『野営訓練』 その7
「じゃあ、その親友の名前は覚えてるの?」
「名前かぁ……」
フィーの質問に、ショーナは顔をしかめる。
「……覚えてないの?」
「う~ん……。あいつ、名前コロコロ変えてたからなぁ……」
ショーナの呟きに、フィーは気味悪がる様に顔をしかめ、ショーナに言う。
「えっ……? 人間って、名前コロコロ変えるの? ……変なの」
「あ、いや……。本当の名前は変えないよ。ほら、さっき言っただろ? 『架空の自分』って。その『架空の自分』に付ける名前を、あいつはコロコロ変えてたんだよ」
「ふうん……。変なの」
一応納得したものの、フィーはまだ顔をしかめてショーナに相づちを打っていた。彼女は表情そのままに質問を重ねる。
「……それなら、本当の名前は知らないの?」
「……あいつとは『架空の自分』の名前で、やり取りしてたからね。本当の名前は知らないよ」
「じゃあ、その『架空の自分』の名前……覚えてないの?」
「どうだったかな……。確か……あいつの名前は……」
ショーナは少し悩むように考えて思い出すと、その名前を口にする。
「確か……『コウタット』だったと思う」
「ふうん……」
一旦、相づちを打ったフィーは、ショーナに質問を重ねる。
「でも、その『ゲーム』っての、聖竜サマも一緒にやってたんでしょ? じゃあ、聖竜サマも『架空の自分』に付けた名前があったって事?」
「あぁ、あったよ」
「……どんな名前だったの?」
フィーの質問に、ショーナは焚き火に顔を向けて答える。
「オレの……『架空の自分』の名前は……、『ショーナ』だった」
「えっ……?」
ショーナの言葉に、フィーは困惑して顔をしかめ、彼に追及する様に言葉を重ねる。
「ちょっと待って! それって『今の』聖竜サマの名前でしょ? 変な冗談、言わないでよ」
「……冗談じゃないよ。オレが人間の時、その『架空の自分』に付けていた名前は……『ショーナ』だったんだよ」
「じゃ……じゃあ……、同じって事……!? その時の名前と、今の名前……」
「……そうなるね」
困惑するフィーに顔を向け、ショーナは微笑んで言葉を続ける。
「オレも……正直、よく分からない。どうして……生まれ変わって、その時と同じ名前が自分に付けられたのか……」
「……聖竜サマの名前って、お母さんが付けたの?」
「……あぁ」
「…………」
「だからオレも分からないんだよ。どうして母さんが、オレが人間だった時の『架空の自分』の名前を、今のオレに付けたのか……。
それに……聞くに聞けないしね。それを聞こうとすると、話が大きくなりすぎるし、母さんに……自分が人間だったという事を話さないといけなくなる」
ショーナは少し険しい表情になり、焚き火へと顔を向ける。
「じゃあ……話してないの? 聖竜サマのお母さんに、この話……」
「出来る訳無いだろ? そもそも……フィーとジコウに話すのだって、どうするか悩んでたんだし、それを……自分の親に話すなんて……。
この話を聞いたら、母さんがどう思うか……」
フィーの問いに、一度は彼女に顔を向けて答えたショーナは、言葉の最後で再び焚き火へと顔を向け直した。そこに、フィーが再び問う。
「じゃあ、どうして私達には話してくれたの?」
「……フィーとジコウは幼馴染みだし、どこかで……『話しても大丈夫かもしれない』って気持ちがあった。
でも……ずっと打ち明けられなかった……。どこかで誰かが聞いていたら、この集落だと……すぐにウワサになって広まるし、そうなったらと思うと……」
「……だからさっき、このタイミングで話すかどうか……悩んでたって事?」
「……あぁ」
ショーナの返事を聞いたフィーは、鼻で小さくため息を吐くと一呼吸置き、少し大げさな言い方で彼に言う。
「……こんな事で悩んでたの?」
「えっ……?」
「全然、大した事じゃ無かったけど」
「そ……そう……?」
「こんな話で、誰が聖竜サマの事を嫌いになるのよ。聖竜サマは聖竜サマでしょ? 前世がどうとか関係無いわよ」
「いや……そうかもしれないけどさ……」
