『ジコウ捜索』 その7
ここでフィーは、到着してから未だまともな捜索をしていない現状に、少しもどかしそうにショーナに突っ掛かった。
「ねぇ、何でもいいからさっさと探しましょ? 時間無くなるし」
「……あぁ、そうだね」
「私、左回りで探すから、聖竜サマは右回りで探して」
「えっ……!? 結局、二手に分かれるの……!?」
「その方が早いでしょ? ……ほら、さっきの一本道から探すから、行くわよ」
そう言うと、フィーは我先にと歩き出し、ショーナも渋々後ろから続く。
(……相変わらず、せっかちというか……向こう見ずだなぁ……)
ショーナは少し顔をしかめ、そんな事を考えながらフィーに続いていた。
(何も起こらなければいいけど……。いや、ジコウがいれば……何か起こる可能性はある……。心配だな……)
そうこう考えながらも、ショーナはフィーと一緒に一本道へと戻っていた。二頭は再び、真剣な顔付きをして小声で話し始める。
「……ねぇ。何かあったら、どうすればいい?」
「この距離だから、大声で報告してくれればいいよ。オレからもそうする」
「ジコウがいても……?」
「あぁ。ジコウでも、不審な物影でも……。もし……誰かから襲われたら、とにかく真っ先に呼んで。……絶対に自分だけで無茶はしないで。頼むよ」
「分かってるわよ。……聖竜サマもよ?」
「……あぁ」
相づちを打ったショーナは、目に力を込めて、最後にフィーに言葉を掛ける。
「じゃあ、気を付けて行こう。ちょっとした物音にも注意して、絶対に油断だけはしないで」
「えぇ」
うなずきながら返事をしたフィーも、ショーナと同様に目に力を込めていた。
言葉を交わし終えた二頭は、それぞれ二手に分かれて茂みへと入る。互いにゆっくりと進みながら、目を凝らして自身の周辺を注意深くうかがい、一歩一歩静かに茂みを進んでいく。
風も吹かないオアシスは静寂に包まれ、彼らが茂みを分け入って枯葉を踏む音だけが響く。時折、枯れ枝を踏む音が混ざるものの、彼らがそれ以外の音を耳にする事は無かった。
しばらくの間、そうして注意深く進んでいった二頭は、反対側の一本道で再び顔を合わせると、やや疲れがにじむ表情で向き合い言葉を交わす。
「……どうだった? フィー……」
「特に何も……」
ショーナの問いに、フィーは首を横に振りながら答え、言葉を続ける。
「食べ残し、焚き火の跡、寝床の跡……。誰かがいた痕跡でさえ、これと言って何も無かったわ。……平和なものよ」
「そうか……」
少しもどかしさが見え隠れするフィーの報告に、ショーナは少し落胆して相づちを打つ。
「聖竜サマは……どうだったのよ」
「……ダメだった。フィーと同じだ」
ショーナは少しばかりうつむき、ため息混じりに答えた。それを聞いたフィーは、少し顔をしかめてショーナに問う。
「ねぇ、もしかして……。私達が来たのを見て、逃げたとか……。そういう事は無いの?」
「その可能性もあるけど、その可能性は低いんじゃないかな……」
「どうして?」
しかめっ面を向けて答えたショーナに、フィーは更に顔をしかめながら、首をかしげて問い直していた。
「今のオレ達の捜索の仕方は、独立派方面の一本道から二手に分かれて、友好派方面の一本道で合流したんだ。
もし見付からない様に逃げたとしたら、それは友好派方面に行く事になる」
「それはそうだけど、でも……どうしてそれが、可能性が低い根拠になるの?」
「今は日中だ。荒野は開けていて見通しもいい。……そんな中を逃げていけば、周りで捜索している空戦隊にすぐ見付かるハズだ」
「それも……そうね……」
「だから、多分……『いなかった』……が、正解だと思う。……今回に関しては」
「…………」
ショーナの言葉を聞いて、フィーは鼻で小さくため息を吐く。
「……とりあえず、今日はもう帰ろう。今出来る事はやったし、オレ達も暗くなる前に帰らないといけないし……」
「……そうね」
「一旦……中に戻って、少し休憩をしたら帰ろう。……ここに来た時に水分補給をしてなかったから、それも忘れずに」
「……オッケー」
