伍長の背後から別の声がした。NGDの戦闘員――白い腕章は汚れで灰色に染まり、銃を低く構えた姿勢のまま歩み出る。 態度は緩く、目だけが鋭い。


「インプどもが魔法使いをこの距離まで出してるなら……司令部は想像以上にヤバいな」


アカネ伍長はわずかに体を構えた。


「……あなたは?」


白石隼人(シライシハヤト)。NGD工兵隊――爆破担当だ」


軽く腰を折る。その所作には礼儀と皮肉が半分ずつ混じっていた。


「けど、あんたには“スライス”って呼ばれたいね。東京陥落の数ヶ月後から、ずっとこいつらとやり合ってる」


顎でモリタ伍長を指す。


「レンジャーどもが、シフターに食われかけてた俺を引っ張り上げてくれた。今は借りを返してる最中ってわけさ」


モリタ伍長は肩をすくめた。


「制御室を掃討した時から同行してる。地形は俺たちの地図より詳しい」


スライスがにやりと笑う。


「お前ら、〈魔導師〉とやり合ったって? ……ひょっとして〈エンゲルス・プライムの魔女〉じゃないか? 金髪のハイエルフで、戦闘服とは呼べない格好してただろ?」


アカネ伍長が口を開く前に、隣から甲高い声が割り込んだ。


「はい、そこまで! タンクのお姉さん、まだ動かない!」


不意に腕を引かれる。

見上げると、さっきの衛生兵が目を細めていた。


「まだ処置中。動いたら、ナイフ勝負で負けたみたいな顔になるよ〜?」


視線を横に流し、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「――ま、あのガンナーさん相手ならそっちのほうがマシかもね」


