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アーケイン・フロント  作者: メグメル
【模範市民編】第三章:砕かれた平和【下】
17/37

砕かれた平和【下】⑤

章の最後に脚注があります。

群衆の視線がモリタに集まる。ざわめきが止まり、空気が張りつめた。

モリタは視線を受け止めながら、まっすぐトミタ伍長を見た。


「通訳します」


落ち着いた声だった。


トミタ伍長は一瞬だけ目を細め、彼を見極めるように見つめたあと、短く頷いた。


「……いいだろう。他には?」


次に前へ出たのはカティアだった。羽を小さく揺らしながらモリタの隣に立つ。


「私も手伝う。母語だから、きっと伝わる」


続いてリアが迷わず歩み出る。鋭い視線で周囲を一瞥してから口を開いた。


「私も。誰かがちゃんと聞かせないと」


ナオトは一瞬ためらったが、すぐに手を挙げて前に出る。


肩を張って立ち、気まずそうに笑った。


「四人いれば心強いでしょ。俺も、役に立ちたいんだ」


リアが呆れ顔で彼を見た。


「アンタ、異界語ギリギリだったじゃん? ノートだって全部私の写してたくせに」


「う……うるさいな!」


ナオトが顔を赤くしながら声を上げる。


「でも……指示さえくれれば動けるから! 本気で手伝いたいんだ!」


四人を見渡すトミタ伍長の表情に、わずかに和らいだものが宿る。


「……感謝する」


メガホンを掲げ、群衆に向き直った。


「よく聞いてください。連邦は現在、“鉄鬼”と呼ばれる敵勢力の襲撃を受けています。奴らは突然現れ、数において優勢で、無差別に殺戮を行っています。人間も、異界人も、戦闘員も関係ありません」


視線をゆっくりと群衆に滑らせながら続ける。


「この場にいる皆さんは、まだ“運が良い”方です。すでに別の場所へ移送された人々もいますが、安全は保証できません。防衛戦力には限界があります」


一度言葉を切り、メガホンを下げた。


「この列車が、生きてここを出られる唯一の手段です。」


トミタ伍長の言葉が、静まり返った構内に響いた。異界人たちの間でざわめきが広がる。


「兵士たちは可能な限りここを守ります。だから、整列して乗車を。押し合わないこと。指示に従ってください。」


拡声器を下ろすと、彼女はモリタの方を見た。


「通訳を。」


モリタは一瞬だけ迷い、すぐに一歩前へ出た。


《兵士たちは、最後まで戦う。だから——落ち着いて列車に乗ってくれ。それが君たちの唯一の希望だ。》


すぐさまカティアが続いた。声に優しさと確かな流暢さがあった。


《まとまって動いて。兵士の指示に従って、絶対に慌てないで。ここにいる間は、安全が守られてる。安心して。》


リアも割って入り、質問を投げかけてくる異界人たちに一つひとつ簡潔に応じていった。


《列ごとに進んで。家族は一緒。荷物は手元に。兵士の誘導に従えば問題ない。》


ナオトも声を上げた。たどたどしく、所々日本語と英語が混じっていたが、懸命だった。


《あー……行って? あっち、行く。スローで。はい! そこ、行って——! だいじょうぶ、みんな……生き残ろう!》


最初は警戒の色を浮かべていた群衆も、少しずつ足を動かし始めた。荷物を抱えた家族たちが互いを見合い、兵士たちと構内を見ながら、おずおずと列を組み、プラットフォームへ向かって歩き出す。

群衆の動きが徐々に秩序を取り戻すのを、モリタは見守っていた。空気の張り詰めた緊張も、ほんのわずかに和らぎつつある。


トミタ伍長は、拡声器を旧駅長に無言で返すと、モリタたちの方に向き直った。


「そこの四人。ついてきて。何かあったら、群衆を落ち着かせる役目、頼む。」


モリタは黙って頷いた。小柄な彼女に対して肩一つ分以上の身長差があったが、その佇まいと鋭い指示の言葉は、見た目以上の威圧感を放っていた。

隣に立つカティアと目を合わせると、彼女は小さく頷き、静かで力強い声で応じた。


「任せてください。」


トミタ伍長の唇がわずかに緩み、険しい表情の中にほのかな笑みが浮かんだ。


「助かる。」


群衆は徐々に動き出した。最初の躊躇いは薄れ、警戒を残しつつも列を作って進み始める。大半は異界人だったが、地下モールからの避難者と見られる人間の姿もちらほら混ざっていた。煤と血にまみれ、持ち物もほとんどないまま互いに身を寄せ合って歩いていく。


