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アーケイン・フロント  作者: メグメル
【模範市民編】第三章:砕かれた平和【下】
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砕かれた平和【下】➀

軍用トラックの車列が、エンジンの唸りを轟かせながら都市を突き進んでいた。東京の細い路地を縫い、大通りを越え、青灰色の鋼鉄の車列が都市の中心を無言で貫いていく。


森田龍己(モリタタツキ)は、冷たい鋼の壁にもたれたまま、固まった姿勢を崩さなかった。キャンバスの隙間から差し込む細い光に引かれるように、モリタの視線は流れる外の景色に向けられていた。

外の世界は、つい三十分前の出来事などなかったかのように、平然と流れていた。東京は何も変わらない。変わろうとしない。


隣では、カティアの翼が揺れた。車体の振動に反応してぴくりと跳ね、彼女の手錠にかかった手も微かに震えていた。その顔は下を向き、できるだけ小さくなろうとしているかのようだった。


リアは直立したまま、両手を握りしめ、手首のあたりが血の気を失って白くなっていた。耳がわずかに動くたび、遠くのクラクションや叫びに反応しているのがわかる。


ナオトは背中を軽く反らせ、膝に手を置いたまま、顔を天井に向けていた。顎に力がこもりながらも、視線は虚空をさまよい、現実から切り離されているようだった。


トラックの振動とエンジン音がモリタの思考に入り込み、時間の感覚が次第に曖昧になっていく。

車列が徐々に減速し始めた。油圧ブレーキの「シューッ」という音が響き、車体が軋みながら停止する。その瞬間、車内の緊張もまた、ざわついた声となって一斉に立ち上がる。


「——よし、全員よく聞いて!」


トミタ伍長の声が、空気を裂くように響き渡った。明確で、静かな力を帯びたその声に、モリタの意識がはっと引き戻される。


トミタ伍長が立ち上がる。その小柄な体格とは裏腹に、ブーツが鋼の床を踏みしめるたび、ずしりと重い音が響いた。手際よく、無駄のない動きでヘルメットを被り、ぴたりと音を立てて固定する。


「——東京中央駅に到着した。今から降車する。列を乱さず、学校で習ったとおりに並べ。静かに、隊員の指示に従え。急な動き、口答え、厳禁だ。わかったな?」


頷きの波が静かに広がる。モリタも他の生徒たちと同じく、ぎこちなく首を縦に動かした。手錠の鎖がそのたびに肌に食い込み、金属の冷たさが染みた。


その時、トラックの後方にあるキャンバスの留め具がバチンと外れ、冷たい冬の空気が一気に流れ込んできた。


外は真っ白な光に包まれており、一月の低い日差しが、雪に覆われたアスファルトに長い影を落としていた。


開かれた隙間に立つ兵士の姿が、逆光の中に浮かび上がる。バイザーに陽光が反射し、顔の表情は読み取れない。胸に吊るされたライフルは水平よりも少し下に構えられていたが、その緊張はまったく解けていなかった。


「——動け! 一列で降りろ!」


金属の鎖が触れ合うたびに、小さな音が連なって響く。生徒たちは慎重に一歩ずつ進み、硬い地面へと足を下ろしていった。


最初に降りたのはモリタだった。上履きが凍ったアスファルトを踏むたびに、ザクッと乾いた音がする。制服の布地の薄さでは、この寒さを防ぐには到底足りない。頬を刺す風に思わず顔をしかめる。

そのすぐ後ろから、カティア、リア、ナオトが続いた。全員の動きはぎこちなく、吐き出す息は白く細い煙となって空へ昇っていった。


東京中央駅前、丸の内広場は、もはや避難集合地というより「収容地」に近い様相を呈していた。

周辺の学校から連れてこられた生徒たちの列が、広場全体に伸びている。制服の違いで学校ごとの集団がなんとか識別できるが、それ以外は皆、同じだ。連邦の兵士たちが無表情のまま、武装した状態でその間を行き来していた。