「おい!」


前方から抗議の声。衛生兵は鼻で笑った。


「リッカ。住之江六花(スミノエリッカ)。よろしくね〜」


「大丈夫だよ」


アカネ伍長は言って、半ば腰を上げかけた。


「おや〜? 本当〜?」


リッカ上等兵はにやりと笑って身を乗り出す。


「じゃあ、ちょっとだけ痛いことするけど、平気でしょ?」


指先が傷口に触れると、アカネ伍長はぎゅっと顔をしかめ、歯を鳴らした。リッカ上等兵は満足げにくすくす笑う。


「ふっ、やっぱりね。じっとしてなよ」


モリタ伍長が鼻で小さく息を吐き、抑えた笑みを浮かべる。


「スミノエ、急いでくれ。そろそろ全員出発できるようにしておく」


「で、そのメイジってのはどういうのだ?」


スライスはまだにやけ顔のまま訊く。


「エルフの女、高身長でブロンド、肌にぴったりした服で戦ってたとか?」


アカネ伍長は顔を上げた。


「そう。あの女だ」


「ほう」とスライスが低く吐き、続けた。「あの魔女な。屠殺者ブッチャーが出てた時にも見た。来るはずだと思ってたよ」


アカネ伍長は眉をひそめる。


「ブッチャーって…? ちょっと待って、意味がわからない。ここはマナが枯れてる世界だろ? どうやって魔術師がいるんだ?」


リッカ上等兵は最後の包帯を貼り終え、満足げに鼻歌をひとつ。


「はい、終わり。ドクターの手順通り。二度と噛まれないでね、わかった?わかったよね~」


アカネ伍長は肩をすくめ、カービンの具合を確かめる。


「…ありがとう、たぶん」


スライスはライフルを担ぎ直してトンネルの奥を見やる。


「長い話だ。ここに来た理由は達成してる。次は何だ、伍長?」


モリタ伍長はアカネ伍長に向き直り、穏やかだが硬い声で言った。


「俺たちはポイント・レインへ向かう。ここは安全じゃない。戦闘に適応できないなら一時的に合流して、撤収まで共にすることもできる」


「待ってくれ」アカネ伍長は銃を強く握りしめる。「私は置いていかない。戦車、輪入道はまだ外にある。乗員が二人生きてる。護衛を少し回してくれれば、動かしてやれる」


モリタ伍長は薄く舌打ちして、暗闇の中で彼女をじっと見た。


「それは無茶だ。司令部に回収を要請できる――」


「回収チームは間に合わない!」


アカネ伍長の声がトンネルに響く。


「今言ったことを聞いてないのか? 私の乗員だ。助けが必要なんだ」


息が詰まりそうになる。


「彼らはヒヨコだ。新兵。子供だ。置いていけないんだ。」


モリタ伍長の表情がわずかに変わった。 その目に宿る重みは、言葉にせずとも伝わる。

ゆっくりと息を吸い込んでから、低く言った。


「……つまり、集合地点から外れるってことか。しかも装甲部隊の救援に。俺たちには命令があるんだぞ」


「お願い……」


その言葉は、気づけば勝手に口をついていた。 小さく、けれど確かに――懇願の声。自分でも驚くほど素直だった。


モリタ伍長の視線が彼女に留まる。


「これは司令部の命令か? それとも――個人的な判断か」


アカネ伍長は口を開きかけて、閉じた。

命令か、感情か。義務か、罪か。


結局、それに何の違いがあるというのだろう。

その問いが、妙に腹立たしかった。

嘘をつくこともできた。


任務命令だと偽り、命令系統を利用して彼を従わせることも。 彼女も伍長、階級は同じ。 これまでも似たようなことをしてきた――


信じられない命令に従い、知らない顔の死体を数え、通り過ぎてきた。

繰り返すたび、少しずつ楽になった。 少しずつ、痛みを忘れていった。



――ここまでは。


静寂が壁のように周囲を包む。 下水の臭気。足元の水音。包帯の下で疼く傷。 それらが全部、頭の奥で鈍く重なっていく。

彼女は思い出す。


まだ上で待っている二人のヒヨコたちを。 若く、怯え、必死にしがみついて、それでも彼女を信じている。 まるで彼女が――何かを救える人間であるかのように。


“ソウルテイカー”。

“死神”。

“呪われた女”。

そう呼ばれてきた。


いったい、いくつの命をその名の下に葬った? どれだけの亡霊が、今もこの闇の底に付きまとっている?


その胸の奥で、ようやく気づく。 これは任務のためじゃない。 連邦のためでもない。

これは――自分のためだ。


まだ壊していないものを、今度こそ守ろうとしているだけ。 神様ってやつは、ほんと意地が悪い。

喉が詰まる。 声を出したとき、それは思っていたよりもずっと小さく、柔らかかった。


「――あれは、私のクルーだ。それだけで十分な理由になる」


モリタ伍長は動かなかった。 すぐには答えない。無関心ではなく、何かを計っているようだった。

沈黙を破ったのは、別の声だった。


「ポイント・レインが最優先です、伍長」


鋭く、どこか高慢な声音。狙撃手の女兵士だった。


「まさか感情で判断を誤るようなことは、ありませんよね?」


モリタ伍長の視線が彼女へ向く。唇は動かない。


「彼女の言う通りですよ」


今度は『セミ』を構えたガンナーが口を開く。照準器から目を離さずに。


「もう十分踏み込みすぎてる。これ以上は遠足みたいなもんだ」


「二人とも、もう決まってるって思ってるんだね」


静かな声が前方から届く。 耳の長いエルフの兵士だった。


「でも、この人はいつも自分の正しいと思う方を選ぶ。

 それがどんな結果になっても――ね」


エルフはアカネ伍長を一瞬見てから、モリタ伍長へ視線を戻した。


「やるなら、やり遂げる。それだけ。ただ、覚悟だけはしておいて」


一拍の沈黙。


モリタ伍長はゆっくりと息を吸い、ヘルメットの側面に二本の指を当てた。


「――FIONA」


その名を聞いた瞬間、アカネ伍長の背筋が冷たくなった。

あの声。


彼女の部隊を――仲間を何度も破滅へ導いた、冷徹な知性体。

合理的で、効率的で、そして――血を流さない存在。


「戦術オーバーレイを展開。周囲二キロ圏内の連邦信号を検索」


モリタ伍長は淡々と指示を出し、通信越しの応答に耳を傾ける。 視線が、部隊とアカネ伍長の間を行き来する。


「……戦車は?」


短い沈黙。そして、ひとつの息。 それから――鼻で静かに息を吐いた。 その音に、覚悟の色が混じっていた。


「――それで、決まりか」


モリタ伍長は小さく、どこか独り言のように笑った。 その笑みに、もう迷いはなかった。

覚悟は、すでに決まっていたのだ。


ヘルメットに添えた手を下ろし、アカネ伍長と視線を合わせる。 アカネ伍長は姿勢を崩さずに立っていたが、その眼差しにはかすかな諦めが滲んでいた。 FIONAが助力を進言するはずがない――リスクが大きすぎて、利益が小さすぎる。