モリタたち四人はそれぞれの場所で群衆を導いていた。


リアは耳の尖ったエルフの一家を落ち着いた声で誘導し、カティアは震えるカニナイトの子どもに膝をつき、優しく手を差し伸べる。ナオトはぎこちない《異界語》で指示を飛ばしながらも、笑顔だけは絶やさずに対応していた。


モリタの前には、あの老いたオニ族の男が立っていた。ホロプロジェクターをしっかりと腕に抱えている。


《大丈夫です。兵士の指示に従って、グループと一緒に動いてください。きっと無事に辿り着けます。》


男の目が揺れた。


《あの小さな兵士は……行き先を教えてくれたのか? 家族が……まだ外にいるんだ。どうしても知っておかねばならん……》


《すみません。わかっているのは、羽田宇宙港へ向かうってことだけです。それ以上は……約束できません。》


男は無言で頷いた。だがその目は、遠くの出口の方を鋭く見据えたままだった。


外から断続的に響いていた銃声が、次第に大きくなっていく。金属を引き裂くような甲高い音が混じり、モリタの背筋に冷たいものが走る。足元にはかすかな震え。不規則で、それでも確かに揺れていた。

少し離れた場所で、トミタ伍長はプラットフォーム脇に立ち、通信機からの雑音混じりの音声に耳を傾けていた。小柄な身体が張り詰めた緊張で硬直しているのが、遠目にも伝わる。


「そのラインを死守しろ!エレベーターまで通すな――必要なら爆破しろ!」


胸にかけたライフルのグリップを強く握りしめ、鋭い声で怒鳴る。数秒の沈黙。顎が引き締まり、次の言葉は低く、怒りに震えていた。


「だから爆破しろって言ってるんだ、くそっ……状況は?聞こえない、繰り返す、今の状況を――」


言葉が途切れる。表情はますます険しくなり、目元の緊張が明確だった。


モリタには音声が聞こえなくても分かった。状況は最悪だ。民間人だけではない――兵士たちにとってもだ。すべてが音を立てて崩れようとしていた。歯を食いしばり、プラットフォーム端に集まっていた異界人の群れへと目を向けた。彼らの不安げな囁きが次第に大きくなっていく。


「落ち着いてくれ。」


張り詰めた空気の中、声を落ち着けて呼びかける。


「兵士たちは命がけで皆を守ってる。とにかく、列車に乗ることだけ考えて。」


その瞬間、駅舎の正面扉が爆音とともに吹き飛んだ。


モリタは反射的に振り向いた。そこには、満身創痍の兵士たちが数人、ふらつきながら中へ駆け込んできていた。制服は裂け、血と汚れにまみれ、顔色は青白い。一人は脇腹を押さえていて、装甲に暗い染みが広がっていた。仲間に支えられながら、足を引きずっている。


群衆が一斉に後退し、騒然としたざわめきが爆発した。恐怖と混乱に押され、民間人たちは互いに押し合いながら、兵士たちとの距離を取ろうとする。


「整列!」


トミタ伍長の怒号が空気を裂いた。 ライフルを高く構え、その鋭い一喝に群衆の動きが一瞬止まる。視線は扉と彼女の間を忙しなく行き交った。


「扉を封鎖しろ!」


入ってきた兵士の一人が叫んだ。声は掠れ、極限の疲労が滲んでいた。


別の兵士が体当たりするように扉を押し戻し、重い金属音を響かせて閉じる。数名がかりで施錠を行い、その後方ではプラズマトーチ¹を持った兵士たちが、次々と熔接を始めていく。バーナーの高音が充満する中、金属の継ぎ目が溶かされ、即席の防壁が仕上げられていく。


最後のロックが「カチリ」と音を立てて噛み合った直後、安堵する間もなく激しい衝撃音が響いた。

鋼鉄の扉が大きく揺れる。金属を叩きつける音が響き渡り、空間全体に不穏な震えを走らせた。次第に甲高い引き裂くような音へと変わり、空間の隅々にまで緊迫感が染み渡っていった。


