『彼が見付けた理由』 その7
ショーナがエイラの部屋に戻ると、エイラは満面の笑みを浮かべて話し始めた。
「そうですか~。ついにショーナも、フィーを砦に呼びましたか~」
「いや、母さん……。別に、呼ぼうと思って呼んだ訳じゃないからね?」
「フフ……。細かい事はいいじゃないですか」
エイラの言葉に、ショーナは苦笑いをしながら返すも、当のエイラはお構い無しに続ける。
「それに……! 折角、フィーを呼んだんですから……! ショーナの部屋で一緒に寝ちゃえばいいじゃないですか。……寝床二つあるんですし」
「は……!?」
ショーナは少し顔を赤くし、目を丸くして一言だけ発していた。エイラは相変わらず、満面の笑みで続きを口にする。
「それにしても、ショーナもやりますね~。もしかして、『出来パ』を狙ってるんですか?」
「で……『出来パ』……?」
「フフ……。決まってるじゃないですか、『出来ちゃったパートナー』の事ですよ」
(……もしかして、『出来ちゃった婚』みたいな事かなぁ……)
そんな事を思いつつ、ショーナはその赤みの残る顔を右手の指で掻く。そして、一呼吸置いてから、少し真剣な顔付きになると、エイラを心配する様に言葉を掛ける。
「いや、そもそも……。今日、母さんは襲撃されてるのに、よくそんな軽いノリで……」
「フフ……。ほら、よく言うじゃないですか。『それはそれ、これはこれ』って」
「……それは前にも聞いたよ」
相変わらずのエイラに、ショーナは苦笑いをして一言呟いた。そこに、満面の笑みのエイラが思わぬ事を口にする。
「大丈夫ですよ、ショーナ。……だって私、『最強』ですし」
「さ……『最強』……?」
「フフ……。そう、『最強』……。何だか久々に言った気がしますね~」
「……オレは初めて聞くよ?」
「あら、そうでした? ……じゃあ、覚えておいて下さいよ。私、『最強』ですから。……フフ」
満面の笑みで平然と言うエイラに、ショーナは口を半開きにしてぽかんとしつつ、その言葉の意味を考える。
(『最強』……か。……まぁ、母さんって長だもんなぁ……。それ相応の強さを持ってるって事なんだろうな……。見た事無いけど……)
そう思ったのも束の間、すぐに他の事が頭をよぎり、
(……いや、いじりが強烈だから、そういった意味では……見てる……。確かに……『最強』かも……)
そう思いつつ、ショーナは苦笑いをして右手の指で顔を掻いた。すると、ここでエイラが思い出したかの様に声を上げる。
「あっ! そうでした!」
「えっ……?」
「折角、フィーを呼んだんですから……! かじってもらいましょうよ! お魚!」
「母さん……!」
「だって美味しかったんですよね? じゃあ……」
「母さん……!!」
ショーナは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にし、エイラを制止していた。それでもエイラは満面の笑みで続ける。
「フフ……。夕食でお魚かじってもらって……! その後、ショーナの部屋に誘って……! その勢いで子作りして……!
『出来パ』プラン、完璧じゃないですか、ショーナ!」
「…………」
その言葉に、ついにショーナは苦々しい表情で顔を逸らすと、右手でその赤い顔を押さえ、大きなため息を吐いた。
「フフ……フフフフ……。アハハハハハハッ!」
その傍らで、腹を抱えて大笑いしだすエイラ。そんなエイラに、ショーナは手で顔を押さえたまま思う。
(……ひどい……、今のはひどい……。もしかして……『最強』じゃなくて……、『最狂』の間違いなんじゃ……)
顔を押さえたまま、うな垂れるショーナ。エイラはまだ大笑いしており、いつもの様に腹部を痛がったり、涙を拭ったりしている。
ショーナは手で顔を押さえたまま、エイラに目を向けてその様子を見ると、鼻で小さくため息を吐く。
(……まぁ、いつも通りと言えば、いつも通りではあるけど……。襲撃されて半日も経ってないのに、よくこんな……オレをいじって大笑いする余裕、あるよなぁ……。タフなのか何なのか……。
いや、だから『最強』なのか……? ……まぁいいや……)
今日一日に、あまりにも色々な出来事が重なり、その疲れでエイラのいじり等どうでもよくなってしまったショーナは、それ以上、考えるのを止めた。
その間に落ち着きだしたエイラに向かって、ショーナは疲れがにじむ顔を向けて言う。