「じゃあ明日、試しに誰かに話してみればいいじゃない」
「それは……さすがにちょっと……」
フィーの押しの強い言葉に、ショーナは苦笑いをして右手の指で顔を掻き、フィーに言葉を返していた。
「あのさ、フィー……」
「なあに?」
「今の話……、内緒にしてくれよ……?」
それを聞いたフィーは、呆れた様に鼻で小さくため息を吐き、答える。
「私が、聖竜サマの話を言い広めるとでも思ってるの?」
「いや……そうじゃないと思ってるけど……。一応、心配だからさ……」
「言ってるでしょ? もう少し……私の事、信じてって」
「……そうだね」
「……気にしすぎよ、聖竜サマ。……昔からそうだけど」
「…………」
ショーナは少し苦笑いをして、鼻で小さくため息を吐く。
「……ほら! そろそろ寝ましょ! ……もう遅いし」
「あぁ……うん、そうだね……」
「……また今度、聞かせて?」
「……あぁ」
会話を終えたショーナは、焚き火を消そうと右手で火に砂を掛ける。なかなか消えないそれを見ていたフィーは、業を煮やしたのか、彼に一声掛けた。
「どいて? 聖竜サマ」
「え? あ、あぁ……」
ショーナはフィーに言われた通り、焚き火の側から少し離れる。すると、フィーは一回転して尻尾で焚き火をなぎ払い、強引に消火した。
(だ……大胆だなぁ……)
口をぽかんと開けて、それを見ていたショーナ。光源が無くなり、辺りは集落からの明かりがかすかに届くだけの暗闇が広がった。
「……これでいいでしょ?」
「……あぁ。ありがとう、フィー」
そう言いつつ、ショーナは元いた場所に戻る。そこにフィーが口を開いた。
「あ、そうだ。……最後に一つだけ教えて?」
「え? 何を?」
「聖竜サマが人間だった時の……本当の名前」
「本当の名前……か」
「……もしかして、忘れた?」
「……いや、覚えてるよ」
ショーナはフィーに歩み寄ると、彼女に顔を近付けて、小声で言う。
「オレの名前は…………」
誰にも聞こえない声量で、フィーにだけ伝えたショーナは、顔を引っ込める。当のフィーはそれを聞き、率直な思いを口にした。
「ふうん……。変な名前」
(はっきり言うなぁ……)
フィーの口から出た言葉に、ショーナは苦笑いをして一言返す。
「まぁ、ドラゴン基準だと……そうかもね」
「他の人間も、そういう感じの名前だったの?」
「まぁ、そうだね……」
「ふうん……」
そう相づちするとフィーは丸くなり、その間にショーナは、元いた場所に戻っていた。
「じゃあ、今度こそ寝ましょ?」
「……あぁ」
「おやすみ、聖竜サマ」
「……おやすみ、フィー」
かすかな明かりの元、フィーが目を閉じるのを見届けたショーナだったが、ここで重大な事を忘れていたのを思い出す。
(あっ……! しまった……! 見張りの事を話すの……忘れてた……)
丸く座り込んだ状態で、フィーとジコウに目をやるショーナ。
(今から起こすのも……二頭に悪いし……。まぁ、見張りはオレがやればいいか……。書庫長から言われていた事は気になるけど、一日の徹夜なら……明日、しっかり休めばいいし……。それに、さすがに訓練で魔物は出ないだろうし……)
そう思いながら、ショーナは空に顔を向ける。空は相変わらず分厚い雲が覆っており、星の一つさえ顔を出す事は無かった。
どれ程の時間が経ったかはショーナ自身にも分からず、周囲を警戒しながらも退屈な時間を長々と過ごしていた、夜更けの一時――
「……ショーナ」
はっとしたショーナは、声がした方に顔を向けた。その声の主はジコウで、彼は丸くなりながら顔をショーナに向け、小声で話していた。
「……見張りを代わる」
「えっ……?」
「……お前は休め」
「あ、あぁ……分かった……。ありがとう、ジコウ……」
何の説明もしていなかったが、ジコウが見張りの事を気に掛け、途中で交代を申し出てくれた事に、ショーナは少し驚きつつも頼もしく感じていた。
(ジコウ……。無愛想だけど、こういう所はきちんとしてるんだよな……。助かるよ……)
そう思いつつ、ショーナは眠りに就いた。