最後に滑り込んだ兵士が膝から崩れ落ち、ライフルを手放したまま荒く息を吐き続ける。

国家保安局のコタニ大佐が彼に歩み寄る。表情は平静を保っていたが、瞳の奥には陰が差していた。


「状況は?」


「……あいつら、四方から来てます……持ちこたえられなかった……来ます。」


「侵入者の処理はどうなっている?」


コタニ大佐の問いに、リアの耳がぴくりと動いた。表情がわずかに引き締まり、鋭い視線が大佐へ向けられる。


「最後尾車両に収容済みです。スペースポート行きです。」


随伴していた兵士が即座に答える。


モリタはそのとき気づいた。リアの表情がわずかに変化していた。顎に走る緊張、指先のかすかな動き。何かを聞き取ったらしい。しかし、声をかける前に、大佐の指示が続いた。


「負傷者と民間人は同じ車両に乗せろ。戦闘不能者を一人でも多く駅から出せ。」


「では、あのシフターたちは……」


兵士の問いかけに、間髪入れずコタニ大佐が言い切る。


「処分しろ。責任は私が取る。いいな?」


「……了解しました。」


わずかな間のあと、兵士が敬礼する。


リアの視線が足元に落ちる。唇を引き結び、鼻から静かに息を吐いた。その顔には、はっきりとした不快感がにじんでいる。声をかけようとしたが、先にカティアの指が彼の腕に触れた。


「今はやめて。」


静かで、どこか切実だった。視線はリアと大佐の間を往復する。


兵士の一隊が列車へ向かって動き出す。駅長が後に続き、肩に掛けた〈グレイヴ〉が揺れていた。駅長は先頭車両へ。兵士たちは駅構内に並べられたドッペルゲンガーたちを引き連れ、無言で最後尾車両へと移動する。


モリタはその様子を黙って見守った。ショックカラーが作動するたび、異様に揺れる彼らの輪郭。人とも獣ともつかない姿が歪む。そのたびに、背筋に寒気が走る。それでも彼は、頭の中で静かに数を数え続けていた。


「最後尾、空いたぞ、チビ伍長!」


兵士の一人が前方からからかうように声をかける。


「まずは負傷者からって言ってるでしょ!チビって言ったな、てめえ後で覚えてろよ!」


トミタ伍長が即座に返した。怒声というよりも、呆れたような響き。


やがて最後のドッペルゲンガーが車内に消え、モリタの唇から、微かに言葉が漏れる。


「……五十体。」


駅長がすぐに戻ってきた。


トミタ伍長はプラットフォームを見渡しながら、民間人と兵士の動きを鋭く見ていた。駅長が近づくと、彼女はすぐに声をかけた。


「進捗は?」


「八九パーセント完了。大半の民間人は乗車済みですが、ゲート付近にまだ数人残っています。それと、負傷者。あの大佐の指示通りです。1号車から14号車までは満員、15号車はまだ半分。できる限り急がせていますが、限界があります。」


トミタ伍長は小さくうなずき、ライフルのグリップを強く握った。


「負傷者の状態は?」


「衛生兵が対応していますが、限界です。」


駅長の視線が最後尾車両へと向かう。数名の衛生兵と民間の志願者が、担架に乗せられた負傷者や肩を貸して支える者を慎重に車内へ運んでいる。声がわずかに沈んだ。


「……羽田まで持たない者もいるでしょう。」


トミタ伍長の表情に一瞬、陰りが走る。だがすぐに軍人の顔へと戻る。


「了解。」


彼女は一歩近づき、声を潜めて問いかけた。


「レールの状況は?」


駅長は短く息を飲んだ。視線を磁気レールの奥へ移す。その向こう側では、連続する衝撃に軌道がわずかに震えている。


「何人かの志願者が〈イゴール〉を撃退してくれました。犠牲も出ましたが、道は確保できました。けど、これが東京駅から出る最後のマグレブになるでしょう。溶接で稼いだ時間も、そう長くは持たない。」