命令の声は短く鋭く、足取りは一定で乱れない。すべてが無駄のない動きで、そのバイザーは冬の光を冷たく跳ね返していた。


遠くに見える東京中央駅の建物は、赤煉瓦とアーチ状の窓が並ぶ歴史的な建造物でありながら、その背後にはガラスと鋼鉄で築かれた高層ビル群がそびえ立つ。


駅舎の外壁には連邦旗がいくつも翻り、鋭い紋章が冷たい風に揺れていた。広場中央の旗竿には、連邦旗がはためき、無機質な空を切り裂いていた。


周囲では、日本語、星間語、その他いくつかの方言が入り混じったざわめきが、学生の列の間に波のように広がっていた。その下には、兵士たちの号令が容赦なく突き刺さる。


モリタは目を見開いた。これほど多くの異界人が一箇所に集められた光景を見るのは初めてだった。学生だけではない。大人も、老人もいる。


今この瞬間、彼とナオトの「人間らしさ」は、むしろ異物として浮き上がっていた。


「……で、これが東京の半分にも満たないってんだから、驚きだよね」


リアが皮肉交じりに言った。


「暴動? 混乱? そんなの起きるわけがないよね。絶対に」


「それは、連邦の主張を正当化するだけだわ」


カティアが静かに答える。


「上を見て」


空には、複数のドローンが無音で旋回していた。監視用のレンズが列の隅々まで捉えている。一部には、武装モジュールが搭載されているものまである。砲口は、学生の列の方向へと向けられていた。


「……あのドローン、瞬き一つ逃さないわ」


その瞬間——氷を踏みしめるような硬質な足音が、列の近くで鳴り響いた。


モリタは反射的に姿勢を正した。


足音の主は、コタニ・ヒサオ国家保安局官だった。


鋭く整った制服に身を包み、背後で手を組みながら、無駄のない足取りで列を縫うように歩いていく。 彼の視線が一つ列をかすめるたびに、生徒たちのささやき声は霧のように消えていった。


彼は列の最後尾から、前方に設けられた選別所へと向かっていた。付き従う兵士たちとは短く言葉を交わすだけだが、その歩みと存在感だけで、誰もが息を呑む。


視線。姿勢。沈黙。それだけで、圧倒的な「権限」が伝わってくるようだった。


その先、検査チェックポイントが姿を現した。簡易スキャナーと検査ブースが整然と並び、移動式の透明パネルで仕切られたその一角には、見張り台に腰掛けた兵士たちが裁判官のように配置されていた。各ブースには監視ドローンが待機し、学生たちは一人ずつ、そこで「査定」を受けることになる。


「次!」


列が一歩進む。鋭い号令が張り詰めた空気を裂き、不安げな息遣いや、手錠の金属音さえかき消していく。


前方で、一人のオニ族の少年がブースに進み出た。広い肩は見えない鎖の重みを背負うように強張り、足取りは重い。モリタは彼を見たことがあった——別のクラスの顔だ。話したことはないが、記憶には残っている。


ブースの脇には小型のドローンが浮遊していた。スキャナーが起動し、薄く冷たい緑色のビームが少年の顔面をなぞっていく。額から角の輪郭を、眼窩のラインを、顎の縁を。光は数秒の後に一度点滅し、停止した。


「手をパネルに」


インターホン越しに発せられた声は、抑えた緊張を含んでいた。


少年はわずかにためらってから、手錠をかけたままの手を前方のガラスパネルに置いた。パネルが微かに光を発し、生体データが照合される。細かい文字列がスクリーン上を走り抜ける音が聞こえた。


ピッ。


兵士は短く頷いた。手袋をはめた手で素早く脇を指差す。


「通れ」


少年は息を吐き出し、肩を落としたまま兵士に誘導されてブースを後にした。


列はじわじわと前進する。モリタは喉の奥で息を詰まらせた。近づいている。


続いてブースに向かったフェリニッド族の生徒の顔を、スキャナーが静かになぞっていく。


ピッ。頷き。通過。


ピッ。頷き。


ピッ。


ピッ。


そしてもう一人。


次に進み出たのは、整えられた髪を持つ蒼白のエルフの少年だった。彼もまた、他の者と同様に怯えた眼差しでドローンを見つめながら、静かに足を踏み出していく。


モリタの視線は、前方に立つエルフの少年に留まっていた——ヴュラス・イナモイラ。


彼は高校一年の頃に編入してきた数学の天才で、研ぎ澄まされた頭脳と物静かな性格を持っていた。 『異世界』での生活を語るその語り口は豊かで、まるでその景色を眼前に描き出すかのようだった。


スキャナーの緑色の光が彼の顔を照らす。機械が低く唸り、その光が彼の輪郭をなぞる。


——止まった。


ピキィィィィ——ッ!


