『ジコウ捜索』 その8
「話したい事は色々あるが、とりあえず今は、端的に結果の報告だけ聞こう。……もう遅いからな」
「……分かりました」
「……で、オアシスにジコウはいたか?」
「いえ……。茂みの中もくまなく探しましたが……、痕跡の一つさえ……ありませんでした……」
「そうか……分かった……」
ジャックの問いに、ショーナは少し顔をしかめて報告していた。それを聞き、ジャックも同じ様に少し顔をしかめ、ショーナに相づちを打つ。そしてジャックは一呼吸置き、表情はそのままにショーナとフィーを労った。
「手掛かりが見付からなかったのは残念だが、ショーナもフィーも……よくやってくれた。
明日以降のお前達の行動は、俺達からは特に指示は無い。そもそも長直々のご指名だからな。だから、捜索に出るのも休息を取るのも、自由にしてもらって構わない。ただ……捜索に出るなら一声掛けてくれ」
「分かりました」
「あぁ、それと……。一応、ショーナには話しておきたい事がある。明日、どの時間でもいいから、俺の所に来てほしい」
「……分かりました。……あの、ジャック隊長?」
「ん? どうした、ショーナ」
「何か……悪い事ですか……?」
「いや、今日の全部隊の捜索状況と、明日以降の捜索についての事だ」
「そうですか……」
ショーナが相づちを打ったタイミングを見計らい、ここでジョイが口を挟む。
「ジャック、今日はこのぐらいに……」
「ん? あぁ、そうだな」
夕焼けの反対側の空は、既に星が見え始めている。これ以上遅くなるのを避ける様に、ジョイは話を切り上げようと口を挟んでいた。
「私からも指示は無いけれど、この二日間……あなた達にとっても色々あったから、今日はもうゆっくり休みなさい。必要なら、明日もしっかりと休養を取る事。
……休養を取る事も、訓練の一環よ。動く事だけが訓練ではないわ。……覚えておきなさい」
「……はい」
ジョイはいつもの低い声をショーナ達に向け、険しい表情をしつつ彼らに説いた。彼女の表情とは裏腹に、その言葉からはどこか優しさがにじみ出ており、それを感じた二頭は目に力を込めて同時に返事をしていた。
彼らの返事を聞いたジョイは、矢継ぎ早に言葉を重ねて帰宅を促す。
「さぁ、もう暗くなるわ。……行きなさい」
「はい。……では、失礼します」
ジョイに答えたショーナは軽く頭を下げ、その横でフィーも同じ様に頭を下げると、二頭は急ぎ足で帰路に就く。その場で彼らの背中を見送ったジャックとジョイも、互いにその場を後にした。
しばらく同じ道を進んでいたショーナとフィー。その道中で、ショーナが口を開いた。
「フィー、送るよ」
「えっ……?」
「話したい事もあるし」
「そう……。分かった……」
ショーナの言葉が意外だったのか、少しきょとんとして相づちを打ったフィー。少し間を空け、彼女はショーナに問い掛ける。
「それで……。話したい事って……なに……?」
「あぁ、明日の事だよ」
「ふうん……。……告白じゃないのね」
「……!?」
フィーは期待外れだったのか、少し顔をしかめてぽつりと呟く。その言葉を聞き、ショーナは少し顔を赤くして驚くと、慌てて話を続ける。
「い、いや……。ほら……明日、どうするか決めてなかっただろ? だから……」
「分かってるわよ。……本当、聖竜サマってこれだから……」
「…………」
「ちょっとは空気を読んでほしかっただけよ。……本当、バカ真面目なんだから……」
「……悪かったよ」
少し不機嫌そうな言葉の節々に、ショーナは赤みの残る顔で苦笑いをし、一言謝っていた。そして彼は鼻で小さくため息を吐くと、話の本題を切り出した。
「それで、明日の事だけど……。オレはさっき、ジャック隊長から『話したい事がある』って言われてるから、明日はまず訓練場に行くよ。
多分……そこで今日の捜索結果を教えてもらえると思うから、それを聞いてから……今後の動きを考えたいと思う。
だから……フィーは明日、ゆっくりし……」
「私も行く」
「えっ……?」
ショーナの言葉を、フィーは端的な言葉で遮ると、続け様に端的な言葉をショーナに発した。
「だって退屈だし」