「じゃあ……、オレはフィーの様子を見て、そしたら……もう休むから……」
「フフ……。分かりました、ショーナ」
エイラの返事を聞いたショーナは、部屋を後にしようと彼女に背を向ける。その時だった。
「あっ、ショーナ?」
「えっ……?」
エイラの呼び掛けに、再び彼女の方へと振り向くショーナ。しかし、エイラは満面の笑みをショーナに向けたまま一言も発しない。お互い、少し見つめ合ったが、しばらくしてエイラが失笑しだした。
「フフ……フフフフ……」
それを見たショーナはエイラが思っている事を察し、苦笑いをしながら呆れてため息を吐くと、彼女に声を掛ける。
「母さん……。変な事、考えないでよ……? しないからね? 子作り……」
「フフ……。あら……それは…………残念ですねぇ……」
「母さん……」
少し笑いながら返事をするエイラに、ショーナは相変わらずの表情で一言返すと、
「『出来パ』は無いからね……? じゃあ、おやすみ」
そう言って、足早に彼女の部屋を後にした。
エイラの部屋を出たショーナは、その足でフィーが泊まっている部屋へと戻る。その部屋の扉は開きっぱなしだった為、ショーナは顔を覗かせると、その開かれた扉をノックし、フィーに声を掛けながら部屋に入る。
「フィー、入るよ」
「…………」
「……どう? 砦の部屋……。まぁ、フィーのうちより狭くて、何も無いけど……。眠れそう?」
「……大丈夫」
「そう……。それなら良かった」
フィーは部屋の寝床で丸く座り込んでおり、その状態のままショーナに受け答えしていた。
「……あぁ、そうだ。……フィー、夕食は?」
ショーナの問い掛けに、フィーは静かに首を横に振ってから、彼に答える。
「朝、食べる」
「……分かった。……じゃあ、オレはもう自分の部屋に戻るから、フィーも……ゆっくり休んでよ」
「…………」
「……じゃあ、おやすみ」
ショーナはそう言うとフィーに背を向けて、部屋を出ようと歩き出した。
「……待って、聖竜サマ……」
「えっ……?」
フィーの呼び止めに、ショーナは足を止めて振り返る。彼の視線の先では、フィーが暗い表情でうつむいていた。彼女は力無い声でショーナに言う。
「……独りにしないで……」
「……フィー……」
彼女のその言葉に、ショーナは体ごとフィーへと向き直る。普段とは違うフィーの表情に、ショーナは少し心配していた。
(……今日、色々あったからなぁ……。疲れとか……精神的なショックとか……あるだろうし……)
そう思いつつ、ショーナは意を決してフィーに「ある提案」をする。
「フィー、あのさ……。もしフィーが良ければだけど……、オレの部屋で寝ない……?」
「えっ……?」
「いやその……。オレの部屋、寝床が二つあるから……。
フィーが……独りが嫌なら……、どうかなって……」
少し顔を赤くし、気まずそうに顔を逸らして言うショーナ。それを聞いたフィーは、初めはきょとんとしたものの、すぐに僅かに微笑んで、彼の問いに答える。
「……じゃあ、そうする」
「えっ……!?」
「……『えっ!?』って何よ? 聖竜サマが言い出したんでしょ?」
「いや、そうなんだけど……うん。……いや、そうなんだけどさ……」
先程よりも顔を赤くし、右手の指で顔を掻くショーナ。明らかに動揺しているのが分かったフィーは、少し呆れながら微笑んでショーナに問う。
「……ねぇ、この前もそうだったけど、もしかして……人間って、『異性と泊まる事』って、そんなに恥ずかしい事なの?」
「えっ……!? いや……それは…………、それぞれじゃないかな…………多分……」
「ふうん……」
気まずそうに赤い顔を逸らし、顔を掻きながら消え入りそうな声で答えるショーナに、フィーは微笑みながら呆れ、一言だけいつもの相づちを打っていた。そしてフィーは立ち上がると、改めてショーナに声を掛ける。
「……じゃあ行きましょ? 案内してよ、聖竜サマ」
「えっ!? あ、あぁ……分かった……」
相変わらず気まずそうな顔をしながら、ショーナは自室へと歩き始め、フィーはその後ろから彼に続く。部屋に着くまでの間に、ショーナは今のやり取りを思い返していた。
(……自分で言っておきながらだけど、本当に……良かったのかなぁ……)
そう思うも束の間、ショーナは自室の扉を開けて部屋へと入り、フィーも続いた。




