『野営訓練』 その8
ジコウと見張りを交代し、ショーナが眠りに就いて更に時間が経った時だった。丸く座り込んで周囲を警戒していたジコウは、遠方に何かの気配を察知し、身をかがめる。
上空は変わらず分厚い雲が覆い、星明りは無く、集落から届くかすかな光のみが頼りだった。そんな中でジコウは目を凝らし、その気配の主を何とか視認しようとしていた。
しかし、「それ」は待ってはくれなかった。「それ」はジコウが視界に捉える前に、三頭へと急接近を始める。黒い影が動いた事で、ようやく視認する事が出来たジコウは、声を上げて二頭へと警報を出そうとしたが、その影がジコウへと飛び掛った事で、彼は迎撃行動を先に取った。
ジコウは丸く座っていた体勢を活かし、立ち上がりながら回転すると、その勢いで尻尾をなぎ払って一撃を加え、それを大きく弾き飛ばした。
「敵襲ーーっ!!」
ここでようやくジコウは大声で警報を発し、その声にショーナとフィーは飛び起きた。
「なっ……何!? 敵……!?」
まだ寝ぼけて目がかすみ、少しよろけながら慌てて戦闘体勢を取るショーナ。その脇でフィーも同様に立ち上がると、
「あ……明かりを……!」
そう言って、就寝前に自身がなぎ払った焚き火の燃え残りに歩み寄った。そんなフィーに視線を向けたショーナは、慌てて彼女を制止する。
「フィー! ダメだ! 明かりは点けるな!」
「ど……どうして……!?」
「オレ達が丸見えになる! 今はダメだ!」
次第に思考がクリアになりだしたショーナは、フォーロからの教えを思い出し、明かりを点けない判断を下していた。そして、すぐさまジコウに状況を確認する。
「ジコウ! 状況をっ!」
「敵は俺の十二時方向! 数、地上一!」
「……分かった!」
ジコウは自身が弾き飛ばした影をにらみつつ、時折ちらちらと視線を振っては周囲の警戒を続けていた。その最中にショーナに報告していたが、ジコウが言った言葉にフィーが大声で聞き返した。
「じゅ……『ジュウニジ』って、どっち!?」
「ジコウの正面だ! フィー!」
戸惑っているフィーにはショーナが答え、彼はその流れで各々に指示を出す。
「ジコウ! そのまま正面の敵を警戒するんだ! 接近してきたら迎撃を!
フィーはジコウと反対側を警戒して! オレは二頭の間を警戒する!」
「……了解」
「オッケー!」
ショーナの指示に、二頭は一言返事をし、彼の指示通りに陣取る。ジコウは湖畔を左に、敵を正面に見据える。フィーはジコウの後ろで、湖畔を右にして戦闘体勢を取りつつ警戒。ショーナは湖畔が背に来る様に立ち、戦闘体勢で警戒。三方向を警戒出来る様に、それぞれ別の方向を向いて目を光らせた。ジコウが弾き飛ばした影は、一旦距離を取ったまま新たな動きを見せていない。
(くそっ……! まさか本当に出るとは……! 闇の魔物なのか……!?)
ショーナは険しい表情をしながら、安易に場所決めをした事を悔やんでいた。敵の正体が分からないにせよ、こうして野営中に敵襲を許してしまったからだ。
事態は更に悪化する。
「敵増援!! 直上っ!!」
「なっ……!?」
再びジコウが警報を発した。ショーナは顔を傾け、目を上に向ける。そこにはジコウの警報通り、一つの影が上空から直下してきていた。
その影を視認したのも束の間、その影は自身の正面に、何やら球体を生成したかと思うと、それをショーナ達目掛けて放ったのである。
その球体は三頭の間、その中央の地面に着弾すると、そこを中心として物凄い突風を発生させた。三頭はそれぞれ真後ろから、衝撃波とも取れる猛烈な突風にさらされる。
「うわあぁぁぁぁっ!!」
ショーナは自動的にバリアが発動した為、身をかがめた程度で大きな影響は無かった。ジコウはとっさに身をかがめて踏ん張った事で、少し前に押し出されたものの、すぐに体勢を整えて地上と空中の敵の両方を確認している。フィーは戦闘体勢を取っていたが、この突風で吹き飛ばされて転倒。倒れたまま地面を少し滑ったが、ケガも無く、すぐに起き上がった。
(……くそっ! 好きにやらせてたまるか……!)
ショーナは歯を食いしばりながら飛び行く影をにらみ付けた。その影は攻撃を終えると、悠々と湖の上を飛んでいる。
「ショーナ……!」
「……!」
ジコウは敵を警戒したまま、ショーナに声を掛けた。
「救援要請をするなら今しか無い」
「いや……。三対二だ、このまま迎撃する!」
「……了解」
ジコウの提案を蹴ったショーナは、声を大にして指示を出した。
「フィー! 飛んでいる敵を頼む! あいつを追い掛けて、ブレスで攻撃してくれ! その明かりを頼りに、オレが掩護射撃をする!