「すぐ動かす。」


トミタ伍長はきっぱりと告げ、わずかに口元を緩めた。


「……〈イゴール〉ね。鋼のゴブリンとは、うまく名付けたもんだ。」


「暇があればホラー小説を読むものでして。」


駅長が苦笑したそのとき、ひとりの兵士が足を引きずりながら近づいてくる。マガジンを交換しつつ、肩で息をしている。


「伍長……」


トミタの視線が彼に向き、表情が緩む。彼女の部隊の一人だった。


「地下モール……もうダメです。やれるだけの爆破はしましたが、奴らが押し寄せてきてる。……持ちません。」


トミタ伍長の表情から、かすかな笑みが消えた。残ったのは覚悟に満ちた眼差し。


彼女は兵士の肩に手を置き、穏やかだが揺るがぬ声で告げた。


「了解。負傷してるんだろ?最後尾車両で休んで。衛生兵に診てもらって。」


兵士は一瞬ためらいながらも、ゆっくりと頷き、足を引きずり列車へ向かった。伍長はすぐに踵を返し、国家保安局のコタニ大佐のもとへ歩を進める。


「大佐!」


コタニ大佐が振り返る。冷静な表情を崩さないが、肩にかすかな緊張が見えた。モリタは、それを見逃さなかった。


「進捗は九割。負傷者はほぼ収容済み。民間人も残りわずかです。全員が乗り次第、発車を推奨します。」


大佐は一拍置いてから頷いた。


「全員を確実に乗せろ。我々は後から合流する。」


「了解。」


トミタ伍長は敬礼し、即座に動き出す。目線がこちらへ向けられ、モリタたち四人を捉える。


「君たちはもう乗りなさい。」


強い語気に命令というよりも、決意がにじんでいた。モリタ、カティア、リア、ナオト――全員が無言で頷いた。


誰も反論しない。緊迫した空気が、状況の深刻さを物語っていた。モリタが先頭に立ち、仲間を促して列車へ向かう。兵士たちの誘導で、最後の民間人たちも車内へと吸い込まれていく。