「――レンジャー、気を引き締めろ」


モリタ伍長の声が、静かに通路へ響いた。

ガンナーがあからさまに呻き、 エルフがわずかに口角を上げる。もう結果を悟っていた。


「弾薬チェック。出発は一分後。……オオサカ」


通信兵が後方から顔を上げる。


「大隊本部に伝えろ。〈ポイント・レイン〉へ合流――」


アカネ伍長は、静かに息を吐いた。



「――戦車支援付きで」



思わず顔を上げる。


モリタ伍長はもう一度アカネ伍長を見た。


「輪入道まで護衛する。まだ息があるなら、動かして〈ポイント・レイン〉まで一緒に行く」


一瞬の沈黙が落ちた。


狙撃手の女兵士が息を吐き、微笑のようなものを浮かべる。


「まったく、伍長は予想通りですね。……司令部が同じ楽観を共有してくれればいいですが」


ガンナーがぼやきながら『セミ』を引き抜く。


「チッ、またこれかよ」


衛生兵が笑いながら医療キットを閉じた。


「いいじゃん。今度は歩かなくて済むし〜。タンクに乗れるなら大歓迎でしょ?」


NGDの男――スライスがニヤリと笑う。


「弾がまだ残ってるなら、そいつは神様級の奇跡だな」


「隊列を整えろ」


モリタ伍長の声は静かだが、確固としていた。


「移動準備。――行くぞ」


アカネ伍長は一度だけ頷いた。疲労の奥に、わずかな闘志が戻る。


「……後悔させない。ありがとう、伍長」


モリタ伍長は小さく、諦めにも似た笑みを浮かべて銃を整える。


「まだ生きてたら、その時に感謝してくれ」



――


いい連中だ。



アカネ伍長は一歩前に出た。 カービンをロー・レディに構え、静かに言う。


「じゃあ、私が先行する。道は把握してる。せめて――」


「だ〜めだよ、タンクのお姉さん」


リッカ上等兵の軽い声が、きっぱりと言葉を遮った。 場違いなほどのんきな口調。にやりと笑いながら肩をすくめる。


「まだ片目が見えてないし、血も止まってない。せっかくの私の同情と包帯が無駄になるでしょ〜?」


アカネ伍長は眉を寄せる。


「……見える。十分に」


リッカ上等兵は乾いた笑いを漏らしながら、手袋越しに人差し指を振った。


「近視で頑固。かわいいけど、だ〜め」


そして前方を親指で指す。


「あれがリア。エルフの兵長。耳がレーダー代わりで、今日はまだ噛まれてない――ほぼ、ね。先行は彼女」


エルフが振り返る。 その動きに合わせて、小さな笑いが隊内に広がった。


――死線を何度も越えた者にしか出せない、乾いた笑い。


「大丈夫。ルートを教えてくれれば、そこまで行く」とリア兵長は穏やかに答えた。


モリタ伍長が頷く。


「聞いたな。先行は兵長、後衛はオオサカ。残りは通常隊形だ」


リッカ上等兵がウインクをひとつ飛ばし、アカネ伍長の横を通り過ぎる。


「ね? 役割分担。お姉さんは回復、私たちは射撃、そしてリアは見た目担当。完璧でしょ?」


アカネ伍長は鼻で息を吐き、思わず口元に小さな笑みを浮かべた。


「……あんたたち、いつもこんな調子なの?」


「さぁね〜、タンクのお姉さん」


リッカ上等兵はひらひらと手を振りながら列に加わった。


「私が合流してまだ数時間だけど、ま〜退屈はしないね〜」


戦車への帰路は、概ね静かだった。

途中、数度イーゴルの巡回と鉢合わせたが、レンジャーたちにとっては取るに足らない障害だった。 短く、正確な射撃。三秒もかからない。 イーゴルが脆いのは知っていたが――この兵たちの動きを間近で見るのは、また別の意味で恐ろしかった。


