『保護された子』 その2
「では……砦まで行きましょうか。あなたの新しいお家ですよ」
エイラは物静かなジコウに優しく声を掛けると、砦に向かって歩き出す。その時、この場に来ていた彼らが目に留まった。
「あら、あなた達も来ていたのですね」
エイラが声を掛けた事で、ショーナとフィーは近くまで駆け寄った。そんな彼らに、エイラは満面の笑みで語り掛ける。
「あなた達と同い年の子ですから、仲良くしてあげて下さいね」
そう言うと、エイラはショーナ達の横を通り、彼らが走ってきた道を歩いて砦に向かう。彼女の後ろにはジコウが続いた。
(保護された子は……黒いドラゴン……か)
周囲にドラゴンが集まっていた時、ジコウの姿をはっきりと見る事が出来なかったショーナは、側まで来た事で彼の容姿を確認する事が出来た。四足歩行で翼があり、背部側の甲殻は黒色なのに対し、腹部側の甲殻は灰白色。黒い顔には黄色い瞳が浮かび上がっていた。
ショーナはジコウとすれ違った時に彼の事を見ていたが、そのジコウは見られていたのが気に入らなかったのか、ショーナの事を鋭い目付きで、にらむ様に見返した。黒い顔に浮かび上がった黄色い瞳が、より一層ジコウの目力を強調しており、目が合ったショーナは少し怯んでしまった。
(ちょっと……おっかないな……。本当に同い年……?)
彼の目からは、殺気とまではいかずとも、どこか敵意に似た雰囲気を感じたショーナ。ジコウの目は、この集落のどのドラゴンとも違う、少し違う何かを発しているのを、ショーナは直感的に感じていた。
そんなショーナの気持ちを知ってか知らでか、突如フィーが声を発した。
「ちょっと待って!」
歩いていくエイラとジコウを呼び止めたフィー。その声に二頭は振り向く。
「ねぇ、ジコウだったかしら? 私と模擬戦しない?」
「お……おい、フィー! 何も今じゃなくても……」
フィーの突然の提案に、横からショーナが静止するが、
「いいじゃない別に。聖竜サマだって私と初めて会った時、模擬戦してくれたでしょ?」
「いや……それとこれとは……」
「同じでしょ? 今日でも明日でも変わらないわよ」
半ば強引にショーナを言い包めたフィーは、ジコウに向かって声を大にする。
「模擬戦は致命ポジションを取った方が勝ちよ!」
そう言って体勢を低くし、
「どうするの? やるの? やらないの?」
戦闘体勢を取りつつ、ジコウに問い掛けた。ジコウは左向きに振り返ったままだったが、その状態で口数少なく答える。
「いいだろう……」
そしてジコウは左向きに体の向きを変え、フィーをにらみ付ける様に凝視する。しかし、一向に戦闘体勢を取る気配が無い。
(どういうつもり……!?)
左向きに立ち、ただフィーをにらみ付けただけのジコウに、フィーは少し苛立っていた。口では模擬戦に同意したものの、まるでやる気を感じなかったからだ。
ここまで静かに様子を見守っていたエイラだったが、ここで口を開いた。
「では……模擬戦、始めますよ? いいですか?」
「はい!」
「…………」
エイラの問いに、フィーは大きな声で返事をし、ジコウは無言で小さくうなずく。それを確認したエイラは、いつもの様に模擬戦を取り仕切った。
「では行きますよ! ……始めっ!」
エイラの合図を聞き、フィーは勢いよくダッシュして間合いを詰める。
(横を向いたまま、どう戦うのか……。見せてもらうわ!)
そう思いながらジコウに肉薄し、右手を上げて攻撃を仕掛けた時だった。ジコウはそのままの体勢で、自身の左の翼をフィーの眼前で素早く払った。
「うっ……!」
顔の直前を翼がかすめた為、攻撃を中断したフィーは一瞬怯んでしまう。ジコウはその隙を見逃さず、そのまま右向きに回って、尻尾を使いフィーに足払いを仕掛けた。その尻尾はフィーの左手に直撃し、攻撃の為に右手を上げていたフィーはバランスを崩し転倒。
フィーは負けを覚悟したが、ジコウはそのまま後ろを向いて追撃をしてこなかった。彼女は転倒したもののジコウから目を離さず、相手の動きは確認をしていた。それ故に、ジコウのその動きに納得が出来ず、起き上がったフィーは声を荒げた。
「ちょっと! 最後までちゃんとやりなさいよ!」
それを聞いたジコウは、背を向けたまま少しだけ振り返り、見えるか見えないかの角度でフィーをにらみ付けると、無愛想に答える。
「一対一での転倒は致命的だと思うが?」
「……まるで勝った様な言い方ね……!?」
「なら、あの状況から逆転出来たとでも?」
「……言うじゃない……!」
フィーはジコウをキッとにらみ付ける。二頭の模擬戦を見ていたショーナは、ジコウの動きに関心しつつも驚いていた。
(あのフィーを負かした……!? しかも……どこか戦い慣れてる……!)
そんな事を思っていたショーナだったが、腹を立てたフィーから火の粉が降り掛かった。
「ちょっと! 聖竜サマも何か言ってよ!」
「えっ……! えぇぇ……!?」
余りにも突然に話しを振られたショーナは、ただ驚くだけで言葉が出なかった。
ここまで成り行きを見守っていたエイラも痺れを切らしたのか、この険悪な雰囲気の中、苦笑いしながら仲介に入る。
「はいはい、今日はここまでにしましょう。続きはまた今度ですよ」
そう言いながらジコウとフィーの間に割って入ると、
「私はジコウを連れて先に砦に向かいます。ショーナはフィーを……」
「あっ……分かりました」
エイラは最後まで言わなかったが、エイラの言おうとしていた事をくみ取ったショーナは、返事をしてエイラ達を見送った。
砦に向かう二頭を見送っていたショーナとフィーだったが、フィーはまだ腹の虫が治まらないのか、ショーナに愚痴をこぼす。
「なによ! いけ好かないわね!」
「まぁまぁ……。そんなに負けたのが気に食わない……?」
「違うわよ!」
フィーはショーナの問いに食って掛かった。
「勝ち負けじゃなくて、ちゃんと最後までやらない事に怒ってるの! ルールがあるんだから、ちゃんとルール通りにやれって事よ!」
「まぁ……そうだね……」
フィーの言葉に反論はせず、言葉数少なく相づちを打ったショーナ。
(へぇ……、フィーって意外と真面目な所あるんだな……)
怒りが収まらないフィーを見つつ、ふとそんな事を思っていた。
「あぁ……もう! 後味悪いわね! 私達もさっさと帰りましょ!」
「……送ろうか?」
「いいわよ別に……。聖竜サマも今日はさっさと帰ったら?」
どこか言葉にトゲが残るフィーに、ショーナは気を使って言葉を掛ける。
「あぁ、そうだ……。砦でジコウに会ったら、次はルールを守る様に言っておくよ」
その言葉を聞いたフィーは、鼻でため息を吐いた後、
「……あまり期待せずに、期待しておくわ」
険しい表情でそう言うと、その場を後にした。




