『行方不明者』 その1
ショーナは真剣な顔付きでエイラの目を見て、今日の捜索について話し出す。
「オレは隊長達に声を掛けた後、フィーと一緒にオアシスまで行ったんだ」
「あら! 随分遠くまでデートに行ったんですね」
「母さん……違うからさぁ……」
「フフ……。続けてください、ショーナ」
話し始めて早々、調子を狂わされたショーナは、呆れながら苦笑いをしてエイラに言い、当のエイラは満面の笑みで話の続きを促した。
ショーナは軽くため息を吐きながら間を置くと、改めて真剣な顔付きをしてエイラに話し始める。
「まぁ、ジコウが荒野方面に行ったのだけは分かっていたから、もしかしたらと思って……。
ただ……あまり報告出来る事は……」
ここでショーナは言葉に詰まり、少し暗い表情で斜め下へと顔を逸らした。それを見たエイラは、微笑んだまま優しく声を掛ける。
「ショーナ? どんな些細な事でも、たった一つの事でも、それを苦労して手に入れたのは……あなた達です。
胸を張って、自信を持って報告して下さい。……どんな報告でも、私はあなた達をとがめたりしませんから」
「母さん……。でも、本当に報告出来る様な事は……」
「どうしてですか? 苦労してオアシスまで往復して、全く何も得る物が無かった……なんて事は無いでしょう?
話して下さいよ、ショーナ。……それが『報告』なんですから」
「……分かったよ、母さん」
ショーナはあまり表情を変える事は無く、少し暗い表情のままエイラへと顔を戻し、先の話しの続きを口にした。
「それで……オアシスに着いて、まず簡単に水場の周りは見たんだけど、そこには異変が無かったから、オレ達はオアシスの茂みの中を手分けして探して……。でも、ジコウどころか、誰かが潜んでいた痕跡の一つさえ……見付からなくて……。
食べ残しも、焚き火の跡も、寝床の跡も……。そんな物は、茂みの中には全く無かった……。だからさっき、報告出来る様な事は……って……」
それを聞いたエイラは、微笑んで優しく声を掛ける。
「フフ……。どうしてですか? 今のは十分、重要な報告じゃないですか」
「えっ……?」
「ショーナも分かっていませんね。……あなた達は見付けたじゃないですか、『オアシスに誰かが潜んでいた形跡は無かった』……と。
それも、わざわざ茂みの中まで見たんでしょう? 茂みの中にも痕跡が無かったのなら、それは大きな意味があるじゃないですか。
……あなた達は、きちんと『捜索』をしていますよ。今の報告は……立派な報告です。そして、立派な成果です」
微笑んで言うエイラに対し、ショーナは少しうつむくと、ため息混じりにエイラに答える。
「でも……。オレは……ジコウを見付けられなかったし……。そういった意味では、母さんから頼まれた事は出来ていないし……」
ショーナの言葉を聞き、エイラは微笑んだまま優しく彼を諭す。
「ショーナ? 確かに私は、あなたにジコウを連れ帰る様に、ジコウを助ける様に頼みました。ですが……、私は『今日中に』と、言った訳ではありませんよ?」
「それは……そうだけど……」
「捜索を始めた段階で、ジコウの手掛かりは多くありませんでした。その少ない手掛かりを元に、今日の捜索が行われ、そして……今日得られた手掛かりがあるんです。その一つに、あなた達が見付けた手掛かりも含まれます。そうやって一つ一つの手掛かりを積み重ねて、そして……ジコウにたどり着くんですよ。
……その時は必ず来ます、ショーナ。だから、捜索を慌てないで。早く見付かるに越した事はありませんが、捜索側が無理をして、倒れてしまってはいけませんから」
「……はい」
エイラの言葉でショーナは少し安堵し、やや疲れがにじむ微笑みを向け、一言相づちを打っていた。そこに、エイラは満面の笑みで付け足す。
「ほら、よく言うじゃないですか。『シイラ獲りがミイラになる』って」
「『ミイラ取り』……だよ、母さん……」
「…………そうそう! そうでしたね!」
エイラに突っ込んだショーナは、苦笑いをしながら右手の指で顔を掻きつつ思う。
(『シイラ』って……確か魚だっけ……。どんな漁をすればミイラになるんだ……?)
