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アーケイン・フロント  作者: メグメル
【模範市民編】第四章:礼節よさらば
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礼節よさらば④

章の最後に脚注があります。

作業場の中は外より暖かかったが、空気には焦げた樹脂とハンダ付けの臭い、そして古びた汗のにおいが染みついていた。N15コミュニティセンターの心臓部とも言えるこの中規模のプレハブ施設は、戦争機構の一端として機能している。


壁際には、バイザーやアーマープレート、ファイバーメッシュの束、半組立てのブーツが散らばった作業台が並んでいた。隅の一角では、ファブリケーター¹のフレームがカバーで覆われたまま、低く脈打つような駆動音を響かせていた。稼働待ちだ。拘束下にあっても、戦争への奉仕からは逃れられない。


ナオトは静かに作業場に入った。誰にも気づかれずに。


作業場は、まるで機械のような規則正しさで動いていた。すべての作業台が稼働中で、誰かが膝当てを縫い合わせ、留め具を締め、あるいはAETHERフィールドラジオ用のコンポーネントをハンダ付けしていた。奥の方では、誰かがブーツプレスを操作しており、蒸気が周期的に吹き出すたびに機械音が室内に響いていた。


ナオトの目が室内をひと通り流れる。いた。奥のほう、クリップボードを手にして立つモリタの姿。眉間にしわを寄せ、フジワラ老人の言葉を一語一句逃さず書き留めている。


ブロック2Aの副代表の“右腕”として、日々の雑務や苦情対応、翻訳サポート、装備検査、内務の管理など、あらゆる役割をこなしてきた男。


――いつ見ても、妙に落ち着いてるよな。


ナオトは舌打ちをした。


別に嫌いってわけじゃない。いや、ほんとに嫌ってるわけじゃないんだ。ただ——モリタのあの自然な適応力が、どうしても気に障るのだ。どんな状況でもすぐに順応し、まるで当然のように立ち回る。


もしゲームのキャラなら、【カリスマ】と【知恵】にステータス全振りして、毎回ダイスで高値を出すタイプ。そんな感じだ。


だからこそ、無視できない。嫌でも、目につく。


ナオトは一歩、また一歩と足を進めながら、作業台の上に並ぶ装備に目を走らせた。


一見すると、どれも標準装備。


連邦軍支給の、青みがかったグレーのセラミック複合装甲。角ばった設計に、弾道繊維メッシュ、アブレイティブ加工、ゲル状クッションのインサート——どれも見慣れたものばかりだ。マニュアルや装備紹介の動画を腐るほど見てきたおかげで、今となっては無駄な知識がやけに役立っている。皮肉な話だ。


——だが、いくつか、妙な点があった。


ヘルメットの側面には、ごく浅い凹みが彫られていた。ドームの上部には、小さなモジュールポートのカバー。どちらも、知識がなければ見落とすような細工だ。中には、妙にずんぐりとした作りのアーマーセットもある。背部補強、肩周りの余裕、そして胸当ての幅がやけに広い。鎖骨の部分が間延びしている。


——サイズの問題じゃない。これは、意図された設計だ。


ナオトは眉をひそめ、特に一つのヘルメットに目を留めた。普通じゃない。


『……あれ、規格外だな。ここで何作ってんだ?』


作業場の奥から、藤原おっさんの声が騒がしい背景の中を通って響いた。


「……今月末までに五百ユニットのノルマか。ほんとに、数字ばっかり気にしやがる。ま、やるしかないな。いつか、あの連中も自分の手でノルマを組んでみりゃいい。」


藤原(フジワラ)おっさんは第2Aブロックの代表であり、N15コミュニティセンターの工房主任でもあった。レイコの父親で、ナオトが今まで会った中でもっとも信頼できる人物の一人だ。かつて、収容される前は大手IT企業のCEOだったと、何気ない会話の中で語ったこともある。もしインターステラ・タングにもっと堪能であれば、モリタにここまで頼ることもなかっただろう。


