『ジコウ捜索』 その3
「ジコウの捜索、私は一向に構いません。ですが……必ず、日暮れまでには……集落に帰ってきて下さい。……いいですね?」
「……分かったよ、母さん」
エイラの口調は優しかったが、彼女の目には力がこもっていた。目を合わせていたショーナは、それを見てエイラの本気度を察し、自身も目に力を込め、真剣な表情で返事をしていた。
「では……気を付けて、行ってきて下さい」
「……はい。……行ってきます」
エイラの言葉に、ショーナとフィーは声をそろえて挨拶をし、ほぼ同時に砦の出入り口へと向きを変えた。そして二頭は歩き出す。……その時だった。
「あっ、ショーナ?」
「えっ?」
エイラに呼び止められたショーナは足を止めて振り向く。ただ、彼はここですぐさまフィーに顔を向け、声を掛けた。
「あ、フィーは先に出入り口で待ってて」
「オッケー」
歩きながら振り向き、一言だけ返したフィーは、そのまま砦の出入り口へと向かっていく。ショーナはエイラの下に戻り、彼女に呼び止めた理由を問う。
「どうしたの? 母さん」
「ショーナ? これから大事な事を二つ伝えます。……いいですね?」
「あ……はい……」
エイラは微笑んで優しく声を掛けていたが、先程と同じ様に目には力がこもっていた。彼女はそのまま続ける。
「ジコウを探しに行く前に、隊長達にその事は必ず伝えて下さい。……ですが、隊長達はきっと……あなた達を止めるでしょう。
その時は……私の名前を出していいですからね」
「えっ……? 母さんの……?」
「そうです。私から指示を受けた……と」
「『指示』……? 『許可』じゃなくて……?」
エイラの言葉に、ショーナは若干顔をしかめて問い掛けていた。
「ショーナ? 『許可』では弱いんですよ。私が許可しても、隊長達が不許可とすれば、ショーナ達は捜索に行く事が出来なくなります。
だから……『指示を受けた』と、言って下さい。……雲行きが怪しい様でしたら、『命令を受けた』……でも、いいですよ」
「め……『命令』……!?」
思い掛けない言葉が飛び出した事で、ショーナは目を丸くして驚いていた。
「そう、『命令』です。……だって私は長ですから。
長の権限って、司令よりも上なんですよ。……使った事無いですけどね、フフ……」
最後は満面の笑みで、さらりと重要な事を口にしたエイラに、ショーナは返す言葉が見付からずにぽかんとしていた。エイラは再び微笑むと、話を続ける。
「隊長達が止めた時、どうやって言うかはショーナにお任せします。『指示』でも『命令』でも、それはショーナが状況判断をして使って下さい。……あなたは賢いですから。
……とにかく、隊長達があなた達を止めた時は、私の名前を使ってもらっていいですからね。……それが、一つ目の伝える事です」
「……じゃあ、二つ目は……?」
ショーナは真剣な表情でエイラに問う。その問いに、エイラは表情を変える事無く、微笑んで答えた。
「二つ目は……ジコウの事です。ジコウは……あなたにとって、とても大切な親友です。この先、どんな事があっても……、それだけは決して、忘れないで下さい。……いいですね?」
「……分かったよ、母さん」
「ジコウを……必ず連れ帰って下さい。それは……あなたにしか出来ません。あなたが……彼を……救ってあげて下さい。……頼みましたよ」
「分かったけど……、『救う』って……どういう事……?」
エイラが口にした言葉に、ショーナは何か引っ掛かるものを感じ、それを彼女に聞き返していた。エイラは微笑んだまま答える。
「言葉通りの意味ですよ。どんな理由であれ……、ジコウは集落を出てしまいました。友好派に移ったのであればともかく、そうでないのであれば……今、どこで、どうやって生活しているのか……。どうやって命を繋いでいるのか……。
ドラゴンは強い生き物です。ですが、独りで生きる事は……とても辛い事です。あなたは……その気持ちを……知っているのではありませんか? ……フィーを通じて」
「……!」