無駄がない。冷徹で、機械的で、そして――美しかった。


アカネ伍長は、ようやく自分がどんな集団の中にいるのかを理解し始めていた。

彼らはまだ歴戦の兵ではない。


だが〈恐怖(きょうふ)〉が、彼らをその形に鍛え上げていた。

それでも十分だった。


少なくとも、彼女を欺くには。


列の先頭では、エルフ――リア兵長が、疲労すれすれの警戒心を纏って進んでいた。 呼吸のたびに肩がわずかに上下し、耳が音を拾うたびにぴくりと震える。 角を曲がるたびに、息を止めていた。 銃の握り方さえ――強すぎて、かすかに震えていた。


恐怖を越え、燃え尽き、それでも歩くことしかできなくなった者の姿だった。

中程では、NGDの戦闘員スライスが列を保っていた。


部隊の一員ではないはずなのに、その動きは自然で、むしろ馴染みすぎていた。 多くを見てきた人間の目。だが、まだ語る余地を残した目。 連邦の記録上では単なる不規則戦闘員――だが、このトンネルの中では、その言葉が重みを持っていた。


アカネ伍長も耳にしたことがある。


ルミナラIIの〈屠殺者〉、エンゲルス・プライムの〈魔女〉―― 帝国は彼らを〈勇者(ゆうしゃ)〉と呼んでいた。 一人で戦局を覆す者たち。 スライスの語り口は、それを伝説のように描く。召喚された者、あるいは神に選ばれた存在。


彼らの力は、帝国が数多の敵を屈服させてきた理由でもあった。

どこまでが真実で、どこからが兵士の与太話なのかは分からない。 だが――そのほんの一部でも本当なら、今まで見てきたことの説明がつく。 あの一撃で部隊を吹き飛ばした術式。 あの霧が、一個中隊を丸ごと呑み込んだ理由も。


後方では、通信兵――オオサカ上等兵が、間を持たせるように軽口を叩いていた。 半分は皮肉、半分は自分の神経を落ち着かせるため。 隊の他の面々は、慣れきった短い相槌で返すだけ。 長い付き合いの中でしか生まれない呼吸が、そこにあった。


ガンナーのツジ上等兵は、重パルスライフル『セミ』を抱えている。 短気で、何にでも噛みつく性分らしい。 リッカ上等兵の軽口にも、オオサカ上等兵の訛りにも、前方のリア兵長の静かな警告にも。 だが、結局どれも効かない。 やりすぎれば――モリタ伍長、あるいはあの射撃手が一瞥を送るだけで、黙る。


シロガネ上等兵――興味深い兵だった。

見た目だけなら、前線にいるタイプには見えない。 むしろ、こんな泥の中とは無縁な環境で育ったような気品すらある。 言葉の端々にも品がある。発音も整っていて、話すたびに「自分が正しい」と確信している人間の響きを持っていた。


それが傲慢なのか、規律なのか――アカネ伍長には判別がつかなかった。 だが、他の兵たちは彼女の言葉を自然に受け入れている。 特にツジ上等兵。 シロガネ上等兵がひと言、あるいは視線を向けるだけで、まるでスイッチを切られたように大人しくなる。


理由は分からない。 かつて共に戦場を越えたのか、あるいは彼女が単に扱いが上手いのか。 いずれにせよ、その間には言葉のいらない呼吸があった。 同じ血を流した者たちにしか築けないものだ。