そんな事を思いつつも、ふと別の考えが頭をよぎる。
(そもそも……、この世界に『シイラ』っているのか……? ……まぁいいや……)
ふと思った事だったが、今日の疲れや話の流れから、そんな事等どうでもよくなってしまったショーナは、それ以上考えるのを止めた。
そしてショーナは、ここで話を切り上げる事にし、エイラに一声掛ける。
「とりあえず、今日の報告は……そんな感じだから、オレも……そろそろ休むよ」
「あっ、ショーナ?」
「えっ?」
話を切り上げようとしたショーナを制止したエイラは、微笑みながら言葉を続ける。
「まだ、報告を受けていない事が残っていますよ?」
「えっ……? もう報告する事なんて……」
「ほら、デートの事ですよ」
「…………」
最後に満面の笑みで言ったエイラに、ショーナは苦笑いをして右手で顔を押さえると、呆れながらため息を吐いた。そして右手を下ろし、エイラに苦笑いを向けつつ言う。
「……特に無いよ」
「あら、何も無いんですか? オアシスでお魚獲って、フィーにかじってもらって……食べたりしなかったんですか?」
「いや……いないでしょ、オアシスに魚なんて……」
「あら、いませんでした? サイラとか、シイラとか、スイラとか」
「母さん……、適当に言ってない……?」
満面の笑みで言うエイラに対し、ショーナは苦笑いをしながら言い、言葉を続けた。
「そもそも、オアシスの水場って先代のドラゴン達が作ったんでしょ? なら、その時に魚を放ってないと……魚なんていないでしょ……。外と繋がってないんだし……」
「フフ……。ショーナは賢いですね」
「それに……。さっき母さんが言った魚、オレ……知らないけど……。いるの? そんな魚……」
「フフ……。さぁ、どうでしょうね?」
「母さん……」
エイラの返答に、ショーナは苦笑いを続けながら右手の指で顔を掻き、そして、ふと思う。
(このまま話を続けたら、その内『セイラ』とか『ソイラ』なんて名前の魚まで出てきそうだな……)
そんな事を思いつつ、今度こそ話を切り上げようと、ショーナは口を開く。
「じゃあ、これ以上の報告は無いし、もう休むからね……?」
「あっ、ショーナ?」
「……まだ何かあるの?」
再び制止したエイラに、ショーナは苦笑いをしながら返答していた。当のエイラは満面の笑みで声を掛ける。
「フフ……。夕食、どうするのかな~って」
「あ……そういえば……」
「折角ですから、一緒に食事にしましょうよ」
「えっ……? 母さん、まだ食べてなかったの……?」
「えぇ。……ショーナが帰ってきたら、一緒に食事にしようと思っていたんですよ」
「わざわざ……?」
「フフ……。だって、ショーナの母さんですから」
「母さん……」
エイラの口から出た意外な言葉に、ショーナは自分を待ってくれていた事を嬉しく思って、自然と微笑んでいた。
「さぁ、食事にしましょう。もうお腹ペコペコですし。……さっきお魚の話をしたら、余計にお腹空いちゃって……」
「母さん……」
「フフ……。ほら、早く行きましょう」
満面の笑みで言ったエイラは、立ち上がって我先にと歩き出す。そんなエイラに続き、ショーナも立ち上がって後を追った。
「折角ですし、お魚食べましょうよ。……『ソイラの塩焼き』なんて、どうです?」
「母さん……。本当にそんな魚いるの……!?」
「フフ……。さぁ、どうでしょうね? ……あっ! 折角ですから、母さんかじってあげますよ、お魚!」
「母さん……!」
そんな言葉を交わしながら、二頭は階段を下りて食堂へと向かった。
二頭は一緒に食事を取ると、二階に戻って廊下で別れ、それぞれの部屋へと入っていく。ショーナは自室に戻って自身の寝床で丸く座り込み、大きくため息を吐いた。
(何か……長い一日だったな……)
今日一日を振り返る彼の顔は、誰が見ても分かる程に疲れ切っていた。周りの目が無くなった事で、気持ちが緩んだのと同時に疲れが表面化していたのだ。
(さすがに疲れたな……。フィーの言った通り、ここ数日は動きっぱなしだった気がするし……。でも……休んでられないよな、今の状況だと……)