互いに言葉を交わし終えた二頭は、オアシスの中へと戻り行く。彼らは水場のほとりへと歩み寄ると、フィーはその透き通った水に口を付け、喉の渇きを潤した。そして顔を上げたフィーは、口に付いた水を右手で拭いながらショーナに顔を向け、少し不思議そうに問う。
「聖竜サマは水分補給しないの?」
「いや、するよ。……フィーが飲んでいる間は、周りを見張って警戒していたんだよ。一応、交代で見張った方がいいと思ってね」
「……聖竜サマって、本当に細かいわね……」
少し呆れながら微笑んだフィーは、ため息混じりに呟き、そして続ける。
「じゃあ、代わるから……。聖竜サマも水分補給してよ。……この距離、飛ぶより走る方が大変なんだから……」
「あぁ。……じゃあ、見張りを頼むよ」
「オッケー」
そうしてフィーが見張りを行っている間に、ショーナも水に口を付けて水分補給をし、顔を上げて口に付いた水を右手で拭うと、再びフィーに顔を向けて声を掛ける。
「ありがとう、フィー。……休憩は出来た?」
「大丈夫。……それに、あまり長居は出来ないでしょ?」
「まぁね」
「お腹も空いてきたし、ここには酸っぱい木の実しか無いし……。さっさと帰りましょ?」
「そ……そうだね……」
フィーの言葉に、少し苦笑いをして相づちを打ったショーナ。
(……今度から、何か食べ物を携帯した方がいいかな……。首掛けのポシェットとか、支援部隊のドラゴンがしてるの見た事あるし……。
遠征訓練の時もそうだったけど、フィーって……よく『お腹空く』って言うから、木の実の一つや二つ、携帯した方がいいかも……)
そう考えながら一呼吸置き、ショーナは改めてフィーに声を掛ける。
「じゃあ……とりあえず帰ろう」
「えぇ」
言葉を交わした二頭はオアシス内を歩き出し、独立派方面の一本道へと向かう。
「明日からの事は、また後で考えよう。……戻ったら隊長達に報告もしないといけないし、他の部隊が何か手掛かりを見付けたかもしれない。……それを聞いてからでも、予定を組むのは遅くないし」
「そうね」
歩きながら言葉を交わすと、ショーナは少し顔をしかめて考え始めた。
(……そうは言ったものの、オアシスにいなければ……オレ達では動き様が無いかもな……。オレ達が行った事のある場所で、日帰り出来る場所なんて……。
仮に友好派の集落周辺を探そうにも、向こうに泊めてもらわないと無理だし、何より……友好派には、一回追い返されてるからなぁ……。オレ達が行ったとしても、協力してもらえるかどうか……。
そうなると、独立派周辺の林なら近いから、そこを探す事は出来なくは無いけど……。ジャック隊長の話だと、陸戦隊とゼロ司令の能力で探しているハズだし、見付かっていないなら……いないだろうな……。独立派の林にもいない、オアシスにもいない……となると、やっぱり友好派方面を探さないといけないけど……。
……ダメだ、今の状況だと考えがまとまらない。……やっぱり情報が必要だな……)
ショーナがそんな長考をしている間に、彼らはオアシスの茂みの一本道を抜け、外へと出ていた。ここで一旦足を止めた二頭は、互いに目を合わせて言葉を交わす。
「じゃあ、また上がればいい?」
「あぁ、頼むよ」
「オッケー」
言葉数少なく交わされた会話の後、二頭は同時に走り始め、フィーは羽ばたいて急上昇すると、ショーナの上空で直掩を開始した。ショーナは行きと同様、無理の無い速度で走り続け、自身の影が長くなり始めた荒野を独立派へと向かった。
彼らが荒野を渡り切り、独立派周辺へと戻ったのは、空が夕焼けに染まった頃だった。集落周辺の林の一本道を、ショーナとフィーは走って集落へと急ぐ。集落入り口ではジャックとジョイが待ち構えており、夕日に染まって駆けてくる二頭を、安堵の表情で迎えた。
到着したショーナとフィーは、彼らの前で横並びになって対面する。ここで腕組みをしたジャックが口を開いた。
「戻ったか、お前ら」
「……はい、遅くなってすみません」
ショーナは少し息を切らしながら、ジャックに返事をしていた。
「もう少ししたら、空戦隊を飛ばそうかと話していた所だ。……無事に戻ってきて良かった」
ジャックは微笑んで二頭に声を掛け、その言葉にショーナとフィーも安堵の表情を浮かべ、互いに鼻で小さくため息を吐いていた。