「出口が見える、モリ」


リア兵長が静かに報告する。


「特に異常なし。地上の爆発音だけ」


「じゃあ、“魔女”はまだ暴れてるってわけか」


モリタ伍長が返す。


「オオサカ、他部隊の通信は?」



――そして、モリタ・タツキ伍長。


彼は“分隊長”らしくはなかった。

若く、どこにでもいそうで、印象の薄い男。 だが、隊は彼を中心に動いていた。 重力のように。声を荒げる必要などない。 命令は、空気に溶けて伝わっていく。


その静けさには、危うさがあった。 恐れを知らぬ者のものではない。 死を受け入れた者の静けさ。


――自分は生き残れなくても、誰かが生きる。 その確信だけで動く人間の目だった。

アカネ伍長には、それがよく分かった。


「第一機械化の報告やと、まだ橋ん向こうに取り残されてる部隊がようけおるらしいっすわ」


オオサカ上等兵がだるそうに言いながら、ヘルメットの側面を押さえる。


「大隊は今んとこ人員の確認中。命令は変わらず――戦車があろうがなかろうが、集合地点は一緒やて」


「なら、その“輪入道”と合流すればいいだけだ」


モリタ伍長が短く頷く。


「みんな、地上に出る準備を。……この腐った空気とはおさらばだ」


最初に感じたのは、空気の流れだった。 冷たい風がほこりを運び、遠くの爆音がかすかに混じる。

ひとり、またひとりと梯子を上がり、地上に出る。 銃口を上げ、周囲を警戒。 最後にオオサカ上等兵が這い出てくると、鉄蓋が重く鳴り、暗闇が封じられた。


「もうすぐだ」


アカネ伍長が呟く。


「あと数ブロック先にある」


モリタ伍長が拳を上げ、進行の合図を送る。 部隊が二分され、シロガネ上等兵とツジ上等兵が伍長に続き、他の兵はリア兵長のもとへと集まる。


進軍は慎重だった。


一方が動けば、もう一方がカバーする。 一歩ごと、角を曲がるたびに音を殺し、静寂の中を進む。

やがて――リア兵長のライトが何かを反射した。


金属の光。



あった。


瓦礫の中に、輪入道が半ば埋もれていた。 青い結晶が装甲から突き出ていて、まるで凍りついた血管のようだった。 その周囲の鋼は焼け焦げ、真っ黒に変色している。 アカネ伍長には、その損傷の記憶がなかった――いや、思い出したくなかったのかもしれない。


心臓が跳ねた。


誰かが声をかける前に、彼女は隊列を飛び出した。 水たまりを蹴り、一直線に走る。


「クロミヤ!」


誰かの呼ぶ声。 だが届かない。

冷たい鋼を掴み、勢いで車体をよじ登る。 金属はまだかすかに温もりを残していた。

レンジャーたちは自動的に散開し、銃口を扇状に構えて警戒を固める。 モリタ伍長は無駄な言葉を挟まない。


アカネ伍長は車体上のキューポラに手をかけ、そこで止まった。

訓練が、体の奥から蘇る。


――三回叩く。

合言葉。


喉が鳴る。 拳を握り、ハッチを叩く。


――一度、二度、三度。


「……アサヒ!」


静寂。 息を殺す。

中から、震える声が返ってきた。


「……フジ!」


アカネ伍長は、無意識に溜めていた息を吐いた。 胸の奥がひどく痛い。

ラッチを回し、全身の力でハッチを押し上げる。


籠もった空気が吹き出した。 汗と油と、鉄のような血の匂い。 狭い車内の中、二つの顔がこちらを見上げていた。 蒼白で、汚れて、目を見開いたまま。


――生きてる。


その事実だけで、胸が崩れそうになった。


「……私だ」


声が掠れる。


「戻ったよ」



……誰も動かない。



視界が暗闇に慣れていく。

一人目――カニナイトの砲手。 手が震え、拳銃の銃口が膝の上で小刻みに揺れている。 もう一人――鬼の装填手。 両手で手榴弾を握りしめていた。


ピンは――抜けている。 指はスプーンを押さえたまま。


アカネ伍長の息が止まった。 全身が警鐘を鳴らす。


――驚かせるな。

――速く動くな。


「……ねぇ」


声をできるだけ低く、柔らかく。 ゆっくりと身を乗り出す。 巫女だった頃に、何度も口にした祈りの声色で。


「もう大丈夫。よく耐えたね。……安全だよ」


二人は、瞬きもしなかった。

……

アカネ伍長の腕が中途半端に止まる。


「……名前、教えてくれる?」


小さく、掠れた声だった。

最初は返事がなかった。 やがて、カニナイトの唇が震える。


「……ウメ。小槻梅(コズキウメ)上等兵……」


「――小槻ウメ」


アカネ伍長はその名を噛みしめるように繰り返した。


「……いい名前だね」


隣の鬼が、ごくりと喉を鳴らしてから続いた。


大久保椎凪(オクボシイナ)。上等兵です」


アカネ伍長は小さく頷いた。 ウメとシイナ。 〈輪入道〉の砲手と装填手。


――自分の、仲間。


誓っていた。 もう、名前は覚えないと。 もう、守れないものは増やさないと。

――自分が生き延びたあと、何人消えた?


