『野営訓練』 その6
ショーナが魚を食べ終わり、その残りを湖に捨てた所を見たフィーは、ショーナに微笑んで声を掛ける。
「じゃあ、皆食べ終わったんだし、もう寝ましょ?」
「あ……うん……、そうだね……」
ショーナは何かを考える様に、焚き火に顔を向けて相づちを打った。その表情はどこか暗く、彼に目を向けていたフィーは、深刻そうに見えたショーナを心配して問い掛ける。
「……どうかしたの?」
「……ちょっと……考え事をね……」
「……話、聞くけど……?」
「…………」
フィーの気配りに、ショーナは鼻で小さくため息を吐き、考えを巡らせる。
(今、ここにいるのは……、オレとフィーとジコウだけ……か……。打ち明けるなら……調度いいんだろうけど……)
なかなか返事が貰えなかったフィーは、ショーナの言葉を待たずして、改めて問い掛ける。
「……話しにくい事?」
「……そうだね」
「私にも……?」
「……オレがこの話をしたら、フィーは……オレの事を……気持ち悪く思うかもしれない……。オレの事が……嫌いになるかもしれない……。それが怖い……」
じっと焚き火を見つめ、険しい表情を続けながらフィーに答えたショーナ。
「……気にしすぎよ、聖竜サマ」
「…………」
「じゃあ、ずっと抱えてるつもり?」
「いや……、いつかは話さないといけないと思ってるけど……」
「なら、今話せばいいじゃない。今日でも明日でも変わらないわよ」
「…………」
ショーナは再び鼻で小さくため息を吐き、焚き火に顔を向けたままジコウに目を向ける。ジコウは焚き火に背を向ける様に丸くなっており、ショーナからはジコウの様子を伺う事は出来なかった。
(ジコウは……もう寝たのか……?)
ジコウを確認してすぐ、ショーナは焚き火に目を戻し、意を決して話し始めた。
「オレさ……前世の記憶があってさ……」
「……『ゼンセ』って……なに……?」
「え? あ、あぁ……えっと……。前世ってのは……そうだね……、今のドラゴンとして生まれる前の……生涯……かな」
「……どういう事?」
焚き火に顔を向けるショーナに、フィーは顔を向けて話していたが、その顔をしかめて首をかしげる。ショーナは相変わらず、険しい表情で焚き火を見つめ、話を続ける。
「……端的に言うなら……オレは……、今のドラゴンとして生まれる前の記憶が……その記憶を持ったまま……生まれてきたって事で……」
「……よく分からないけど、今のドラゴンとして生まれる前に、別のドラゴンとして生きていて、その記憶が残ってる……って事?」
「……考え方は、それで合ってるよ。でも……オレは……、前世はドラゴンじゃなかったんだ……」
「じゃあ……別の生き物だったって事?」
「……あぁ」
ショーナとフィーは互いに身動き一つせず、同じ状態を維持したまま話を続けた。
「オレの前世は…………」
「…………」
ここでショーナは言葉に詰まってしまった。フィーは彼の言葉を少し待ったものの、我慢し切れずに自ら口を開く。
「話して? 聖竜サマ」
「…………」
「別に『魚だった』って言ったって、私は驚かないわよ」
「……フィーにしてみれば……、魚の方が……マシかもね……」
「……ただの例えよ。私がそんな簡単に、聖竜サマの事を気持ち悪いとか、嫌いとか……」
「なるかもしれない生き物だった、……って事だよ」
ショーナはフィーの言葉を遮り、更に険しい表情をして最後の言葉を口にしていた。そんなショーナに、フィーは心配そうに声を掛ける。
「私達、幼馴染みでしょ? もう少し……私の事、信じてよ」
「オレは……これを話す事で……その絆が壊れるのが怖い……。話す……覚悟が……」
「私、聞く覚悟はあるけど?」
「…………」
「いつも言ってるでしょ? 気にしすぎなのよ、聖竜サマは。……真面目すぎるのよ」
「…………」
「それに、そこまで話しておいて……ここで話を止める方が失礼だと思わない? 私に失礼な事をして、それで『真面目な聖竜サマ』は自分が許せるの? どうせ後悔するんでしょ?
