『彼が見付けた理由』 その6
少しの静寂を破り、フィーが口を開いた。
「……でも、それなら『戦う理由』になるんじゃないの?」
「えっ……?」
「だって、もしジコウが聖竜サマの言う人間なら、『ドラゴンは悪の象徴』って思っていても、何も不思議じゃないけど?」
「……そうかもしれないけど、でも……仮にジコウがそいつだとして……。オレもジコウも、ドラゴンとして生まれて……もう十年も経つんだぞ? それなのに……」
少しうつむき、顔をしかめて言うショーナに、フィーは端的に質問を重ねる。
「ドラゴンとして生まれて十年経ったら、価値観が変わる……って言いたいの?」
「……変わるかは分からない。でも……今はドラゴンだ。この集落のドラゴン達の事も、保護されてから見てきたハズだ。それなら……」
「……『バケモン』に生まれ変わったのに?」
「……っ!?」
ショーナの言葉を遮って呟いたフィーの言葉に、彼は目を丸くして驚く。そんなショーナをよそに、フィーは話を続ける。
「私は、聖竜サマが言う人間の事は、聖竜サマから聞いた事しか分からない。でも……、『ドラゴンは悪の象徴』である世界で、ドラゴンは『バケモン』って考えで過ごしていた人間が、そのドラゴンに生まれ変わって……考えが変わるとは思えない。
それなら……、それは『戦う理由』になると思う」
「じゃ、じゃあ! 仮にジコウがそいつだとして、どうして今更、一頭だけでこんな事を……!
それに……十年だぞ!? どうして十年も待って……!」
「私達はオトナになって、訓練を受けてきたじゃない。そこでブレスも使える様になったし。……だから動いたんじゃないの?」
「バカなっ!! 一頭だけで動いて、何が出来るって言うんだ!
そもそも……! フィーは……さっき言った事が、ジコウの『戦う理由』だったとして、それでジコウがどうするって考えてるのさ!?」
ショーナは声を荒げていた。フィーの考えが、あまりにも飛躍しすぎていたからだ。それでいて、彼女の言葉がどこか筋が通っていた事が、より彼を感情的にさせていた。
対してフィーは落ち着いており、真剣な表情をショーナに向けて、彼の問いに答える。
「もし……『ドラゴンが悪』って言うなら……。一頭でも多く、ドラゴンを倒そうって思うんじゃないの?」
「フィー、言っただろ。ジコウだってドラゴンなんだ。その理屈だと……『ジコウも悪』になる。なのに……」
「だったら余計、好き放題出来るんじゃないの? ……だって、『ドラゴンは悪』なんだし」
「それは……」
「好き放題して、一頭でも多く倒して、それで……最後は自分も倒される。……そうすれば……」
「止めろ! フィー!!」
フィーの話を聞いていられなくなったショーナは、最後に彼女の言葉を遮り、怒鳴って制止していた。それを聞き、フィーは気まずそうに顔を逸らして黙り込む。
ショーナは一度大きくため息を吐くと、顔をしかめて右手で乱暴に頭を掻き、少し間を開けてから話を再開した。
「……もう止めよう、この話は」
「……そうね」
「ジャック隊長が言った様に、あいつに直接聞かないと……真実は分からない。ここでどれだけ仮の話をしていても、結局は……オレ達が都合のいい解釈を並べるだけだ。
とにかく……あいつを見付けて、連れ帰らないと……!」
最後の言葉は、目に力を込めて言ったショーナ。フィーもそれを察し、真剣な眼差しをショーナに向けて問う。
「行くの? 探しに」
「……あぁ」
「ジャック隊長から、『フラフラするな』って言われてるのに?」
「……ジャック隊長からは、『訓練が再開するまでは、自由にして構わない』とも言われてるよ」
ショーナの言葉を聞き、フィーは鼻から一息吹き出す様に笑うと、彼に微笑んで声を掛ける。
「……聖竜サマって、相変わらず細かいのね。……いいわ、私も行く」
「フィー……」
「私を撃ってきた理由も聞きたいし、撃たれっぱなしっていうのも嫌だし。……お返しはしないとね」
「…………」
フィーの最後の一言に、ショーナは微笑みながらため息が漏れ、
(まぁ、フィーも……相変わらずだなぁ……)
そんな事を思っていた。