鋭く冷たいエラーブザーが、銃声のように響き渡った。


「待機」


ガラス越しの兵士が身を固くする。バイザーがわずかに下を向き、スキャナーの光が黒いガラス面に反射して揺れる。


「……氏名と出生地を答えろ」


ヴュラスは瞬きし、唇をわずかに開いた。震える声が空気を裂くように漏れた。


「ヴュラス・イナモイラ……エリンドールからの……転校生です……」


「エリンドール……シルセラン宙域のシルセラに属する、エリシア聖帝国領だな」


少年は静かに頷いた。


「はい、士官殿……」


兵士の手が背中に掛けられたライフルのグリップに自然と滑る。トリガーにかかる指がわずかに緊張する。背後からは二名の兵士が前に出てきた。


モリタの脈拍が跳ね上がる。喉が詰まり、筋肉が無意識のうちに硬直した。何かがおかしい。明らかに、致命的に、おかしい。


「スキャナーから離れろ。両手を頭の上に置け」


指示に、少年は凍りついた。震える両手は宙に浮き、視線はガラス越しの兵士と、背後に銃を構える二人の兵士を交互に泳ぐ。


「な、何が……何がいけなかったんですか?僕は……僕はただ……! お願いです、僕、死にたくありません……!」


ブース内の兵士は微動だにしなかった。声の温度が一段下がる。安全装置が外れるような、乾いた音で言い放った。


「従えば撃たない。……後ろへ下がれ。頭の後ろに手を。」


「お願いだ!俺はただの転入生なんだ、無実だ!」


エルフの少年が叫んだ。声は震え、目は周囲の銃口を必死に追っていた。


ブースの兵士が鋭く言い返す。


「……お前の名前と顔、データベースには“死亡”とある。」


背後の二人の兵士が構えをわずかに変えた。銃身を揃え、指が引き金へと吸い寄せられる。ブースの兵士が身を乗り出し、声を低く落とす。


「……最後の警告だ。頭の後ろに手を。今すぐだ。」


少年の足が止まる。空気が凍りついた。この場にいる全員が、呼吸を忘れたような圧があった。

ピクリ、と少年の頭が鋭く跳ねた。パキッという小さな音が静寂を裂く。口元が裂けたように歪む。笑顔——だが、不自然すぎる。唇の端が異様に引き延ばされ、頬の皮膚が突き破られそうに盛り上がっている。


「……!」


一人目の兵士が反応した。銃口が跳ね上がる。


少年の首がバネ仕掛けのように真っ直ぐ戻る。肩が痙攣し、骨が擦れるような音が連続して鳴った。顔は笑ったまま、仮面のように静止する。瞳は見開かれたまま、瞬きもせず、何も映していない。


肉が裂け、形が崩れはじめる。肌が波打ち、存在そのものが崩れていく。顎がガクンと外れ、牙が覗く。まだ形成途中の鋭い形が浮かび上がる。


肩が大きく裂け、骨格が異形へと再構築されていく。手が痙攣し、指が針のように細長く伸びる。鋭い鉤爪へと変わった。肌の色が変わる。大理石のような白が全身を覆っていき、人間だった痕跡が一つずつ消えていく。


目はすでに空白だった。感情も光もない、ただの白い穴。


それでも口元だけが、まだ笑っていた。もはや表情ではなく、化け物の名残としてそこにあった。


「——シフターだ!撃てッ!!」


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2025/7/10 - カチャ を カティア に変更しました。ごく小さなこだわりですが、こちらの方が名前の響きが良く感じたためです。

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