『その言葉の先にあるもの』 その7
「書庫長、それで……『クロックポジション』なんですが……」
「ふむ、そうでしたな」
「それを説明する為には、他にも説明しないといけない事があるんです」
「構いませんよ、ショーナ様。物事は相互関係があるものです。どうぞ、お話し下さい」
「……分かりました」
ショーナはうなずいて、話を続ける。
「オレが人間だった世界では、一日の長さを二十四分割していました。その単位を『時間』と言い、一時間、二時間……といった具合で、表していました。
また……その時々を表す場合は、数字の後ろに『時』という単位を付け加えて表しました。一日の始まりは零時から始まり、一時、二時……といった具合で進み、一日の終わりは二十四時で、そこで日付が変わると同時に、また零時に戻って……と、それが繰り返していました」
「ふむ、それはなかなか興味深いですな。何故、二十四分割なのかは不思議ではありますが、そうやって統一した基準や単位があれば、意思疎通もしやすかったでしょう。
それに比べ……この世界で、わたくし達が言っている『時間』という言葉は……実に大雑把ですからな」
「オレも……よくこれで生活が成り立つな……と、最初は驚きました。今はもう慣れましたが……」
苦笑いをして答えたショーナは、一呼吸置いて、改めて続きを話す。
「それで、まだ続きがありまして……。
その一時間を更に六十分割した単位を『分』と言い、その一分を更に六十分割した単位を……『秒』と言っていました。
その『時』『分』『秒』を組み合わせて、その時々を詳細に表し……、それも『時間』と言われました」
「何と……! そんなにも細かく、一日を細分化して表していたのですか……!?
ショーナ様は、そんな世界で長らく生活を……?」
「え? えぇ、まぁ……」
「わたくしには息が詰まりそうです。その世界の人間は、さぞ几帳面だったのでしょうな」
フォーロは目を丸くし、心底驚いていた。それを見たショーナは苦笑いをしつつ、更に説明を続ける。
「まぁ、実際には……『時』と『分』を組み合わせて使うのが一般的で、『秒』まで使う事は……普通の生活では、あまり無かったですね」
「ふむ、なるほど……。それでも、この世界とは……『時間』の感覚が大きく違いますな。この世界では……『年月日』までしか、表す術がありませんから」
「……そうですよね。時間を表そうにも、『昼下がり』とか『半日』とか、そういう言い方をしますし……」
微笑んで言うショーナに、フォーロも微笑んで質問を返す。
「しかし……先程の話ですと、『ジ』と『フン』が一般的との事でしたが……。ショーナ様の性格上、『ビョウ』も意識して生活されていたのではありませんか?」
「え……? どうして分かったんですか……?」
「ショーナ様は真面目ですからな。ご自身の『時間』には、厳しかったのではありませんか? 例えば……誰かとの待ち合わせですとか」
「……鋭いですね、書庫長……」
「ショーナ様なら、きっとそうでしょう。……わたくしでなくとも、分かりますよ」
フォーロに見抜かれたショーナは、苦笑いをして一呼吸置き、更に話を進める。
「それで……、その時の時間を示す道具があったんです。それを……『時計』と言いました」
「ふむ、確かに……そういった道具が無いと、折角の指標も役に立ちませんからな」
「はい。……その道具も色々な種類があったのですが、一般的に普及していた物の一つは……文字盤と針を組み合わせた物でした」
「ほう、文字盤と針……ですか」
「えぇ」
相づちを打ったショーナは、手振りを交えて説明を続けた。
「数字を円形に並べ、その中心から三本の針を伸ばし、それを動かす事で……時間を示していました」
「なるほど、つまり……三本の針というのが、それぞれ『ジ』『フン』『ビョウ』を示していた……という事ですな?」
「その通りです、書庫長。……円形に並べられる数字は一から十二までで、『時』の針が一周すると半日、二周すると一日……といった具合でした」
「ふむ……。つまり……一周目は昼前で、二周目が昼過ぎという事でしょうが……。その表し方だと、誰かに『時間』を伝える時、昼前なのか昼過ぎなのか、混乱が生じてしまいそうですな」
「確かに、数字だけを伝えようとすると、書庫長のおっしゃる通り混乱する事もあります。ですが……十二時間で表す時には、それを分かる様にする決まりがありました。
昼前は『午前』と言い、昼過ぎは『午後』と言い、それぞれ時間の前に付け足していたんです」