けれど今だけは、彼女はその名を胸の奥に刻んだ。

喉が詰まる。


「……あのとき、そばにいられなくてごめん。だから――もう一度、最初からやり直そう」


声は震えていた。 それでも、笑みは崩さなかった。


「黒宮茜、伍長。よく頑張ったね。……遅くなって、ごめん」


大久保上等兵の息が引きつる。 握った手榴弾がかすかに鳴った。 アカネ伍長は両手でその手を包み、指を導くようにしてそっと押さえた。


「息をして。……もう大丈夫」


ゆっくりと、痛いほど慎重に、シイナの指先が緩む。 アカネ伍長はレバーを親指で押さえたまま、装填手のベストに手を伸ばした。 フラップの中、抜けたピンが二つ。


「……いい子」


彼女は安全ピンを差し込み、ロック穴にねじ込み、カチリと音がするまで固定した。

ひとつ。 そして、もうひとつ。


緊張がほどける。 重い息が同時に吐き出され、手の中の手榴弾は、ただの鉄塊に戻った。


「中の様子は?」


頭上からモリタ伍長の声。 気遣いと警戒が滲む。 アカネ伍長は息を整え、短く返した。


「生きてます。……でも、精神がやられてる。衛生兵を。早く」


「了解。」


彼女は振り返り、かすかに笑った。


「助けを連れてきた。衛生兵さんが診てくれる。……いいね?」


二人のヒヨコが、か細くも確かに頷いた。


「……よし」


アカネ伍長が小さく呟いた。 誰にでもなく、自分に向けて。


キューポラをよじ登り、外に身を出す。 汗に濡れた肌を、夜気が冷たく刺した。 戦闘の喧噪よりも、今の静寂の方が重い。 空には雨雲が広がり、息を吸うたびに金属と埃、それに手袋に染みついた血の匂いが鼻を突いた。


乾いたブーツ音が響く。 軽く、早く――それでいて、どこか場違いな足取り。 振り返ると、リッカ上等兵が〈輪入道〉の車体によじ登っていた。 惨状の中で浮かぶような笑み。ハッチを覗き込み、陽気な声を上げる。


「おやおや〜、なんてけなげな子たちでしょ〜? ……降りても?」


アカネ伍長の腹の奥がひきつった。 この明るさは、あまりにも場違いだ。 だが、止めなかった。 人には、それぞれの“やり方”がある。 特に衛生兵には。


無言で頷く。


リッカ上等兵は片目をつむってウインクし、するりとハッチの中に消えた。 ブーツの底が金属を鳴らす。


アカネ伍長は、ただ立っていた。 車体の傍らに視線を落とし、息を吐く。

その横に、モリタ伍長が音もなく立った。 無言のまま、水筒を差し出す。 アカネ伍長は一瞬迷ったが、受け取ってひと口。 鉄臭いぬるい水が喉を通る。 手が、微かに震えた。


言葉はない。


崩れた都市の向こう――紫がかった青の光柱が雲を突き抜けていた。 情報部が「自然現象」と片づけた、あの光。


やがて、ハッチからヘルメットがぴょこんと顔を出した。 リッカ上等兵だ。 ひょいと身を乗り出し、軽やかに地面へ降り立つと、手袋の埃を払いながらいつもの調子で言った。


「診断、聞きたい〜?」


アカネ伍長は戸惑いながらも頷く。


「ショック、脱水、神経ズタズタ〜……」


リッカ上等兵は指を一本ずつ立てながら、まるで買い物リストのように明るく並べた。


「だからね〜、標準の戦闘後ケア・パッケージを投与しといた! ま、軍の教本じゃ『知らない人からアメもらうな』とは教えてくれなかったし〜」


「……戦闘後、なに?」


アカネ伍長の声が平坦に落ちる。


リッカ上等兵はメディックバッグをかき回し、小さな鉄製の缶を取り出した。 へこんだ蓋の表面には、マーカーで落書きのような文字が走っている――その丸っこい筆跡は、どう見ても彼女のものだった。

