『ジコウ捜索』 その6
走り行く二頭を見ながらジョイは呟く。
「……このまま行けば、あの子達は……ゼロの捜索網に引っ掛かるわね……」
ジョイはジャックに顔を向け、
「厄介な事になる前に、私はゼロに声を掛けに行くわ」
そう言うや否や、ジャックの返事も待たずに飛び立ち、荒野方面の林上空へと飛び去った。
(フッ……。何だかんだ言って、あいつも面倒見がいいじゃないか)
高度を上げていくジョイを微笑んで見ながら、ジャックはそんな事を思っていた。
「ねぇ、聖竜サマ」
「ん?」
荒野へ続く一本道を走る二頭。その最中、ショーナの左後方に位置取りしていたフィーは、走りながら彼に声を掛けていた。
「どうしてオアシスって思ったの?」
「さっきジャック隊長と話した通りだよ」
「でも、空戦隊が先行して見てるって……」
「誰かが先行して見に行ってるだろうと、予想はしてた。でも、その時ジコウがいなくても、違う時間にはいるかもしれない。だから、誰かが先行していたとしても、まずはオアシスを見ようと思っていたんだよ。
まぁ、さっきの話だと、しっかりとオアシスの隅々まで捜索されたかは分からなかったし、改めてオレ達で、オアシスの隅々まで探すのも有りだとは思う」
「ふうん……」
ショーナは行く先を見ながら彼女に答え、それを聞いたフィーは、一旦いつもの相づちを打つと、一呼吸置いてから微笑んで呟く。
「……相変わらず細かいわね、聖竜サマって」
「そういう性分なんだよ。……昔からね」
「……それ、前にも聞いたけど?」
「フィーだって時々、オレに同じ事を言って呆れるだろ?」
最後の言葉は少しばかり振り向く様に、フィーに少し顔と目を向けて微笑んで言ったショーナ。
そんなやり取りをしながらも、彼らは荒野が目前の所まで近付いていた。ここでフィーが真剣な顔付きをして声を張る。
「私、また上がればいい!?」
「あぁ! 頼む!」
フィーの問いに、ちらりと目を向けて答えたショーナ。彼もまたフィーと同じ様に、真剣な顔付きをしていた。
間も無く荒野に足を踏み入れた二頭。すかさずフィーは羽ばたいて飛び立つと、ショーナの上空へと急上昇して直掩を始める。ショーナは無理の無い速度で走り続け、二頭はオアシスへと向かっていった。
そんな彼らを、林の上空でホバリングしながら見守っていたジョイ。彼女は、二頭が小さくなって見えなくなるまでホバリングして見届けると、身を翻して集落へと戻っていった。
ショーナとフィーがオアシスに近付いた頃、太陽は既に真上へと移っていた。遠征訓練の時よりも出発が遅くなった為、オアシス到着時点で既に半日が経とうとしていたのだ。
そんな中、オアシスから少し距離を置き、ショーナはぴたりと足を止めた。上空で直掩を行っていたフィーも、ショーナが足を止めた事に気付き、彼の下へと降下して着陸すると、不思議そうに声を掛ける。
「……どうしたの? 聖竜サマ」
その問いに、ショーナは真剣な顔をオアシスに向けながら言う。
「……フィー、ここからは気を付けて行こう。……もしジコウがいたら、何が起こるか分からない。あいつは……オレ達に撃ってきた。だから、もしジコウが潜んでいたとしたら……」
「撃ってくるかもしれない……って事でしょ?」
「……あぁ」
ショーナは相づちを打つと、鋭い目付きをした目を彼女に向け、話を続ける。
「最悪、戦闘になるかもしれない。オレは……出来る事なら、フィーには危険な目に……」
その言葉を遮り、フィーは不敵な薄ら笑いを浮かべつつショーナに言う。
「私、彼に借りがあるの」
「えっ……?」
「何発もブレスを撃たれてるのよ? そのお返しはしないと。……きっちりね」
「わ……分かった。とにかく……気を付けて行こう」
そう言うと、ショーナはオアシスに向けて歩き出し、フィーも左後方で彼に続く。その最中、ショーナは鼻で小さくため息を吐き、先の話を思い返していた。
(フィーって……意外と『根に持つタイプ』なのかな……。せっかちだから、何かこう……サバサバしたイメージがあったけど……。
いや、もしかしたら……ある意味『律儀』なのかも……。フィーって昔から真面目な所あったし、だから……『やられたら、やり返す』みたいな感じかもしれないな……)
