『保護された子』 その3
翌朝――
「おはようございます、ショーナ」
「おはよう、母さん」
エイラの部屋で目覚めたショーナは、いつもの様に挨拶をして伸びをする。
(昨日は……何か色々あったなぁ……)
起きて早々だが、昨日の事を振り返っていた。
(そういえば……母さんと話していたドラゴン、友好派とか独立派とか言ってたっけ……)
昨日の事を思い返しながら、首をかしげた。
(……オレはまだ、知らない事が多すぎる……)
そんな事を思いながら、ふと「ある事」を思い出したショーナ。
(そうだ……! 確かこの集落には書庫が……!)
ショーナはエイラを見て訴える。
「ねぇ母さん、そろそろ書庫の書物を見てみたいんだけど……」
「あら! いいじゃないですか!」
エイラはショーナの言葉を聞くと、満面の笑みを浮かべて答えた。
「じゃあ、今日の特訓を早めに切り上げて、その後に書庫に行きましょうね」
これまで、エイラは彼の行動を否定する事は無かったが、それでも少し心配をしていたショーナ。すんなりと快諾してもらえた事で、彼は少しほっとした。
(これで……何か新しい知識を得られるかもしれない……!)
その期待で嬉しいというより、何か一つでも知識を得たいという気持ちが、どこかショーナを真剣な表情にさせた。
二頭は食事を終えると少し部屋でくつろぎ、しばらくすると、エイラが部屋を後にしようと立ち上がった。特訓の時間には、まだ少し早い。
何かを思い出したのか、ぴたりと足を止めてショーナに一声掛ける。
「あぁ、そうでした。ショーナ、ジコウも模擬戦に誘ってあげて下さい」
「ジコウも……?」
「あの子は右隣の部屋にいますから、声を掛けてあげて下さいね。頼みましたよ」
満面の笑みでそう言うと、エイラはどこかへ出掛けてしまった。
「あっ! ちょっと、母さん……!」
残されたショーナは、エイラの頼み事に少し困惑している。
(ジコウに……かぁ……)
昨日のやり取りを思い出して、あまり気が進まなかったショーナ。気まずい表情をしながら右手で頭を掻いている。
(まぁでも……声を掛けない訳にはいかないし……)
大きくため息を吐くと立ち上がり、意を決してジコウの部屋に向かった。
(それにしても、隣の部屋だったとはなぁ……)
ジコウの部屋に向かいながら、そんな事を考えたショーナ。隣部屋という事もあり、すぐに部屋の前まで着いてしまった。
ジコウの部屋の扉は開いており、部屋の中は外から確認が出来た。そこでショーナは、そっと顔を出して中を見てみると、ジコウが丸く座り込んで休んでいるのが見えた。顔を引っ込めて、再び大きなため息を吐くと、木製の扉をノックしてジコウに声を掛けた。
「ジコウ、入るよ」
ノックの音でジコウは丸くなったまま目を開き、鋭い目付きでショーナを見つめた。
「……何か用か?」
「あー……その……。この後オレ達、模擬戦で特訓するんだけど、ジコウも一緒にどうかな……って」
ジコウはゆっくりと立ち上がる。
「お前は確か……聖竜様……だったか」
そう言葉が返ってきて、自分の自己紹介がまだだったと気付いたショーナ。昨日のやり取りでは、ジコウやフィーの名前は出ていたが、自分の名前は誰も言っていないのを、今思い出していた。
「あっ、いや……まぁ……皆から何故かそう呼ばれるけど、名前はショーナだ。……よろしく」
「…………」
ショーナの言葉を聞いたジコウは、少しの間、目線を斜め下に向けて何か考えた後、ショーナに問い掛ける。
「お前……、訳も分からず、聖竜扱いされているのか?」
「え? あぁ……まぁ……、そうなるかな……」
「…………」
ショーナの答えを聞いたジコウは、鼻で小さくため息を吐いた。そんな彼をよそに、ショーナは話しを続ける。
「まぁでも、それで皆喜んでくれてるし、それなら別にいいかなって……」
それを聞いたジコウは、目を閉じて顔を少し横に向け、呆れた声で呟く。
「……おヒト好しなヤツだ」
「……そうかもね」
そんなジコウに対し、ショーナは笑って返し、続けた。
「まぁ、ここにいるドラゴンは、皆いいドラゴンばかりだし……」
「……何故、皆いいドラゴンだと言い切れる?」
「何故って……」
「悪いヤツも、いるかもしれないんじゃないのか?」
「……そうは思わないかな。まだ二年ぐらいしか見てきてないけど、皆感じはいいし、犯罪も無いし……」
ジコウは再び、鼻で小さくため息を吐き、
「……やはり、おヒト好しなヤツだ」
そう呟く。それを聞いたショーナは少し苦笑いをし、話を本題に戻した。
「それで、模擬戦はどうする? 折角だし、やる事無いなら一緒に来なよ」
「……分かった。お前がそう言うなら」
ジコウが賛同の意を示した事で、ショーナは少しほっとした。終始無愛想に話すジコウは威圧感があったが、話してみると悪いヤツではないと分かり、最初に比べて少しだけ、ジコウの事が理解出来たショーナだった。
そうこう話している間に、模擬戦の時間になっていた。
「あっ……! そろそろ行かないと」
窓の外を見たショーナが、日の光で時間に気付いて声を上げた。
「じゃあ行くか」
ショーナはジコウに一声掛けると、ジコウは静かに小さくうなずく。二頭は砦の前に向かって歩き出した。
その場所に向かう途中で、ショーナは昨日の事を思い出し、ジコウに声を掛ける。
「そうだ、ジコウ。模擬戦は最後までちゃんとやれよ?」
「……昨日の事か」
「あぁ。フィーがうるさいからな」
「……お前がそう言うなら」
無愛想ながらも、昨日よりすんなり他者の意見を聞くジコウに、ショーナは少し不思議に思っていたが、思い出したかの様に話を続けた。
「あ、それと……。昨日フィーが言ってなかった事を付け足すと、模擬戦は致命ポジションを取ったら勝ちだけど、致命的な攻撃は絶対に寸止めだから、それは覚えておいてくれよ」
「あぁ……覚えておく」
一通り話し終えたショーナは、言い忘れた事が無いか確認していた。
(え~っと……、これで言うべき事は言ったよな……。模擬戦に誘ったし、最後までやるって事も言ったし……)
視線を右上に向けながら考えていたショーナの耳に、聞き覚えのある声が響く。
「来たわね」
はっとして声のした方を見ると、そこにはフィーとエイラが待っていた。
「ちゃんとジコウを誘ってくれたんですね、ショーナ」
「えぇ……まぁ……」
笑顔で言うエイラに、少し気疲れ気味な相づちをしたショーナ。その声からは、ジコウを誘った時の苦労がにじみ出ていた。
「じゃあ早速始めましょ? そこの彼にも再戦したいし」
腹の虫は治まったのか、フィーはいつも通りの調子に戻っていた。その様子を見たショーナは安堵したが、一息つく間も無く模擬戦が始まる事となった。