缶をくるりと手のひらで回しながら、満面の笑みを浮かべる。


「これがね〜、“ガタガタ病”には一番効くんだ〜」


明るい声。


「神経を落ち着かせて、パニックを追い払って、幽霊も追っ払って――ついでに歩けるようになる!」

それから、自分に聞かせるように蓋に書かれた文字を読み上げた。


「“レンジャー・ミント¹”。」


いたずらっぽくウインク。


「……ミントの味はしないけどね〜」


水筒が手から滑り落ち、コンクリートにぶつかって転がった。 中の水が淡く光りながら広がっていく。



――何かが、切れた。



アカネ伍長はリッカ上等兵の胸倉をつかみ、〈輪入道〉の転輪に叩きつけた。 声は雷鳴のように裂ける。


「クズレク――あの子たちにクスリ食わせたのか!?」


「クロミヤ!」


モリタ伍長の声が雨音を割ったが、耳には届かない。


「ちょ、ちょっと、痛っ――!」


アカネ伍長はリッカ上等兵を見下ろした。 荒い息。肩が震える。怒りが全身を駆け抜けていた。 衛生兵の笑みはまだ残っていたが、それはもう癖か、反射のようなものだった。 彼女の目が、それを焼き払った。


リッカ上等兵の声が低くなる。冷たく、鋭く。


「それで? あんた、忘れたの? あたしたちが命張ってる理由」


ヘルメットの奥の瞳が細められる。


「心が壊れたクルーなんて、ここじゃ足手まといなんだよ」


「ち、違う……私はただ――治療を頼んだだけだ! 洗脳しろなんて言ってない! 彼女たちは、子どもなんだぞ!」


雷鳴が答えた。


リッカ上等兵はヘルメット越しに空を見上げ、静かに息を吐く。 その視線が、真っすぐアカネ伍長を貫いた。

周囲ではレンジャーたちが警戒陣形を締め直す。 銃口がわずかに揺れ、空気が張りつめる。 誰も、口を開かなかった。


リッカ上等兵が舌打ちした。


「……知ったこっちゃないね」


グローブの手が、慣れた動きでアカネ伍長の指をはがしていく。


「慈善でやってるんじゃない。あたしたちはこの任務を生かすために首を突っ込んだ。 その戦車が鍵なんだよ」


声が硬くなる。


「生かすために、必要なことはやる。ローテが来るまでは“ミント”で繋ぐ――気に入らなくてもね」


顎を引き、鋭く言い切る。


「……だから、手を離してもらえないか、伍長様?」


「クロミヤ伍長。」


モリタ伍長の声が、空気を切った。 低く、静かで――しかし、命令の響きを帯びていた。


アカネ伍長は横目で彼を見る。 声は穏やかだが、構えは違う。 いつでも止めに入れる姿勢だった。


「言いたいことは分かった。……衛生兵を離せ」


反論の余地はなかった。

アカネ伍長の指が小刻みに震え、それからゆっくりとほどけた。 鼻から息を吐き、わずかに後ろへ下がって距離を取る。 それでも、視線はモリタ伍長から外さない。


「――さっき助けてもらった借りは、まだ返してない。あんたの指揮も、部下たちの働きも尊敬してる」


声は低く、抑えられていた。


ほんの一瞬、視線がリッカ上等兵をかすめる。


「けど、うちのクルーと〈輪入道〉は、そっちの所有物じゃない。その一線は、越えさせない」


モリタ伍長はしばらく彼女を見つめ、それから静かに頷いた。


「了解した」


彼はリッカ上等兵に向き直る。


「スミノエ。次から投薬する時は、必ず俺に確認を取れ」


「は〜いは〜い♪」


いつもの調子に戻ったリッカ上等兵が、軽く敬礼してみせる。


「了解っすよ〜、伍長様」


モリタ伍長はその軽口を無視し、再びアカネ伍長に目を戻した。 表情はわずかに和らいだが、その声音には変わらぬ強さがあった。


「……だが、あいつの言ってることにも一理ある。ここで慈善活動をしてるわけじゃない。援護はする――が、戦車を動かしてもらう。それが条件だ」


アカネ伍長は一度息を吸い、怒りを押し込めるように声を落とした。


「……彼女たちがまだまともに動けるなら、十分もあれば再起動できる。けど、司令部との通信は無理だ。無線が壊れてるか、あるいは妨害されてる」


「型番、AN/PRC−X7か?」


後方からオオサカ上等兵の間延びした声が飛んだ。


「……何それ?」


「AN/PRC――あー、もうええわ。」


オオサカ上等兵は歯の隙間から息を漏らし、苦笑混じりに肩をすくめる。


「言おうとしたのはな、あんたらの無線はウチらのAETHER²に比べたら骨董品やてこと。けどまぁ、この辺のマナ干渉はまた別次元のアホやしな。見せてもらえたら、なんとかなるかもしれん」