話を終えた二頭は、地下室から一階へと上がった。既に一階は普段と同じ様子へと落ち着いており、話を始める前の慌しさは、その欠片さえ残っていなかった。
しかし、夕方になろうというのに、まだ天候は回復せず、外は相変わらずの雷雨が続いていた。
「フィー、今日は砦に泊まっていきなよ」
「え? どうして?」
「だって……この雷雨の中、フィーのうちまで走ったら……びしょ濡れになるよ?」
「濡れるだけでしょ?」
「いや……そうだけどさ……」
フィーを心配して声を掛けたショーナだったが、彼女のあっけらかんとした返答に、苦笑いをして呟いていた。
それでもショーナは、フィーの身を案じて彼女を引き止める。
「やっぱり泊まっていきなよ。砦には空室が沢山あるからさ、一部屋ぐらい使ったって誰にも文句は言われないだろうし。……母さんだって、多分そう言うと思うし……」
「…………」
「……ほら、とりあえず一緒に母さんの所に行こうよ。母さんなら許可してくれるって。……オレだって、こんな雷雨の中、フィーを一頭だけでうちに帰すのは心配だし……。
どうしても帰るって言うなら送るけど……」
「……分かったわよ。……聖竜サマに付いてくから、案内して?」
「あぁ、分かった。……こっち」
ショーナは先陣を切って歩き出し、階段を上る。フィーもショーナの後ろに続いて、二階へと上がった。
エイラの部屋の前まで来た二頭。ショーナがエイラの部屋の開かれた扉をノックしようとした時、彼に気付いたエイラが微笑みながら声を掛けた。
「あら、ショーナ。どうしました?」
「あ、母さん。……今、ちょっといい?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
エイラの返事を聞き、ショーナはエイラの部屋へと足を踏み入れる。その後ろから、フィーも続いて部屋に入った。
「あら、フィーも一緒なんですね。……どうしたんですか?」
「母さん。今日、フィーを砦に泊めてほしくて……。さっきまで地下室で話し合いをしてたんだけど、天気が回復しないから……」
「えぇ、もちろんいいですよ。開いてる部屋なら、どこを使ってもらっても構いません。
……あっ! 折角ですし、ショーナの……」
「母さん……!」
エイラが口にしようとした言葉を察し、ショーナはとっさにエイラを制止した。当のエイラは、そんなショーナを見て満面の笑みを浮かべ、話を続ける。
「どうしたんですか? ショーナ。……ショーナの部屋の、隣の部屋を使ってもらいましょう……と、言おうとしただけですけど……」
(……紛らわしいなぁ……)
エイラの言葉を聞き、ショーナは苦笑いをしながら右手の指で顔を掻く。
「じゃあ、ショーナはフィーを案内してあげて下さい。……フィーも、自分のうちだと思って、ゆっくり休んで下さいね」
「はい、ありがとうございます」
一言お礼を言ったフィーは、先に廊下へと歩き出し、彼女に続く形でショーナも歩き出した。その時だった。
「あっ、ショーナ?」
「え?」
ショーナはエイラに呼び止められ、彼女の方へと振り返る。
「フィーを案内したら、また私の所に戻ってきて下さい。……ちょっとお話ししたい事があるので」
「え……あ、はい」
満面の笑みで言うエイラに、ショーナは一言だけ返事をし、廊下で待つフィーの下へ早足で向かう。
(話したい事……か、何だろう……。まぁ、あの笑顔なら……深刻な話じゃないと思うけど……)
そんな事を考えつつ、フィーの側へと行き、
「じゃあ、案内するよ。……付いて来て」
「……えぇ」
彼女に一声掛けて、先に歩き出す。そのままショーナは自室の前を通り過ぎ、隣の部屋の扉を開けて中へと入った。その後ろからフィーも部屋へと入る。
「……フィーのうち程、広い部屋じゃないけど……。今晩は、この部屋でゆっくり休んでいってよ」
「……ありがと」
「じゃあ……オレは一旦、席を外すから……。母さん、オレに話があるみたいだし……。話が終わったら、また後で様子を見にくるからさ」
「……分かった」
互いに微笑みながら言葉を交わし終えると、ショーナは部屋を出て、少し早歩きでエイラの部屋へと戻った。




