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アーケイン・フロント  作者: メグメル
【サンライズ作戦編】第六章:アッシュフオール
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アッシュフォール④

「気を抜くな、レンジャー!」


伍長の声が銃声を裂く。ライフルが跳ね上がり、アンダーバレルのショットガンが吠えた。 突進していたイゴールが火花と金属片を散らしながら崩れ落ちる。

コウタ上等兵は振り返らない。〈セミ〉の引き金が指に食い込み、蒼白の弧光を吐き出す。 HUDに赤が灯る──落とす。また三つ点る──落とす。 潰しても潰しても、赤は尽きない。


LZ-Sはすでに溢れていた。 最後の落伍者が転げ込む頃には地獄そのもの。 防衛線など名ばかり。 崩れた掩体に身を押し込み、片腕に包帯を巻いたまま射撃する兵。

増援もなし。 指揮に繋ぐ手段もなく、ヘリックス中隊はいまだ姿を見せない。


「オオサカッ! 無線はどうだッ!」


伍長の声が飛ぶ。視線は前線と、唯一の望みに交互に走る。


「3分──いや2分や!」


ヘッドセット越しに返る声は荒い。関西訛りを無理に陽気に装っている。


「お望みなら懐中電灯で照らしながらやるけどなぁ!」


「一分でやれッ!」


「暗闇でこのグチャグチャ直せるならやってみぃや!」


二分? 笑わせる。

コウタ上等兵は信じない。 四分かかればまだ幸運な方。 その間に防衛線は消えている。


左を見る。

エレナ上等兵のライフルが正確に弾を刻む。 完璧な精度。だが肩は硬直し、白くなるほど銃を握り締め、震えを抑えていた。

イゴールの群れが波のように掩体を叩く。 金属の体が掩体を軋ませ、鉤爪が銃や装甲を引っ掻く。 蒼白の閃光が闇に弾け、群れを積み上げる。 次の群れが屍を踏み越えて押し寄せる。

コウタ上等兵は一体を撃ち倒し、振り向き、また一体。 HUDは赤く染まったまま。

弾薬表示までもが赤に染まる。


一発一発が、次の死神に届かぬ恐怖に変わる。


「来るぞッ! 構えろ、構えろォ──ッ!」


蒼光の弧が奔る。


最初の一閃が左翼を薙ぎ払う。 人もイゴールも蒼光に呑まれ、瞬時に消えた。

二閃目が中央を縦断。 銃座を構えたレンジャーの巣を一直線に貫く。

刃が上がり、線を引く。

たった一動作で、さらに三人が地に倒れた。


騎士。

あの怪物が追ってきた。 彼らを押し潰すように。


「オオサカ、リレーは──ッ!」


伍長の声が回線を裂く。緊張がにじんでいた。


「……いける……繋がったッ!」


コウタ上等兵のHUDに〈AETHER〉のアイコンが再点灯する。 オオサカ上等兵の荒い息がネットに漏れる。


「FIONAとのリンク──復旧ッ!」


伍長は一拍も無駄にしなかった。


「ネプチューンよりFIONA──ハンマー1、目標指定、三点測位!」


次の瞬間、コウタ上等兵のHUDが明滅する。



【目標三点測位 要求:視認(複数)】

CPL. 森田 龍己

PFC. 辻 康太

PFC. 白金 エレナ



考えるな──動け。


彼は〈セミ〉を跳ね上げ、巨影へと照準を叩き込む。 その一拍後にはエレナ上等兵も並び、視界をロックする。 HUDが再び点滅。

コウタ上等兵は息を止めた。



            【目標三点測位 要求:視認(複数)】

              CPL. 森田 龍己[ACTIVE]

              PFC. 辻 康太[ACTIVE]

              PFC. 白金 エレナ[ACTIVE]


                 【視認成立】



赤いダイヤが騎士の輪郭に浮かび上がり、リアルタイムで動きを追う。

――FIONAの声が響いた。


《砲撃:準備完了。》

「デンジャー・クローズ──送れ!」


空が裂け、一条の白熱が落ちる。



──そして音が追いついた。



雷鳴のごとき衝撃が滑走路を貫き、歯を軋ませ、骨を震わせる。380ミリ砲弾が星のごとく降下し、騎士の進路へ突き刺さった。

コウタ上等兵の耳が悲鳴を上げる。閃光と熱と衝撃波が一度に押し寄せ、20メートル以内のイゴールどもは煙と破片の中へ吹き飛ばされ、直撃地点の奴らは跡形もなく消え去った。