「だから、救ってあげてほしいんです。……彼を独りのまま、放っておいてはいけません。どんな理由であっても。
元より、ジコウは生まれてから保護されるまで、そうやって生きてきたハズです。だからこそ……、幼馴染みであり親友であるあなたが、彼を救ってあげないといけないんです。……分かりますね?」
「……そうだね。……オレが……行かないと……!」
エイラの言葉に、ショーナはキッと目に力を込め、これまで以上に真剣な表情で言葉を返した。ここまで微笑んで話していたエイラも、この時ばかりは真剣な顔付きになり、彼に最後の言葉を掛けて送り出す。
「では……、気を付けて。……必ず、日暮れまでには戻るんですよ」
「……はい! ……行ってきます!」
力のこもった返事をしたショーナは、見送るエイラに背を向けて、砦の外へと走り出そうとした。すると……
「あっ、ショーナ?」
「えっ?」
再びエイラは急にショーナを制止し、ショーナも慌ててエイラに顔を向ける。
「もう一つ、ショーナに伝える事があるんでした」
「……何? 母さん」
真剣な顔付きで言うエイラに、ショーナも真剣な眼差しで彼女の方に体を向けた。ショーナが聞く姿勢を見せたのを見計らうと、エイラは表情を一変させ、満面の笑みで彼に言う。
「デートの報告、楽しみにしていますからね!」
「母さん……」
拍子抜けしたショーナは呆れて苦笑いをし、ため息を吐いてからエイラに突っ込んだ。
「母さん……。雰囲気台無しだよ……」
「フフ……。好きなんですよ、雰囲気壊すの」
「……それは前にも聞いたよ」
満面の笑みで言うエイラに、ショーナは呆れながらぽつりと呟く。そんな彼にはお構い無しに、エイラは満面の笑みでショーナを送り出した。
「フフ……。行ってらっしゃい、ショーナ」
「……行ってきます、母さん」
ショーナは再び振り返って、砦の外で待つフィーの下へと走り出した。彼が砦から出るのを見送ったエイラは、階段を上って自室へと戻る。……少し暗い表情で、内心でショーナに謝りながら。
(……ごめんなさい、ショーナ……。今は……そうやって伝えるしか……。
いつか必ず……お話ししますから……。こんな親を……許して下さい……)
一方ショーナは、砦を出てフィーと合流していた。
「もういいの? 聖竜サマ」
「あぁ。……長い事、待たせてごめん」
「え? ……別に、そんなに待ってないけど……」
「いや、フィーってせっかちだからさ」
「……私だって、聖竜サマがお母さんとお話する時間ぐらい待つわよ。……退屈だけど」
「……そういう所が、せっかちって言うんだよ」
フィーが付け足した言葉に、ショーナは苦笑いをしながら言う。彼女はその後、一呼吸置いて話題を変え、彼に問い掛けた。
「……それで? どこから探すの?」
「……いや、まずは隊長達に、オレ達が捜索に出る事を伝えに行く。……さっき母さんからも言われたからね」
「じゃあ訓練場?」
「あぁ。……行こう」
ショーナが真剣な表情を向けて最後に一言言うと、フィーも目に力を込めて静かにうなずき、二頭はそろって駆け出した。
訓練場に着いた二頭は、早々にジャックと顔を合わせた。彼らに気付いたジャックは、自ら声を掛ける。
「ん? お前達か、どうした?」
ジャックの声掛けに、ショーナとフィーは横並びで彼と対面する。そして真っ先に口を開いたのはショーナだった。
「ジャック隊長。オレ達……ジコウを探しに行きます!」
「…………」
真剣な顔付きをして訴えるショーナの言葉に、ジャックは少し進まぬ顔をしながら右手で頭を掻くと、鼻で小さくため息を吐き、腕組みをしてショーナに答える。
「……そう言い出すだろうと、薄々予想はしていた」
「じゃあ……!」
「……俺はこれまで、お前達の自主性を尊重してきた。遠征訓練の時もそうだったしな。
だが……、今回ばかりは……賛同しかねる」
「ど……どうしてです……!?」
ジャックの言葉に、ショーナは少しばかり語気を強めて、その理由を伺った。