だったら、話してみればいいじゃない。私、聞く覚悟は出来てるんだから」
「わ……分かったよ……」
最後に強引に言い包められたショーナは、フィーに顔を向けて苦笑いをし、一言だけ返していた。押しの強いフィーの言葉で、少し表情が緩んだショーナは、再び焚き火に顔を向け、どこか懐かしむ様に微笑んで話し始めた。
「オレさ……、前世は人間だったんだよ。それも……この世界じゃない、別の世界の……」
「『ニンゲン』って……書庫長から聞いた、あの……?」
ショーナは聞き返すフィーに顔を向け、小さくうなずいて話を続ける。
「この世界の人間は見た事無いから、はっきりとは言えないけど……。多分、同じだと思う」
「……ねぇ、『別の世界』って、どういう事?」
「……そのままの意味だよ。この世界じゃない別の世界で、オレは人間だった」
「ふうん……」
フィーは顔をしかめて相づちを打ち、ショーナに質問する。
「それで……。聖竜サマが人間だった世界に、私達みたいなドラゴンはいたの?」
「いや……、ドラゴンはいなかったよ。正確には……ドラゴンは空想生物だった……かな」
「空想生物?」
「あぁ。物語の中や、描いた絵……。そういった物の中にしか、ドラゴンはいなかったね」
「つまり……、書庫にある書物みたいな?」
「あぁ。……まぁ、説明が難しくなるから控えるけど、もっとリアルに感じられる表現の中で、色々な種類、色々な見た目のドラゴンがいたよ」
「ふうん……」
相変わらずの相づちを打ちながらも、フィーは真剣にショーナの話に耳を傾けている。
「じゃあ、その世界でもドラゴンは人間と友好関係を築いていたの? 物語の中とはいえ」
「……いや、そういう物語は少なかったかな……」
「どういう事?」
「オレがいた世界だと……、ドラゴンは悪の象徴だった。世界を征服しようとしたり、財宝を人間から奪ったり、河川を毒で汚染したり……。だから、多くの物語でドラゴンは人間に討伐され、そのドラゴンを倒した人間は『英雄』として、多くの人間から称えられた」
「……穏やかじゃないわね」
「……そう思うよ」
顔をしかめるフィーに、苦笑いするショーナ。
「見せてあげたいと思うよ、この世界のドラゴン達を。……こんなにも文化的で、友好的で……、冗談も言う様なドラゴン達をね」
「…………」
「オレも……人間だった頃からドラゴンは好きだったけど、この世界のドラゴンがこんなにも……人間と同じ様な、文化的な生活をしているとは思わなかったよ」
「……ドラゴンの事、好きだったのね」
「……そうだね」
「……いたの? 好きなドラゴン」
「まぁ……いたかな……」
フィーの問いに、ショーナは恥ずかしそうに苦笑いをして、右手の指で顔を掻いた。
「でも待って? そもそも聖竜サマは人間だったんでしょ? だったら、人間のパートナーはいなかったの?」
「……いなかったよ。パートナーも、恋仲も」
「ふうん……」
「というか……、興味無かったかな。……だったら、ドラゴンを見ていた方が、自分としては有意義な時間だったというか……」
「……じゃあ、こうしてドラゴンに生まれて、今は幸せって事?」
「……そうだね。……まぁ、思ってたのと違う事もあるけどね」
そう言って、ショーナは再び苦笑いしながら右手の指で顔を掻き、内心で言葉を付け足す。
(……主に母さんだけど……)
そんな事を思っていたショーナに、フィーが質問を投げ掛ける。
「ねぇ、だったら……友達とかはいなかったの?」
「……親友はいたよ」
「どんな?」
「あいつは……よく一緒にゲームをする仲だった。結構、気が合うヤツでさ」
「……『げーむ』って……なに……?」
「え? あ、あぁ……えぇと……。簡単に言えば……架空の世界で、架空の自分を動かして遊ぶ事……かな」
「架空の……世界……? 自分……?」
フィーの突っ込んだ質問に、ショーナは顔をしかめて右手で頭を掻く。
(説明が難しいな……。この世界は科学が発展してないし、見てる物が違うから……。言葉に気を付けないと……フィーも理解出来ないし……)
少し考えつつ、ショーナはフィーに説明する。
「まぁ、そうだね……。この世界で言うなら……書物になるかな。書物に書かれた物語に、自分が決めた『架空の自分』を入れて、それで……その物語を追体験するんだよ」
「ふうん……。じゃあ、その『ゲーム』って言うのの親友がいたって事?」
「……あぁ」
フィーの問いに、ショーナは微笑んでうなずいた。
 