ショーナは再び鼻で小さくため息を吐き、少しばかり苦笑いをして、思っていた事を結論付ける。
(まぁ、どちらにせよ……『怒らせたら怖いタイプ』だよなぁ……。後々面倒というか……)
そんな事を考えながらオアシスへと近付き、中へと入る一本道の前で足を止めたショーナ。フィーはショーナの左横に並んで止まると、真剣な表情で彼に目を向ける。ショーナもフィーに真剣な目を向け、互いに目を合わせると、ショーナは静かにうなずき、フィーもそれを見てうなずき返した。そして彼らは、慎重に一本道へと足を踏み入れる。
ショーナとフィーは、目できょろきょろと周囲を警戒しながら、あまり物音を立てない様に静かに進んでいく。
(遠征訓練の時は、あまり気にしなかったけど……。周りの茂みって、結構見通しがいいんだな……)
オアシスを囲む草木は生い茂ってはいたものの、その茂みは十分見通せる程度の隙間があり、背の低い草も多い。そこにドラゴンが直接入る事も出来れば、逆に、潜んでいる存在に気付く事が出来る程度だった。背の高い木々により薄暗くなってはいたが、その隙間から差し込む光も多く、どれだけ気配を消していても、何かがあれば目に留まる。そんな茂みだった。
間も無く、ショーナとフィーはオアシス内部へと到達した。水場のほとりまで近付いた二頭はそこで足を止め、真剣な表情を崩さずに目を合わせる。
「……それで、どう探すの?」
フィーは小声でショーナに問う。その問いに、ショーナも小声で返す。
「……とりあえず、今見た感じだと……オアシス内部にジコウはいない。……となると、残るは周りの茂みだ。
茂みは生い茂ってはいるけど、入れない事は無い。……もしオアシスで身を隠すなら、周りの茂みしか無いし……」
「……そうね。それで、その茂みはどうやって探すの? 二手に分かれるの?」
「……右回りと左回り、二手に分かれて探すのは……有効だとは思う。でも……お互いの距離が離れるから、万が一何かあった時に……ちょっと心配ではある」
「でも、見えない位置じゃないでしょ?」
「確かに、この距離なら見えるけど……。問題は、水場を挟む事にあるんだよ。仮に、オレに何かあった時は、フィーは水場を飛んで越えられるけど、フィーに何かあった時、オレは……水場を迂回しないといけない。そうなると……」
ショーナは言葉を詰まらせ、目線を斜め下へと向けて続きを口にした。
「オレは……フィーを守れない……」
「…………」
ショーナの言葉を一旦飲み込んだフィーは、一呼吸置いて言葉を返す。
「気にしすぎよ、聖竜サマ。……ジコウが襲ってくるなら、私なら対等に渡り合えるわよ」
「ジコウだけなら……ね」
「……どういう意味よ」
フィーは少しばかり言葉に不満を込め、ショーナに返していた。それを察したショーナは、すぐさま続きを口にした。
「フィーがオレより近接戦闘が上手いのは理解してる。でももし……ジコウに協力者がいて、複数で襲われたら……」
「オアシスの茂みに、ジコウの協力者も潜んでるって言いたいの?」
「可能性はゼロじゃない。……そもそも、誰が母さんを襲撃したのかも分かってないし、その襲撃が単独なのか複数なのかも分かってない。
ジコウが襲撃したとするなら、協力者がいた可能性もある。……それは昨日、隊長達との話し合いでフィーも聞いてただろ?」
「それは分かってるけど……」
ここで一旦フィーは間を置いてから、ふと思い付いた事をショーナに提案する。
「……じゃあ、私に何かあった時、聖竜サマはブレスで掩護射撃してくれればいいでしょ? そうすれば、水場があっても……」
「ダメだよ、フィー」
ショーナはフィーの言葉を遮って、その提案を否定した。
「もしそんな事をしたら、下手したら……オアシスが火の海になる。オレにどれだけブレスの精度があったとしても、もし回避されたら……そのブレスが茂みに火を点けるかもしれない。そうなったら大変な事になる」
それを聞いたフィーは、鼻で小さくため息を吐き、
「……そうね。……でも、それならあぶり出せて早かったかも」
目線をやや上に向け、少し呆れ顔をしながら皮肉交じりに言った。