ショーナの説明で察したフォーロは、微笑んでショーナに答える。
「なるほど、わたくしにも読めてきました。確かにそれなら、文字盤の数字が十二までしか無くても、一日の『時間』を正確に伝える事が出来ますな。
では……、一日の『時間』を伝える方法は、二種類あった……という事ですかな?」
「そうです。例えば……十五時であれば、午後三時と言う事も出来ます。この二つは同じ時間です」
「ふむ……。それをとっさに『同じ』と分かる様になるには、少々慣れが必要ですな……」
「……そうだと思います。実際、時々分からなくなる時もありましたし……」
ショーナは苦笑いをして右手の指で顔を掻き、一呼吸置いて続ける。
「それで、その『時計』についてなんですが……。文字盤の数字は、上が十二、右が三、下が六、左が九で、その間には……それぞれの間の数字が並んでいました」
「なるほど、右回りという事ですか。しかし……十二が上というのは不思議ですな」
「オレも……それは分からないんですけど、でも……その方が十二時間って分かりやすいかもしれないですね。もし上に零時を示す数字を入れれば、右回りで最後に来る数字は十一になりますし……」
「ふむ……」
「まぁでも、結局は慣れな気もします……」
再びショーナは苦笑いをし、ここで一呼吸置くと、いよいよ話の核心に触れだした。
「ここまで回り道をしましたが、これでようやく……元の話に戻せます。その『時計』というのは……『クロック』とも言われるんです」
「……なるほど、そういう事でしたか……」
それを聞いて全てが繋がったフォーロは、目を閉じて相づちを打ち、何度も小さくうなずく。
「先程、ショーナ様がおっしゃった言葉……」
「そうです、『クロックポジション』……。これは……その『時計』の文字盤に書かれた数字の位置関係を元にしたもので、観測者からの位置関係を示す為に言われる言葉を意味します。
例えば、観測者の前方であれば……『十二時方向』と言い、観測者の右方向であれば……『三時方向』といった具合です。
これが、左後方であれば……『七時方向』や『八時方向』となり、微妙な位置関係も伝える事が出来るんです」
「ふむ、確かに……文字盤とも一致しますし、その方法であれば……ショーナ様のおっしゃる通り、微妙な位置関係も相手に伝える事が出来ますな」
ショーナの説明に、フォーロは微笑んで納得していた。しかし、とある事に気付いてショーナに問う。
「しかし……。どうしてショーナ様はそれを、わたくしに……お尋ねになられたのですかな?
先程お話しした通り、その言葉は初めて聞く言葉です。わたくしだけでなく、他の者も知らないでしょう。何故なら……、この世界には『トケイ』という道具はありませんからな。『トケイ』という道具が無ければ、その表現が生まれる事はありません」
「……この世界の人間も、『時計』は使っていないのでしょうか……?」
「ふむ。もし人間が使っていたとすれば、交流のある友好派にそれが伝わり、そして……この独立派にも持ち込まれた事でしょう。そうすれば、互いに正確な『時間』を共有する事が出来たハズです。
今、それが独立派に無いという事は、つまり……友好派にも無く、人間も持ち合わせていないという事ですな」
「…………」
フォーロの言葉に、ショーナは険しい表情で落胆してうつむき、鼻で小さくため息を吐いた。
「ふむ……。どうやら、今日ショーナ様が一番気になっているのは……その言葉という事ですな。
……何があったのです?」
「……はい、実は……」
心配して問うフォーロに、ショーナはうつむいたまま、「彼」の事を話し出した。
「今、お聞きした『クロックポジション』……。それを……口にしたドラゴンがいたんです」
「それは……一体、どなたが……?」
「……ジコウです」
ショーナはうつむいたまま一呼吸置き、その続きを話す。
「あいつは……野営訓練中に言ったんです、『十二時方向』と……。それも、正しい意味で……」
「ふむ……」
「オレは……今日、ここに来る前、あいつに問いただしたんです。ですが、あいつは……答えをはぐらかしました……。
それでオレは、どうしてあいつが『クロックポジション』の事を知っているのか気になって、それで…………」
「それで……わたくしの所にいらっしゃった、という事ですな」
「……そうです」
途中で言葉に詰まったショーナに、真剣な表情をしたフォーロが言葉を繋ぎ、その言葉を聞いたショーナは、相づちを打ちながら険しい表情をフォーロに向けた。