乗り込む直前、モリタは一度だけ振り返った。トミタ伍長が、コタニ大佐の傍で再び命令を受けていた。


「コタニ大佐、部下たちも連れて撤収を!」


トミタ伍長が叫んだ。声には焦りが滲んでいる。


「時間がありません!」


コタニ大佐は微動だにしない。背筋を正し、静かに答えた。


「命令が変わった。お前は民間人を護れ。我々はここに残る。」


低い声だったが、揺るがぬ決意が込められていた。


「列車が安全圏に到達するまで、ここで時間を稼ぐ。」


トミタ伍長はわずかに顔をしかめ、口を引き結ぶ。無言のまま敬礼した。


「了解しました。」


彼女はすぐに駅長の方へ向き直る。濃紺の制服に白手袋をはめた男が、肩の〈グレイヴ〉を整えながら静かに立っていた。


「あなたも乗ってください。列車へ。」


駅長はわずかに笑うと、ホームの縁へと歩み出た。


「誰かが残らなければ、列車は動かない。」


兵士たちと列車のドアを交互に見やりながら、淡々と続ける。


「駅長たる者、最後の列車を見送らずにどうする。」


トミタ伍長は何も言わず、静かに頷いた。


モリタは二両目の車内からその姿を見つめていた。暗がりの中で、駅長の白手袋がわずかに光を反射する。制服の折り目すら崩れていない。


駅長は最後尾車両のそばに立ち、白手袋の手を掲げる。


「出発信号、点灯――確認。」

「進路、異常なし――確認。」

「閉扉よし、車両異常なし――確認。」

「全車、乗客搭乗完了――確認。」


静かに体をひねり、最後尾車両を目視で確認する。


「発車準備、完了。」


モリタの視線の先で、駅長は振り返り、列車に向かって敬礼する。


白手袋がわずかに光を受けて揺れる。列車がうなりを上げて動き出す。ホームの景色が流れていく中、駅長の姿だけが、微動だにせずそこにあった。


「出発信号、点灯。進路、異常なし。」


体をひねって最後尾車両を指さす。


「全車、搭乗確認完了。」


静かに頷くと、ホームの端に向き直る。列車がうなりを上げて動き出す。モリタの視線の先で、駅長は片手を上げ、連邦式の敬礼を捧げた。


白手袋がホームの照明を反射し、暗がりの中に浮かび上がる。列車のスピードが上がり、プラットフォームの風景が流れていく中でも、その背筋は、最後まで崩れなかった。


やがて敬礼を下ろし、背中にかけた〈グレイヴ〉を握る。

カシャンと小さな金属音が響く。


モリタが最後に見たのは、駅長が銃を構えながら国家保安局の大佐の元へと戻っていく姿だった。

列車は都市の暗がりへと滑り出し、プラットフォームの光が遠ざかっていく。


「モリタ!」


ナオトの声が思考を断ち切った。混み合った車内で手を振る彼の表情は緊張と期待が入り混じっていた。

彼のそばには、ホロプロジェクターを抱えた鬼族の老人と、その光に照らされた数人の市民が集まっている。


「これ、見た方がいい。」


ナオトが声を潜める。


モリタは身をかがめながら人波を抜けて彼らに近づいた。ホロプロジェクターの映像には、《FedNews》のロゴとともに、報道中の女性キャスターが映っていた。


「こちら東京中央駅からの生中継です。つい先ほど、最後の避難列車が出発しました。ですが、残された兵士と職員たちは、現在、最終防衛線に立っています。」


画面が切り替わる。ドローン映像が映し出すのは、さきほど離れたばかりのホーム。そこには、コタニ大佐と駅長の姿があった。兵士たちと共に、閉ざされた扉の前に立ち尽くしている。

扉は激しく揺れ、金属の軋みと、甲高い金切り声が混ざって響く。


「増援の予定はありません。」


キャスターは地面に落ちたライフルを拾い、静かに胸に抱えた。


「これは、連邦全体に向けた最後の報告です。ここが、我々の最終防衛地点となります。」


衝撃音がさらに強くなる。ドローンが震え、扉を封じていた溶接部とロックがきしむ。

鋼鉄の扉が──砕けた。


「連邦のために──ッ!」


コタニ大佐の声が、緊迫した空気を裂いた。黒い拳銃を抜き、真っ先に引き金を引く。残された兵士たちが次々と応じ、銃口を破れた扉へと向けた。


駅長は最後まで背を伸ばし、その場に立っていた。カメラが彼の姿を捉えたのはほんの一瞬だった。振り返ってコタニ大佐に小さく頷き、その直後、映像は激しく揺れる。レンズが地面を向き、金属の群れが雪崩れ込む様子を断片的に捉えた直後、画面は砂嵐に覆われた。


車内。鬼族の老人が重いため息をついた。深い皺に沈むその顔に、悔恨と敬意の色がにじむ。


「勇敢な魂たちだった。」


低く絞った声で、異界語が紡がれる。


《彼らが時間を繋いでくれた。──導きの光が、聖母のもとへ導かんことを。》


モリタは一歩、皆から離れる。視線は車窓へ。街が、遠ざかっていく。胸の内には、答えきれない疑問がまだ残っていた。


彼はゆっくりと振り返り、視線を列車の後方に送る。そこに立っていたのは、トミタ伍長。銃を手に、警戒を緩めぬその姿は、どこか静かな威厳を放っていた。


モリタは歩み寄る。迷いを押し込みながら。


「……何か用、坊や?」


トミタ伍長の声は静かだったが、柔らかさを含んでいた。鋭い眼差しがモリタに向けられる。


「ひとつだけ、教えてください。」


モリタは少しだけ息を詰めて、言葉を継ぐ。


「俺たち、国外に出されるんですか?」


「違う。」


トミタ伍長は即答した。一切の迷いがなかった。


「国外に送るわけじゃない。」


かえってモリタの胸を重くする。では、どこへ──


問いかけようとしたとき、伍長の視線が彼の肩越しに向けられる。そこにはカティア、リア、ナオト。三人とも言葉にこそしないが、その表情には同じ疑念が浮かんでいた。他の民間人たちも耳を傾けている。

伍長は小さく息を吐いた。次に口を開いたとき、その声には、わずかに優しさが滲んでいた。


「N15地区、コミュニティセンターだ。」


間を置かず、短く締めくくる。


「──佐渡島さ。」


___________________________________


脚注


1)三式プラズマトーチ

連邦軍の戦闘工兵に標準配備されている多目的工具。オムニリンク・システムに統合されており、元々は鉱山作業や建築用途として設計されたが、戦場での応用に適応された。前線での即席バリケードの構築や障害物の解体など、迅速な対応を可能とする。


2025/7/10 - カチャをカティアに変更しました。ごく小さなこだわりですが、こちらの方が名前の響きが良く感じたためです。

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