「……ここまで時間が経って、なぜ今になって?」


モリタの問いに、藤原おっさんは軽く肩を叩いて返した。


「人間、追い詰められれば基準も変わるさ。」


彼は目を上げずに言った。


「どんなに整った機械でも、限界を超えれば妙な音を立てる。」


モリタは顔を曇らせた。


「……まさか、彼らを……?」


「わしは、この収容所の誰よりも長く異界人たちと働いてきた。地球は、あの子らにとっても故郷だ。」

藤原おっさんは鼻から静かに息を吐いた。


「信頼されたいなんて、思っちゃいねぇよ、あの子たちも。だが、実力でそれを勝ち取る。連邦にその価値があるかどうかは別としてな。」


ナオトは一歩踏み出し、声を投げた。


「……幽霊に装備でも作ってるのかと思ったぜ。」


モリタが顔を上げ、そこにいたナオトに気づいて瞬きをする。


「ナオト。」


「PXの補給品が届いたか?」


藤原おっさんがわずかに身体を向け、ナオトに目をやった。


ナオトはうなずいた。


「うん。銅、アルミ、合成板。それに金の回路も。」


「よし。」


藤原おっさんはファブリケーターを顎で示した。


「モリ、ホッパーが止まる前に一号ベイに流し込んでくれ。」


モリタは手にしたクリップボードを静かに置き、すでに動き出していた。


ナオトはほんの一瞬、その場に留まった。視線が作業台のヘルメットに再び戻る。高い位置にカットアウトされたポート。明らかに規格外だ。


「班長……ちょっと、単なる好奇心で聞くんだけど」


ナオトは小声で言った。


「ここで何が起きてんの?ここの装備、半分くらい規格から外れてる。上の連中、気づいてないのか?」


藤原おっさんはすぐに答えず、唸るような、ため息のような音を漏らした。


「気づいてるかもな」


視線は新しく組み上がった品物から離さずに、いつもと同じ調子で続けた。


「好奇心は悪いことじゃない。だが今は、やるべき仕事がある。」


おっさんは顎で外を示した。モリタがすでに物資を確認しているのだろう。少なくとも、しようとはしているはずだ。だがクレートはナオトのコードシリンダーがないと開かない。それだけは、まだ自分の仕事だった。


「手伝ってやってくれ。陰謀より、クレートのほうが得意だろ……うちの娘がいつも言ってるぞ。」


ナオトはそれ以上追求しなかった。浅く頷いて、プレハブを出た。


ラバの荷台のそばで、モリタはすでにクレートの中身を確認していた。右手には高級感のあるコードシリンダーが握られている。ナオトのものとは違い、明らかに上位の権限を持っていそうだ。おそらく開けられるのはクレートだけではないだろう。


『やっぱりな。』


「手伝ってくれる?」


モリタは穏やかな笑顔を浮かべたが、その表情には隠しきれない疲れが滲んでいる。それはただの疲労だけではないかもしれない。


「問題なさそうだ。こっちは俺がやるから、合成板を運んでもらえるか?」


ナオトは黙って頷き、荷台に登って次のクレートを手に取った。


二人は静かに作業を進める。ときおり、モリタのスキャナーが電子音を響かせる以外は、荷台からクレートが動く、鈍い音だけが響いていた。


口を開くつもりはなかったが、言葉は勝手に出てきてしまった。


「……笑えるよな。いつも俺だけ知らされるのが最後だ。」


ナオトはぽつりと呟いた。


モリタの手は止まらなかった。ただ静かに、笑いともため息ともつかない音を漏らすだけだ。


「それが命令系統ってもんだ。」


ナオトは鼻を鳴らした。


「そうだよな。それで毎回痛い目見るんだけど。」


モリタは何でもないように肩をすくめた。


「知らされないことだってあるさ……でも、俺たちも無関係じゃないだろ。」


二人はクレートを運ぶ間、ほとんど言葉を交わさなかった。


警報も騒音もない。ただ静かな作業、慣れた手つき、そしてさらなる秘密。部屋の隅のファブリケーターが静かに佇み、稼働を待っている。モリタは手馴れた様子でクリアランスコードを入力し、資材の投入口を選び、合成板をフィードトレイに整然と並べていく。