戦場が凍りつく。怒号もない。パルスライフルの音もない。小型の機械どもすら足を止め、群れの進撃が揺らいだかのように。まるで一撃が奴らの度胸を叩き潰したように。


沈黙を破ったのは、モリタ伍長の声だった。


「白金、スキャンを寄越せ」


エレナ上等兵は息を殺す。唇はまだ衝撃の余韻に震えていた。耳も間違いなくコウタ上等兵と同じように焼き切れている。それでも彼女は僅かに視線をコウタ上等兵へ寄越し、彼は短く頷いた。二人は同時に遮蔽物の縁から身を起こす──彼は〈セミ〉を構え、彼女はスコープを覗く。


「……コウタ。」


彼女は冷ややかだが鋭い声音で言う。


「……私の位置に敵弾を引き込むのはご遠慮願いたいわ。」


コウタ上等兵は目を翻し、乾いた笑いを漏らした。


「なら、外すなよ。」


「私は一度たりとも外してないわ。」


鋼の光を宿した瞳で、彼女は即座に返す。


HUDが真紅に染まる。敵影が増え、収束してくる。


「しつこい連中ね……」


エレナ上等兵が舌打ちする。


「伍長、敵影が──」


言葉の途中、青い閃光が煙を裂いた。第二列を抉る一撃。爆風が彼らの肺を奪い、土砂と破片の雨が降り注ぐ。


「くそっ……!」


エレナ上等兵が言葉を噛み切った。わずかに崩れた冷静さが滲む。


「状況が悪化──今すぐ!」


「撃ちまくれっ!!」


一斉にパルスライフルが応えた。


コウタ上等兵は見た。光跡を辿り、発射源を捉える。新たなイゴールの群れの中に、暗い影が立っていた。三百メートルも離れていない。

わずかな瞬間、舞い上がった砂塵がその輪郭を縁取る。空気そのものが歪むように。


「380ミリを食らって……まだ立ってやがる。」


コウタ上等兵は自分の声すら届かないように呟いた。 エレナ上等兵を振り向く。いつもなら返す皮肉も、今はない。ガラス越しの視線に映るのは、同じ絶望の色だけ。


──騎士。


380ミリの精密軌道砲撃は、第一線から押し出したに過ぎなかった。殺しきれていない。

握る手に力が入り、震えが走る。疑念が、恐怖が、氷のように染み込んでくる。

ここが墓場になる。


……


ヘリックス中隊だけでは救えない。


「ネプチューンよりFIONA、増援の到着予定は?」


モリタ伍長の声が通信に割り込む。緊迫し、しかし揺るぎなく。


《ヘリックス中隊──到着予定、五分後。スタンバイを継続せよ。》


「5分だと!? もたねぇ──!」


《訂正不能。通信途絶──優先度再評価中。大田区──戦況悪化。》


短い間。冷ややかな声が続く。


《増援部隊──再配備の可能性あり。前線安定化を優先。》


5分……仮に来るとしても。


騎士なら2分で蹂躙できる。 フォックスとジョージは六倍の兵力で突入し、生還したのは二十にも満たず、その大半が瀕死か戦闘不能だった。


増援は、ただの統計の数字に消えるだろう。


コウタ上等兵が舌を打つ。〈セミ〉のコッキングハンドルを引き、残弾表示が赤く点滅し続けるHUDを睨む。

敵は止まらない。第一線はすでに崩壊していた。


騎士が迫る──第二防衛線まで200メートル。


HUDが点滅する。残り弾薬は最後の一箱。


あの“フェイド野郎”ですら、これで終わりだと悟っているように見えた。腕のブレスレットを何度もなぞり、数珠を繰るように。


「……プロトコル〈アッシュフォール〉。」


モリタ伍長の声が無線に割り込む。


「ネプチューンよりFIONAへ──増援を取り消し、大田区への再配備を指揮部の意図どおり実行せよ。」


一拍。

機械の声が戻る。


《警告──プロトコル〈アッシュフォール〉発動時、羽田宇宙港は全損。確認は当チャンネルの全責任。実行可否、回答を。》


短い沈黙。


コウタ上等兵は鼻で笑う。──これがモリタ伍長。“フェイド野郎”。“あのクソ伍長”。