ジコウは正面の地上敵を警戒だ! オレに近付けないでくれ!」
「……了解」
「……オッケー!」
ショーナの指示に、二頭は真剣な表情で一言返事をする。そしてすぐにフィーは助走を始め、
「私に当てないでよ! 聖竜サマ!」
そう言って地面を蹴り飛び立つと、湖の上を飛ぶ影へと向かった。ショーナは地上の敵とジコウを一度ちらりと確認し、
(……頼むぞ、ジコウ……!)
内心でそう思いつつ、フィーに視線を移した。
フィーは湖の上を飛ぶ影に接近しつつ、ブレスを撃ち始めていた。何発も撃たれたブレスは飛ぶ影に当たる事は無かったが、その火球が光源となり、飛ぶ影の位置をショーナにしっかりと認識させていた。
攻撃された飛ぶ影は、フィーから逃げる様に動きを変えた。フィーは逃がすまいと追い掛けつつ、ブレスで攻撃を続ける。そして……
(……そこだっ!)
フィーのブレスで影の位置を把握したショーナは、瞬時に狙いを定めてブレスを撃つ。快速で湖上を飛び抜けたブレスは、飛ぶ影へと急速に迫った。ショーナは直撃すると確信したが、ブレスが当たる直前、飛ぶ影は瞬時にそれをスレスレで回避した。
「……外れた!?」
思わず声が漏れたショーナだったが、再び狙いを定め、二発目のブレスを撃ち込む。一発目と同様にブレスは快速で敵へと向かったが、飛ぶ影はまたしてもスレスレでブレスを回避する。
(……くそっ! 遠すぎる……! コースは合っているのに、遠すぎて回避する時間を与えてしまってるんだ……!)
歯を食いしばりながら今の状況を分析し、改めて狙いを定めるショーナ。しかし、その時だった。
その影は突然動きを止めたかと思うと、自身を中心に衝撃波を発生させた。影を追い掛けていたフィーは、それを回避する間も無くもろに受けてしまい、跳ね返される様に大きく後方へと弾き飛ばされ、そのまま湖へと墜落してしまった。
「フィーーーーッ!!」
それを目の当たりにしたショーナは、湖に数歩踏み込み大声を出す。
(フィーが……落ちた……!?)
歯を食いしばりながら、険しくも引きつった表情で、フィーが落ちた辺りを必死に目視確認するショーナ。しかし、ショーナはその事に気を取られすぎてしまっていた。
「ショーナ! 来るぞ!!」
「……っ!」
ジコウの警報に、ショーナははっと顔を向ける。ショーナが目にしたのは、ジコウの正面から急速に接近する、先程の飛ぶ影だった。ショーナが次に何かを考える間も無く、その影はジコウとショーナの右脇を高速で飛び抜け、そして次の瞬間、強烈な衝撃波が二頭を襲った。
「うわあぁぁぁぁぁっ!!」
ショーナとジコウは衝撃波によって大きく吹き飛ばされ、二頭は湖へと叩きつけられる様に落ち、そこで二頭の意識は途絶えた。
翌朝――
「う……うぅ…………ん……」
朝日が目に入り、それで目が覚めたショーナ。はっと目を見開いて周囲を見る。そこには、フィーとジコウが焚き火を囲んでいた時と同じ位置で、丸くなって眠っていた。
ショーナは慌ててフィーに歩み寄ると、彼女の体を揺すりながら声を掛ける。
「フィー! ……フィー! 起きるんだ!」
「うぅ……ん…………」
フィーが目を覚ました事で、ショーナはジコウにも同じ様に体を揺すって、彼を起こす。
「ジコウ! 起きろ! ……ジコウ!」
「……うっ……ぐっ…………」
ジコウも目を覚まし、ショーナは大きくため息を吐く。
(夢……だったのか……?)
「……聖竜サマ?」
「……え?」
「どうかしたの……? 凄い顔してるけど……」
寝ぼけ眼を右手の指でこすりながら、フィーはショーナを心配して声を掛けていた。ショーナが自身でも気付かない程、青ざめて険しい表情をしていたからだ。彼は呟く様に答える。
「……悪い夢を見た」
「夢……?」
「……敵の襲撃を受ける夢……かな」
「……それ、私も見たけど……」
「えっ……!?」
目を見開き、口を半開きにして驚いたショーナは、慌ててジコウにも確認する。
「まさか……ジコウも見たのか……?」
「……あぁ」
「…………」
それを聞き、ショーナは険しい表情で考えを巡らせる。
(オレが起きた時、皆……就寝時の場所で寝ていた……。だから夢だと思ったけど、もしかして……。いや、でも……。あの内容が現実だとしたら、オレ達は皆、湖に落ちて……)
ショーナはそこまで考えたものの、それ以上は考えるのを止めた。答えが見付からないからだ。
「……とりあえず、ジャック隊長に言われた通り……訓練場に戻ろう」
ショーナの指示に二頭はうなずき、彼を先頭に訓練場へと歩き始めた。