モリタ伍長の視線が二人を往復してから、短く頷いた。


「よし。頼んだぞ、オオサカ。〈輪入道〉のクルーと行動を共にしろ。……今度は壊すなよ」


「了解っす、伍長!」


オオサカ上等兵はニヤリと笑みを浮かべ、〈輪入道〉を見回していた。 まるで玩具屋に放り込まれた子どものような目だ。


アカネ伍長は、呆れと諦めのあいだでため息をつく。

――まさか、自分がこんな連中に命を預けることになるとは。


モリタ伍長は振り返り、いつもの冷静な声で指示を飛ばした。


「全員、司令部との通信は常時開放。シロガネ――スキャナーを起動しろ。俺たち以外の反応があれば、真っ先に報告を」


次に、その視線がNGDの戦闘員へ向く。


「スライス」


ライフルを点検していた男が顔を上げ、片眉を上げた。


「勝手にあだ名で呼ぶなよ」


モリタ伍長は鼻から静かに息を吐く。


「……じゃあ、シライシ」


「そっちの方がマシだな。で、伍長?」


モリタ伍長は顎で遠くを示した。 雲を突き抜けるように、紫がかった青の光柱が天へと伸びている。 空を裂く傷口のように。


「あの光柱だ」


彼は低く言った。


「司令部は『ランダムライト』って呼んでたが……お前はどう見てる?」


スライスの笑みが消えた。 ライフルを肩に担ぎ、遠い光を見つめながら目を細める。


「“ただの光”、ね。お上品な呼び方だ」


一拍置いて、口調を変える。 それは嘲りではなく、どこか乾いた皮肉だった。


「なぁ、伍長。ひとつ聞く。――『ブッチャー』や、あの魔導師(まどうし)どもが、どうして地球で魔法を使えてると思う?」


アカネ伍長はモリタ伍長と目を交わし、静かに頷く。 他の隊員たちも、言葉なくその問いに耳を傾けた。


スライスはわずかに口角を上げた。 誇りとも、苦味ともつかない笑み。


「――それが、答えだ」


顎を上げ、光の柱を指す。 オオサカ上等兵が低く口笛を鳴らし、ニヤリと笑う。


「やっぱ、オレの見間違いちゃうかったんやな」


スライスは何も言わず、ただ小さく頷いた。




「――あれは、“マナ・タワー”だ」

___________________________________


脚注


1) UFS-MED/047-CN 戦闘用(せんとうよう)神経(しんけい)調整剤(ちょうせいざい)

製造元:アングサルヴォル製薬社(買収前)

連邦軍兵士向けに開発された、神経刺激剤兼抗不安剤のハイブリッド製剤。 ミントサイズの錠剤一つに、ナノ制御型アンフェタミン、合成セロトニン調整剤、認知安定化因子を精密配合。

恐怖反応の抑制、運動震戦の安定化、長期戦闘および外傷下における作業集中力の維持を目的とする。

副作用:感情鈍麻、短期記憶障害、脱水、攻撃性の亢進、化学的依存性。

地上部隊兵士の間では俗に「レンジャー・ミント」と呼ばれる。


2) AETHER(Advanced Electromagnetic Thaumic-Interference Hardened Encrypted Relay/次世代戦術通信システム)

魔力干渉対策として開発され、ルミナラII戦役で初めて実戦投入された次世代型戦術通信システム。

高魔力環境下でも安定した通信を維持し、地上部隊と軌道艦隊のリアルタイム連携を可能にする。

電磁ハードニングと高度な暗号化処理を組み込み、魔力干渉のみならずEMP攻撃に対しても強固な耐性を備える。


現代の戦場において不可欠な通信基盤のひとつとされている。

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