FIONAは口実を与えてしまった。


「上等だ。どうせこれも“あのクソ伍長のせい”にされるんだろ。」


フレアガンをホルスターから抜き取り、装填。金属音が短く鳴る。


「プロトコル〈アッシュフォール〉──繰り返す、プロトコル〈アッシュフォール〉!」


赤い閃光が夜空を弧を描き、爆ぜた。戦場全体を血のような光が染める。束の間、すべてが止まり、その光へと視線が吸い寄せられる。


《確認──プロトコル〈アッシュフォール〉》



【FFID同期完了。〈レイヴン〉──味方識別マーキング開始】



──轟音が降ってきた。


深く、荒々しく。核融合ドライブが天を裂き、戦場全体に響き渡る。やがて砲門が唸る。鋼と肉を引き裂く金属の咆哮。


震電IIIの全火力。


一機目が低空を掠め、開けた場所にいたイゴールを粉砕する。二機目が東から突入し、ナパームとスマート爆弾を投下。三機、四機、五機……地獄のロケット弾、掃射、シンデンの全火力が夜を切り裂いた。


初めて、騎士がよろめく。足を止めた。


モリタ伍長──この野郎にしては──無駄はない。


「リア、脱出ルートを確保しろ。白金、コウタ──」


鋭い眼差しが二人に向く。


「第三線まで下がれ。あの騎士が追ってきたら俺たちが止める。」


「了解、伍長。」


エレナ上等兵がコウタ上等兵の肩を叩く。唇には煤と灰にまみれながらも、笑みの欠片。


「伍長を褒めるなんて、いつから?」


コウタ上等兵は鼻を鳴らし、〈セミ〉を握り直す。


「まだ嫌いだ。だが、俺たちを生かすためにデンジャー・クローズを二度も呼び込む奴だ。そりゃあ逆らう気はなくなる。」


反論を許さぬかのように、空が応える。


ハンマー3──380ミリの軌道砲撃が怒りを込めて落ちた。夜空が裂け、炎と鋼が柱のように降り注ぎ、宇宙港を丸ごと呑み込む。


地面が揺れる。耳が焼ける。肺も歯も震える。黒い雪のような灰が降りしきる。


イゴールの群れは砕け散り、散り散りに逃げる。騎士の姿はどこにもない。


赤いフレアが照らす安全圏から、コウタ上等兵は廃墟を睨み続け、笑みを浮かべた。ほんの少し、騎士とその群れに哀れみを覚えるほどに。


「モリ、出口確保!」


フェイドの声が割り込み、確かな響きで届く。


「発射台の整備門──“雉”マーク!」


モリタ伍長は一瞬も迷わない。


「フォックスは最後尾だ。ジョージ、中でも動ける者を優先しろ。快適さは後回しだ。」


赤い光が頭上に漂い、ヤマシロの火力を味方に逸らし続ける。その下で伍長の声が響く。


「気を抜くな、レンジャー! 段階的後退だ──誰一人置いていくな!」


コウタ上等兵は〈セミ〉を肩に担ぎ直した。

隣でエレナ上等兵がスコープの砂を払う。視線は固く、前方を射抜いている。


フェイドとオオサカ上等兵がすぐ背後に入り、言葉もなく隊形が整う。運悪く数体のイゴールが発着パッドに食い込んできたが、フェイドの手榴弾とオオサカ上等兵のそこそこ正確な射撃で、瞬く間に屑鉄へと変わった。


フォックス中隊とジョージ中隊、合わせて約二百五十名が羽田宇宙港に送り込まれた。命令は単純だった──砲台を沈黙させ、ターミナルを確保せよ。


0250時点。フォックスとジョージは壊滅。羽田は鋼鉄とコンクリートの墓場と化した。作戦は失敗と判定された。


だが三十名を超えるレンジャー──負傷者も健在者も含めて──が、一人の伍長に命を救われた。


森田 龍己(モリタタツキ)伍長。


ある者には〈フェイド野郎〉。

ある者には〈あのクソ伍長〉。


だが羽田を生き残った者にとって、彼はただ一人──〈アッシュフォール伍長〉。



あの紅い信号弾が空に燃え続ける限り、彼らは生き延びる。


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