機械が応答し、いつものようにカチリという音と低いうなり声を上げた。


ナオトは自分の持ってきたクレートを投入口のレールの横に下ろし、そのまま作動し始めた機械をじっと見つめた。


少しの間、彼は動かなかった。ただディスプレイ上で瞬く設計図を凝視する。


装甲プレートの図面が形成される。その背面は規格品より明らかに幅広く、背骨の両側には凹型のパネルロック機構が内蔵されていた。開閉、または脱着が可能な仕様。


また規格外だ。


『俺に何を隠してるんだ?』


ナオトは歯を食いしばり、つい鋭い口調になった。


「これは……どう見ても偶然じゃない。こんな細かく装備を改造するなら、絶対に理由があるはずだろ。」


モリタは目を上げず、静寂をかき乱すように端末を叩き続けた。


「そうかもな」


しばらくして、モリタはぽつりと言った。


「ふざけんな」


ナオトは吐き捨てるように言った。


「今朝からずっとみんな黙り込んでる。お前も、何か知ってるんだろ。藤原のおっさんと四六時中一緒だろ。何かデカいことが起きてる、それを知ってるんだろ?」


モリタの指がコンソールの上で止まった。それでも彼は振り返ろうとしなかった。


「もしそうだとして、それがどうした?」


ナオトは相手を睨みつけ、苛立ちが胸の奥がムカついてきた。


「この状況で、まだそうやってごまかすつもりかよ?」


旧友はようやくナオトを振り返り、いつもの平静な表情を向けた。ナオトが次第に嫌悪感を覚えつつある、あの表情だ。


「あと数週間もすれば、嫌でも答えが分かる。」


「そりゃ便利な話だな」


ナオトは鼻を鳴らした。


「俺だって、どこまで話していいか知らないんだ。本当だよ」


「へえ、じゃあ何なら話せるんだ?」


モリタは鼻からゆっくりと息を吐きながら次のシーケンスを入力し、ファブリケーターが再び動き出すのを見つめていた。


「今月末までに、五百ユニットのノルマを満たすために動いてる。それなら信じられるか?」


ナオトは眉を寄せ、腕を組んだ。


「五百って……何をだよ?規格通りの装備か、それとも——」


ナオトは指差した。ディスプレイに表示された設計図の背中のパネルが…


「——この変則仕様のやつか?」


「さすが愛国者」


モリタは皮肉交じりに呟く。


「……規格通りなら簡単だろうな。六種類のアーマーバリエーション、四種類の生体プロファイルを扱って、しかも24時間休まず動いてる製造ラインが一本だけなんて状況じゃなければな」


モリタは再び画面を叩いた。新たな設計図が瞬いて現れた——ヘルメット型だ。規格外の大きさで、側頭部に窪みが入ったバリエーション。


ナオトは頭を傾け、少し目を細めてから、軽く肩をすくめた。


「……それなら、わざわざ変える必要ねぇだろ。」


モリタはそれ以上答えなかった。ただ機械が静かに稼働する様子を眺め、一歩後ろに引いて腕を組み、かすかにため息をついた。


「これが規格通りなんだよ……」


機械が低く唸り、プレートが一枚ずつ滑り出してくる。


規格通り、か。


『もはやそれが何を意味してるのかも分かったもんじゃねぇな……』


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脚注


1) KMYダイナミクス製「FA-1」ファブリケーター

2075年、連邦による初期の植民計画において初導入されたモジュラー式三次元成形装置。原材料からインフラ部品、モジュラーアーマー、基礎電子機器までを製造可能とするユニットである。三菱・川崎・安川の統合によって成立した統一戦争後の企業体「KMYダイナミクス」によって開発された。堅牢かつ信頼性の高い設計は70年以上にわたって使用され続けており、現在も辺境植民地、収容キャンプ、低優先拠点などで多数の派生型が稼働中。

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