「いや……フィー……。さっきジョイ隊長も言ってたけど、休める時にしっかり休養するべきだよ。昨日から動き詰め……」
「それ、誰に言ってるの?」
「えっ……?」
またしてもフィーはショーナの言葉を途中で遮り、少し真剣な表情を彼に向けて問い掛けていた。
「動き詰めなのは、私じゃなくて聖竜サマでしょ? 今日だってオアシスの往復で走りっぱなしで……。休まないといけないのは、私じゃなくて聖竜サマの方よ」
「それは……」
フィーの的確な指摘に、ショーナは言葉に詰まってしまう。そうこう話している内に、二頭はフィーの家の前に到着し、扉の前で足を止めて向かい合った。
ショーナの方を向き、少し真剣な表情のまま、フィーは目に力を込めて言う。
「とにかく……。聖竜サマが行くなら、私も行く。聖竜サマが休むなら、私も休む。……だって聖竜サマ、隊長なんだし。
それに……ほっとけないでしょ? そんなに動き詰めで……」
「……分かったよ……」
押しの強いフィーの言葉に、ショーナは僅かばかりの苦笑いをしながら、ぽつりと相づちを打っていた。彼は渋々、フィーを納得させられるであろう提案を口にする。
「オレは……どちらにせよ……、明日、ジャック隊長の所に行かないといけないから……。
じゃあ……そうだね……。明日は昼まで休んで、昼下がりになったらジャック隊長の所に行こう。……訓練場で落ち合って、そのまま一緒にジャック隊長の話を聞く。その後は分からないけど……、とりあえず……それでいい?」
「…………分かった」
フィーの返事は、完全に納得したものではなかった。それはショーナも薄々感付いてはいたが、一応の承諾を得られた為、その話題はここで切る事にした。
相づちを打ったフィーは、一呼吸置いて彼に声を掛ける。
「……じゃあ、とにかく……。明日の集合まで、ちゃんと休んでよ?」
「あぁ。……フィーも」
「……えぇ」
そう言葉を交わした二頭だったが、その言葉の節々からは疲れがにじみ出ていた。最後に相づちを打ったフィーは、扉を右手で押し開けながら振り向き、微笑みながらショーナに言う。
「じゃあまたね、聖竜サマ」
そしてフィーは中へと入る。彼女はいつものセリフを言ったが、その声調と表情から、ショーナはフィーの疲れを感じ取っていた。
ショーナはフィーが室内に入るのを見届けると、暗くなり始めた集落を走り、砦へと急いだ。
「あら、お帰りなさい! ショーナ!」
「……ただいま、母さん」
砦の出入り口では、エイラがショーナの帰りを待っていた。エイラは満面の笑みでショーナを出迎えると、微笑んでから優しく言葉を掛ける。
「遅くまで大変でしたね。もう暗いですから、とにかく中へ入りましょう。……報告は、私の部屋で聞きますから」
「……分かったよ、母さん」
ショーナは彼女に微笑みつつ言葉を返していたが、フィーと同じ様に、その言葉と表情には隠し切れない疲れがにじんでいた。
ちょっとしたやりとりを終えると、二頭はエイラの部屋へと向かった。エイラは部屋に入ると、自身の寝床に腰を下ろし、ショーナは彼女の正面で腰を下ろす。
そうした後、エイラが微笑みながら口を開く。
「では、もう遅いですから……。手短に報告をお願いします。…………デートの」
「いや……母さん……。違うでしょ、色々と……」
最後に付け加えられた言葉に、ショーナは苦笑いをしつつエイラに突っ込んでいた。当のエイラは満面の笑みを浮かべ、わざとらしく、とぼける様に言う。
「あら、違いました? 確か……ショーナは今日、フィーとデートに……。おかしいですねぇ……フフ」
「母さん……、分かって言ってるでしょ……」
「さぁ、どうでしょうね? ……フフ」
(絶対、分かって言ってる……。まぁ、母さんなら『デート』って言うと思ってたけどさぁ……)
エイラの言葉に、ショーナは呆れながら苦笑いをし、右手の指で顔を掻く。そして一呼吸置き、苦笑いをしたままエイラに言う。
「それで……その……、話していい? ジコウの捜索の報告……」
「フフ……。そうでしたね!」
エイラは満面の笑みで相づちを打つと、微笑みながら真剣な眼差しをショーナに向け、改めて口を開く。
「では……。ジコウの捜索の報告をお願いします。もう遅いですから、手短に……」
「……はい」




